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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
土をかける少女
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聖女と魔女の邂逅


【王国暦122年7月30日 21:31】


「私が擁立され、事が成った暁には、聖教会を全面的に取り立てる所存です」

 どこかの政治家の台詞みたいだな……。エミーが言うと激しい違和感がある。


 シスターは世を忍ぶ仮の姿。エミーは、ファリスやパスカルが狙っていると思われる政変と関わりがあるのだろうか。

「それが教会の地位向上に繋がるわけですね。理解しました。実際の対処はどうするおつもりなんですか?」

 たら、れば、と仮定の上に仮定を構築しているので、災害対策マニュアルみたいなものか。その不毛さを知りつつも、カミラ女史は訊かずにはいられなかったのだろう。


「それについては、現段階で口にすることは憚られます」


 ユリアンは一層厳しい表情で断言した。これは考えてみれば当たり前で、どうやらエミーは()()の旗印で、その役割を話すことは、形にしてしまうことだ。まだ、靄の中の話であるはずの革命が、一気に現実の色を帯びてしまう。

「司教様にはお考えがあるのですね?」

 カミラ女史が冷静な表情のまま問う。

「もちろんです」

 ユリアンは表情を変えないまま返す。


 考えがある、なんて本当だろうか。今回の会合は、エミーが綿飴を見て情緒不安定になったことから始まる。私は単に様子を見に来ただけだというのに、ユリアンは慌てて会合をセッティングした。

 当のエミーは覚悟を決めたような固い表情だ。それも綺麗といえば綺麗なんだけど、私が求めているエミーの美とはちょっと毛色が違う。

「私と魔術師殿が同席している理由も、その辺りに関係があるのですか?」

「はい、シスター・カミラ。貴女を私の後継者に指名します」

「拒否権は」

「ありません」

 ユリアンに即答されて、カミラ女史の口が歪む。感情を上手く表現できなかった………という顔だ。

「私である理由を、お伺いしてもいいでしょうか?」

 そう言うのが精一杯だったようだ。


「経理に明るくリーダーシップがあること。魔術師殿…………と懇意であり、秘密を厳守できると思われるからです」

「秘密? 紙作りの魔道具など? ですか?」

「それもまあ、そうですが、その時になれば自然と知らされるでしょう」

 ユリアンは少し考えてから曖昧に言った。これは……『神託』の受け手の話でもあるよなぁ。こうやって指名制で継承されるものなのか。初めて知ったわー。

 こうやってユリアンも、前任者から引き継ぎを受けたのかしら。それとも、突然『神託』がやってきて、あのトランス状態みたいになるのかしら。いや、すでに『使徒』から後継の名前を知らされているのかも。


「それで、私までこうやって同席している理由とは何なのでしょうか?」

 私も訊いてみる。想像していることはあるけれど、ある意味で答え合わせだ。

「シスター・エミーと貴女は、一蓮托生です。彼女を守ることが貴女の利益になります。また、シスター・エミーは貴女に守られることで、事が起こった場合、本懐を遂げられるはずです」

「なんと…………」

 答えはちょっと意外なものだった。


 エミーを見ると、寂しそうに笑っていた。

 これはつまり、私はエミーの護衛をするために、この世界にやってきた、ってこと? 『神託』を受け取る立場であるユリアンの言は、私に深読みをさせる。召喚について知っている人は多くないのだから。

「事が起こらなければシスター・エミーは平穏に暮らせることでしょう。ですが…………貴女にとっては、事が起こって、シスター・エミーを保護する立場になる方がいいのかもしれません」


 謎解きみたいなことを言われる。

 一応の解説をお願いしてみるけれども、

「私にも……詳細は不明としか言えないのです。一つ言えることは、シスター・エミーが危険な立場であればあるだけ、存在意義が出るということです」

「警護の必要性がなければ…………」

「それは私からは申し上げられません」

 ユリアンが悲しそうに言った。


 ジレンマにも聞こえる一蓮托生なんだな……。そうか、エミーが私に懐いていたのは、この話が伝わっていたからなのか。どの程度の深い話を聞いていたのかは知らないけれど、私が守ってくれるから親密になっとけ、くらいのことは言われていたのかもしれない。


「えと……………。私としては、私自身の身の安全よりは、エミーに平穏に生きてほしいなぁと。()が起きなければエミーはどこぞに擁立されたりはしないわけですよね?」

「ええ、そうですね」

 認めつつ、ユリアンはやっぱり悲しそうな顔のままだった。

 お姉様からは卒業できないわけね……。



【王国暦122年7月30日 23:08】


 歩けば数分の距離に自宅があるというのに、教会の客間に泊まることになった。

 ここでアーサお婆ちゃんに手鏡通信をしてみると、待ち構えていたように即応された。

《そう、教会でお話があるのね。朝には戻るのかしら?》

「あ、はい、朝食は摂りに戻ります」

《そう、わかったわ。教会の人達にもよろしくね。おやすみなさい》

「はい、お婆ちゃん。おやすみなさい」


 手鏡を『道具箱』にしまってから、隣のベッドにいたエミーに向き直る。エミーも、自室が同じ建物にあるのに、客間に一緒に泊まることになっていた。

「ドロシーが羨ましいです。お姉様と毎日を一緒に過ごせるなんて」

 うわあ、上目遣いはやめて……。こここ、これって誘ってるのかしら……。ユニコーンは薄目を開けて、しかも口元が笑ってるし……なんて役立たずなんだ。

「ちょっ、あのっ、まってっ、精霊魔法っ、説明っ、するから!」

「……………そうですか……」

 残念そうに言うエミーは、いたずらっ子が見せるような微笑も浮かべている。多少は元気になったというところか。


「お姉様の言う、ユニコーン? ですか? 一角獣? は見えますけれど……」

「あー、うん、話しかけてみてよ? 我とか言ってるでしょ?」

 ブライト・ユニコーンは偉そうに鼻を鳴らす素振りを見せた。


 群体が融合して上位精霊に昇華して、自意識を持つようになり、あまつさえ名乗るようになる――――。ノーム爺さんと私の推察で、これはほぼ間違いない。

 ブライト・ユニコーンはユニークスキルと言えなくもない。というのは私がコピーできなかったから。

 あと、エミーは上級の光系『治癒』も覚えていて、このスキルに関しては私もコピーできた。エミーが強化されたと思ったら、私も強化されていたという、不思議現象だ。別に私には光の精霊が周囲で加護をしているわけじゃないので、コピーの可否の理屈についてはわからない。


「私を守護しているから安心してほしい、と言ってますね」

 どうも念話は電話とか個別チャットみたいなもので、当人同士にしか聞こえないみたいだ。便利なんだか不便なんだかわからない。

「そっか……。そのユニコーンには乗れないよね?」

 魔力を込めた時に、ノーム爺さんが実体化したことがあったので、やりようによっては可能かもしれない。ただまあ、このユニコーンは小さすぎる。ポニーの、さらに子馬みたいな大きさだもんね。

「無理、みたいですね。でも、乗れたら楽しいでしょうね」

 いいねぇ、乗り物にできそうで。あたしゃノーム爺さんに乗る気はサラサラないから。


「このユニコーンにお願いすると、『治癒』を使ってもらえるよ。もちろん、エミー自身が行使することも可能だと思う。魔力効率的にはあんまり変わりないね。ただ、光系『治癒』、しかも上級って奇蹟の類にしか見えないからさ」

「乱用は避けた方が良さそうですね」


 これまでだって、中級の『治癒』でも野戦病院に駆り出されたり、本人が望んでいない治療行為をしていたことだろう。厄介事も増えるだろう。それが容易に想像できるだけに、一転、エミーは嘆息する。

「うん、せいぜい勿体振った方がいいね。軽々しく依頼を受けると、慎重さに欠ける行動を取る人が増えてしまいそう」

 そうですね、とエミーが頷く。


「場合によっては、上級が使えることは隠しておいた方が良いね。たぶん……………使える人はグリテンで数人だと思う」

「教会本部にもお一人、使い手がいらっしゃいますよ。でも、はい、しばらく秘匿しておきます」

 それがいい、とエミーの目を見て納得させる。


「光系の『治癒』は、欠損部位さえ再生できるよね。その治療をするなら、なるべく早い段階の方がいいよね」

「魂に刻まれている、自らの姿形に合わせて()()()()、と習いました」

「最初に、エミーに魔法を教えてくれたのは、その…………ウィートクロフト師?」

 一応、あんな爺でも尊敬を一身に集める大魔術師だからなぁ。敬称は付けざるを得ない。一瞬、エミーの教師がマッコーキンデール卿なのではないか、と思って、躊躇いながら訊く。

「いえ、今はもう亡くなられた、教会本部の大神官様です。お母様の知己だと仰っていました」

 よかった、ちゃんと別の人か。

「そうなんだ?」

「はい、マザー・フッツと仰って、私に初級『治癒』までを教えて下さいました。その後すぐに亡くなられて……後光が差しているような、神々しい方でした」

 聖女オーラってやつかな? となると、ブライト・ユニコーンよりも上位の光の精霊の加護を受けていた可能性があるのか。

「そのマザー・フッツは初級までしか教えてくれなかったんだね」

「はい、マザーは上級まで使えると仰っていました。あれほどの方でも寿命には抗えなかったのですね……」

「ああ、かなり高齢だったんだね」

 百二歳での往生だったそうな。



【王国暦122年7月30日 23:16】


 その他、エミーに発現したスキルは、


・精霊視LV7

・精霊魔法(光)LV7

・光刃LV2

・浄化LV6

・範囲浄化LV6


 ってところか。

 不死者や悪しき者に対しては無敵に近いかもしれない。

 ただ、一般的な魔術師としては、魔法的には殆ど攻撃力を持たないところが半端というか、面白い。LV7、というのは便宜上のものらしく、より高位の精霊を使役できるみたいだ。ブライト・ユニコーンはLV7相当ってことだね。

『光刃』といえば付与魔法の一種なのだけど、普段『ラーヴァ』として使ってる時なんかには、魔力のノリのいい、ミスリル銀製の刃物が最適! だと思っている。ところがLV2の『光刃』は、何もないところから光の刃が出た。エミーの手の先からレーザーブレードみたいなのが出ている……。


「何だろうねぇ、これは……」

 特に熱を持っているわけでもなく、質量も無いから単に光っているだけ。正反対の『闇刃』なんかは出血効果があったりするんだよね。『光刃』は中身の刃物を守る効果がある、っていうのは確かなので、徒手空拳の時に役立つかもしれない。まあ、暗がりでは目立つこと請け合いだけどねぇ。


 結局のところ、精霊魔法は、それ単体では攻撃力があるものじゃなくて、物質に何らかの影響を及ぼすことで間接的に攻撃力に転嫁している感じがする。

 たとえば、ノーム爺さんが使ってみせた『土槍』なんかは、ジュリアスが必死に考えたものらしい。質量のある、尖ったモノを作り出すところまでがノーム爺さんの仕事で、飛ばしたりするのは風精霊の手助けがあるみたいだし(ちなみに土を集めてるのは水精霊らしい)。単機能の専門家、といった風情がある。


 私の場合、土系に関してはノーム爺さんがいるので突出しているとも言えるのだけど、間接的には水精霊や風精霊も使役してることになるから、単機能とは言ってもそこまで役立たずってことでもない。

 スキル上では土精霊しか表示されてないけど、他の種類の精霊も使役していることになるから、ちょっとお得な感じがする。


「熱くもないんです」

「何か切ってみようか」

 私は『道具箱』から鉄のインゴットを取り出して、エミーに切らせてみる。

「何も……起こりませんね」

「うん…………」

 光刃がインゴットを素通りしてる感じ。鉄なんかじゃなくて、生体に対して効果があるのかもしれない。

「不死者なんて…………迷宮にはいるけど…………」

「ポートマットの迷宮にいる魔物は、お姉様の子供のようなものですものね」

「うん、まあ」

 殺されるために存在する、と言えなくもないけどさ。どうせやるなら他の迷宮で試したいよね。

「とりあえずさ、ちょっと調べてみるよ。それまでは使わないでおいて?」

「わかりました」

 光刃については保留だなぁ。スキルの検証については、私が代行してやることにするか。

「ところでお姉様」

「うん?」

 思案しているところにエミーが話題を変える。

「時折、お姉様の背後に老人が見えるのですが。幽霊(レイス)ではないようですけど……」

 あれっ、ノーム爺さん、隠れてたんじゃないの?

《スマン、時折様子を見ていたんじゃよ……?》

「あっ、今、背後に!」

《隠れてっ!》

 焦りつつ、ノーム爺さんが隠れたのを確認する。

「土の精霊の加護でもあるのかもしれないねぇ……」

「ああ、なるほど、そうかもしれませんね」

 ニッコリ笑いかけられる。


「あー、エミーはさ、私のことをどこまで知ってるの?」

 思い切って訊いてみる。

「お姉様は…………呼ばれた、と聞いています」

「ユリアン司教の話にもあったけど……。それ、どこまで知ってるの?」

 エミーから微笑が消えて、固い表情になる。私も同じ表情をしているはずだ。


「多分、最初から。全てとは言いませんけども」


 夏だというのに雪玉を背後から投げられたような衝撃と寒さを感じる。

「え、えと……私が何者で、王都で何と呼ばれているかも?」

「はい。お姉様の出自については聞いていますけども、その前まではわかりません」

「え……」

 エミーは知っていた。私が召喚された存在で、王都では『ラーヴァ』と呼ばれていることを。その前、っていうのは私の召喚前のことだろうけど、それは私だって知らないんだから、知りようがない。


「そんな顔をなさらないで下さい。私はお姉様の行動、その全てを受け入れています。何故なら、私も『神託』に従って動かされているからです」

「…………」

「母、ヴィヴィアンが王都を脱出できたことも。ウィートクロフト卿の助力を得られたことも。マザー・フッツに教えを頂いたことも。ユリアン司教様に保護されたことも」

「運命だと?」

「はい。天命だと。お姉様のような強大な戦闘力を持つ人物が側にいるのが、その証拠かと」


 確かに…………。

 それには同意せざるを得ない。

 私がエミーの守護者として召喚された、という話を受け入れるなら、彼女が遭遇するだろう過酷な運命に対する防波堤として、個体の戦闘力ではグリテントップクラスの私が共にあることは理に適っている。エミーが過剰に私に懐くのも、この身を心配してくれるのも、エミーが守護者の生存を気にしてるだけなんだ、と思えば納得できる。


「私は……利己主義に囚われた人間です」

 ポロポロ、とエミーの双眸からは涙がこぼれた。

「こんな姿を、お姉様に見せたく……ないのに!」

 あざとい自分自身に怒りを向けるエミーの姿を、偽りだとは思いたくない。でもなぁ、女の子は演技なしでは生きていけないからなぁ……。

 エミーを見ていて覚える違和感は、全てが『使徒』の思惑で動かされている、ということに起因する。それは面白いことではないし、反発する気持ちがない、というのは嘘になる。


 私は…………何となく、エミーに裏切られたような心情になってるんじゃないんだろうか。無償の好意じゃないとわかって逆ギレしてるだけなんじゃないだろうか。


「ああ…………」

 その、私の気持ちが理解できているからこそ、エミーは私に好かれようとしていたのか。

 処世術でも何でもない。ただ、エミーは必死だったんだ。

 エミーはすでに大人の論理の渦中にいるのだ。私は子供の癇癪をエミーにぶつけるべきではない。


 大きく溜息を一つ。


「わかった。私は、私の存在が許されている限り、エミーを守る。ただし、私の存在が許されなくなった時は、エミー自身が私を終わらせてほしい」

「お姉様」

「元々、そういう意図での召喚なんだろうね。私が王都でやってきたこと、殺してきた人たちの内容を考えると、いちいち合点がいくのも確かなんだよね。うん、エミーに都合のいいように『神託』は指示を出してたんだろうね。私は『神託』に従って生きるしかないんだから」

 自分に言い聞かせる。

 そんな言葉を吐きながらも、裏腹の思いが形になっていくのを感じる。


 いつか、天に弓を引く。


「エミーがそんな顔をすることはないよ。私の受け取り方の問題なんだからさ」

「お姉様を失うことがあれば、その時はすぐに私も後を追いましょう」

「ああ、まあ、それはその時になってから考えてよ」

 薄く笑う。

 エミーは聖女の表情ではなく、泣くのを我慢していてクシャクシャだ。あはは、エミーにもこんな表情ができるんだね。

 ちょっと冷静になった気がする。


「じゃあ、お互い死なないように頑張ろうか」

「はは…………」

 エミーが力なく笑った。

 こういう意外な表情を見るに、エミーだって年相応の女の子なんだな、と再認識することになった。



――――エミーとの関係は、守護者というよりは共犯者に近いんだろうなぁ。





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