再訪の魔術師
半日強を費やして、ワーウルフの巣があったところに到着した。
その場所は、乾いた泥がひび割れて、干潟のようだ。
一匹目のエレクトリックサンダーはここより北に少し行った場所で遭遇。二匹目はここのすぐ北に出現。
二匹目の爆心地……は、土がえぐられている。そこにあった魔物の死骸はほとんど液状だったっけ。内部の圧力に土の殻が耐えられなかった訳で、何度かの爆発が内部であったのだろう。
「うーん」
念のため、アクティブで『気配探知』を打ってみた。ソナーのピンが返ってくるように、周囲の様子が伝わってくる。いや、実物のソナーなんて使ったことないんだけどね。海○田艦長ならソナーは武器になるんだろうけどさ。
周辺は小動物がいるだけ。とは言っても案外数はいる。リスとかなんだろうか。リスの肉はマイケルのお店でも扱ってて、これも森から得られる重要な蛋白源なんだとか。狙って獲ったことはないから、専門の罠とかが要るのかも。
魔法使用に伴う残留魔力も特に感じられない。まあ、あれは魔法を使う際に高まるからこそ感じられるものであって、魔法陣などには残留しないはず。でも、専門の魔法を使うとわかるそうで、これはアマンダが暗殺時に留意すべきことの一つ、と教えてくれたんだった。
「んっ?」
爆心地のそばに、よーく見ると、丸い何かがある。ミステリーサークルかしら!
文字は判別できないほどにグチャグチャだけど、これは遠目に見ると魔法陣に違いない。
「うーん」
これは地面に直接描いた、いや彫ったみたい。こんな細かく彫ったような魔法陣って地面に描けるものなのか。元の世界に光印刷みたいな技術があったけど、そんなことが魔法で出来るものなのか。原紙みたいなのがあるんだろうか。
うん、この世界の魔法は結局イメージがモノを言うから、雑な言い方をしちゃうと何でもアリなんだろう。でも、結局人間の想像を超えたような魔法は出てこないというのが、無駄に現実的というか。
魔法陣は、メモできる部分はメモをしたので、これは跡形もなく潰しておきますか。よし、先日覚えた、あの魔法で!
「―――『雷撃』」
………………。
………………。
あれ、雷さん来ませんね……。
やっぱり電気貯めないと使えないんですか、この魔法は。
これは雷撃用に魔法杖が必要かもなぁ。エレクトリックサンダーの死骸はまだ解体してないけど、作るしかないよなぁ。
んー、とりあえずどうしよう。ここはしょうがない、水系魔法で跡形も無く破壊してみるか……。
「あ、いや」
ちょっと試してみるか。
「―――『水流』」
中級の範囲魔法。魔力を意識して、生成される雲を操作して小さくまとめていく。前回、ここで放った同じ魔法だけど、効果範囲を狭めてみる。
「ふんっ」
魔法を放つ対象―――この場合は地面の魔法陣跡―――を意識して――――放たないで―――そのまま維持をしてみる。
「ぐぬぬぬぬ」
このまま積乱雲を作ろうと…………したのだけど………。水分は耐えきれずに落ちてしまう。
ドガッ
余りにも大量の水分が一気に降り注いだためか、着弾したときに水っぽい音はしなかった。
これは魔力を含んだ水分とも言えるし、水の形をした魔力とも言える。
鈍く地面に、魔法が当たる音がして、魔法陣のあった場所は、綺麗な円形にえぐれ、そこに水が溜まっていた。
なんか、釣り堀みたいな池ができた。円形を意識したからなのか、中級範囲魔法が円形なのかはわからないけど。
既に跡形もないけど、ここに火系魔法を撃ち込んでみる。
「―――『火壁』」
初級の範囲魔法。普段は目の前に牽制として出して、近接戦闘に弱い(と一般的にはされている)魔術師が、敵の足止めをする用途で使うことが多い魔法だ。
円形の池の周囲に火壁を並べる。継続的に壁を維持していると、池の水分が蒸発してきた。局地的には水分を多く含む空気が昇っていることだろう。
「―――『氷結』」
強めに魔力を込めて、空に向けて。
「おっ」
雲ができた。すごく低い位置にあるけど……。まあ、霧みたいなものだと思えば不思議ではないか。
さきに『水流』で作った雲とは違って、こちらは雲に高さがあった。ちゃんとした積乱雲といえた。
ん、もしかしたら、内陸じゃなくて海だったら、こんなメンドクサイことしなくても、最初から火魔法で積乱雲を作れるかな……。上空も冷やさないといけないから難しいかなぁ。冬なら割と簡単にできそうだけど、一度試してみるか。
まあ、今は目の前の雲をもっと育てよう。池に水分を足しつつ、火壁で蒸発させつつ、空を冷却する。
何だか忙しいなぁ。
そのうちに黒々とした積乱雲が完成。このワーウルフの巣跡地の天候は、局所的に急変している。
うん、ちゃんと静電気も起きてる。空気の上下動がこれだけ激しければ摩擦も起きようというもの。
「―――『蓄電』」
雲の中で僅かに発生している電気を取り込んでいく。体中がビリビリして、髪の毛が逆立つのがわかる。蓄電しすぎて身体が浮かないように注意しながら、ゆっくり歩く。
池から少し離れて、安全地帯を確保。
よーし。
「―――『雷撃』」
指先に電気を集めて、振るう。うん、十万石幔頭が食べたくなるね、新衛門さん。
体中の魔力が電気の形を取って、指先から放電される。
狙った位置―――池に直撃すると、しばらくはエネルギーをため込むように音沙汰はなく、そのうちに耐えきれなくなったのか、池が光り始め、そして、バーンともドーンともつかない大音響を立てて、爆発した。
「うおっ」
土煙があがり、それが収まると、池のあった場所は、直径五メトル―――一〇メートルの大穴になっていた。深さも五メトルくらい。大地を削る技としてはオーバーキル(?)なのは間違いない。
それに……もう少し手早く充電できないと攻撃技にはなりそうにもない。
エレクトリックサンダーはどうしていただろう? 自ら電気を発生させていたけれど、それはスキルではなかったのかもしれない。つまり、肉体的な特性で電気を発生させていたとか。
まあ、その辺りも解体して調べてみればわかるか。
もう一つの―――一体目の出現地点の方へ行ってみるか。
火傷した指に『治癒』を掛けながら後を向いた瞬間、バンバン! と何かが小さく爆発する音が聞こえて、思わず振り向く。
「んっ?」
黒煙があがっている。
これは―――泥炭層? いや、これは石炭かも?
これはまだ他人には知られちゃいけないか。石炭の利用は『使徒』の許可が要りそうな気がする。
急いで水魔法で水を投入して消火し、周辺の土を集めて埋め直し。
このままだと、ここに何かありまーす! というのがバレバレなので、その辺から灌木を、根っ子ごと移植。
一応自然に見えるように、灌木の生育状況(太陽の当たる方向が成長している)を移植前と合わせて……。
よし、あとは雑草を植えて…………アレ、なんで私、園芸やってるんだ?
全ての後始末が終わった後、泥だらけになった身体を『洗浄』で洗い流して、サッパリしたところでサンドイッチを一つ食べる。今回は隠密性はあんまり重視されないし、多少臭いの強いものを食べても大丈夫。
うーん、森の中で磯の香りのサンドイッチ……。美味いっ。
「ああ、美味しかった~」
うん、何だかやり遂げた感があるね……。よーし、じゃあ帰るか-。
ああ、いやいや、一体目の出現地点へ行ってみなくては。
もう夕方というよりは夜、という時間だけども、大魔法の行使や、『気配探知』を頻繁に使っているので、賢明な者や魔物なら近寄りはしない。そう考えると、『気配探知』をアクティブで使うのは、熊の鈴みたいなものかも。
一休みしたあと、北上を開始する。
思えば寄り道をしたもんだわ。
「この辺、かなぁ」
出現地点はこの辺だったか。明るくなるまでウロウロしてみるかな。
夜の森の中なんて普通はこんなに気軽に歩けるものじゃない。獣の殆どは夜行性だし、足下は暗いし、気温の低下は想像以上に体力を奪っていく。事故が起きる要素が満載過ぎる。
平面ソナーでもある『気配探知』は生体にのみ有効で、対象の魔力の大小程度はわかるけども、それが何なのか、というのはハッキリわからない。本当にその辺りはソナーみたいだ。何らかの魔法の痕跡を探す、といった用途には激しく向かない。
「…………」
とりあえず、立ち止まり、目を瞑ってみる。
虫の音、遠くで獣がうごめく音、風が木立を抜ける音。森の中は音に満ちている。
右前方に小さな獣がいる。リスかネズミかキツネかタヌキか。その獣が放つ魔力はとても小さい。もはや魔力とはいえず、単なる体熱と言えなくもない。だけど、この世界に生きるものはどんな生物であろうと魔力を持つ。魔核が生成されるのが魔物だけ、ということね。
目を閉じたまま、右前方に意識を向けてみる。
獣の持つ、小さな魔力は、細いロウソクに灯る火のように感じた。小さな風にも大きく揺らぐ。
そう、感じるのだ。見るのではなく。
目で見るのではなく、体全体を感覚器官にして、魔力を感じるのだ。
獣たちは、私が意識を向けたことに気付いたようで、恐れと戸惑いの感情が伝わってくる。野生生物にとって、私のような異種生命体は敵だ。警戒しつつもジリジリ、と後退を始めている。
それにしても、小さな獣ごときが、実に様々な思考や感情を持っているじゃないか。
不思議なことに、それらの複雑な感情を、私は受け取ることができている。
夜の闇の中、目からの情報を遮断しているからこそ気づけたことかもしれない。
これは何か新しいスキルによって発見された、とかではないみたい。メッセージらしいものは表示されないし。ということは、これは本能とか、私自身の素の能力ってことなのかも。
しかし、これまでの経緯からすると、意識して使わないとスキルとして習得はできなかったわけだし。
本能? 感覚?
感じる、ということを意識してみるか。
私は呼吸を整えて、さらに『感じて』みる。
周囲の環境に溶け込み、異物を感じ取る……。
―――スキル:超感覚LV1を習得しました
―――スキル:魔力感知LV1を習得しました
あ。
習得メッセージが表示された。
続けて、薄く、広く、魔力的な異物を探していく。
ああ、このスキルが、魔術師たちが魔力の痕跡を追うのに使うスキルなのか。気付いたと同時に、一番の異物である自分自身の、魔力量の異常さにも気付く。
繊細な探索をしている最中に、まるで真夏の太陽のような、自分の魔力が邪魔をする。
あ、『魔力制御』を使ってみるか。
イメージイメージ。自分の魔力を抑える……。
よし。自分から漏れ出す魔力が極小になった。思いは叶うものだね!
さらに探索を続ける……。
と、魔力が、その部分だけポッカリ空いた穴のような場所があるのに気付いた。
位置的にはどうだろう、一匹目が登場した場所からは、そう離れていない。エレクトリックサンダーは素早いかどうかはわからないけど、標準的な四足の魔物の移動速度だと仮定して、五分もかからないだろう。
とりあえず、その場所に足を向けてみる。
小さな丘があり、そこは岩がむき出しになっている。
確かに、この辺りなら人間は登ってはこない。崖があるだけだし。
「あ……?」
岩陰に、それはあった。
文字列が描かれていて、それが同心円状に配置されている……魔法陣……を見つけた。
この文字列は、何となく、読める。
「遠方より友来たる……東北に良縁あり……思う通りになる……旅先に幸あり……散財に注意……」
うーん……。
うーん……?
とりあえず、魔法陣を転記しておくか……。
東北に、ということは。
ここから東北に何かがあって、そこと良縁? っていうか良縁って何となんだろうね?
文面はお正月に運試しをするアレのようだけど、深読みしてみると、関係のある何かがあるんだろうと思う。
それに、この魔法陣はまだ生きている。ここだけ魔力がぽっかり無いように見えるのは、周辺の生物から魔力を吸い取って蓄積してるから、みたい。
良く探ってみると、魔法陣の中心には魔核のようなものがセットされていて、それには魔力が蓄積されている。
先日、港にセットした『保管庫』の魔法陣は同じように魔核が電池替わりとしてセットされているけど、これは周辺から自動的に魔力を補充しているという点で、より高機能だと言える。
だけどまあ、『保管庫』で働く人たちからも魔力を頂戴するような極悪な真似はできないし、魔力吸収のためにまた魔法陣を作り、それを維持するように魔核をセットするようでは本末転倒というもの。それにここは森の中で、魔力を頂戴する小動物には事欠かないわけだし、建物の内部に設置する魔法陣とは設計思想からして違うし。
こちらの魔法陣は、召喚時のために魔力を貯めておくというシステムだし、常時魔法を行使しなければならない『保管庫』とはまた違う作りになっていて当然ではある。
とりあえず魔法陣から何かが飛び出てくるのはよろしくないので、壊しておこう。魔法陣に設置されている魔核を外して、『掘削』で周囲の土を削り取り、魔法陣ごと『道具箱』の中へ。
「―――『水流』」
目印替わりにもなるし、まん丸の池を作っておくことにする。
うん、池造りも二回目だと慣れたものね。
時間はそろそろ深夜というところ。その『東北』とやらに足を向けてみますか。
召喚魔法陣や転送の魔法陣は、召喚する距離に比例して、魔法陣の大きさが変わる。
この大きさならこのくらいの距離……みたいな法則性があるらしいんだけど、私だって類例を多く知っているわけじゃない。
勇者召喚の魔法陣はまた特殊で、これも私が『保管庫』の魔法陣を連結して使用したように、何重にも重ねた魔法陣が使われる。アマンダによれば、あれを一枚で描こうとすると、お城の建物に入りきらないのだという。
「うーん」
まだ歩き続ける。
森は途切れて、岩山が白い肌を見せるようになった。石灰岩かしら。グリテンには所々で石灰岩を目にするなぁ。
めぼしいところを歩いてみるけども、それらしい場所はない。
いやいや、よく探してみよう。カーソルが虫眼鏡になるくらいに。カーソルなんてないけどさ。
魔法陣から東北方向は……。その延長線上にはウィザー城があるなぁ。森の中を歩いて四時間くらいの距離か。ウィザー城で偵察任務みたいのがあるとすれば、この辺りまでを警戒範囲に設定していてもおかしくはない。
ここは落ち着いて、魔力感知に努めてみましょうか。
地表には何も感じるものはない。けど、何か、地下にはモヤモヤしたような……魔力のような、魔力じゃないような……。
―――スキル:魔力感知LV2を習得しました
地下をもっと探る……。
―――スキル:魔力感知LV3を習得しました
んっ!
モヤモヤの中に、何かある。
―――スキル:魔力感知LV4を習得しました
―――スキル:魔力感知LV5を習得しました
いや、何かいるわ。
こう、単体じゃなくて、複数体の―――魔物―――っぽい。
ここまで魔力感知を研ぎ澄ませてみてわかったけども、このモヤモヤは、一種の結界だ。
この結界の中に、こんなにも多くの魔物がいる。数は数えられないけど、この感じられる魔力の粒が全部魔物だとしたら、数百じゃきかない。千のオーダーだわ……。
なんだこれ……。
あ、そういえばセドリックが何か言ってたような。
「迷宮……」
そうか、これは、迷宮だ。
ということは、どこかに入り口があるのだろうか。
周辺をうろついてみることにする。
「うーん……」
小一時間探してみたけれども、入り口などどこにもない、閉じた迷宮が足下に存在する、ってことかなぁ。
私が知っている迷宮は、王都西の迷宮みたいに、必ず出入り口があって、冒険者誰でもウェルカムな、魔物の隔離施設……だ。
じゃあ、これは魔術師ギルドの管理する迷宮ってことなんだろうか。
つまり。
この迷宮を潰せば、少なくとも、魔物がポートマットを襲わなくなる……。
とは言うものの、私が持っている魔法では、一気に殲滅は不可能だ。
上級の範囲魔法にありったけの魔力を込めて撃ったとしても、迷宮の表層が露出するか、低階層をちょっぴり破壊するに留まるだろう。そして、破壊された迷宮からは、未管理の魔物がワラワラと……想像したくもない。
ここは断念するしかない、か。
大本には……多分……辿り着いたわけだし、召喚魔法陣は二カ所潰したし。魔法陣は他にもあるかもしれないけど、ポートマットを襲える位置に設置されていたのは破壊したわけだし。
「再度襲撃されたら、そのときに潰せばいいか」
割と大声で、周辺に聞こえるように、私は独り言を言った。
まだしつこくポートマットを狙うようなら、迷宮攻略隊を編成して、本気で潰さなければならないだろう。一気に殲滅は不可能でも、パーティを組んでまともに迷宮を進んで、最下層に大規模破壊魔法を設置して発動させればいい。
当面の問題は、今のところ、この隠された迷宮の存在を知っているのは私だけということなんだけど。
周辺に脅威はないし、一刻も早くポートマットに戻って、この迷宮の存在をフェイに伝えよう。それが私の身だけではなく、ポートマットを安全にすることに他ならない。
そろそろ太陽が昇ってくる。
私は鯖サンドの最後の一つを取り出して、ガツ、ガツ、ガツ、と三口で口に入れると、街道を目指すことにした。
――――くっ、口に入り過ぎて咀嚼できない……。