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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
ポートマット西迷宮の開放
328/870

※リヒューマンとのコミュニケーション


【王国暦122年9月4日 6:25】


 例の体操だけれども、勇者オダが要らない事を言ったらしい。こんなやり取りがあったんだと。


------------------

『これ、ラジオ体操みたいだ』

『ラジオ? って何だ?』

『ラジオはラジオだよ。電波、無線で声が聞こえてくる……』

『でんぱ? 線? 紐? が無い? と声が聞こえる? のか?』

『ああ、うん、……ああ、説明できない!』

『紐がない体操だな。それは何だ、オダの故郷では体操に線がないのか?』

『ああ、そうだ。俺の故郷には体操に線がない。いや、この世界の体操には線があるのか?』

『聞いたことねえな。まあいいや、線、つまり方向性がないってことだろ? 自由体操ってところか?』

『ああ、自由だな。自由体操を今からやっていくぜ』

『待て、自由体操には決まった順番があるのか?』

『ああ、あるな。自由だけど決まってるな』

『それは自由なのか制約があるのか、どっちなんだ?』

『制約のある自由体操……だな!』

『おいおい、なんだその甘辛いみたいな名前はよ……』

『もう、甘辛体操でいいんじゃないか?』

『そうだな、面倒くせえ、小さい親方に顛末を教えれば決めてくれるはずだ』

『だから甘辛体操で…………』

------------------


 で、甘辛体操なんだってさ。何でもいいよ、好きにして、と笑っておいた。

 甘辛体操を終えて、今日も夕焼け通りの下水管埋設工事が始まった。


 作業進行は丸一日~二日遅れている感じで、これが常人が施工する、通常のペースなんだろう。予定は三日だけど、五日間で終わればまあまあ満足、煉瓦積みが終わった時には最初に施工した箇所は養生が終わっているから、切れ目無く工事が続けられる。喜んでいいやら悩むところね。

 煉瓦積みの後は石畳の基礎に入るのだけど、土をバンバン出したり砂利やらを出したりというのは私の役目。次の工程は私がべったりついていなければならない。比較的放置できるのはあと二~三日というところ。

 ホントは迷宮の管理やらに集中した方がいいんだけど、あっちの方はなるべく放置できるように設定していることもあって、あまり面倒を見ないで済んでいる。私がいつまでも存在せず、迷宮の方が明らかに長生きだから、そう設定するのも当然ではある。


「じゃっ、セメントを購入した後、迷宮に行ってますので!」

 今日の分の煉瓦とセメントを降ろして現場から離れる。

 先に東地区のセメント業者からセメントを購入して、迷宮に行って、素材部から煉瓦を調達せねば。セメントの製造もなぁ……今新しい事業を行うには、トーマス商店のキャパシティを越えてしまいそうだし、保留の案件だなぁ。いっそセメント製造業者を工場ごと買い取ってもいいのだけど……エールの時と同じ失敗をしそうで慎重な姿勢になってしまう。

「いいさ。そのうちドロシーの手が空くでしょう」

 希望的観測を元に、私は『風走』で東地区へと向かった。



【王国暦122年9月4日 7:42】


 まずは漁協関係の下準備から。

 ネスビット商店へ行き、ネスビットさんが暇なことを確認すると、大量発注をかけた。

「魚網を四百メトル。粗さは細かくお願いします」

「なんと、網、たくさん」

「はい、えーと、そうですねぇ、百メトルずつ納品で構いません。漁協の人に取りに来てもらいますので、作るのに集中してください」

「百メトル、受注、わかった」

 相変わらずたどたどしいネスビットさんに納期を訊いてみると、百メトルが大体五日とのこと。これだけの腕前を持っているのにここは流行っていないのが、とても不思議。ニコニコ顔を見ると、継続的に注文したくなるなぁ。

「じゃあ、前金はここに置いておきます。盗られないようにしてくださいね?」

「わかった、作る、網」

 聞いてないな。誰かに頼んで金庫を設置してもらおうかしら。



【王国暦122年9月4日 8:36】


 セメントOK、煉瓦OK。

 迷宮広場でセドリックと落ち合う。

「何か仕様の変更があったっすか?」

「はい、中央エリア第四階層、東1エリア第三階層、第四階層。武装が追加されました。難易度が上がっています」

「…………………攻略させない気、満々っすね……」

 苦笑される。


「うーん、ちょっと簡単すぎたかなぁと。反省しているところなんです」

「俺っちの見たところ、戦利品の数と死者数は均衡が取れていると思うっすけどね。ただ、冒険者がこれ以上増えれば……」

「狩り場不足になるでしょうねぇ」

 二人して唸った。その傾向は三日目にして既に現れている。滞留人数は常に五百人を超えて、入り口である中央エリア第一階層は産まれたてのゴブリンが、再配置(リポップ)と同時に狩られている。極小の魔核しか持たない、そんなゴブリンを狩っても旨みなぞないだろうに。


「中央エリア第一階層に転送する魔物はちょっと絞ります。入り口としてしか機能してませんからね」

「それがいいっすね。全体的に難易度を上げる方向なのは、こちらでも冒険者に知らせるっす」

 頼みます、と私はお願いして、セドリックと別れた。


 迷宮管理層へ移動する。

 まずは今言っていた、中央エリア第一階層の出現魔物を絞って、その分育成期間を取り、他のフロアに魔物資源を回すように設定しなおす。

 大雑把だったロンデニオン西の時とは違って、今回はかなり微調整を繰り返している方だ。

 調整作業が終わった頃、ケリーたちから連絡があった。

「お、ケチャップできたかしら」

 ちょっとワクワクしながら、西エリア第一階層へと向かった。



【王国暦122年9月4日 9:04】


 西エリア第二階層はトマト農場、その上の階層は便宜上『倉庫』としているけど、半分は工場みたいなもの。事前に用意してあった陶器製の大釜から、同じく陶器の瓶に移されたケチャップは二百四十本。二十ダースね。


挿絵(By みてみん)


 この容器はポートマット西、ロンデニオン西の両迷宮に共通の容器。あんまり考えなしに径の違う筒を重ねた形にして持ちやすいように取っ手を付けてみた。取っ手が破損しやすいので、早速改良しなければならないと、仕様を決めたあとに頭を抱えた一品。


「マスター、味見をお願いします。我々にはこれが正解なのかわからないのです」

 そりゃ、食べたことないからねぇ。

「じゃ、一緒に味見しよう」

 ケチャップだけを食べるというのはどうかとも思ったんだけど、手持ちの保存食料では相性の良さそうなものはなく、結局ケチャップだけをペロペロとなめる会になった。

「ん……酸っぱ甘しょっぱいです」

「トマトをさらに濃厚にした味、想像はついていたけれど……!」

「いや、新鮮さは失われている。あの瑞々しい味わいとは別方向の味だ」

 案外冷静に批評してるね。フレッシュなトマトの衝撃からすると、濃厚にしているとはいえ、幾分ぼやけた味に感じるのだろう。

「うーん、まあ、こんなものかなぁ」

 元の世界の日本人的にも納得の味かなぁ。ハイ○ツじゃなくてカゴ○っぽい。

「水分量が多かったせいもあるのですが、煮詰めるのに手間がかかりまして」

「糖度計がなければ、客観的な基準がわからず、右往左往していたでしょう」

「頂いたレシピよりも、塩を多目に使ってしまいました」

 言われてみれば、ちょっと塩が強いかな?

「いや、それでこっちのケチャップの正式なレシピにしよう。少し独自性を出したいし」

「はい、マスター」


 もう一つの加工品、ドライトマトだけれども、こちらは試作して、試食してみると……。

「旨みに欠けます」

「味が薄いです」

「食感が悪いです」

 と、リヒューマンからの評価は散々だった。

 あー、これは作ってる品種がファースト種っぽいからか。種を包むゼリー質も一緒に加工しなきゃ駄目なんだな。

「食感については、これはまあ、出汁の素みたいなものだから。煮たり、油通ししたりして使うものだからねぇ。ゼリー質をさ、種を取った後に戻して、そこから干してみよう」

「なるほど、さすがマスターです」

「素晴らしいトマト、いえ発案です」

「未収穫のトマトが少量ありますので、再度試作を行ってみます」

「うん、頼むね。この、失敗作の方は貰っていくよ。何か料理を作ってみる」

 とはいえなぁ。保存食程度にはなるかなぁ。

 ポイッと一つ、口の中に入れる。んー、淡白な風味、そんなに悪くはない気がするなぁ。

 リヒューマン三人は、私が口の中に入れて噛んでいるのを羨ましげに見ていた。酷評したくせに。

「食べる?」

「頂きます」

「トマトなら」

「ちょうど食べたかったんですよ」

 今試食してただろうが。

 トマトに関しては心が揺れ動くみたいで、仕方なく、今持っていこうとしたばかりのドライトマトを四等分した。

「それじゃ、ゼリー質含みの方の試作も頼むよ。トマト畑の管理も引き続きね」

「了解しました、マスター!」

 ケリーたちは口の中にドライトマトを入れて、幸せそうに言った。



【王国暦122年9月4日 9:48】


 再び管理層に戻り、めいちゃんに一つ相談事を持ちかけてみる。

「ヒューマンが持つ味覚を判定できて、体系化した基準を持てて、外部に客観的な形で伝えられる魔物、なんていないよねぇ?」

 意地悪で卑怯な問いに、めいちゃんは暫く考えていた。

『……知能レベルがヒューマンと同等以上であるならば、どの魔物にも可能性があると思われます』

 という、教科書に載りそうな模範的な回答が得られた。

「ということは、ミノさん、オクさんの進化個体なら、可能性はある、ってことだよね?」

『……肯定です、マスター』

 クッキングミノさん、クッキングオクさん。

 うーん。いや、料理はしなくていい。テイスティングの役に立てばよくて、継続的に迷宮で培養、生産できて、使役させ続けられること。

「んっ?」

 物凄く鬼畜なことを思いついてしまった。うん、戦争捕虜を迷宮に捕らえて魔力生産をさせようというアイデアよりも鬼畜だ。

「いや、でも、考えようによってはリヒューマンの福利厚生になるのか」

 なるのかなぁ?


 ちょっと、その辺りを訊いてみようと、ロンデニオン西迷宮のグラスアバターにチェンジする。

 ロンデニオン西迷宮のトマトは既に収穫が終わり、全量がケチャップに加工されている。こちらは私の味見待ち。

 南東エリア第六階層のトマト畑に移動すると、オリバー(ティム)フリーセル(アグネス)が日なたぼっこしていた。

「あ」

「あ」

「やあ、休憩中?」

 私の嫌味とも取れる挨拶に、バツの悪そうな表情を浮かべる、元ティムと元アグネス。

「トマトが成るのを待っていたのです」

 あー、元の世界の日本の感覚だと、トマトって一年草だけど、こっちのトマトって、多年草なんじゃないか、と疑問を持たれていた。手持ち無沙汰にトマトが成るのをジッと待っていたらしい。別途指示を出していなかったからか。

 自発的に色々創造的なことをやられても困る人たちだし、指示の出しようがなかったというか。そういう意味でもトマト作りはリヒューマンたちを飼い殺しにする、丁度良い命令なんだな。

 それはそうとして。目的のことを訊いてみよう。

「一つ訊きたいんだけど、二人には性欲はあるの? っていうか生殖可能なの?」

「せいよく?」

「せいしょく?」

 オリバーとフリーセルはなかなか息のあった反応をしてくれた。けれど、私の言った意味が通じなかったみたいだ。

「子供を作れるかどうか、ってこと。子供を作りたいと思ったことは?」

「うーん、以前は思っていたような気がしますが…………復活してからは別に……」

 これは二人とも同じ意見だった。すれ違っていたとはいえ、相思相愛ではあったのよね。その二人がお互いを見る目は過去の思い人を見る目ではなく、もう少しドライな感じがする。

「二人はお互いをどう思ってるの?」

「マスターの僕の一体で、自分と同じ種です」

 同僚以上の意識がないのか。

「フリーセル、あれから生理は来ている?」

「月のモノですか? いいえ」

 うーん……。そりゃ、特に変化は見られないものねぇ。

「オリバー、君は射精したりすることは?」

「しゃせい? まさかそんな」

 あー、これは性欲がないし、生殖機能が失われている可能性が大だわ。

 いや、生理的欲求がないってだけで、器官としては機能する可能性は残ってるか。でもなぁ、無理矢理生殖行動をさせるのも何だよなぁ。

 リヒューマンは人の姿をした魔物で、今のところ不死者を改修した形……………でしか生成できない。不死者になった時点で色んなものを失っているのかもしれないわね。


「ふむ……………。めいちゃん、リヒューマンって培養器で生成できる?」

『……生成に至る行程が通常の魔物とは違うため、不可能だと推論します。……培養はできても、管理可能な魔物になるかどうか不明です。……マスターの意図とは違う魔物、もしくは魔物ではないものが産まれる可能性もあります』

 単なるクローン人間が産まれちゃう可能性もあるのか。ん……?

「魔物の培養器で、ヒューマンの製造は可能なの?」

『……仕様外ですが、可能と思われます』

「魔核を中心にしてのヒューマンの生成は?」

『……細胞が変質してしまい、ヒューマンとは呼べないものになる可能性があります。……推奨しません』

 結局魔物が産まれるってことか。


 リヒューマンを継続的に量産できればトマトを初めとした農産物の管理に丁度良いな、なんて思ったんだけどなぁ。これなら普通に人間を連れてきて使役した方が簡便で話が早いわ。


「マスター、何か不都合なことでも?」

 オリバーが不安そうな顔をする。

「ううん。迷宮管理下で、高い知能と言語能力を持ち、人間の味覚を理解できる魔物が量産できないか模索してたところだったんだよ」

「トマト管理のためですか?」

「それに限らないけどさ。人間の舌に訴えることは食べ物商売の根幹だからね」

「貧相な舌には自信があります」

 フリーセルが偉そうに言ったので、可哀想な子を見る醒めた視線を送り返しておいた。

 しかしなるほど、舌のオバケみたいな魔物がいればいいのかな。でも、人間に売りつけるには、結局人間の舌を基準にするしかない。魔道具で味覚センサーみたいなのを作ったところで、それは人間を補助する以上のものではない。

 人間と魔物の合成獣(キメラ)みたいなのを作ったところで一代だろうしなぁ。結局魔物じゃ駄目ってことで、人間を利用しないと駄目だ。

「結論。冒険者ギルドを活用するしかない」

「ははぁ、なるほど」

 オリバーはよくわからないけどわかりました、と頷いた。


「とりあえずさ、ボーッと待っててもしょうがないから、トマト畑の拡張、蜂蜜の採取、畑階層の環境の維持を頼むよ。気付いたところを覚え書きするなど、第三者が見てわかるような形で記録をよろしくね。重大なことがあればめいちゃんに知らせて」

「了解しました、マスター」

 無表情に、オリバーとフリーセルは言った。



【王国暦122年9月4日 10:24】


 意識を本体に戻した私は、昨日の作業の続き、ミノ/オクの装備を作り続けることにした。

 作業ペースは慣れも手伝って、昨日よりも全然早い。

 しかしなー、破損しやすいのが事前に判明してるから、セラミック装備は予備を作っておきたいんだけど、魔力波形と連動している仕様だから作れないんだよなー。

 まあ、他の仕様を作るにしてもやることが多くなっちゃうから、今回はこの辺にしておこう。



――――今は溜まった仕事(タスク)の消化が先だよね!





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