漁協との話し合い
【王国暦122年9月2日 10:45】
歩きながらの短文のやり取りは危険ですから止めましょう。
猫を踏んだり、踏まれたり、登られたり、肩の上で丸まられたりして――――やっと西漁港に到着したことに気付いた。
海では鳥が。陸では猫が。ニャーニャー鳴いている。
「にゃー」
「はいはい、ニャーは降りましょうね」
「にゃー」
私の体は鰹節かマタタビで出来てるんじゃないかと思うくらいの猫収集率に、ちょっと自分でも呆れる。
「よう。元気そう……じゃねえな」
そこにワイルドな登場をしたのはモーゼズだ。おお、猫がモーゼズに奪われていく…………。
「はい、まあ、元気ですよ。少し眠いですけど」
「それで、話って?」
日焼けした肌に、ギラリと光る白い歯。仄かに漂う体臭と魚臭。ううーん、ストライクだにゃー……。
「ああ、はい、海藻の件ですね。どうなってますか?」
「それな。シェミーさんだっけ。いいケツをした……ああ、うん、そのシェミーさんにも手伝ってもらってさ。ボンマットまでは行かないけど、結構西の浅いところに繁殖してるみたいだな。言われた量は取ってきてるから今日の夕方には納品できると思うぜ?」
あー、そうだね、シェミー姉さんのお尻っていったら男共のハートを釘付けだよね。フレデリカよりシェミー姉さんの方が年齢も上だし美醜でいったら圧倒的にフレデリカだけど、おモテになるのは圧倒的にシェミー姉さんだもんね。
「それはよかった。生息環境とか、細かい観察がされていると助かるんですけど」
「観察な。そのケツ……ああ、うん、シェミーさんが細かくやってたぜ?」
ちっ、やはり海の男と海の女。ケツがあろうが無かろうが、心惹かれるものがあるようだねぇ………。
少々の嫉妬を交えて言葉を継ぐ。
「そうですか、それはよかった。今日はもう一件ありまして。ウチの奴隷がお魚の買い付けに来てると思うんですけど」
「あれな。市場に流す前に漁協で押さえておこうって判断は正しいと思うんだが……」
正直迷惑でもあるのね。
「はい、それでですね、あの料理に使うお魚が足りなくなりそうでして。聞けば北方海域には大型の魚類がいるとの噂を聞きました」
数が足りないので、量で何とかしたい。そういう提案だ。
「遠洋に出られる船は……ウチの漁協ではアレくらいなんだがなぁ」
モーゼズが視線を移すと、遠くに係留してある派手派手しい船があった。甲板に大きく空いた穴を不格好に塞いであるけれど、あれはプロセア軍が最初に攻めてきた時に、第三王子ヴィンフリートが乗っていた船だ。
「あれは……軍艦ですものね」
あの船は、要するに使い道がなくて、放置されているのだ。
うーん、やっぱり船を造るしかないのかなぁ。しかしなぁ、巨大漁船を造るということは巨大ドックを作るということでもあるし……。それは巨大戦艦を建造できる能力も持たせてしまう訳で……。
「北方海域は波が高くてな。凪いでる日が少ないんだ。今の船でも波に耐えられればな……。そこまで行くのに時間がかかるし、漁船は基本的に魔導船だから疲れちまうんだ」
今、漁港で使っている木造船でも、木造としては結構大きいと思う。これでも外洋、北方海域に出るには不都合があるのか……。
「ん? 時間がかかる?」
「ああ。全速で漁場に行っても、ここからじゃ、丸々一日かかるな」
つまり、船の速度が遅く、魔導船で魔力を使っての航行では限度があると。帆船に毛が生えたようなものだからなぁ。こういう時に小型ディーゼルエンジンでもあればいいんだけど……。あとは形状の見直しか。戦艦大和みたいな球状船首でもあれば変わるかしら?
「うーん、ちょっと考えてみますよ。半日程度で漁場に到着するなら漁になりますよね?」
「え? ああ、そうだな。出来るのか?」
「わかりません。専門外なんですよ」
船の速度アップ、動力源の再考、大型化、推進方式の改善。どれも『使徒』チェックに引っかかりそう。
「そうか……そうだ、回数はもちろん増やすけどな、生け簀があれば取りすぎたときに保管しておけるから、多少はマシかもしんねえ」
「生け簀……なるほど……」
そこまで行ったら養殖や畜養も視野に入りそうだよなぁ。
どちらにしても即効性のある対策は見つからないか。何をやるにも時間が必要なのは当たり前のことかしら。
「ま、良い値段で買い取ってくれるわけだろ? 北海海域とは言わないまでも、少し遠出して獲ってくるぜ。安心しな」
モーゼズは、そう言ってガシガシ、と私の頭を撫でた。良い感じに魚臭い。体臭(魚臭?)にクラクラしそうだ。やばいな、これじゃあまるで臭いフェチじゃないか。
「はい。水産資源の確保って、とても難しいことなんですねぇ」
グッと耐えて少女の表情を作る。けれど上目遣いに情欲が走った自覚がある。
「需要が突然高まったからな。俺らは儲かっていいが、不漁の時だってある。浮き沈みが激しいから痛し痒しだ」
うーん、そう言われてみれば文字通り、漁師さんって水物商売だよなぁ。天候を初めとして自然に左右されるんだものね。さすがに水産資源が枯渇するんじゃないか、って想像はしていないみたいだけど、本能的には感じてることだろうし。
「養殖……を考えているんですけど、漁協に適任者っていますかね?」
「魚を? 育てて? 売るのか?」
「はい。魚に限りませんけど、目的の水産物だけを育てて、安定した品質、値段で市場に売るのです。土木作業的には可能なんですけど」
「魚を? 土木? もうちょっと説明してくれ」
困惑顔のモーゼズを見るのはなかなか楽しい。ああ、私ってサディストでもあるんだな。
「えとですね、考えているのはムル貝、中型の海老、大型の海老、テングサ、それに、今回のことで中型の魚類、ってところです」
「ムル貝は……食べると病気になるよな」
「いえ、それは生育環境が悪いのです。汚い水の中でも生きられて、水質を浄化しますけど、その過程で貝に毒が溜まっていくんです」
「えっ……」
え、漁師なのに知らなかったとか……?
「海老は淡水でも養殖が可能な種類がいますので、海辺じゃなくても、内陸でやってもいいんですけど。他は海……潤沢な海水や、生育環境が必要ですね」
「難易度が低い、という意味ではどれが適してるんだ?」
「簡単、って言えませんけど、海老ですね」
「アレは確かに茹でると美味いっちゃ美味いが……売り物になるのか?」
モーゼズの懸念に、思わずニヤリと笑い返す。
「大繁盛、間違いなしです」
断言しておく。グリテンの人間が持っている先入観を排除してしまえば、海老が不味かろうはずがない。
「そうか………………………どんな人材がいいんだ?」
「漁協の人間で、魚の売買の知識があって、魚の生態に詳しくて、出来れば飼育の経験がある人。常駐で最低一人」
「うーん……おやっさんくらいだなぁ……暇だし……」
そうだった。常に表に立っているモーゼズは、漁協の副会長なんだよね。会長っていう人がいるはずなのよね。
「是非お願いします」
「話してはみるけど……頑固者だぞ? あんまり喋れないし……」
「頑固で喋らない人には耐性があります」
ルーサー師匠の顔が浮かぶ。自信を持って宣言してしまう。ま、フンフン言わないで、ギョギョ! とか言うお爺さんだろう、きっと。
「そうか。わかった。話してみる。コレでまた連絡すればいいんだよな?」
モーゼズは通信端末を取り出して言った。
「はい、お願いします。お待ちしています」
真面目に言ってみたけど、ちょっぴり下心込み、かな。うひひひ。
【王国暦122年9月2日 11:30】
西漁港から離れて、近くにある南市場へと向かう。
「んっ?」
短文だ。サリーからだ。
ちょっとドキっとする。
『迷宮支店なぅ。テングサの納品アリ。こちらで預かり中』
だってさ。
ふう、サリーもモーゼズを気に入ってるみたいだし、海の男、モテモテじゃん? サリーが観察してたんじゃないかと周囲をキョロキョロ見渡してみるけれど、短文の内容からは迷宮支店にいるみたいだ。
「ふっ、間男……いや間女……ちょっとマドンナみたいな響きだ……」
ヘイ! とか言ってみる。
けど、アピールする相手はどこにもいなかった。
「小林克也風に言うとマダーナーなんだよなー」
誰に語るでもなく呟きながら、市場で幾つか買い物をする。
南市場は基本的に生鮮食品―――お魚と野菜がメインで、あとは肉と加工食品、それに付随する道具やらが売られている。乾物屋とワイン専門店もここにある。
「赤いのと黄色いのと青いの。緑色ってある?」
「赤いのは高いのと安いのがあるよ」
「安い方。緑色は?」
「黄色いのも高いのと安いのがあるよ」
「安い方。緑色は?」
「ないね。草の汁でも入れておけばいい」
そうするか。
まるで暗号みたいな会話で入手したのは食用着色料だ。それにしてもここの店主は話を聞かないわね。
着色料は食べても害が少ない、ってだけで大量に食べればお腹を下したりはする。彩りが必要なことが多いので私は結構利用してる方なんだけど、あまり飾り気のないグリテン料理が中心の世の中では、この乾物屋に於いて不人気商品みたい。
目的のものを入手できたので他の商店を物色する。一度工事現場に戻るし、何か野菜でも買っていってあげようかな。
「おいちゃん、この菜っ葉ちょうだい。十把ね」
「お、トーマスさんのところの。久しぶりじゃねえか。ほれ、もっと持ってけ!」
と、ほうれん草みたいな菜っ葉を一抱え買わされた。在庫処分っぽいけど、安かったからいいや。
あとはリンゴを一箱買った。正直、品質はハミルトンのところの方が格段に上。あっちは専門店を謳っているからなぁ。そうね、元の世界でいえば、新宿のタ○ノとか、渋谷の西○みたいなものね。
あとは牛乳を一瓶。まあ、こんなものかしら。
【王国暦122年9月2日 12:06】
工事現場に戻ると、皆は休憩に入っていた。いつものように『シモダ屋』からサンドイッチが出前されていて、モソモソと食べていた。勇者オダはといえば、ハッキリ元気はなく、一人でポツンと所在なさげに地べたに座り込んでいる。
私は特に話しかけることはしなかった。何となく全員のフラストレーションが感じられたから。
「おかえり、小さい親方」
ガッドとタイニーが近づいてくる。二人とも何か言いたいことがあるわけね。
私は陶器の鍋を二つ、『道具箱』から出して、一つの鍋に『飲料水』で水を出して、菜っ葉を水洗いする。この世界では必須の下拵えだ。元気に育つのはいいけど、往々にして糞尿が肥料に使われていることが多いから。ついでに言えば葉物の生食は避けるのが基本。
もう一つの鍋は、簡単な竈を即席で作って火に掛ける。ベーコンを細切れにして炒め、洗った菜っ葉をざく切りに刻んで放り込んで一度炒める。菜っ葉がしんなりしたところで牛乳と水を投入。グツグツ言い出したら塩と胡椒(胡椒はお高い!)で味を調えて完成、と。
「はーい、スープ飲む人-?」
陶器のお椀によそって、木のスプーンを添えると、口の中が乾いていた建設ギルド員が、ワッと群がった。
「小さい親方……」
ガッドとタイニーの言いたいことを言わせずに、彼らにもスープを振る舞う。うん、わかってる。だけど我慢して使いな、とウィンクしておく。
「ほら、オダさんも」
一層暗い空気を纏っている勇者オダにも、適当菜っ葉のミルクスープを渡す。今日は太陽が出ていて気温がそれなりに高いのだけど、スープは食事に必須だ。
「あ、ああ、ありがとう」
まだ礼を言う気力はあるみたいだ。
その勇者オダを見た、ガッドとタイニーの二人は顔を見合わせて、何事か頷きあった。覚悟を決めたのだろう。
「アレを鍛える」
「ああ。それしかないようだ」
ははは、ガッドとタイニー、二人とも偉そうじゃないか。揶揄を含めた笑みを送ると、やっと二人は、
「あっ……」
と声を上げた。
「初心忘れるべからず。おかわりはいかが?」
ガッドも、タイニーも、まだ熱いだろうスープを急いでかき込むようにして食べると、
「ください」
と神妙な顔でお椀を差し出してきた。
私は満足しつつ、大盛りでスープをよそった。
【王国暦122年9月2日 17:25】
人間、必死にやれば何とかなるものだなぁ、と思う。
勇者オダのセメント練りは作業の終盤になって、疲労からか余計な力が抜けて、スムーズになっていった。サマになっている、と言っていい。
どうやら自分たちの物覚えの良さがおかしかったのだ、と『ビルダーズ』の面々は気付いたようだった。だから、最後の方はちゃんと勇者オダのセメント練りを待ち、励まし、そして泣かせた。
「頑張れ、オダ!」
「いいぞ、オダ!」
「その調子だ! そうだ! 練るんだ!」
「皆さん………ん、んんん………な、泣いてなんて……ううっ」
勇者オダの男泣きは、『ビルダーズ』だけでなく、その場で作業をしていた建設ギルド員、通りがかりの商人、お使いをしていた奥さん、はたまた転んだ子供も泣かせた。おいおい、『スクールウォ○ズ』じゃないんだよ、芥川隆行のナレーションはないよ?
一歩引いて観察してみると、『ビルダーズ』の、あの時の物覚えの良さと比較してみると、勇者オダには『加護』が適用されていないみたいだ。まあ、易々とセメント練りをマスターされてもこの場合はよろしくない。実に都合のいい『加護』じゃないか。
「今日はシモダ屋で歓迎パーティーだ!」
ガッドとタイニーはお昼の不満げな態度が嘘のように、勇者オダを仲間として認めたようだ。感動させてくれた、それだけで仲間なんだろうな。
私はそれを微笑ましく思う。
あんまり今日一日の作業は進んでおらず、正直、勇者オダは戦力になったかどうかは微妙だけれど。案外私も冷血じゃないんじゃないか……と自己評価を上げてみる。
――――密かにガッドたちに飲み代をカンパする私。それも含めて、甘いなぁ………。