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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
異世界でカボチャプリン
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紙の試作


 目が醒めると、外はまだ暗かった。

 こういう時には時計がないのは困る。早朝なんだか夜なんだかわからない。

 魔導ランプを灯す。部屋の一部がボワッと明るくなる。

 傍らにあった、冷めたハーブティーを一気飲み。

「むふぅー」

 鼻から香気が抜ける。

 外で冒険者活動をしているときは、こういった香りの強いものは飲めない。臭いを感じる事も、重要な防衛手段だから。まあ、そう考えてみると、飲み物や食べ物に影響されちゃう人間の感覚器官っていうのは結構ナーバスなんだなぁと思う。


 さてと。

 頭がハッキリしてきた。

 巡回に外出するのに時間を取られて、ライフワークである採取もできてないし、色々と作ったり、製法を確定させたりしないと。同時並行に出来るものはやってしまおう。


「まずは紙から……」

 私は台所に向かうと、備え付けの魔導ランプを点す。いつも使っている大鍋をカマドに置いて、水を入れる。

「―――『点火』」

 蒸籠(せいろ)とか蒸し器(スチーマー)とかはないので、小さい樽の底に細かい穴を開けて、それを水蒸気が沸く鍋の上に載せる。樽の底は穴だらけで水蒸気が通過して、上は蓋を閉じないでそっと置くだけ。この中に、束ねた木の枝を五種類、縛って揃えて入れる。

 しばらく蒸していると、もわーと部屋中に水蒸気が籠もり、湿度が増してくる。勝手口のドアをあけて、寒いけれど風通しを良くする。風系魔法を極弱く使って空気を流す。


 勝手口から東の空を見ると、ほんのり紫色になっていた。早朝だったらしい。

 木の枝は蒸し終わったら、皮を剥ぐ。これが紙作りの最初の工程だ。大量生産時には屋外でやった方が良さそう。うん、一応煉瓦も購入してあるし、カマドは設置必須だろうなあ。

 本当は、魔法を利用できる部分は使って工程を省略したい。

 しかしなー、蒸すなんて、この世界の調理法としてもまだ確立してないんだよね。概念として理解されるかどうか。魔法で作った容器は機密性が良すぎて圧力が高まり過ぎて危ないし、ローテクの方がいい場合も多い。

 というわけで、『魔法で蒸す』のは最初から断念したと。

 魔法が万能ってわけではない証拠がこの辺りにあるんだろうね。だって、『継続して蒸す魔法』がそもそもイメージできないし、『材料を蒸した状態に変化させる魔法』なんてもっとイメージできないし。


 時々、鍋に水を足して三時間ほど。

「もう、いいかな」

 湿気を帯びて加熱されている樽を、強引に布巾を手に抱えて、勝手口から外へ。これ、大樽の時はどうしよう……。

「あちちちち」

 ドン、と庭に置いて、樽の蓋を取り、中に水を投入していく。樽から溢れる水を無視してどんどん流水で冷やす。

 あーこれは排水も考えておかないと駄目だなー。そのまま捨てるのも何か環境に悪い気がする。

 手で掴めるほどに冷却された木の枝を取り出して、再び台所へ。


 お、剥ける剥ける。

 木の皮をどんどん剥いていく。

 枝の種類は……まだなんとかわかる。

 これ、使うのは皮の部分だけなんだけど、中身の方は乾燥させたら灰にするために取っておこう。

 剥いた皮は乾燥させなきゃいけないけど、天日がいいのかなぁ。

 時間短縮のために、水分を飛ばしながら加熱して乾燥させてもいいのだけど、もしかしたらお日様に晒すのがポイントかもしれないし、ここは魔法を使わないでやってみよう。


 庭に生えている木と家屋の間にロープを張って、木の皮を引っ掛ける。

「カチカチになるまで乾燥させればいいかな」

 紙作りって、もの凄く手間がかかるものなんだなぁ。


 この後は、一日水に晒して、外皮と内皮に分けて、灰で煮て、また水に晒して、ゴミを取って、繊維を細かくして、増粘材を混ぜて水に溶かして、漉いて、水を切って、圧搾して、板に貼って、乾かしたら完成。


 ……なんだけど。

 こんな土佐和紙職人みたいなことは無理なのかなぁ……。

 いやいや、魔法で解決できるかもしれない。工程をもう一度見直すのだ!



「うーん……」

 夕方になろうとしている借家の庭で、私は唸っている。

 目の前には庭の土を盛り上げて作った、水が流れる斜面。

 水は流れに乗ってカーブし、斜面の後背にある水たまりに戻る。

 元の世界にある、エッシャーのだまし絵のようでもあり、流しそうめんのようでもある。

 この不可思議な物体には二つの魔法陣を設置した。一つは水の流れを作るため、水たまりから斜面に水を汲み上げる制御。もう一つは、ずばり『洗浄』の魔法だ。

 庭にあった石に魔法陣を刻み、魔核(ワーウルフのもの。小さい)を差し込んでみる。石に刻む、というやり方は初めてやったのだけど、例の地面に直接描かれた召喚魔法陣のやり方を再現してみた。

 石に刻むのは、やはり専門の魔法があったようで、『転写』というやつらしい。なるほど、これなら地面にだって魔法陣は描けるわ。


 で、この謎装置は何をしたいのか、というと、天然の川の流れを模したものだ。

「動作には問題なし……」

 あとは稼働時間だけど、汲み上げる方は連続して動作させないといけないので、動力源たる魔核を二つ。『洗浄』の方は五分に一回発動することで稼働時間を延ばしたので魔核を一つセット。

 急ごしらえ―――仮に『晒し水機』とでも名付けるか―――もっと格好いい名前を募集中―――にしては動作は悪くない。

 これは疑似河川だ! と言われればそんな気がしてくる。……………といいな。


 木の皮を水に晒し続ける際に、清浄な水、それも淡水が大量に必要になる。しかし、ポートマットの井戸水は海が近いために微量の塩分を含む。となれば『飲料水』で純水に近い水を作り、それを巡らせ、汚れた水を浄化する。綺麗になった水で材料を洗う……。

 という、完結した水循環システム。


「ん、ちょっといじればトイレにも応用できるかも……」

 となると、将来的には石造りじゃなくて、陶器を繋いだものの方がいいか。まあ、これは試作だし、教会に据えるときにはまた考えようっと。

 ついでに言うと排泄物はいい肥料になったりするので、単純に浄化してしまうのも都合が悪い。抽出も一緒にできて清潔になれば言うことナシなんだけど……。


 振り返って干してある木の皮を見ると、既に乾いていた。まだちょっと白いとは言えないか。本当は丸一日乾燥させた方がいいんだろうけど、今回は『晒し水機』の試運転も兼ねて、もう水に晒しちゃおう。


 木の皮を再度束ねて、『晒し水機』の、幅広になっている部分にセット。

 魔核に魔力を充填して……。スイッチとかはいいよね、いらないよね。

「よし」

 試運転開始っと。

 ちょろちょろ、と水が流れる。

 小川とまではいかないけど、まあ、一応流れているというか……。ん、これ水車つけたら面白いかな……。いやまあ、今は多くを望むまい。


「おや………?」

 水の循環が続いているうちに、木の皮が見る見る白くなっていく。

 もしかして。『洗浄』の魔法の影響かしら。

 お、そうしたら漂白の工程が一つ減るかも。

 でもまあ、一応台所のカマドから灰は持ってきたので、今度はこれで煮てみよう。

 灰で煮終わった木の皮を、再度水に晒す。『晒し水機』はずっと稼働中。

 今日はひとまず、これにてお休みなさい………。



 再び早朝起きると、すでに『晒し水機』は魔核に内包された魔力が切れて、魔法の発動がされなくなっていた。稼働時間はおおよそ六時間、ってところかしら。

 漂白だけなら、『洗浄』の効果もあるし、灰で煮て二回も水に晒さなくていいかもしれないし、実用範囲内の魔力効率じゃないかと思う。


 ボーッとした頭で庭にテーブルを作る。『晒し水機』もそうだけど、ここ借家なんだよね……。テーブルも後で壊すし、現状回復しておけばいいとは思うけど。

「―――『硬化』」

 と、テーブルをガチガチに硬くしてみたけど、壊せるよね? 多分……。


 ここで、トーマス商店で購入した棍棒を取り出す。テーブルの上に木の皮を載せて、ペチペチと優しく叩いていく。とはいっても、私はかなり怪力の部類に入るので、普通の人が頑張って叩いたくらいになるように調整している。どうせ、この作業をやるのは教会の人か、孤児院の子だろうし。


 そうして叩きまくった木の皮は、グッチャグチャのドロッドロッになった。

 浅いプール状の入れ物を作り、ドロドロになった木の皮と、()()()としてアイビカの根をすり下ろしたものを混ぜる。この根っ子はトロロイモみたいに粘り気がある、接着剤の替わりにも使われる素材だ。これは一本まるまる入れてみる。

「あー」

 この後は漉きだけど、網っぽいのがないので、とりあえず顔を拭いていた麻の布を、四角い木枠の中に張ってみる。


「んー、これは網を作ってるところに相談してみるかなぁ」

 とりあえずは麻の布でいってみよう。今回は木の皮、五種類とも、そんなに大量ってわけじゃないし。

「こんな……感じ……かな……」

 記憶にある和紙職人が紙を漉く手つき。


 チャプチャプ、スイスイ。


 木枠に張った麻布は水分を含み、目が詰まったかのようにドロドロの澱が溜まっていく。

 これでどのくらいの厚さになるのかは見当も付かない。

 やはり、ここは細かい網状のもので漉きをしないと、余計な水分が抜けないようだ。木枠に溜まった水分を、斜めに傾けて落とす。

 なんとか水分を排除して、テーブルの上に漉いた紙を置いていく。とはいっても、まだドロドロに近く、紙の体をなしていない。

 型崩れしないようにと、もう一組、木枠を組む。木枠の下の方には穴を開けて、水分が抜けるように細工する。


 五種類の灌木から得た枝は、一種類につき、二~三枚の紙が成形できた。粘度や繊維の細かさなど、色々調整する必要がありそう。

 コウゾの木は、元の世界のコウゾとやはり同じ種類かもしれない。これだけは水分の抜けが早く、乾いた時に紙になるのだ、と想像しやすい材料だった。

 紙を重ねた木枠の上に蓋をするように、板を載せ、更にその上に大きな石を載せる。ここは自然に水分を抜く。全てを魔法で解決しちゃいけないのね。


「―――『洗浄』」

 手がぬねぬめしているので手洗いをする。

 太陽を見上げると、もう少しで昼になろうとしていた。

 紙の方はまた帰宅してから作業再開として。

 カーラとの待ち合わせの時間になる前に、そろそろお出掛けしなくては。



―――あ、誰とも会話しなかったわ……。




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