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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
ポートマット西迷宮の開放
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ポートマット西迷宮の開放4


【王国暦122年9月1日 17:26】


「これだけのトマト、壮観ですなぁ……」

「うん……」

 ポートマット西迷宮産トマトの初収穫。完全水耕栽培というのは、この世界では偉業に相当するかもしれない。

「私のトマト……」

 ブレットは恍惚の表情をしている。トマト姦とかやめておくれよ?

「よし。塩ぶっかけて食べてみよう!」

 塩を山盛りに皿に盛って、収穫したてのトマトを突っ込み、ガブッと一口。ガジュッ、と果汁が迸る。

「うはっ」

 思わず笑顔。

 ケリーとハンスが同じようにかぶりつく。

「こっ、これはっ!」

「うまい、うまいです、マスター!」

 二人の様子に、トマトへの愛を語っていたブレットも釣られてかぶりつく。赤い、透明な汁が水耕農場に降り注ぐ。

「…………ううっ!」

 泣いた。リヒューマンが泣いた。トマトに泣いた。

 それから三十分ほど、お腹がガボガボになるまで、四人でトマトを食べ続けた。



【王国暦122年9月1日 18:03】


「これは危険だ……げふっ」

「同感です、マスター。ゲッ」

 口の周りが真っ赤、ベトベトの私たち四人は、床に座り込んでお腹を押さえた。

「んーとね、この、トマト摘み取り食べ放題は、収穫の時だけにしよう」

「そっ、そんなっ!」

「つまみ食い程度はいいからさ。君らはトマトを作るのが仕事であって、食べるのは仕事じゃない。っていうか、君ら、食べなくても生活できるじゃんか……」

 魔力で生きている存在なんだから、その辺りは精霊とか、もっと言えば魔物と変わらない。

「………………」

 私の宣告を聞いて、三人のリヒューマンは悲しそうな顔になった。

「そんな顔しないでおくれよ。そうだ。増産が可能であれば一日一個までなら食べていいことにしようか」

「本当ですか! マスター!」

 そんなにトマトが気に入ったのか……。まあ、このトマトって、私が元の世界で食べていたような、ファースト種(に似せたもの)だしなぁ。果汁たっぷり、酸味と甘味のバランスもバッチリ。リンゴとミカンのいいところを足してナスで割ったような食べ物だしね!

「うん、だから張り切って増産していこう!」

「はいっ!」

 うわ、返事がすごい格好いい。彼ら(リヒューマン)の使いどころは本当はもっと他のところにあるんだろうけど、迷宮でトマト作りをさせるなんて、実に平和でいいじゃないか。



【王国暦122年9月1日 18:13】


 この後のトマトの処理について話すと、三人はそれぞれの表現方法ながら納得してくれた。

「我々だけの美味ということですな!」

「私のトマト……」

「なるほど、確かにこのトマトが他に広まってはいけませんね」


① トマトの種は迷宮の外部に出さない

② 採取した種を使って再び種付けを行う

③ ケチャップ、及びドライトマトに加工してから出荷を行う

④ リヒューマンによる栽培方法が確立した後は魔物による栽培に移行する

⑤ 得られた資金は当面貯蓄する


 ①は重要で、そのため(フレッシュ)なトマトは外に出せず、③のように加工食品として出荷する。まだ瓶詰めとか缶詰の技術が確立されていないので、それらの技術が出回るようなら、ホールトマトは出荷可能。


「マスター、種を抜いた状態でフレッシュとして出せばいいのではありませんか?」

「出せても迷宮近辺だねぇ……うん。それは要望があればレストランに卸すことにしよう。早晩、あのレストランは行き詰まるし」

 仮営業を含めて十五日程度、モー氏が部下を掌握できていない。リュミは早晩退職し、ここで覚えた料理(レシピ)は、私が望まない形で世に広まるだろう。嫌な想像は打ち消してほしいけれど、さて、ねぇ。

 そんなだからきっと、あのレストランは行き詰まる。その時の打開策にトマトが使えればいいや。トーマスからは何も言ってきてないけど、むしろ私の積極介入を狙って放置してるんじゃないか、とは邪推が過ぎるだろうか?


「まあ、当面はケチャップとドライトマト。これの製法(レシピ)も確立させちゃおう。ロンデニオン西で作ったときのレシピがあるから、それを参考にね」

「はい、マスター。早く世の中がトマトで満ちあふれますように」

 すっかりトマトラヴなブレットが敬虔な表情で(たぶんトマト神に)祈りのポーズを捧げた。

「トマトとフィッシュ&チップス。世の中のレストランが征服されるのはそう遠い日ではありません」

 ああ、それは多分、なるね。グリテンの人に、いや、元の世界でも実績があるからね。


 ところで⑤の使い道なんだけど、今のところ『迷宮が何かを買う』みたいな事態が考えられないというか。ロンデニオン西迷宮の場合は、ミノタウロス、オーク軍団の装備を買う、って目的があったんだけど、ノーム爺さんと契約してからはちょっと事情が違ってきちゃったというか。

 陶器(セラミック)装備がどうやら実用に足る、というのが実証されつつあるのがその理由。ジゼルにあげた曲刀(シミタ―)が、少なくとも鋳造の剣よりは性能がいいとカレンから聞いている。ジゼルは『叩き斬る』系の剣に適性があると聞いているけど、本来、陶器は殴るのには向いていない(当たり前)。それでも曲刀が壊れたとかは聞いていないから、鉄製の剣と同等に丈夫なんだろう。どんな陶器なんだよとツッコミを入れたいところではある。


 まあ、そんなこともあるので、得られた資金は、当面は貯蓄する。魔物達に『お小遣い』として持たせて、ドロップアイテムとして扱うとかっていうのも面白いかなと思ったり。


「おっと、これが取らぬタヌキの皮算用ってやつか……」

 稼いでもいないお金の使い道を想像してニヤニヤするなんて、ちょっと恥ずかしいわね。



【王国暦122年9月1日 18:52】


 水っ腹で苦しかったのだけど、固形物を食べておきたくて地上のレストランへと向かう。

 広場に並ぶ人々の列は、あろう事かまだまだ軽食堂へと続いていた。その反面、ホテルトーマスのレストランに並ぶ行列は見られず、特に待たずとも席があった。

 お豆腐のチーズ挟みだけ注文して、しばらくすると、モー氏が直接、厨房から持ってきてくれた。その顔には、『相談があります』と書いてあった。

「いらっしゃいませ」

「こんばんは、モーさん。どうぞ?」

 座って下さい、と目で促す。

「はい。実は相談事が……」

「どうぞ?」

 豆腐をパクリとやって、大豆の香りが口の中で一杯になる至福を感じながら、モー氏の言葉を待つ。

「はい。今日のお昼は、それほど混雑しなかったのです。前日の半分ほど。肩透かしもいいところでした」

「このレストランの料理は十分庶民的だと思いますけど、冒険者相手ということからすれば、高級感があって気後れするのか、入りにくいのでしょう」

「そうですか……やはりそう思いますか……」

「客層に付随しての傾向ですと、その時間は、皆さん迷宮の中にいたんだと思います」

「あっ」

 そうだったのか、とモー氏は口の中で悔しそうに言った。冒険者の習性や行動パターンを把握していなかったわけね。それはまた情弱なことね。ついでに言えばモー氏は料理人であって経営のセンスには乏しいわけね。


「お昼の売り上げは重要視されないと思います。それにオーナー(トーマス)やダリルさんは、何も言ってきてないんですよね? なら、このままでいいんじゃありませんか?」

「そうは仰いますが……」

 モー氏は不安な顔を隠さない。

「手早く食べたいのであれば軽食堂に行けばいいんです。ここは落ち着いて食べる場所です。それに合った客層は必ず存在します。初日でグラついていたら従業員も揺れてしまいますよ?」

 私のその言葉に、モー氏はハッとなった。

「焦るな、と?」

 ホント、真面目な人だなぁ。

「従業員の掌握、料理の質の安定、小綺麗な店内。これが大前提ですよ。私は落ち着いて食事がしたいだけなので」

 はは、と軽く笑うと、モー氏の表情も少し和らいだ。

 私も少し安心して、言葉を継ぐ。

「軽食堂の方に負担が物凄く行ってますけど、これもいい経験でしょう。飲食店が増えないと、こればかりはしょうがないです」

「そうですね」

 小娘みたいな私に、丁寧に対応してくるモー氏は好感が持てる。上手くいけばいいな、このレストラン。でも、従業員の人の良さとレストラン経営の順調さは、あんまり関連しないんだよなぁ……。

 ところで、少し話したところ、他にもモー氏が決めたメニューはあるのだけど、私が適当に決めた料理ばかりに注文が集中するのだという。

「え、そうなんですか?」

「そうなんです」

 困ったような、はにかんだ顔は、魔導ランプの薄明かりの中、油が浮いて鈍く光った。

 そのモー氏は、手書きとおぼしきメニューを渡してくれた。そのトップには、『ポートマット名物 魔女考案メニュー!』などと、でかでかと書かれていた。

「ああ、まあ、こんな書かれ方をしたら、普通の人はこれを選びますよね……」

 どこまでも商売に利用されている気がするけど、私自身が容認しているのだからしょうがないか。


「私としては……ここには出してはいないのですが、自信のメニューもあるんですよ」

「へえ……?」

 モー氏に詳しく話を聞いてみると、内臓料理なんだと。下拵えが非常に面倒で、今のレストランでは出せない、と嘆いてもいた。

「落ち着いたら試作品を作ってくださいよ。レストラン経営的にどうこう、というより、個人的に食べてみたいです」

 社交辞令ではなく、本心からそう言った。

「それは嬉しい言葉です。レストランが落ち着いたら、全力で作らせてもらいますよ」

 モー氏は、それは嬉しそうに言った。



【王国暦122年9月1日 19:42】


 迷宮の管理層へ戻る。

「うーむ」

 夜になって、迷宮内部への滞留人数は現在三百人ほど。二百人は撤退して迷宮の外にいる。しかし、この時間でも三百人か。ロンデニオン西迷宮よりは確かに難易度が低くて狩りやすいし、中級魔核がバンバン手に入るから、つい長居しちゃうんだろう。


 しかし…………一時は減っていた死亡者が、夕方以降、また微増と言った感じ。前回のロンデニオン西迷宮ではは百人単位で殺してるから、今回はその反省もあって、大量死を避ける方向でいる。めいちゃんの報告によれば、開放後からのトータル死亡者数は三十三名。それでも五パーセントくらいは死んでるわけね。でも、この死亡者は、明らかに実力不足の人たちが無理をして入場しているのは明白で、この三十三名のうち、中級の死亡者っていうのはゼロだったりする。上手く盾にされてるのか、単純に迂闊なのかわからないけど。


 魔物の再配置も順調に回っている。人工魔核の魔力チャージは増えも減りもしていない。

「理想的な状態なのが怖い……」

 空気を読まない上級冒険者とかが来たりとかは……してないよなぁ……。

 一応、カレンとシェミーには、お二人が来たら防衛機能が本気で働くので来ないでね☆ と言ってある。彼女たち二人だけでも、第六階層辺りまでは余裕で突破できると思う。だけど第七階層は無理。あの電撃エリアを突破できるのは電気人間ストロンガーか、電波人間タックルくらいだ。私でも初見なら無理じゃないかなぁ。

 私なら鉄の棒を大量に持っていって投げつけつつ雷を回避して各個撃破、かなぁ。エレクトリックサンダーはキツイ魔物だから、成功率も半々ってところだと思うけど……。


 ケリーたちはトマトの加工に入った。日付が変わる頃には試作品ができていることだろう。グラスメイドの補助があれば、実質見ているだけで、彼らの仕事は味見だけ、ってところかな。味の基準がわからないと思うので、その辺は教え込んでいくしかない。しかしなぁ、魔物にも味のわかるようなのがいれば継続的に作りやすいんだけど。リヒューマンもいつまで保つのかわからないし、最終的には『種を抜いたトマト』を出荷することになかもしれないね。製造は外部の人間に任せる方向になっちゃうのかな。

 うん? そっか、別にリヒューマンたちにケチャップの製造までやらせなくていいのか。しかしなぁ、種抜き加工の段階で鮮度が落ちていくから、出来る限り加工はした方がいいかもしれないなぁ。


「ま、何事も起こらず平和……」

 だなんて呟いたら、めいちゃんが叫ぶようにアナウンスをした。

『……緊急:中央エリア第一階層入り口付近に脅威度判定(高)の個体が一、接近中です。……個体名『レイジ・オダ』の可能性九十五パーセント』


「なにっ?」

 しまった、フラグだったか!

 しかし勇者オダだと? しかも脅威度判定が高、だと?

「付随するパーティーはある?」

『……関連して動いている集団は確認できません。……単独行動だと思われます』

 ソロか……なめてくれる……。

『……報告します。……脅威個体は、個体名レイジ・オダと認定されました。……防衛対策マニュアルに従い、排除行動プログラムを開始します』

「承認。いい機会だわ。本気で排除させてもらう」



――――やるぞぉ、勇者め、驚くぞ!





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