※西ロータリーの工事
【王国暦122年8月4日 7:15】
昨日は遅くまで作業をしたことと、私が迷宮から石を持ってくる必要があって、今日の作業開始は遅め。
流石に『道具箱』内部の石材のストックが底をついた。それでも二百五十メトルの街道を覆える巨石が入っていたんだから、一体どのくらい入るものか、ちょっと見当もつかない。これって、容積よりは重量基準で飲み込んでいる気がするけど、どうなんだろうねぇ。
空間にも精霊がいるらしいんだけど、姿形が想像できないし…………。松本零士的なデザインだったらいいなぁ、と思う。
迷宮に到着して、管理層に入ると、すぐにいくつか連絡事項のメモが目に入る。
「何々、月光草の生育状態は安定、と。トマトは植え替えを実行、結実した、とな!」
メモはケリーたちからで、実に人間臭い伝達方法だと思う。紙は貴重品だったりするので四角い木片に書かれた文字は、ベッキー由来の私から見ても達筆だった。ケリーだとしたら、貴族とやらの教育も案外良いことをするものだ。文字っていうのは人となりを表したりするものだから、プライドの高そうな表層の下には、美しい人格が隠れているのかもしれないね。隠さなくてもいいんだけどね。
「ちょっと様子見てみようかな」
西エリア第二階層へ移動すると、ケリー、ブレット、ハンスが待機していた。
「マスター、水耕トマトが結実しました」
緑色の実がなっている。水耕でも無事にできたね。
「うん、じゃあ、摘葉、摘心、よろしくね。この辺りの数値化はとても重要だよ」
嬉しそうに言うケリーに比べて、ブレットとハンスは冷静だった。ここからが大事なのだから。
「はい、マスター」
多少ジト目でケリーを見る二人。
「赤くなるまで観察もよろしくね」
「はい、マスター」
「ところでさっきのメモは、ケリーが書いたの?」
「その通りです、マスター」
何だか誇らしげに言われた。
「ふうん、達筆じゃないか。外には出せないけどね」
ケリーは可愛らしく(客観的にそうだとは思えないけど)頬を染めた。初心だなぁ……。
「マスター、それと、これなんですが」
冷静なブレットが持参したのは、海草だった。
「あ、干したまま忘れてたね。ありがと」
海草はすっかり色が抜けて白くなり、固く乾燥していた。空気の流れはあまりいいとは言えない環境だからどうなるかと思ったけど、無事に干せたみたいだ。
「自分は、この海草がどのようになるのか、非常に興味があります」
ブレットはそう言った。研究部門の人だったから、好奇心旺盛なのかしらね。
「そうだね、近いうちに何か作ってみよう。リヒューマンに試食させるのもなんだけどさ」
苦笑しながら言うと、三人はちょっと困ったような顔になった。
「その後、体調も問題ないかい?」
話題を変えて、リヒューマンの生態についてもインタビューしておく。
「はい、マスター、特に問題ありません」
「死ぬ前に比べたら絶好調です」
ブレットとハンスは真顔で即答した。
「ケリーも問題ない?」
「は、はい、マスター。問題ありません!」
名前を呼ばれたのが嬉しかったのか、犬のように表情を明るくした。
ついでに西エリア第四階層に降りて、月光草の様子を見る。
「え、これが月光草?」
「そうなんです、マスター。環境が良かったようで……」
ブレットが解説するまでもなく、岩場で採取した月光草は見る影もなく、それはそれは禍々しく育っていた。植え替えて一月余りというところか。
「元の大きさから比べると五倍近いのではないでしょうか」
ハンスが補足する。これは異常な急成長と言っていい。
「これもマスターと迷宮のお導きかと」
真面目な顔で言ったけど、ケリーの話す内容は格好悪い太鼓持ちだった。
「葉っぱを二、三枚貰っていくね。地下茎――――お芋の方はどうかしら?」
「はい、マスター」
フットワークよく、ブレットは周辺の土精霊に命じて、サッと根本まで掘り起こすと、パキッ、と軽い音を立てて、根っ子の一部をもぎ取った。それを恭しく私に渡す。
「ほ~」
まだ立派、ってわけじゃないけど、魔力が感じられる。これは魔核だ、と言われても信じられるほどに。
それにしても、月光草は、
① 普通に球根の草として育てる
② ジャガイモみたいに育てる
③ サツマイモみたいに育てる
どれが一番効率がいいんだろうか。魔力回復ポーション? の加工品、その形態で決めた方がいいかもしれない。
「月光草は、このまま量産してみて? 地下茎で株分けしていく方向でいいから」
「葉っぱはどうしますか?」
「それぞれの葉っぱに光が当たる程度まで間引きしてほしい。取った葉は光に当てて、乾燥させておいて?」
「了解しました、マスター」
ブレットはなにやらメモを取り、真面目に頷いた。
管理層に戻り、ロンデニオン西迷宮のグラスアバターに意識をチェンジ、守護神とフリーセルにもトマトの様子を訊く。
この二人のリヒューマンは、ケリーたち三人組とは違って、あまり喋らない。オリバーの方は、訊けばそれなりに対応するのだけど、フリーセルの方はぽややんとしているのが常だ。オリバーなんて、これ以上ない新鮮な死体だったから、もっと人間らしい反応をしてくれてもいいんだけどなぁ。ケリーたち三人組は元の性格を知らないけれど、素が出ている気がするから、オリバーやフリーセルも、これが素なのかもしれないね。
農場に案内されて土に植えられたトマトは、摘葉も摘芯も上手くいっていて、等間隔に綺麗な実がなっていた。こちらのトマトはやや赤味を増していて、青いトマトスキーならこのまま食べられそう。
「めいちゃん、このトマトは十日後くらいにケチャップに加工してくれるかしら」
『……了解しました、マスター』
糖度計なんてものがないので甘さは主観に拠るしかない。光の屈折率とかで測定するんだっけ。光系魔法なら測定可能だろうか。細かい魔法はグラスアバターでは使えないので、これは保留かなぁ。
「じゃ、オリバー、フリーセル、継続してよろしく」
「了解です、マスター」
「はい、マスター」
無表情なフリーセルを見ても、もはや何とも思わないな。そのことが良いことなのか悪いことなのか。ケリーたちに体調を訊いてみたのと同様に、二人にも訊いてみる。
「快調です、マスター」
「同様に快調です」
何でそんなことを訊くんだろう? という顔をした二人に、続けて訊いてみる。
「フリーセルの方は……生理とか来てるの?」
我ながらバカな質問だと思った。けれど、フリーセルは真面目な顔を崩さずに答えた。
「いえ、何ですか、それは?」
「ええと、月のモノ。メンス」
「ああ――――。はい、来ておりません」
「妊娠しているとかではないよね?」
すれ違ったとはいえ、この二人は元々思い人同士。閉鎖された地下空間で、焼けぼっくいに火が着いたなんてことがあるかもしれない。
「いえ、マスター。私は処女です」
「ああ、うん、それならいいんだ。もし異状があったら教えてよ」
未通女、とは表現されなかった。これはヒューマン語スキルが正常に機能したということかな。
「了解しました、マスター」
やっぱりフリーセルは凡庸に拍車がかかった無表情で答えた。
さて、ポートマットに戻ろう。意識を本体に戻す。
「ふう」
麻袋に、月光芋―――格好良いんだか野暮ったいんだかわからないネーミングだけど、そう決めた―――と、生の葉っぱを入れて、『道具箱』には入れずに採石場へと向かう。
【王国暦122年8月4日 8:47】
今の採石場は東エリアのさらに東にあって、そこは十三階層相当にまで掘ってあり……仕方なく、そのまた東に拡張している。言わば第二採石場と言えるのだけど、こちらもそこそこの深さになっていて……六階層か七階層くらいの深さになっている。早晩、再度の拡張か、全然別のところから採石せざるを得ない。補強杭は壁に軽く入れてはいるものの、迷宮的に強化をしたものではないから不安が残る。
「うーん」
① 採石場を拡張したい
② 採石場跡地を安全に管理するために迷宮化しておきたい
③ 迷宮化するためには魔導コンピュータを増設しなければならない
④ 魔導コンピュータを作るには大量のミスリル銀が必要
⑤ ミスリル銀を生成するには銀が必要
⑥ 銀を入手するために、ブリストかカディフ、できればパープルへ遠征する必要がある
⑦ 遠征するには雑事を終わらせなければならない <いまココ
「あれ…………?」
驚いた。
全然前進してないじゃないか!
ちょっと悲しくなって採石場へ向かい、やけくそになって石を飲み込んでいった。
【王国暦122年8月4日 10:00】
「うぇっぷ」
石を飲み過ぎた気がする。気がするんじゃなくて事実か。
今回、採石した一部は、ロータリーを造成するので、現場に合わせて正直方体にしてみた。それにしても巨石には違いないと思う。
建設現場に到着すると、すでに建設ギルド員たちは集合していた。
「おはようございます。本日はロータリーの造成と、新西通りの線形の修正をします。整地からいきます」
「うぃーっす!」
昨日作った道は海岸通りと勝手に命名した。何年か先にはサザン通りに名前が変わってる気がするけれど、すでにポートマットには南通りがあるので、そんな茅ヶ崎みたいなことにはならないと思う。
その海岸通りから北へ向かって真っ直ぐ道を走ると、今回の現場であるロータリーに当たる。ロータリーを半周して北に行けば、新西通りに向かう直角カーブに繋がる。このカーブは先に造っていた道の曲線(本当に直角に近い)を利用している。
新西通りの側溝はロータリーをぐるっと一周する側溝に繋いだ。この側溝は穴あきの側溝蓋を陶器で作ってカバー、ノーム爺さん曰く、百人乗っても大丈夫だぞ? とのことなので強度は折り紙付き。
ロータリー周囲の側溝は僅かに南に向けて傾けて、調整槽に向かうようにしている。
この配置は、傾斜と巨石の深さの関係上、迷宮街道にもう一本側溝を掘ることになってしまうのを避けた格好だ。どちらの労力が大きいのかは考えるまでもなかった。
なんだか石畳敷設以外の工事に時間を食われてしまう。また、片側ずつ通行止めにして作業を進めたため、時間がかかった。
ロータリー中央部に盛り土をしたところで遅めの昼食となった。ここは花壇に、と思ってるけど、訳のわからない像の製作を依頼されそうで怖い。
【王国暦122年8月4日 15:49】
マンホール小屋に行くと、コンパス親方とギルバート親方がセットで建物を眺めていた。
「おうっ、娘っ子! 恐ろしい仕事の早さらしいなっ!」
「いえいえ、皆さんの慣れのお陰ですよ。ホテルトーマスの方はいいんですか?」
「ああっ。まだ幾つか建具作ってるところだなっ。明後日くらいには終わるっ。仮の引き渡しもその時だなっ」
チラッ、とギルバート親方は私の目を見た。引き渡しのときに同席してほしいみたいだ。
「はい、私もいきますよ」
「ああっ! そうしてくれっ!」
我が意を得たり、とギルバート親方は気っ風のいい笑顔を見せてくれた。
なお、追加でロータリーの工事、荷物集積場倉庫の工事、馬車乗り場の増設、というのは、私が短文でギルバート親方に伝えていた。公園と、予定されている学校も建設ギルドが請け負うから、この辺り一帯は私たちの仕事の結晶なんだ、と思うと誇らしい。
元ギルバート組、つまり大工っぽい仕事である、ちゃんとした建物の基礎、木材を扱う施工の予定などを、暫し話し合う。遊休のギルド員をなるべく作らないためには、このような調整は細かくやっておくべきなのだ。
ギルバート親方は察しのいい人だし、なるべく建設ギルド員たちが色々な仕事に触れられるように差配をしてくれている。実際にローテーションを考えているのはマテオらしいけれど。倉庫、学校に関しては納期に間に合わせつつ、なるべく旧来の方法も交えつつ、基礎を教え込もう、と私の意図も酌んでくれた。
「建築の基礎を理解した上で土木系の魔法を使うなら二倍完璧だなっ!」
ヒューマン語ではそう聞こえたけれど、ニュアンスは鬼に金棒、みたいなんだろうね。グリテンに鬼は……オーガ? はいるらしいけど、見たことないなぁ。
「そうですねぇ、『掘削』くらいは覚えさせますか?」
「それは聞き捨てならないな」
コンパス親方が興味津々に口を挟む。
「ただ、魔法習得の難易度は、本人の素養に大きく左右されますので……。出来る人から、ですかねぇ」
元初級冒険者の集まりである『ビルダーズ』は魔法とは縁のない人たちばっかりだし……。『シーホース』から出向してる人なら素養のある人はいるかも。
個人の資質に頼らない、という方向性を極めるのであれば、魔道具なんかでフォローした方がいい気もする。でも、今あるノウハウの継承と発展、という意味では魔道具は邪魔になるかなぁ。
反対に、個人の資質に頼ってしまおう、と決めてしまえば楽ではある。でも、一人が抜けてしまえば建築能力が劇的に低下してしまう。私一人で完結するならどんなに簡単か、と思うけど、一人だけでは完結しない事も多い、と自覚してしまえば、安易にこちらの選択肢は採れない。
じゃあ、私ほどじゃないけど、土木魔法使いを増やせばいいんだ、というのは愚直だけど楽しい想像だ。私にすれば強要していると思っていても、彼らに学ぶ意欲さえあれば、いつか事は成るのかもしれない。しかしながら働きながら学ぶというのは意欲があってさえ、なお難しい。
ただ、その話を脇で訊いていたガッドは、目がキラキラしていた。土木作業者としてそれなりの実力を持ちつつある彼らにも、魔法への憧れはあるんだろうか。冒険者というカテゴリーから強制的に引っ張ってしまったから、『ビルダーズ』の中には、未練がある人もいるかもしれない。私の趣味と実益と慈善事業を全て兼ね備える、この建設ギルドだけど、時間が経って皆の実力が付けば、また選択肢も増えていくんだろう。一期一会、一過性の手助けだと思えばいいんだろうか。何か勿体ない気もするけどさ。
【王国暦122年8月4日 18:20】
ロータリーに付随する側溝の傾斜の調整も終わり、スムーズに水が流れることを確認。
「それじゃー、お疲れ様ー! 明日は西通りの石畳に入ります。よろしくー」
「うぃーっす!」
世界の○窓から、みたいな予告をして解散する。ロータリーは後日、領主サイドから検分をしてもらうので、微調整をすることになると思う。
なお、作業の間にドロシーから短文が入っていて、テートから、テーブルと座椅子ができた、と連絡があって、既にアーサ宅に納品済みだという。注文通りに出来ているか楽しみね。
【王国暦122年8月4日 18:36】
「ただいまです」
「そう、お帰りなさい。テーブルと座椅子? 届いてるわよ? なかなか素敵だったわ」
帰るなり、アーサお婆ちゃんが興奮した様子で伝えて来た。
「楽しみですねぇ」
オーダーしたのは幅七十センチくらい、長さ百五十センチくらい、高さ三十センチくらいの天板を持つ木製テーブル。天板に厚みは指定しなかった。もう一つは、一枚板を曲げて背もたれがバネ状になっている座椅子。
チューブのリビングに、現品が置かれていた。梱包は解かれていたのか、元々なかったのか。
「こんなに低いテーブルなんて初めてみたわ」
「おー。いいじゃないですか。テートさんは手慣れているというか、新しい構造でも破綻が少ないんですよね」
「へえ、そういうものなのかい?」
シェミーが感心したように訊いてくる。
「直感的に木工を理解しているんでしょうね」
その割には、テートの『木工』関係スキルはあまり高いとは言えない。ギルバート親方を見慣れているせいかもしれない。ギルバート組のナンバー2だったトロロープさんがこれに続く木工技術の持ち主だけど、それでも明確な差がある。その二人から見たらテートの技量はもっと劣る。
木工スキルのLVって言えば、丁寧さと手早さが基準みたいなんだけど、芸術性みたいな、よくわからない数値にできないようなものがテートにはあるんじゃないかと。
うん、まあ、確かに、芸術作品なんかは技術的な裏付けがあるのは当然として、結局感覚だものね。
テーブルの天板は厚めのクルミ材を繋ぎ合わせたものだった。柔らかい感じが素敵。ニスを何度も塗って研磨して……を繰り返した跡が見えた。うっすらと見える木目が美しい。
その代わり、ちょっと残念だったのは座椅子の方で、こちらはデザイン画通りではあったけど、元の世界のアルファベットで言う『L』の字をした一枚板から削りだしたようだった。無駄に材料使わせちゃったかもしれない。この座椅子に関してはちょっと意地悪で、正解としては、座椅子の形にプレスして曲げた薄い板を複数重ね合わせて合板にする、というのが私のイメージだった。うん、元の世界では北欧家具によくあるやつよね。
「苦労の跡が見えますね」
座椅子はクッションなしでは木がヒンヤリして気持ちいい。イメージとは違うけど、概ね満足。
「面白い椅子だわ。ああ、なるほどね」
低い椅子、低いテーブルは、工房で低い視点に慣れてしまったアーサ一家のため。不思議なデザインだったことに、シェミーはやっと納得がいったようだった。
「あとはクッションですかねぇ」
「テーブルと椅子だけっていうのも寂しいから、他にも何か欲しいわー」
狭い感じも工房に集まる原因だったっけ。
「こういうのは一番センスのある、アーサお婆ちゃんに頼みましょう」
「そりゃそうだわ」
粗野な私たちには欠落してるんだろうな、その辺りが。
――――帰宅したドロシーが、綿布と綿を買ってきてくれました。チュラチュラチュラチュララ。




