ポートマット西迷宮の防衛行動2
【王国暦122年9月1日 22:50】
結局、折衷案に近い、Bの②を選択した。
一般の侵入者―――冒険者がどう戦うのか、眼前で見てみたくなったのだ。
ちなみに勇者オダはまだ目を覚まさない。邪魔だからこのまま寝ていていいんだけどさ。
「いいだろう。俺はこのパーティーを預かってるダン。こっちはスマートとカーリー。そっちのドワーフがザジ。痩せてるのがキャスだ」
「スマートだ。短剣を主に使ってる」
ダンは誠実そうだけど、チラチラとこっちを見ている。自意識過剰で失敗するタイプかしらね。私基準では美男子ではないから、誠実さで実績を作らないと女性は乗りにくい気がする。酒場でナンパは失敗しちゃいそう。
スマートは別に痩せてない。体格はよさげだけど、これで短剣使いなのか。珍しい。目つきが鋭くていつも何かと自分を比較してそう。
「カーリーよ。ふん、私より若い女とか……」
カーリーはふくよかな女性。こういう体型の人って、この世界だとモテるんだけど、目つきが悪くて、何かに文句を言ってないと駄目そう。
「ザジ……だ」
ポツリとそっぽを向きながら、横幅の広いドワーフが顔を赤らめた。なにこれ、初心な人の集まり? 『鑑定』で見ると、なんと十五歳(!)。髭が生えてて声も渋いんだけど…………確かに肌はツルツルで、やっと年齢を信じる気になる。こんな老け顔の少年が存在するんだね…………。
「キャスだよ。普段は弓を使ってるけど、今日は迷宮の中だから短剣だよ」
痩せてるね。確かにね。それでも一番朴訥で、このメンバーの中では一番素直そう…………。
しかしなぁ、『第四班』も個性的なメンバーが入ったなぁ。
特にダンなんて、チームリーダーであるラナたん、副リーダーのラルフ少年より遙かに年上だ。二十代前半なのにこの落ち着きよう。リーダーシップに関しては確実に負けてるね。ラルフ少年はもちろん、下手するとラナたんよりリーダーに向いてるかも。ただまあ、リーダーシップ云々だけじゃなくて、カリスマ性とかもリーダーには必要だから、ダンの方がリーダーに相応しいかどうかなんて、単純に資質だけで決まるものじゃないし、今の時点ではわかるはずもない。
「よろしくお願いします」
私はファーストネームを名乗り、オダが勇者であることは言わなかった。
「ああ、その名前ね。最近名乗る人が増えてるよね」
私の名前を聞いて、ダンは驚きもせず、そう言った。
「へえ、そうなんですか」
面白い情報だなぁ。本当なら有名税と言えなくもないけど、名前って増えるものなんだね?
「――――『筋力強化』」
「おお、付与魔法が使えるのか! 助かる」
チラチラと私を見ながら、ダンが真面目な顔で褒めてくる。
私はLV1の筋力強化を全員に(私自身にも)付与して、前進を促した。
「入るぞ」
ダンは全員に意志を確認してから、第四階層の扉を開けた。
【王国暦122年9月1日 23:06】
五人が先行して、私は勇者オダの首根っこを掴んで引きずり、かなり離れた位置で様子を伺っている。
というのも、魔物達には私がいるパーティーには攻撃しないように設定しているから、少なくとも別パーティー扱いされる位置まで離れていなければならない。
「しっ」
パーティー一行よりもさらに先行していたスマートが『止まれ』と合図した。ミノさんたちを発見したのだ。
スマートは後ろ手で三本指を立てた。よくわからないけど合図みたい。ザジが体型からは考えられない程の速度で音もなくスマートに近寄る。それに合わせて、五人ともスマートに近寄り、ザジはそのまま先行していった。
「うぉおお!」
ザジが盾でミノさんを殴ろうとしていた。ミノさんは二体いた。そのミノさんは力持ちだけど鈍重な筋肉馬鹿……なので、盾を避けもせずに、二人がかりで受け止めた。
「グモッ、モッー!」
「モッモッ」
「いくぞっ!」
ダンは少しだけ躊躇ってから、突っ込むように指示を出した。ミノさんたちはザジの盾を捕まえようと動いていて、隙がある。
「きええええい!」
スマート、キャスが盾の脇から左右に回り、ミノさんの背後に迫る。このままだと刺される…………。というところで、ミノさん二体は、盾を掴んでいた力を緩めて回避してしまう。
「ぬっ! ぬん!」
ザジは盾を押し込もうとしたけれど、そのまま、今度はミノさんたちに盾を引かれてしまい、バランスを崩す。
「うぉっ!」
スマートとキャスの攻撃は不発。そこにダンの両手剣が不穏な風切り音を立ててミノさんを襲う。
「モッ」
ミノさんは落ち着いて回避。大きな図体と筋肉だけど、案外避けるじゃないか。
「! 下がれ!」
ザジは何かに気付いたのか、後退を命じる。気配探知によれば、十五匹ほどのミノさんが接近してくる。うん、いい判断だね。
《囲え。殺すな》
密かに私は指示を出す。
「モォオオオオオ!」
「グモッ! モッ!」
「陣形保って後退!」
ダンがそう叫んだけれど、ザジの盾を叩くミノさんは四匹に増えていた。五人が後退しようとした場所には、三匹のミノさんが入り込む。要するに、私たちとダンたちはしっかり分断された。しまった、と一度、ダンは私の方を振り向いた。
「くっ、退路確保ぉ!」
しかし、そこに、さらに三匹のミノさんが。自分たちの倍の数になったミノさんに、ダンたちはさすがに焦りを隠せない。殿の形になったザジは、目の前のミノさんを捌くのに精一杯。入り口側はダンが両手剣で活路を開こうと後ろに走る。
「スマートは俺の補助! キャスはザジの補助! カーリーを守れ!」
おお、さすが、治癒術師を守るのは基本だね。
私と、引きずられている勇者オダは入り口に待避を完了。一瞬だけ、ダンと目が合う。
私は、こちらは気にするな、と目配せする。
え、手伝ってくれないの? と悲しげなダンの瞳が印象的だ。
真面目な話、すでに混戦になってるから、同士討ちを避けるには、魔術師が出来ることは足止めくらい。付与魔法だって覚えてない人もいるわけだから、支援としては既に過分でもあるのだ。
つまり、先制の奇襲時に足止めが出来なければ魔術師は足手まとい。ついでに言えば『拘束』『泥沼』などの土系魔法は、迷宮の床ががっちり魔法でガードされているので発動しにくい(全く発動できないわけじゃない)から、支援の魔術師としては、フレンドリーファイアを避けて、きちんと目標に当てることができて、しかも魔力を丁度良く調整できる腕がないとやっていけないわけだ。
これは床と同様に、壁にも魔法反射が施されているからで、過大な攻撃魔法は下手をすると自分に跳ね返ってくる。高度な腕前が必要だ、という点で、迷宮に於いて魔術師は『不遇職』であると言える。
ただ、これは迷路っぽい閉鎖空間での話で、少し開けたような場所では広範囲に攻撃が可能で、射線も取れて、後方から援護が可能、と、一気に攻撃の花形になる。要は適材適所なのだけど、魔術師そのものの数が少ないのに加えて、中級冒険者辺りの迷宮攻略パーティーには面子に余裕もない。いらない子扱いされているのに、そのパーティーに所属し続ける厚顔な魔術師は恐らく皆無だろう。
時にはお姫様扱いされることもあるけど、都合良く使われることに疲れた魔術師は結局去っていく。
曰く『私はモノじゃない』と。
とまあ、そういうわけで魔術師の、特に迷宮攻略パーティーへの定着率はとても低い。開けたフィールド主体のパーティーであれば話は変わってくるけれど、魔術師を丁寧に扱っているパーティーほど、上のステージへ上がれるというもの。
魔術師に限らず、パーティーメンバーを一個の人間として扱えるかどうか。その辺りがポイントと言える。
さて、ダンたちのパーティーは、まず私の身柄を心配してくれた。いいね。いいリーダーだね。
前後、両面での戦闘も、比較的優位に進めている。即席……に編成されたんだろうけど、個々がフォローし、フォローされることに慣れている。
時折、捌ききれなかったザンが傷を受けるものの、カーリーが水系『治癒』を絶え間なく発動して支える。
ダンは両手剣で活路を開きつつあるように見える。
ミノさんの方が及び腰というか、接近しては一撃を加えて去っていく戦法を繰り返しているからだ。傷ついたミノさんたちは後方に下がり、また元気なミノさんが攻めに行く。
結果として……じわり、じわりと包囲網が出来上がっていく。
「っっっっっ」
どこに動いてもミノタウロス。
もはや退路は完全に断たれた。多大なストレス、恐怖感がパーティーを襲っていることだろう。ギリギリのところで踏みとどまる、だけどミノさんを倒せない。永遠と思われる時間に徒労だけが募っていく。
「くっ!」
ダン、ザジが、傷をつけられていく。カーリーの回復が遅れ始める。
「あっ」
キャスがミノさんにぶん殴られて、大ダメージを受ける。カーリーが駆け寄って抱き起こす。さらに回復が遅れる。
「ぐっ!」
ザジにも大ダメージ。盾は素手で殴られていたにも拘わらずボロボロの状態だ。
ダンとスマートの方はまだいける。フォロー可能と見たダンは、スマートに目配せをして、ザジたちの立て直しを図る。スマートはザジたちの方へ動き、群がるミノさんたちを蹴散らした。
「モモッ!」
短剣で傷を付けられて、後退していくミノさん。しかしすぐに交替のミノさんがやってくる。
「ふんっ!」
後方のダンが鬼気迫る迫力で両手剣を振るう。
「モキュッ!」
ミノさんの肩に突き刺さる両手剣。本来の両手剣は叩き斬る、みたいな使い方なんだけど、近寄らせない、とリーチを利用して突き刺すように牽制し始めた。応用力もあるなぁ。
「大丈夫だっ、持ち直した!」
ザジが叫ぶ。けれど、カーリーの顔色は優れない。魔力切れが近いね、こりゃ。
スマートは一瞬迷ったものの、今現在、一番の穴はザジが一人で保っている戦線だ。何も言わずにザジのフォローに戻るスマート。
いいねぇ、いいパーティーだ。動きだけなら上級冒険者に匹敵するんじゃないだろうか。
ザジの方は一時的に穴を埋めた反動か、動きにキレがなくなってきている。
全体として限界が近い。もう数分も戦えば、誰かが倒れ、綻びから一気に瓦解するのは明白だ。それは当の本人たちが一番感じていることだろう。全員に焦りの色が濃く滲み出る。
潮時かな。
《そろそろ撤退。入り口に向けて、ゆっくり押し込んで、進路を確保してあげて》
《……了解しました、マスター》
ミノさんたちは、違和感のない程度にゆっくりと、包囲網を広げていく。第四階層の入り口に向けて、筋のような光明が見える。
「全力で後退! 急げ!」
ザジにも声をかけて、パーティーは一気に走り抜ける。僅か五メトルもないだろう道が遠く感じられていることだろう。
私は第四階層の扉に手を掛けて、閉める準備をする。
五人が扉を抜けると、力任せに扉を閉めた。
【王国暦122年9月1日 23:15】
「ハアッ、ハァッ」
「ハァーッ、ハァーッ」
五人の荒い息づかい。迷宮の階層の扉は任意に閉められる。だけど、魔物が開けちゃうこともあるし、めいちゃんの命令で開け閉めも可能。だから安全地帯とは言い切れない。
「よくぞご無事で……」
シレッと私は心配そうに声をかける。
「――――『治癒』」
水系の『治癒』を全員に施す。
「ああ……楽になった……ありがとう」
「いいえ。ですが継戦は不可能だと思います。地上に戻った方がいいのでは?」
いい人ぶって撤退を進言する。大体、私はここで、他にやることがあるのだ。
「そうだな。一緒に戻ろう」
ダンが私にも撤退を勧める。
「いえ、この人が起きたら戻りますよ。勝手に戻ったら、この人に怒られちゃいます」
困ったように笑う。
「そうか、誇り高い人なんだな。その―――人は、恋人か何かか?」
「いいえ、全然」
虫でも見るような目で勇者オダを見る。
「そ、そうか。そりゃ――――」
そりゃ良かった、って言いたかったのかな。口説かれてるのかな、こんな場所で。
「今のうちに戻って下さい。私もすぐに戻りますから」
「あ、ああ、わかった」
「はい。無事でよかったです」
五人が転送魔法陣に入ったのを確認して、最後に私はそう言った。
地上に戻って、ラナたんたちに顛末を伝えたら、私が迷宮管理人だってことはすぐにバレる。いやバレてもいいんだけどさ。
私が嗾けた、という前提で今の戦いを見れば、ミノさんたちが、ダンたちを使って訓練をしていた、とわかる。それをさせていたのは管理者である私。物凄く遠回しで意地悪な追い返し方をしたことになる。
逆に好意的な見方もあるだろうけど、実際にやらされたという嫌悪感はあると思う。
うーん、こりゃ、ラナたんに怒られても文句言えないわねー。
《今の戦闘で、ミノさんの経験値的にはどうだったの?》
《……数字上は変わっていませんが、戦闘経験は第四階層のミノタウロス、全てが行いました》
それならダンたちに戦ってもらったことが糧になるね。当方のミノタウロス、オークの問題も明らかになってきたし。
《戦闘経験は、模擬戦を多く行い、さらに深めていくこと。オーク、ミノタウロス、両者に徹底よろしく》
《……了解しました、マスター》
―――よし、次は勇者オダの処理だわ。




