※新製品の命名
【王国暦122年9月3日 14:32】
レシピ通りにサリーが調合を始めて、ゴードンさんが手伝い、トーマスが見守り、ドロシーが感心している。
月光草、葉っぱの煮汁を作る時にも、魔力が抜けないように魔法陣の上でやらなければならない。
テングサはすでに干して色が抜け、白くなったものを煮込む。こちらは普通に煮ている。
両者を魔法陣の上で混ぜ合わせ、型に入れて冷却する……。
冷蔵庫に半生の製品を保管したのを見て、トーマスはポツリと言った。
「この濃度に決まったのは何故だ?」
「あまり濃いとですね、消費して足りなくなっていた魔力を、回復分が上回っちゃうんです。その――――先日のレックスみたいに」
「ああ~」
ゴードンさん以外が声をあげた。
「一刻に一枚が限度かなぁ、という量がそれくらいなんです。それ以上はちょっとキツイですね。一般の人には売れない商品になりそうです」
「ふむ…………月光草の煮汁……いや、魔力回復ポーションが男性向きの媚薬だという話は知っていると思う。ハッキリ言うと、その方面の需要もあってだな……」
「えっ?」
「いや、言いにくいんだが、好事家向けにいい値段で売れるんだな」
「いえ、そうじゃなくて、男性向き?」
「ああ。女性に効果があるとは聞いてないぞ。男性は張り切ってしまうな」
うんうん、とゴードンさんは頷いている。作ったこと、あるのかしら? いや、じゃあ、私がエッチな気分になっていたのは、プラシーボ効果だったというのか。くっ……失態だッ……。
「それでな、濃いモノも商品化したいところなんだが」
「あー、それなら、お芋の方を商品化しましょう。比較的少量で済みますし、効果時間を短くして薬効を高めた方がいいでしょうから」
「ふむ。レシピはできるか?」
「原料を持ってきます」
私はめいちゃんに伝えて、グラスメイドに月光芋を一つ持ってきてもらうように指示を出した。
【王国暦122年9月3日 15:01】
グラスメイドが月光芋を持ってきてくれて、すぐに作業に入った。と思ったらすぐに終わった。
「こっちはまた、えらく簡単だな……」
「摺って溶かして固めてるだけですからね」
魔力回復ゼリーどころではない、禍々しい紫色の寒天。月光芋の繊維がところどころ見えている。
「見ているだけで男が刺激される薬だな……」
まあ、バイ○グラみたいなものだし。男性ホルモンを刺激する一品なのかしら、コレ? 薬効の仕組みについては考えたことはなかったなぁ。
「レシピについては、ここにいる五名だけの秘密にする。いいな?」
全員が頷いた。でも、これ、月光草さえあれば誰にでもできるよ? っていうか月光草の根っ子を蒸かして食べたら似たような効果は得られるよ?
「よし、区別のために別途商品名をつけるか」
「では『レックス』で」
サリーが挙手をしながらビシッと言った。
「いや、それは可哀想過ぎるわね。『セレックス』で」
ドロシーはあんまりフォローになっていないことを言った。
「男の子が出来ることを祈って使う薬ですから、『セガレックス』はどうでしょうか?」
「男の子とセガレ?」
ヒューマン語スキルは違う言葉を当てているようだった。
「いや、でも響きはいい。レックスにわからないようにするべきだな。『セガックス』」
「おお~」
トーマスの命名に反応したのは私とドロシーとゴードンさん。
「何て妖しい響きなんだろうか……」
ゴードンさんは感銘を受けたようだ。どの辺が妖しいのかわかんないけど。
よし、レックス、君の名前を元にした。パンツ窃盗の罪はこれで償ったぞ。
「あ、アレも商品化してほしいわ」
ドロシーが指先で自分のお腹をツンツン、と突いた。
「ああ、鎮痛剤ね」
これもさささ、とレシピを書いて渡してしまう。漢方薬を煎じて固めたようなもので、そんなに難しいものじゃないから。
「じゃあ、これの商品名は『サリドン』で」
私は適当に決めたフリをしながらも決めつけた。
「いい響きですね」
サリーはウットリしている。自分の名前由来だと思ったのだろう。フフフフフ。
【王国暦122年9月3日 16:25】
新商品をまとめると、
① 魔力回復ゼリー
② 男性用興奮剤『セガックス』
③ 汎用鎮痛剤『サリドン』
①に付随して干菓子も作るのだけど、これは単体では売らない。
『くにゃレモン』など、一連のくにゃ関連製品、干菓子を含めて、①~③は製薬部ではなく製菓部が作ることになる。
人員に関しては製薬部と当面は兼任、奴隷や従業員を増やして、そこに当てていく。
ゴードンさん曰く、
「やっと錠剤の製造に慣れてきたところだったのに……」
新しい仕事を増やされてちょっと不満げではある。でも、立ち止まらないからこそ、トーマス商店が勝ち、ゴードン商店は負けたのだ。潔く工場長を名乗るがいい!
トーマス曰く、
「また奴隷を増やさねばな……」
備えはしていたとはいえ、急拡大する自分の商会について行けるだろうか、そんな不安がトーマスからは垣間見えた。
「大丈夫、ドロシーを始めとして、優秀な人材は育ってきてますよ。まだまだ、野望の終わりを見てはいけないのです」
クスクス、と笑いかけておく。案外トーマスも小心者だなぁ。ちゃんとわかるように部署制にして業務を分けて、専任の人を必ず置くようにしている。コントロールする人がしっかりしてればいいのさ。
「うむ、そうだな。儂がしっかりせねばならんな」
そうそう。それでいいのよ。
【王国暦122年9月3日 16:29】
「それでな、砂糖の件な。お前の王都出張に合わせて、ドロシーを連れていってくれ」
「えっ」
ドロシーとエミーって折り合い悪いんだよなぁ……。まあ、ドロシーの方はエドワードと上手くいってるから、不和のネタも無いようなものか。
「わかりました。連れて行きましょう。あー、んー、いやー」
「何よ、私が一緒だと都合が悪いわけ?」
んー、エミーは私の正体を知ってるから、ロンデニオン西迷宮に置いておこうと思ったんだよなぁ。通常の警護をするには隙ができちゃうし。
トーマスは他人事のように、私の肩に手を置いた。あー、必要なら話せ、ってか? 勝手なことを……。
「いや、大丈夫。王都行きは……そうだなぁ、行きに一日半、現地にいるのは二日くらいかなぁ。帰りは一日の予定ね」
「? 何で帰りの方が時間が短いのよ?」
「――――それは今は説明できない」
格好良く言ったつもりだったけど、ドロシーには通じなかった。
「じゃあ、後で説明してもらうわよ」
と流し目で言われ、ついでにデコピンをされた。
「あいた」
当たり前だけど『障壁』は発生しなかった。
【王国暦122年9月3日 17:30】
「はぁ……」
《珍しいのう、悩み事かの?》
「そうだよ、乙女には色々あるの」
はっ、自分で自分のことを乙女とか言ってるよ。恥ずかしいなぁ。
《それはそうと。例のヤツ、作るんじゃろ?》
「うん。この鬱屈とした気持ちを一時的に忘れるためにも。作ろう」
本質的に私の物作りって逃避行動なんだな……。
中央エリア第四階層に降りて、ミノさんたちを並ばせる。
『道具箱』から残土を出して、一体一体の体に合わせた鎧をノーム爺さんの助力で形成していく。
《武器だけではなく、防具も必要なのかのう?》
「うん、必要」
ミノさんたち、一体一体の魔力波形は本当に微妙だけど違う。ただまあ、同じだとしても不都合がないくらいには似ている。
この、『違うけど似てる』のには訳があって、彼らはいくつかの個体を元にしたクローン体なのだ。なので、元をたどると三十種類くらいに集約される。微妙に違う、というのは育ちや食べ物、鍛錬の成果などで癖が出るらしく、それが魔力波形の違いになっている。
ミノさんたち固有の魔力波形と、このセラミック装備は連動していて、二メトルの範囲に連動魔力が感じられない場合、自壊するように魔法陣を組んだ。ここのところ魔力波形に関する魔法陣をいじっていた副産物というか。ま、インスタントに数を揃えたいってだけなんだけどさ。
この魔法陣を付与する目的は、セラミック装備が奪取された場合の対策だ。この装備は冒険者に与える宝物ではない、という意思表示。
弱点もあって……今言ったような魔力波形は、同種同士だと似ているため、奪ったのが同種の場合は誤認するリスクもある。また、奪ってすぐの攻撃も二メトル以内に所有者の個体がいれば自壊の動作は行わない。
もう一つ、セラミック装備自体の問題もあって、切るとか刺すとかは鋭くて固いのでやりやすいのだけど、叩き斬るのが苦手。こればかりは鉄製に劣る。鈍器的な使い方(先日の戦場を見ていたら、騎士の戦いってホント、剣を鈍器代わりに殴り合ってるようなものだった)には向かない。防具としては単純に硬いのでいいんだけどさ。
逆に言うと、ちゃんと剣筋を立てて斬ることがミノさんたちに出来れば、これは中級冒険者クラス、下手をすると上級冒険者クラスだ。こんな魔物が守護する迷宮なんて、上級冒険者のパーティーでも無傷では突破できないだろう。
中央エリア第四階層、東1エリア第三階層と第四階層の難易度上げをしているのは、勇者のような理不尽な存在がいること。また、ダンたち中級冒険者のパーティーであっても、慣れてしまえば、ミノ/オークエリアの突破は可能であると判明したこと。実際にセドリックたちのパーティーは突破しているので、こちらは別途スピード特化型の侵入者対策を講じなければならない。
魔核の供給が過剰になりそう、という市場の話でもあるし、ちょっと大盤振る舞いし過ぎたかな、という反省でもある。
「ま、強くなりすぎたら、もっと下の階層に移すかな……」
現状、ゴブリンとワーウルフだけで魔核に関しては潤沢に供給しているからなぁ。魔物素材は私が独占しちゃってる格好になってるんだけど、別に流通させようって気はないから、これはこれでいい。
「ああ、白く美しいセラミック装備。これは作るの楽しいわ」
《ああ、楽しいのう?》
ノーム爺さんがノリノリ。精霊のくせに、私と同種の臭いを感じるよ…………。
ちなみに、ミノさん、オクさんたちは、それぞれ五体ずつパーティーを組ませた。
① 盾持ち、小剣持ち
② 小盾持ち、小剣持ち
③ 槍持ち(または両手剣持ち)
④ 槍持ち(または両手剣持ち)
⑤ 支援魔法使い
このうち、①だけがフルプレートに相当する鎧を装備させ、タワーシールドまではいかずとも、取り回しができる最大限の大きさの盾を与えた。魔法対策でもあるけども、ガッチリと敵(侵入者)の攻撃を止めてから戦う、を徹底させる。
②は①のフォロー用、もしくは後衛の守備用。
③④は場合によっては一体になり、その時は四体編成になる。狭い迷宮では弓などの長距離攻撃は使いづらく、中距離よりも短い距離での攻撃力を求めた。 ⑤は、ミノタウロス・マジシャンとオーク・マジシャンは、ロンデニオン西迷宮では量産させたけれど、ポートマット西迷宮ではまだ大量生産に至っていない。量産してすぐに魔法が使えるミノ/オークが出来るわけじゃなくて、素養のある個体のクローンが出来上がるだけ。魔法の練習をさせないと使えるようにはならなかったりして、地味に面倒臭い。それでも保有魔力―――魔力総量は他の個体よりは格段に上なので、インスタントに魔法陣付きの杖を作った。
これは『ガラガラ杖』と命名。
握るところは丸いけれど、途中から角材っぽい、実にいい加減な作りになっている。個体認識の魔法陣が手元に刻印してあり、角材の面ごとに、魔法反射、魔法盾、障壁、入門用攻撃魔法を一種、という組み合わせ。攻撃用魔法は風系、水系を半々で作った。火系、土系は迷宮の壁や床にダメージを負わせる可能性があるので作らなかった。実に自己中心的なチョイスだと思う。ちなみに、面によって記述されている魔法陣の数が違うのは、攻撃魔法なんかの魔法陣は大きいので、杖の幅に抑えるため、複数魔法陣に分けて描いただけ。
鎧は、軽鎧の形状に関しては、②~⑤は同一のものにした。小盾は②と⑤に持たせる。
「ううむ……………」
対冒険者としてはかなり出色の対策ができあがった。ロンデニオン西迷宮のミノ/オークが百体単位の軍団として考えているのとはちょっと違う、少人数特化。
この編成の弱点は、セドリックたちのパーティーみたいに、素早さを身上とした相手には苦戦必至ということ。ミノさん、オクさんは元々素早い魔物じゃないのでパワー重視になりがち。なので、短剣を素早く振るう役割は作らず、編成と戦い方でスピードに対抗する、という方向にしてみた。
まあ、しばらくやってみて駄目ならまた考えよう。
ええと……まだ全部の個体分終わってないや。1/3くらいが終わったのかな。それでも五百体分くらい作ったような気がするけど……。
驚くべきことに、まだ魔力が枯渇していないな…………。もうちょっと出来るかしら………。
いや、時間を気にしよう。ちゃんと家に帰ることが重要だ!
【王国暦122年9月3日 20:38】
帰宅はかなり遅くなってしまった。
今日は四人組は本来の寝床だそうで、アーサ邸の面々はチューブの方ではなく、本邸のリビングに集まっていた。
「ただいま」
「そう、おかえりなさい」
「おかえりー」
「お帰りなさい、姉さん」
何やら賑やかに会話をしていたみたいで、話題を訊いてみると、
「いやね、サリーがね、ドロシーが最強だって興奮しててさ」
「へぇ?」
「だって、あの姉さんを、デコピンですよ? 凄くないですか?」
デコピンって、ヒューマン語でも通用するんだね……。
私はその通りだね、と頷いて一言言った。
「ふふふ、彼女は最高よ……」
―――――鼻血は出ていません。
『サリドン』は第一三共ヘルスケア株式会社さんの商品で、月光草では作られていません(汗)。




