下水管の工事3
【王国暦122年7月28日 16:20】
旧西門~新西門の間の下水管埋設、その片側が終了した。新西門に向かうにつれて傾斜が強く……つまり深く掘っていくことになるのだけど、慣れが施工速度を速めた格好だ。
途中で私は中抜けして、領主の館へ行き、調整槽の設置と、その直上を公園として造成する許可(正式には会議で決めるので内諾)を貰ってきた。
設置予定の場所は新西門よりも西、つまり街の外になるのけど、アイザイアは、現地に立ち会いもしないで二つ返事に許可をくれた。
「セメント養生の期間は三日ほど取るぞ。その後に目視で確認してから水を流してみよう」
「そうですね。初めてのことですし。そのくらい慎重で丁度良いかもしれません」
話しているうちに、こちらまで丸顔になりそうだ。コンパス組の人たちに温厚な人が多いのは、この親方の丸顔が影響しているんじゃないかと思う。だって、厳しいことを言ってても、きつく感じないんだものね。見た目の印象は大事だなぁ、と逆にスクエア親方を思い出してしまう。
「その間はどうするんだ? 調整槽の工事に入るのか?」
「その予定です。下水管をそこに繋げましょう」
「1/4が終わった、とか言ってられないな」
それでも作業スピードは大体わかったから、今後のスケジュールが立てやすくはなったかな。
「そうですね。明日掘削してから考えましょう」
今日のところは早めに解散、ということにした。明日も事故がありませんように。
【王国暦122年7月29日 6:35】
新西門の下にはかなり頑丈な基礎が通っているため、この下をトンネルが通ることは、
① 直上の新西門の強度に問題が出てしまう
② 人が通過できてしまうと防衛上の弱点になる
③ 急に傾斜をつけることになり、自然流下の妨げになる
という、構造上の問題がある。
③に関して言えば、旧西門方向から懸命に傾斜の調整をしてきたため、新西門の下を通過できる深度になっている。
②は現在の直径半メトルでも人間の通過は難しいとは思うけれど、念のために径を細くすることにした。
①が最大の問題で、堅固な門を作ってしまって後悔しているところ。
ということで、傾斜角を変えず、径を細くして横並びに本数を増やす、という解決方法を採ることにした。
「誰がやるんだ、それ……」
と、ガッドが困惑の表情を浮かべたけれど、私としては楽しそうだし、無論、私しかやる人がいないので、ニッコリ笑っておいた。この辺り、既にインフラジャンキーと呼べる存在になってるんじゃないかと自分の頭を疑うところ。
「先に、調整槽を作っちゃいましょう。手順そのものは今までの下水管と変わらないですから」
「ほう」
教会印の紙に描いた図面を見せると、皆、なるほど、と唸ってくれた。
「要するにあれだ、直径二メトルの、太い下水管を三本並べたモノ」
「これで水量の調整になるもんなのか?」
「はい、三本の下水管の取水口、入り口ですね、は階段状になっていますので、水位が上がればそこから水が入り込むことになります。出口の水位は一緒ですから」
「あ、なるほど」
「調整槽の出口は迷宮街道の側溝の離れたところに複数に分けて接続します。急な水量の変化が起きると、迷宮側の下水処理が間に合わないかもしれませんので」
それぞれの接続地点に旗を立ててもらった。
「じゃ、掘っていきますので。ちょっと離れてくださーい。――――『掘削』」
微調整をしながら、自分で描いた図面通りに穴を掘っていく。迷宮街道沿いにバイパストンネルを作る格好になる。長さは百メトルほど。迷宮街道の側溝に接続する部分は注意しながら掘り下げて、石管には後ろから一時的な補強をしておいた。ここが決壊すると、現在もそこそこの流量がある下水が工事現場に流れ込んでしまう。
「今流れている、下水の流量には注意して作業していってくださいねー」
「うぃーっす!」
ザクザク掘って、突き固めて。
パラパラと砂利を撒いて、突き固めて。
「煉瓦とセメント置いておきまーす」
「うぃーっす!」
「『一番調整槽』から始めてくれ!」
「うぃーっす!」
コンパス親方にお任せしちゃおう。基礎に相当する部分から作業が始まった。
【王国暦122年7月29日 8:06】
煉瓦積みの作業が順調なのを確認してから、新西門の内側にある作業現場に戻る。
《わざと一人になったのう?》
《フッ、わかる?》
《ふふふふふ、それがわからぬ爺ではないぞ?》
《フフフ……》
ポッカリ空いたままの半メトル径の下水管。ここに繋ぐ管を作る。
さすがに直接下水管を埋め込むことはできないので、黙って門の下を掘るしかない。作業空間が取れないということもあるのだけど、後でどうにかして塞げばいいか。
《じゃあ、疑似シールド工法でいくかー》
《うむ? いいのかの?》
《いいんだよ。この工事現場を施工後に検分するのは、工法が確立されるくらい未来でしょ》
《なるほどのう?》
『場違いな工芸品』とでも呼びたければ呼べばいい。それよりは迷宮街道、新西通りの巨石による石畳の方がよっぽどオーパーツだろうから。今のスキル構成なら、一人でギザのピラミッドも組めそうだ。この世界にもあるのかしら?
《じゃ、セグメントを作ろう。今回は完全に掘りながらセグメントを填めていかないと崩れちゃうから》
《大きさはどうするのかの?》
《直径一メトルってところだね。作業するにもそのくらい空間がないと》
《わかったぞい?》
セグメントを作り、同じものが八つできた時点で『掘削』をしてはめ込み、『結合』する。
《進むよ》
《うむ?》
調整槽に出るまで約五十メトル。強度的に問題はない、とわかってはいるけど、鉄筋を入れた柱をトンネルの中央に立てていく。新西門の直下は避けて、少しずつ左に曲げていく。迂回が完了したら右に曲げて、迷宮街道沿いにトンネルを掘っていく。
「あれっ、小さい親方?」
「ども」
一刻ほどで調整槽の工事現場に顔を出せた。ビルダーズの人か。目を丸くしているね。
外殻トンネルの排水路を作り、調整槽に口を開けている穴の周囲には偽装のために煉瓦を貼り付けていく。
「じゃっ、戻るので!」
「はいっ、小さい親方!」
小さいからこの径のトンネルでもスムーズに作業ができているのだよ!
陶器で配管を作って設置しつつ、新西門の方へ戻っていく。
この配管は調整槽側から見ると二本になっている。途中から円形を縦に分割した半円形の断面に変形をさせる。両方を合わせて直径半メトルの管になる。結構複雑な形になっちゃったな。
「――――『結合』」
陶器の管は片方の端が緩いラッパ状になっていて、お互いを差し込んで接合部を粘土で固めて『結合』していく。
道中、柱を避けて微妙に曲げつつ、ところどころに陶器の壁を作っていく。陶器とはいえ土精霊の産物、初級魔法程度ではビクともしない。
《フフフフ、楽しいのう?》
《あははは、楽しいねぇ!》
新西門を越えて、最初の入り口に戻り、煉瓦で偽装しつつ、下水管と接続した。
中から見ると、途中で縦に二つに割れている形に見えるだろう。流量の調整にもなるし、水圧だけが問題かなぁ。
セキリュティについては半円形の生物でもいない限りは通過は難しいだろう。
よし、お隣も掘っておこう。面倒だけど仕方ない。
お隣のトンネルを掘るにもシールド工法。土圧を保持しつつ空間を広げていく。
「この辺かな…………」
非常にアバウトではあるけども『計測』も使って、隣のトンネルと高さを合わせる。傾斜、進行方向、共に問題なし。
再度調整槽に向かおう。
【王国暦122年7月29日 10:28】
新西門回避トンネルを掘り終えて、意気揚々と調整槽の現場へ戻る。
「むっ、なかなかの施工速度…………」
調整槽の工事現場は、十時の休憩時間になっていた。確かに元の世界でも、この時間になると長めに休憩取るけどさ。時計もないのに体がしっかり覚えてるんだなぁ。ファンタジー色溢れるこの世界でも同じような習慣があることに凄い違和感がある……。
「おう、そっちはどうなってる?」
コンパス親方が丸顔で訊いてきた。
「ほぼ終わりですね」
「ああ、わかった。早いな?」
「いえいえ、短い距離でしたから」
五十メトルが短いかどうかは人による。
「そ、そうか……」
「こっちはどうでしょう、明日中に終わる感じですか?」
「煉瓦積みは明後日までかかるな。下水管の導水試験の日だし、丁度良いか?」
「『一番調整槽』のセメントも、その頃なら大丈夫でしょう」
明日は会議もあるしなぁ……。今日は可能な限り調整槽の煉瓦積みを手伝うとしますかね。
【王国暦122年7月29日 18:48】
「遅くまでお疲れ様だ! 今日はこれで終了するぞ!」
「うぃーす……」
突貫工事みたいなペースで三日目、さすがに皆には疲労が見える。こりゃどこかで休日を取らせた方がいいな。
「よう、小さい親方」
ガッドが近づいてきて、『一番調整槽』の外観を見ながら話しかけてきた。
「どうしましたか?」
「朝に下水管の方から顔出したじゃねえか。あの施工速度を見ると……全部一人でできたんじゃねえかと思ってな」
「うーん」
否定はしなかった。
「なのに、わざわざ俺たちを引き入れて工事をやらせてる。今回の目的は何なんだ?」
「簡単なことです。私自身が、いつまでもここにいないからです。私がいなくなってから、工事のやり方がまるでわからない人たちばかりでは、街が発展しないからですよ」
「小さい親方の……熱意みたいなモンか?」
「そうです。それを後世に伝えるのが建設ギルドであり、ビルダーズであると」
「そうか……生き急いでいるみたいにも見えてな」
「おや、心配してくれてたんですか。有り難いですね」
袖から二の腕を出して力こぶを作ってみせる。見た目の年齢の割には筋肉質だと自負しているよっ。
「いや、小さい親方が強いのはわかってるよ。でもよ、今から死んだ後のことを考えてるなんてよ……ちょっと寂しいじゃねえか……」
ガッドはわかりやすく目を伏せた。
「それは考え方次第ですよ。何故か私はここにいる。恩恵を受けられる立場に皆さんがいる。ならば便乗してくださいよ。それでいいじゃないですか」
死生観を語るつもりはない。でも、私が寿命を気にして動いているっていうのは確かで、ちゃんと見る人には見抜かれてるんだ、と気付くことができた。意外に色んな人に心配されてるんだなぁ……。
「そうは言うけどよ」
「大丈夫です。死なない程度に頑張りますから」
私は寿命で死ぬのだろうか。
死んだ後に不死スキルが発動するのだろうか。
まだまだやること、作る物がある。そうだ、アグネス戦の時にも思ったじゃないか。
――――――まだ死ねない。