※ギルマスのお叱り
【王国暦122年9月4日 16:44】
セラミック装備の生成を終えて、一度工事現場へ戻る。
「よしゃ、セメントくれ!」
「もういっちょ練ってくれ!」
「煉瓦移動、二十個!」
「こっちにも煉瓦!」
おお、賑やかにやってるねぇ。
遠目に見ていたら、勇者オダは黙々とセメントを練っていた。顔と髪の毛がセメントで灰色になっている。でも、そんなことは意に介さずに鍬をリズミカルに振るっている。無我の境地にも見えた。
「ふっ、ふっ」
息を吐いて。
サク、サク、と砂と混ぜて。
水を入れて。
ザク、ザクと混ぜて。
そのうちに滑らかになる。
流れるようじゃないか。
「おっ、小さい親方、おかえり」
ガッドが私に気付いて声を掛けてくる。
「いやあ、彼、慣れましたねぇ」
「ああ、そうだな。明日も明後日もセメント練りだけどな!」
煉瓦積みとかはやらせない方向でいこう、と二人で決めた。こういう時は単機能の方が扱いやすい。
「明日のお昼くらいには煉瓦積みは終わりそうだ」
「じゃあ、予定通り、そのまま石畳の基礎工事に入りましょう」
「わかった。建材の方は?」
「ここに」
私はお腹をポン、と叩いた。
「今回の工事でさ、掘削さえ何とかなれば、小さい親方が不在でも大胆に工事ができそうだ、って目処が付いたかな」
「そうですねぇ」
そういえば魔法講習会を、って話はあったよなぁ。
「そこでよう、『掘削』って魔道具にできないものかと思ってな」
「ほう……」
ドリルみたいな魔道具が頭の中に浮かんだ。だけど、この世界でいう『掘削』の魔法は、残土処理――――空間魔法を含む。指定した箇所の土砂を分離、任意の空間に移動する魔法だから。つまり、最低でも『道具箱』を覚えていないと素養がないことになる。土系の(疑似)魔法に分類されるけれど、どちらかといえば空間魔法寄りかな、と私は思っている。
① 求めに応じて空間魔法を含めた『掘削』を再現した魔道具を開発する
② 穴が掘れればいいのだから、それに特化した魔道具を開発する
③ 無理無理。魔法を覚えろ!
④ 無理無理。人力で掘れ!
という選択肢か。
①は難易度が物凄く高い。『道具箱』がそうだったように、空間魔法は、基本的に空間を認識している生体がいないと発動しないはずだ。でも、例外を幾つか見たことがある。
一つはケリーたちが持参していた、飛び出す罠を設置する魔法陣で、これには『道具箱』を再現する魔法陣が(小動物付きで)再現されていた。土を掘る度に小動物を殺すのも何だなぁ、と思うけど、技術的には可能なのよね。
もう一つは『転送』の魔法だ。迷宮やアーサ宅に設置してあるもので、掘削する箇所と土砂を置く場所の二点を繋げば、これは原理的には『掘削』と同じ魔法だ。毎回魔法陣を設置するのは汎用性に欠けるし、術者には高度な魔法技術と、ある程度の大きさの魔力が必要になる。
結局、例外を考慮しても①の再現は難しく、仮に出来たとしても製作コスト、運用コスト、共に割に合わない。
では②はどうか、というと、ドリル……ああっ、もうドリルドリル!
ドリルや削岩機……は可能だと思う。ただし運用に多大な魔力を消費するのは確実で、何かしらの工夫がないと③の方がよっぽど効率がいい。
こうやって考えると、『掘削』の魔法がいかにインチキな効力を持っているのかわかる。
「まずは人力で掘る術を身につけながら、魔法を何とかしていきましょう。大丈夫、うちのお婆ちゃんでさえ『道具箱』を最近覚えたんです。ガッドさんたちに出来ないわけがないです」
「お、おう。希望を持ってがんばるよ」
「そうそう。やろうと思えば何でもできる。なろうと思えば何にでもなれる」
といいなぁ……。
おっと、ポジティブシンキングでいかねば。
「魔道具だけに頼るな、ってことだよな」
そう言って、ガッドは曇り空を見上げた。ちゃんと両の足を地面につけた男の顔つきだった。ベテラン初級冒険者だったころの、自信なさげで野卑だった男じゃなくなってるんだな、とちょっぴり嬉しくなった。
「よーし、今日はここで終わるぞっ! 片付けに入ってくれ!」
「うぃーっす!」
「うぃーっす!」
一際大きな声を出していたのは勇者オダだった。彼もまた、何かが内部で変わったのだろうか。
正直言って私が勇者オダに、何かをしてあげる義理なんてない。『不死』スキルの実験に使った……という小さな罪悪感はあるものの、何でこんな偽善的なことをしてるんだろうね。それも、私が慈善事業のために作った側面を持つ、建設ギルドにぶち込んでまで。
「ま、全てを割り切れはしないよね」
割り算だって、余りを許容してるんだから、世の中はそれでも生きていけるはず。
といいなぁ……。
【王国暦122年9月4日 17:46】
歩いて数分……のアーサ宅に戻ることはできず、建設ギルドへ本部に向かった。ギルバート親方に呼び出されていたからだ。
「何だろう、このモヤモヤした感覚……」
ああ、遠足から帰る途中に自宅があるのに学校に戻って集合させられて、しかも怒られるのが確定している……。
いやまあ、それはどうでもいいか。
「夕焼け通りの工事なっ! 冒険者ギルドの方から警告を貰ってなっ!」
二階に作ったギルドマスター室を初めて活用するのがお小言を頂戴することだとは……。
「ええ、まあ、そうですね、勇者ですね、新入りのオダくん」
「あのなっ……! 迷宮から叩いて追い返すならわかるがっ。作業員として使うなどとっ」
ギルバート親方の心配はごもっとも。戦略兵器でお湯を沸かしているようなものだから。
「彼は勇者として在ることに疲れているのです。ええ、土木作業が癒しになるとか、そんな訳は決してございません。ですが、彼は自身の成長の場として、我がギルドを選んだのです」
「くっ……口がうめえっ……。じゃあ何かっ、修行の場だとでもいうのかっ?」
「あの夕焼け通りの工事現場は、我々にとっても、彼にとっても戦場です。土と戦い、セメントと戦い、石と戦い、煉瓦を愛でる。その厳かな戦場に、彼は自分から飛び込んだのです」
「王都の騎士団から苦情が来るとか、そういうことは無いんだなっ?」
「勇者オダが、王都第二騎士団預かりなのは王都では知る人ぞ知る話です。冒険者ギルド関係者なら誰でも知っているでしょう。その第二騎士団の教育は失敗し、その尻拭いを、善意と博愛の心で、我が建設ギルドが担当しているのです。感謝されこそすれ、非難される謂われなどございますまい」
後ろ手に気をつけ! のポーズで胸を張り、真っ直ぐにギルバート親方を視線で射貫く。威圧などは使わない。
「建設ギルド、王都騎士団、勇者オダ、三者にとって利益のある行動だと言うんだなっ?」
ギルバート親方も負けじと私をカッと睨み返した。
「その通りです。この件で王都騎士団からの文句があった場合、私が力尽くで諫めに……いや、頭を下げて謝罪でも何でもしにいきますよ。今月中に丁度王都に行く用事がありますので、その時に勇者も連れて返却してきますが」
「むうっ。わかったっ。勇者雇用の件は不問にするがっ! 今後は報告してくれっ」
「はい、申し訳ありません。我が身の不徳でございました」
だってさー、フェイの方からチクリが入るとは思ってなかったんだよね。勇者が迷宮に来ていた、っていうのは気付いていた人は気付いているから、結局ダンマリは通用しなかったってことか。
ま、怒られている時は殊勝な姿勢を見せ続けるに限る。
【王国暦122年9月4日 18:22】
お小言攻撃を回避した後は、他の現場の状況説明をしてくれた。ギルバート親方も、私を諫めるのは最初から諦めていた感があるし、呼び出した理由は、むしろこっちがメインだったみたい。
「まずは学校だっ。現在内装をやっているっ。予定通り中旬には終わりそうだがっ」
ギルバート親方が言葉を句切る。察しが付くので言葉を継げる。
「魔道具、ううん、『魔導ランプ』ですね」
「そうだっ。建物が大きいから数が多いっ。『魔導ランプ』じゃなく『魔導灯』でいけるかっ?」
「ミスリル銀の在庫がないんですよ」
無い袖は振れない。私は唇を尖らせた。
「トーマスの家にあるのと同じ仕様ならっ、一キログラムでどのくらい作れるっ?」
おや、銀を提供してくれるのかしら。錬成して減る分も計算して考えると…………。
「素材は薄く伸ばしますから………二百個程度ですかねぇ」
「最低でも百、在庫を考えて百五十個は欲しいっ。通常の魔導ランプも五十個。いけるかっ?」
「はい、魔導ランプは別に銀は使わなくてもいけます。材料費は別途請求でいいんですよね?」
建設ギルドは設立時に私がお金を拠出しているから、自分のお金が返ってくるだけ、って気もするけど。でも、自分で働いて自分のお金を返してもらってるのって、良く考えたら変。
「そうしてくれっ。トーマス商店の従業員宿舎も内装工事に入ってるっ。こっちの方が先に終わりそうだっ」
納期は可能な限り急げ、ということね。
「五日後に納品でどうでしょう?」
「それで頼むっ。学校に七十の魔導灯と二十の魔導ランプ、宿舎に二十の魔導灯と十の魔導ランプ、残りは建設ギルド本部に在庫として納品してほしいっ」
ちぃ………面倒な納品をさせる……。ああ、だから先に小言を言って断りにくくしたのか。やるな、さすがギルマス……。
「わかりました」
もう従順なウサギ状態。試合に勝って勝負に負けた……? いやいや、ダブルヘッダーで負けっぽいね。
「明日の午後にはロックのところで受け取れるようにしておくっ。ああ、後な、魔導灯は本来、トーマス商店で売り出してるよな?」
「代理店としてはそうです。サリーが時々依頼を受けてるみたいです」
水晶ガラスの部分は作れないので、結局私にガラス部分だけの製造注文が来ることになるんだけど。
「そうかっ、ならトーマスに注文出す方がいいかっ?」
「一言言っておいた方がいいですね。サリーも今は一杯一杯ですから、代理店を通したことにすればいいでしょう」
「わかったっ。今から一言言っておくっ!」
気が早いなぁ。でも、そのくらいフットワークが軽い方がいいんだよね。
【王国暦122年9月4日 19:35】
「そう、お帰りなさい」
遅めの帰宅だったけれど、ドロシーとサリーがまだ帰ってきてないそうだ。二人は迷宮の方にいるそうで、カレンが護衛しているとのことで、やはり戻ってきていない。
「おかえりなさい、姉さん」
レックスだけがニコニコと料理をリビングのテーブルに運ぶ手伝いをしていた。シェミーは何かキッチンでやっているらしい。
「ただいま。レックスの方は今日はどうだったの?」
本人の様子ではなく、レックスはお店の様子を話し出した。
「綿飴が売れてるんですけど、お断りするのが心苦しくて」
「そっかぁ。ドロシーが増産したいとか何とか言ってたね」
「サリーが自動で綿飴を作る魔道具を試作していたんですけど、迷宮が開放されてから忙しくて……時間が取れていないみたいで。ちょっと無理してるみたいで心配なんです」
おお、レックス、私やドロシーの体調の心配はしてくれないのかい?
「もちろん、姉さんやドロシー姉さんも働き過ぎで心配ですよ?」
慌てて取り繕うレックスの姿は、本当に可愛らしい子供そのものだ。こんな子供に歪んだ性的嗜好……変態……を植え付けてしまった。フェチのトップランナーに育て上げてしまった。ま、最先端には違いないからいいか。
「そうね、三人とも遅くなるそうよ。お食事頂いちゃいましょう」
ちょっと寂しいけど、四人での夕食が始まった。
「季節じゃないんだけどトラウが手に入ったんだわ。料理法は……これ。最近、王都や迷宮で流行ってるとか聞いたわー」
と、シェミーが持ってきたのはフィッシュ&チップスだった。
ああ、そっか、白身魚に拘ってたけど、トラウでもいいんだよね。材料不足がいよいよ深刻なら、トラウも視野に入れなきゃなぁ。元の世界の日本人なら、オール小麦粉とかでもメニューとして成立しそうだけど。グラタンコロッケバーガーをちょっと思い出しちゃったよ。
【王国暦122年9月4日 21:11】
食後のハーブティーを飲みながら、レックスが人形作りを始めたのを見守る。
最初の頃はナスに棒が刺さったような造形だったけど、最近ではちゃんと何なのか、ちゃんとわかるようになってきた。今作っているのは、ロータリーの中心に鎮座している、乙女騎士像だ。
「コツがわかってきたんだろうねぇ」
「金属なんですけど、固いと思わなければいいみたいです」
ちょっと格好いいぜ、トップランナー!
「銅はまあ、柔らかい方だけど…………」
無垢の銅塊を粘土の代わりにいじくり回していたからか、レックスの作っている人形は、微妙に魔力を帯びていた。
これは『魔化』――――金属が魔力を帯びる現象―――だね。最初の頃は魔力の加減がわからなかったから、過剰に魔力を流し込んでたりしたよなぁ。
うーん、これ、ちょっと改良したらミスリル銀の代わりにならないかしら? 精緻な魔法陣が必要な時には難しいけど、アバウトでいい魔法陣とか、ミスリル銀線の代用とか………。
「ちょっと研究してみるか………」
「えっ?」
「いや独り言だよ。この乙女像の模型、もうちょっと精密に出来るなら売り物になるかも」
「売れませんよう……」
口では嫌だ嫌だと言っていても、顔はだらしなくなってやがるな、レックス。
「でも、このままだとちょっと重すぎかもね。普通、銅像って中が中空なのよ」
「え、そうなんですか? 削ったり曲げたりして作ってるんじゃないんですか?」
「この程度の塊でもこんな重さなんだからさ、人型サイズだとどんな重さになるんだか、想像はつくじゃん?」
「まあ、そうですけど……ええー、じゃあ銅像ってどうやって作ってるんだろ…………」
「うん、調べてごらん?」
明日から、乙女騎士像をなめ回すように観察するレックスが見られると思うと、姉として方向修正ができたような、そんな気になった。
そんな会話をしていると、ドロシーとサリー、カレンが帰宅してきた。
「ただいま! 遅くなっちゃったわ!」
「そうね、無事でなによりね」
お婆ちゃんの言葉に、私も深く同意した。
――――そのうち、レックスとパスカルを会わせてみるかなぁ。
ちなみにこのドリルは鋼鉄ジ○グのものです。本編だとあんまり出てこないんですよねー。
ジェットモグラを選択しない辺り、主人公のドリル知識は偏っていますね。




