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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
土をかける少女
310/870

レストランのドワーフ



【王国暦122年8月27日 14:41】


 公衆浴場へと足を運ぶ。

「お疲れ様です、ご主人様」

 クレメンスが番台には相応しくない、爽やかな笑顔を向けながら、女湯の方に降りてきた。

「どう? 調子は?」

「自分を()だと思うことにしています」

「へぇ?」

 結局番台に上がるのを男奴隷にしたのだけど、元々、肌を見られて怒るのは貴族様くらいしかいないわけで、そんな高貴な方は、そもそもこんな公衆浴場なんぞには来店しない。


 クレメンスは筋肉の盛り上がりが服の上からわかるほどの強面のくせに、風貌そのものは優男という、希有な人材でもある。思い切って番台に座らせてみたところ、男性客は何も言わず、女性客に何故か人気になったという。

 ただし、クレメンス本人は若い男でもあるので、女湯の脱衣所が睥睨できるベストポジションにいながらも、自らを石だと律しているのだと言う。これ、レックスの修行に丁度良いんじゃないかしら。……逆効果かな……。


 今は来店客が少ない、暇な時間帯で、お昼過ぎから夕方までは閉店していても問題がないのでは、と提案された。

「んー、でも、継続的にお湯を温め続ける方が熱効率がいいんだよ。一刻か二刻くらい閉めて、従業員の休憩やら清掃やらに宛ててもいいけど……」

「掃除は朝一番にやってますし、休憩は交替で取っていますしね……」

「うん、暇な時間に合わせて休憩取ったり、忙しい時間は従業員を増やしたり、その辺り、調整お願いね」

「了解しました」

 クレメンスは殊勝に合掌してお辞儀をしたあと、チラリ、と私を見上げた。

「ん?」

 何か言いたいことがあるのかな? 促して訊いてみる。


「……日に日に、風呂屋のオヤジになっていく自分が怖いです……」

「ああ、そういうことね。うーん、たとえばさ、私が今すぐ死んだとするよね」

「はぁ」

 気のない返事をしているクレメンスは、きっと、私が死ぬところが想像できないのだろう。そんな呆け顔に説明をしていく。


① 私の死後、公衆浴場の管理はトーマス商店に移管される

② 私の死後、クレメンスたちはトーマスかドロシーに遺産として移管される(副奴隷紋に従う)

③ トーマスもドロシーも本奴隷紋を登録しなかった場合、一定期間の後、クレメンスたちは奴隷から解放される


「と、こうなった時に、手に職があった方がいいじゃない? 解放されたはいいけど、生きていく術も失うとなると途方に暮れちゃうじゃん?」

「はあ、ご主人様も、トーマス様も、ドロシー様も、恐らく私たちより長生きしそうですが……」

「うん、まあ、役立つ()()になっておこう、ってことさ」

「!」

「今の立場で経験を積んだりしてみてよ。学べることは幾らでもあるでしょう。計算とか、必要なら教えるよ?」

「ご主人様……」

 大袈裟にもクレメンスは潤んだ瞳を隠さずに膝から崩れ落ちた。

 何で奴隷の肩を叩いて励ましてるんだろうか、とちょっと首を捻りつつ、簡単な計算のテキストを作る約束をした。


 なお、迷宮の正式開放に合わせて、公衆浴場も有料となる。男女で料金に差を付けようか、とも思ったけれど、合コンとかじゃないし、当面は同額ってことにする。銅貨五枚、まあまあリーズナブルじゃないかと思う。別に無料にしても石鹸や手ぬぐい、軽食堂の売り上げでプラスになるのもわかってるんだけど、ある程度は選別しないと、お客さんで溢れかえってしまうから。ここまでの無料開放で、すっかりお風呂が習慣づいた連中は間違いなく来るだろうし。



【王国暦122年8月27日 15:06】


 すぐ上の二階、軽食堂に行くと、魚臭い……仕込みの真っ最中だった。

 コルンが手を止めて挨拶をしてきた。

「ご主人様、本日はどんな御用向きで?」

「うん、フライヤーの調子はどう?」

「絶好調でさぁ。厨房の連中にも丁寧に使わせていますし、我が子のようでさぁ」

 またずいぶんと脂っぽい我が子ですこと。


「ホテルトーマスのレストランが営業を開始したけど、影響はどう?」

「馬鹿みたいに混み合うことはなくなりましたね。ですが、これで良い品質のフィッシュ&チップスを提供できるってぇもんです」

「それもそうだね」

 前向きで素晴らしい。

「迷宮が開放されれば、また公衆浴場(した)を利用して下さるお客様も増えるってもんです。風呂上がりの一杯、これを気持ちよく提供するのが軽食堂ってもんです」

「うん、そのうちに新メニューも考えよう。今は安定して営業することが一番だからね」

「へい、ご主人様」

 コルンの方は現状に不満や不安を持つ素振りは見られない。人を使ったり、協力しあったり、売り上げを数えたり、レシピを考えたり、段取りを考えたり……。厨房で働くだけに留まらず、自分で色々工夫もしている。


 クレメンスを擁護する点があるとすれば、コルンは好きなことをしている、ということか。クレメンスの本懐は、きっと戦ったり領地経営であって、確かに本人が言うように風呂屋のオヤジに馴染んでいく自分が怖かったのだろう。

 まあ、だからと言って、今から奴隷による私兵団を編成するには世俗に染まりすぎているから無理なんだけどさ。諦めて小金を貯める術を磨くしかないのだよ、君らは。



【王国暦122年8月27日 15:23】


 管理層に降りてすぐ、何となく、算数の問題集を作り始める。

 一つはウチの奴隷向き、商売に関するお金の計算問題。しつこく金勘定をするシチュエーションを想定している。

 もう一つは建設ギルド向きの計算問題。こちらは少し高度で、土地の面積、距離や方角、容積と重量の算出……。

「んー、測量の教科書みたいになってきたなー」

 単純な二辺のかけ算だけでは面積が出ないことが多いのが測量だ。初歩の数学が少し混じるというか、数学が役に立つと庶民でさえ実感できるのが測量よね。


 両方に共通するのは小数点、分数の考え方と、かけ算、割り算の考え方。たとえばクレメンス辺りなんて、貴族様の三男坊だったから、それなりの教育を受けているはずなのだけど、『前日のお客様の数と本日のお客様はどれだけ増減しているか』の問題に、単純に人数でしか答えられなかった。これが、『前日に比べて○割多い』などと発想できるようになれば重畳というもの。


 建設ギルド向きのものは、設計ができる人が二人しかいない、という問題があって、その解消も目論んでいる。構造計算、強度計算は多分、私の専門ではなくて、脳内から問題が出てこないけど、簡単な例は挙げておいた。

「よし」

 思わず熱中してテキストを作ってしまった。

 多分、私、こういう作業、大好きかも……。


 ところで、この世界では、『3/4メトル(150センチ)』みたいな言い方はあまり一般的ではない。元の世界の英語だとスリークォーター(ズ)、って言い方になるんだろうけど、英語のようで英語じゃないグリテンでは、一メトルが二メートルという不思議な長さの単位なので、『一・五メートル』に相当する上手い言い方がない。『一メートル』が決まった経緯を考えると、もしかして、この星は、元の世界の地球の、倍の円周(半径とかじゃなくて)を持つんじゃないかと勘繰りたくなる。

 んー、もしそうだとすると、重力って何倍になるんだろうねぇ。元の世界の地球より大きいとなれば重力も重くなるはずで、そうなると、この世界の生物って、もっと背が低い方が自然ってことになる。

 だけど、そうは見えないし……。


「ん、惑星ベジ○タが重力十倍なんて、等身大の人型生物が生まれるはずがないじゃん……」

 誰にツッコミを入れてるんだ、と自分にツッコミつつ、テキストの製作を終えた。



【王国暦122年8月27日 17:45】


 夕食もホテルトーマスのレストランで頂く。

 今回はカツレツと白パン、スープ、果実水を注文する。このレストラン、朝から夜までまんべんなく繁盛しているらしく、営業時間を決めかねているのだ、とダリルさんが言っていた。


 呑兵衛を相手にするなら朝まで営業なんだろうけど、迷宮が二十四時間(という概念はグリテンにはないけど)開いていれば、ニーズがいつ発生するのかも不明だ。うーん、ホテルトーマスのレストランが、その全てのニーズに対応することもない、と思うんだけどなぁ。

 気合いは買いたいところではあるものの、全部に応えたいというのは傲慢じゃなかろうか。

 二十四時間飲み屋といえば、冒険者ギルド本部近くの、ドミニクのお店がそうだけど、あの営業時間を可能にするには、きっと何かを犠牲にしてると思う。好きだけでは続かないこともあるはずよね。


「むう……」

 カツレツは、ちょっと火を通しすぎると、衣も中の肉も硬くなってしまう。私が提供したカツレツのレシピは、は揚げ物ではなくて揚げ焼きしたもの。

 ちょっと火を通しすぎで硬いか……。

 うん、まあ、及第点ではあるかなぁ。こればかりは作り慣れないとね……。


 仮にこのカツレツがもう少し不出来だったら、『このカツレツを作ったのは誰だあっ!』と厨房に怒鳴り込んでいくところ。一期一会を理解していない料理人を置いておくほど私は甘くない……。京極さんはこの世界にはいないのだからな!

 でも、そうね、レシピ制作者からすれば一言注意をしておいた方がいいかしら。


「あのー、ごめんください……」

 この世界、特にグリテンでは通用しない、元の世界の挨拶をしながら厨房に顔を出す。

 と、モー氏はおらず、ジッと動かない数人の料理人が見えた。


 一体何事だろう、と首を伸ばすと、どうやら、その中の料理人の一人を注視していたようだ。

「まだ……まだ……」

 注目されている料理人はポッチャリ、ガッシリした、背の低い女性だった。物凄く真剣な表情でフライパンに向かって…………カツレツを調理していた。

 女性を含めて全員が集中しているのか、私が厨房を覗いているというのに誰も気がつかない。

 フライパンを時々傾けて、油を寄せて、スプーンで油を掬い、調理中のカツレツに回し掛けている。

 あ、そうか、単に揚げ焼きするんじゃなくて、上に油を掛けることで火の通りを均一にしているのか。これはレシピには書いていなかったから、料理人の工夫というやつだろう。

 おや、でも、そうすると、私が今食べたカツレツの作り方とは違う。どういうこっちゃ。


「……今っ……」

 女性はフライパンからサッと、木製のトングでカツレツを引き上げる。カツレツは遠目に美しい焼き色を見せていた。さきほど私が食べた一品よりも完成度が高い。

 ナイフでザクッ、ザクッ、と揚げたてのカツレツを切り分ける。ジワ……と切り口から脂が滲み出てくる。女性は、注視していた料理人たちに、試食してみろ、と言っているらしい。それに従って一口食べた料理人たちは口々に唸った。


「こっちの方が美味い……」

「完璧な火の通りだ……」

 そんな感想を聞きながら、女性はどうだ、と言わんばかりに胸を張った。

「レシピ通りが正解、とは限らない」

 ちょっと喧嘩腰。なんだ、料理対決でもしていたというのか。

「しかし、このレシピはオーナーの方から提示されたもの。簡単に変えていいものじゃないと思う」

 料理人の一人が反発した。

「いいえ、美味しいが正義」

 女性も譲らない。


 うーん、騒動の発端は私のレシピなのだから、口を出そうかな。

「あの……」

 険悪な空気の中、恐る恐る声を掛ける。

「ん? 何だ? ここは関係者以外立ち入り禁止だよ? 出ていきな!」

 女性が吠えるように言った。小さなメスライオンみたい。

「あの、その、そのレシピを作った者ですが……」

 えっ、と女性の口が大きく開いた。



【王国暦122年8月27日 18:24】


「すみませんすみません本当にすみません」

 何度も頭を下げる小さな女性は、リュミという名前のドワーフだった。私と似たような背格好だけど、『鑑定』によれば二十歳を過ぎているから年上ではある。


「いえ、頭を上げて下さい。あの、このレシピは実際に作りながらまとめたものじゃないので、今の、油の回し掛けみたいに、作っているうちに変化していって当然だと思います。自由に改変して結構ですが……」

「はっ、はいっ」

 モー氏が不在なのは、長い営業時間を複数人で交替しながらカバーしようとする……つまりシフト制を導入しているせいなのだという。リュミは主に昼前から夜にかけて勤務しているとのこと。あれ、じゃあ、さっき会っててもおかしくないじゃん?


「料理長が皆様の応対をしているところでしたので……」

 副料理長的なポジションのリュミは厨房の指揮をしていて、私とは初対面なのだという。

「同じドワーフとして負けられないな、と思っていました」

 一転、ギラッと目を光らせて、リュミはライバル宣言をしてくれた。初対面の人間に臆面もなく言えてしまうあたり、対人関係には不器用なところがあるのかも。

 これは何て返したらいいかなぁ。プライドを前向きに刺激させつつ、周囲との和を大切だと感じさせる回答は……。


「なるほど、レシピの改良を行う行動力、発想、ともに見事です。しかし、パスタの包み揚げに使う挽肉に、衣を付けて揚げ焼きにしてみたことは?」

「っ?」

「いえ、ステーキに衣を付けて揚げてみたことは? ステーキのソースでイノシシのカツレツを食べてみたことは? 柑橘類だけで食べたことは? 豆腐を焼いたり揚げたりしたことは? 挽肉にとろみを付けた餡をかけて豆腐を食べてみたことは?」

 ガガガガガ、とまくし立てる。


「…………!」

 こっ、こいつ動くぞ! みたいな目をしたね。反撃してくると思わなかったんだろうか。

「リュミさん、貴女の工夫などまだまだ。食材の組み合わせによるレシピの改良だけでコレです。これらが発想できなかった、レシピ通りに作らざるをえなかった。勝ち負けで言ったら………」

「私の負け……」

 リュミは呆然と肩を落とした。

「これは何に起因するものかわかりますか?」

「私がっ、私のっ、私はっ」

「それですよ、それ。他人の発想を受け入れる柔軟さ。所詮、調理法など限られているのです。他人が発想したことを利用しないでどうしますか? 自分一人で成せることなど、たかが知れているのです。私は建築ギルドで、それを嫌と言うほど実感していますよ?」


 そう、私一人で築いたものは、構造物ではあっても建築物ではない。他人の目で見られ、他人の手が入ってこそ、建築なのだ。料理もそれと同じこと、一人の発想、一人の力だけでは不可能なことが多すぎる。


「つまり……………コトを成すなら他人と協力しろ、と?」

「受け入れろ、とまでは申しません。ただ、他者を全て否定するようなやり方は、いずれ行き詰まります。その時に頼れる人がいない、というのは料理人として不幸ではありませんか?」

「たっ、確かに……」

 思い当たるフシがありそうだなぁ。


「話を戻しますけども、レシピの改編はどうぞご自由になさってください。モー氏にもそれは伝えてください。ただし、レストラン全体として、統一されたレシピを共有すること。それができなければ、一人で店をやればいいんです。ま、そんな独りよがりの店は、お客様に受け入れられる訳がありませんから、早晩、潰れるでしょうし、間違って流行っても全力で潰しますけどね」

 ニコッと笑っておく。

「……わかりました……。善処します」

 リュミは、今日のところは負けを認めてやる、という表情になった。

 悔しい気持ちがあるなら改善はするだろう。だけど、人間の本質は一瞬では変わらないだろうっていうのも知っているから、残念な気持ちにもなる。


 トーマス商店の従業員、ということであれば、私とリュミの立場は同列だ。だけど、私がお店のオーナー(トーマス)に近い立場なのは事実だし、ここでリュミに助言しなければ、それはトーマスの不利益になる。

 結局、助言せざるを得ない。


「ところで、リュミさんはロンデニオンの人なんですか?」

 ポートマットで名前を聞いたことがないドワーフだったから、そうだろうと思って訊いてみる。

「ええ、まあ、そうですけど」

 リュミはそれが何か? と訝しげ。


「ポートマットは港町で、色んな食材が流通しています。色んなお店もあります。休日ができたら、色々と巡ってみることをお勧めしますよ」

「忠告、感謝します」

 ちゃんと受け取ってもらえたかな? 実際にリュミが飲食店巡りをするかどうかはわからないけど、その備えがあるかどうかは心の余裕に繋がるはずだ。


 ポートマットに流入する人が増えて、トーマス商店の商売の範囲も広がり、事業が拡大して、従業員も増えてきた。人間は機械的(ロボット)ではないから、個人の資質に由来する問題も多様化していくんだろう。

 軽く溜息をつきながらレストランを後にして、暗がりの曇り空を見上げる。



―――――全てが上手くいくものじゃないんだね……。





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