ハーブのお茶
昼前にポートマット冒険者ギルドに到着すると、私は受付にいたベッキーを見るや否や、フェイへのアポイントメントを要求した。
ベッキーは何か言いたげだったのだけど、私が切羽詰まった様子で言ったからか、口を噤んで「わかったわ」とだけ言い、フェイの所在を確認しに、席を離れた。
二、三分後にはベッキーが一人で戻り、
「支部長室でお待ちです」
と、私に告げる。私は頷いて手を挙げて、謝意を表して、支部長室へと向かった。
「……どうした。……早かったな」
「ええ、まあ。想像通り、と言いますか」
ソファに座ると、私はすぐに『遮音』結界を張り、本題に入った。
「召喚魔法陣が二カ所―――これは破壊しました。それに、迷宮らしき存在も確認しました」
「……ほう……」
「迷宮には出入り口が見あたりませんでした―――探せばあるかもしれませんが―――恐らく魔法陣による出入りをしているものと思われます。壊した二カ所の他に魔法陣が存在すれば、まだ魔物の召喚、移動は可能であり、脅威は継続するものと思われます」
「……その迷宮はどこにあったんだ?」
フェイの問いに、私は場所を説明する。
「……そんな場所に迷宮があるのか……」
何でも知ってるフェイではあるけども、この迷宮の存在は知らなかったようだ。
「ウィザー城から近いですし……セドリックさんの推測も合わせると、ここが元凶と考えます」
フェイは思案顔で頷く。
「……ふむ。……迷宮を外から丸ごと破壊するのはさすがに難しい、か」
私も思案顔を作り、
「地上に大規模な魔法陣を設置して、年単位の魔力を貯蓄すれば、完璧に破壊することは可能です。ですが」
一度言葉を切る。
「近くにあるウィザー城はもちろん、周辺の環境に与える影響が凄まじいことになるかと」
「……まあ、そうだろうな……」
「一応、最下層で大規模魔法を発動するのであれば、被害は小さくて済みますが、やらない方が賢明かと」
フェイは静かに同意を示す。
「当面は魔法陣を破壊したこと、元凶である迷宮を発見していること。以上が警告であると同時に抑止力になっていることを期待するしかありません。継続して街が襲撃されて被害が出るようであれば……」
フェイが渋面を作る。
「……その時はポートマットだけではなく、冒険者ギルド全支部から選りすぐって攻略パーティを編成する」
「それがいいと思います。迷宮の入り口を露出させる穴を作ること、それ自体は難しくはありませんし。召喚魔法陣と、あるかもしれない入り口の探索を兼ねて、巡回はもう少しの間は継続した方がいいかもしれません」
「……うむ。……将来的には迷宮の破壊は視野に入れるとしても、現状は様子見、だな。……現段階で、これ以上の追及は、痛い腹を探られてしまうだけだからな」
魔術師ギルドの連中が攻めてきている、という状況証拠は揃いすぎるほど揃ってはいるけども、確証がない。こちらから王宮や魔術師ギルドに怒鳴り込んでみても、軽やかに躱されてしまうだろう。実力で排除するとなると、私の魔法スキルの練度では、恐らく負けてしまう。短剣スキルを使っての排除は可能だろうけども、それをやってしまうと、私が勇者殺しだと認定されることは間違いない。
「そうですね。同感です」
「……うむ。……本日中にでも各支部に告知しよう。……早晩、新規迷宮登録されるだろう」
さすがに、私とフェイ、この両名だけがあの迷宮の存在を知っている、ということの危険性はわかっているようだ。そして、私の意も汲んでくれたようだ。
今後調査されていけば、何者が管理していたのかは、いずれ判明することだろう。
仮に、それが魔術師ギルドである、と認定されてしまえば、それが勇者殺し犯人の選定、という大義名分はあるにせよ、無告知で王都からポートマットへの攻撃を行ったことになる。
つまり、迷宮の存在は、魔術師ギルド、もしくは、その行動を承認したであろう王宮の悪意を多分に含む物証なわけだ。
これはポートマット領主から王宮に対しての強力な政治カードになる。エレクトリックサンダーは災害指定されてもおかしくない魔物だし、ワーウルフは実際に街に被害があり、経済活動にも影響を与えている。最悪のケースでは内戦に至る可能性がある問題だ。
そのカードを潰そう、と再度、攻め手を打ってくるのは明白で、当然ながら、標的は私ということになる。迷宮の存在を知っている者がいなければ、このカードは成立しない。
「はい、そこに迷宮が存在する、という情報を周知してしまうことは重要です。標的が分散しますし、多すぎて狙えない状況を作るべきです。私自身の保身にもなりますし、ポートマットに手出しがしにくくなります」
フェイも頷く。
「……そうだな。……迷宮管理者―――いるかどうかわからんが―――が対策を打てば打つだけ、こちらが有利だ。……正体を晒すようなものだからな」
「その間に、迷宮探索をしてしまえば、状況も進みますし」
そこまで態勢を整えてしまえば、ポートマット襲撃の犯人も判明するだろう。そして、向こうに出来ることは、手出しをせずに息を潜めることだけなのだ。
まあ、別に私は義憤に駆られているわけではない。
もっとこう、生産的な活動をしたいだけなのだ。それを邪魔してくるとは迷惑千万、全力で排除申し上げているだけ。
フェイはもう一度頷く。私はそれを合図に『遮音』結界を解いた。
空気が和らいだのは気のせいではない、と思う。違う話題をフェイが振ってきた。
「……ああ、例の編み物の件だが。……ベッキーの母親が、自称『編み物名人』だそうだ。……ところで本当に編み物なんてするのか?」
私は微笑を向ける。あまり邪悪な笑みじゃないと自負してるのだけど。
「どうせなら自分で作ってみたいんですよね。ええと、訪ねるのはベッキーさんと相談した方がいいですよね?」
「……ああ、そうだな。……安息日がいいだろう。……その日は巡回を入れないようにする」
「はい、お願いします。ということは、次回の巡回後になりますか?」
「……うむ。……そこは調整しよう」
「はい、ありがとうございます」
私は礼を言って支部長室を出ると、受付に向かった。
受付ではベッキーが私の姿を見て、軽く手を振ってくれた。小走りに近寄って軽く謝罪をしておく。
「先ほどはスミマセン。何か言いたそうだったのを止めちゃったみたいで」
「ああ……いいのよ。急ぎだったんでしょう?」
ベッキーは先ほどとは違って、いつものような柔らかい笑みで私を迎える。
「はい、その件の報告は済みました。あの、編み物の件で……」
「ああ……さっき支部長から聞いたわ。冒険者なんてやってても、やっぱり女の子なのねぇ」
私は何と言って返していいかわからず、困った挙げ句にはにかみを見せる。
「次の安息日……七日後ですか、くらいにお伺いしてもよろしいでしょうか?」
ベッキーは母親と同居しているそうだ。ベッキーの息子さんはもう独立しているらしい。
「ええ、母に話しておくわ。こちらこそ大歓迎よ。道具とかは母が持っているものを使えばいいと思うから、手ブラで来てね?」
ニコニコしているベッキーに、手ブラでと聞いて、グラビアタレントを思い出してしまった私は、やっぱり女の子ではないなぁ、などと自嘲する。
「はい、わかりました」
誤魔化すように満面の笑み。
何だか、巡回に行かない時間は物作り、みたいなパターンになりそう。不健全と健全のバランスを無意識に取ろうとしているのかもしれない。もっと健全な暮らしだけの真人間になりたいけど、状況が、そうはさせてくれないんだろうなぁ……。
お宅訪問のスケジュールを決めて、私はシモダ屋に向かった。
一日寝ていないから眠気はあったはずなんだけど、眠気は一周するとテンションが高めになるもの。
「あれっ、もう戻ったの?」
シモダ屋に入ると、カーラが、すぐに私を見つけて駆け寄ってくる。
「うん、急いで戻ってきたんだよ」
私はトラウとツーナを焼いたサンドイッチを一つずつ注文した。ここで普通にランチを食べてもいいのだけど、借家に着く前に眠気が勝る気がする。
「あ、そうそう、明後日とか、ヒマ?」
カーラが訊いてくる。なんだろう、デートのお誘いかしら。
「うん?」
「鍛冶屋さんを見学に行きたいとか言ってたでしょ? 明後日ならどうかなぁ、って。丁度研ぎを出す刃物があるし。明後日のお昼頃にここ集合、でいい?」
「ありがとう、それでお願いするよ」
私は短く言って、微笑む。何だか忙しいけど、鍛冶作業は、この世界の物作りの基本の一つ。高位の鍛冶職人というなら是非見学したい。
サンドイッチの包みを二つ受け取ると、私は借家へ戻ることにした。トーマス商店に寄って、ドロシーにちょっと会いに行きたい気持ちはあるけど、話がきっと長くなっちゃうから今回はパス。奥さんに言い訳する旦那みたいだしね……。
まずは仮眠を取った方がいいし。
うん、それがいい。
何はともあれ、体力勝負なのだ。
借家に到着すると、周囲に異状がないか確認する。
外部から侵入された形跡はない。無骨な錠前はそのまま施錠状態だった。まあ、この錠前なんて解錠しようとか思わないよなぁ……。明らかに扉を壊した方が楽そうだもの。
これまた無骨な鍵を出して解錠すると、私は借家の中に入る。
閂を掛けて、一息。
「ふう……。柴漬け食べたい……」
フフフ、これが一人暮らし女の悲哀というやつよ……。
お帰りとかただいまとか、独り言じゃ寂しいなぁ。こんな時にゴーレムとかオートマタとかを作っておくのもいいかもしれないけど、生憎と、私は、人形は人形としか扱えない人間だ。あー、でも、作ってみればわかんないけどねぇ。
いわゆる人造人間の技術もあるはずだけど、それはきっと、寂しい人を助けるために使われる技術じゃない気がする。
ま、そんなことはどうでもいいか。
とりあえず、『飲料水』で出した水を鍋に入れて加熱。乾燥したカモミールの花を浮かべて煮出す。
お茶を煎れている間にサンドイッチを取り出す。一つは朝食に取っておこう。
「ツーナ……焼くとパンに合うわー」
味わいつつ、少しずつ食べる。魚の臭みを焼くことで抑え、ハーブ……香りは生姜に近いか……が旨みを引き出す。冷めても美味しいように工夫が見える一品だ。その割に手間を省いたシンプルさで、もっともっとシモダ屋が有名になってもおかしくないのだけど、私としては好みの店が混雑しすぎるのもよろしくない。と、ワガママに考えてしまう。
おっと、ハーブティーが煮立ったようだ。部屋中が花の香りに包まれる。ハーブティーは作っている最中も楽しめるからお得なんじゃないかと思う。
教会では紅茶を振る舞われたけれど、今のところグリテン、それも庶民の間で一般的なのはハーブティーだ。あまり土地が豊かではないグリテン島では、茶葉よりも可食作物が優先されている傾向がある。ハーブティーを買ったお茶屋さんに聞いたところ、お茶は雨が多くて寒暖の差のある、高地の方が栽培に向くのだそうだ。
グリテン島は北部には山脈はあるけど、南部のグリテン王国のある地域は低い山しかない。北部を開拓できればもう少しグリテンの食生活は豊かになると思うのだけど、魔族の支配地域ということもあって、これは絵に描いた餅ということらしい。
「ふぅー」
少しお腹に食べ物が入ったことと、リンゴっぽい、カモミール(これはそのまま同じ名前だった)のハーブティーの香り。それに自宅に戻ってきたという安堵感から、睡魔がやってきた。
ハーブティーをもう一啜りして、ミカン箱みたいなテーブルに茶碗を置く。
よたよた、とベッドに入り、布団を被る。
そこで意識は途絶えた。
―――カモミールはお薬としても流通しています……。




