下水管の工事2
【王国暦122年7月27日 6:23】
「それじゃー、これから工事始めまーす」
元の世界の日本なら、祈祷をしたりするんだろうけど、グリテンにはそんな風習はない。っていうか神主さんがいない。
聖教徒ではあるから、お辞儀くらいはしても罰は当たらないと思う。ま、みんなそんなに信心深いってわけじゃないしね。
工事のスケジュールそのものは、何日かやってみて、進行状況を見てから日数を決める、というアバウトな形にした。旧西門~新西門は道に石畳がないからいいものの、夕焼け通りの下水管埋設は難工事以外の何物でもない。
「周囲をよく見て怪我をしないように注意しましょう。いいですかー!」
「うぃーす!」
返事はいい加減だけど、気合いの入った声が聞こえた。
作業人員は、元石工ギルド関係者五名、『ビルダーズ』十名、『シーホース』十名、警備に同じく『シーホース』から四名、煉瓦の運搬に別途『ビルダーズ』から四名。現場責任者は丸顔のコンパス親方が担当する。
旧西門から新西門は、正確には四百八十メトルの距離がある。新西門前に看板を置き、三角コーンを道の真ん中に置いていく。
「看板は、どのくらい前に置けばいいんだ?」
コンパス親方が訊いてくる。
「馬車が安全に減速できる距離ですから、五十メトルはあった方がいいですね」
馬車側にも一応のブレーキは付いているけど、制動能力が高いとは言えない。車軸と車輪を押さえつける効率の良い方法が確立していないためだ。
「わかった。おい、頼む」
「へい!」
コンパス親方が指示を出して、ビルダーズが三人、コーンと看板を置きに動いた。
そのコンパス親方にしても、下水管埋設工事というのは経験がないのだという。南通り、北通りの下水管はかなり古いもので、五十年以上前のものらしい。そのため、近いうちに修繕工事をする必要性が出てくるだろう、とのこと。こういうのって、新設工事よりも難工事になるからなぁ……。要するにポートマットでは経験者がいない工事ということなんだけど。
昨日の打ち合わせで、
① 予定の深さまで掘る
② 煉瓦組みで下水管を作って埋設
③ 石畳を敷設
④ ①~③を繰り返して西進
⑤ 新西門に到着したら通行止めの左右を入れ替えて、もう一度旧西門へ戻る
というのが、旧西門~新西門の下水道埋設工事の、物凄く大まかな作業手順になる。
ここまでで工事自体は1/3というところ。夕焼け通り下の下水管埋設で1/3、両者の接続と調整槽の造成、迷宮街道側溝への接続と調整までが全工程となる。
煉瓦は耐水コンクリートで組んでいくため、乾燥に最低でも一日、できれば五日は養生期間を取りたい。けどまあ、三日が現実的なところかしら。
「安全確認、よーし!」
「安全確認、よーし!」
馬車の通行、人の通行がないことを確認して、コーンで区切られていることを口頭で確認させる。
「―――――『掘削』」
ベロン、と表土を剥がすように、五十センチほどの深さ、二メトルの幅、四メトルの長さで削り取る。
「うおぉ……」
「―――――『掘削』」
同じ場所に、同じ容積で掘り進む。埋設する下水管は直径が半メトル。
管の太さが全ての基準になる。下から、管の下の敷石に二十五センチ、下水管が百センチ、下水管の上の敷石に二十五センチ、石畳用の石材が高さ五十センチ。合わせて二百センチ。この深さが基本で、傾斜角によっては上下することになる。
一番下に敷く、砂利の高さで煉瓦の高さを微調整していく。この砂利は四脚ポッドを二センチほどのサイズにスケールダウンしたもの。素材は迷宮産の石材。規則的に石版に切れ目を入れてポン、と力を加えると、割れてパラパラ、と出来上がる。サイズからすると加工は現在の技術では不可能なので、オーパーツと言えなくもない。
「何だい、それは?」
「砂利の代わりです。強固になるかなぁと。あ、それ、均一に撒いてください」
ノーム爺さんが形を覚えたので、後で密かにノーム爺さん製の四脚ポッドに切り替えるつもり。だって、参加したくてウズウズしているのが感じられるし。
粗方、石を撒き終わったのを確認して、トンボで突き固めながら均してもらう。
「建物の基礎みたいなモンだな。おい、高さを確認してくれ」
コンパス親方が丸顔で言った。
旧西門~新西門は、地表部分に高低差が殆どない。そのため、同じくロータリー下の接続先まで、殆ど高低差がないので、強制的に下水管に傾斜をつけていくことになる。傾斜角を一様にしてしまうと新西門の地点ではかなり深く掘り下げてしまうことになるので、傾斜をつける部分と平坦な部分と半々くらいに設定した。万が一施工ミスがあったら、ノーム爺さんに調整してもらおうかと密かに画策している。
「高さよーし」
「よし、煉瓦積み、始めるぞ!」
コンパス親方のかけ声で、セメントを練る組、煉瓦を用意する組、穴の中で組む組に分かれた。
台座に相当する底部から、内部が管状になるように丸く組んでいく。横から見るとおまんじゅうみたいな格好で作っていくことになる。
「セメントの混ぜ具合が重要だ! そこで手を抜くと台無しだ! 毎回確認しろよ!」
「うぃーす!」
下水管を二メトルほど組み上げて進んだところで、一旦チェック。
「歪みなし。綺麗なモンだ。手慣れていけばもっと作業速度は上がりそうだ」
「じゃあ、掘削を再開します。敷石もやっちゃいますよ」
「ああ、頼む。本当なら全部こいつらにやらせたいんだけどな」
私がいるから、こういう歪な作業になってしまうらしい。私の穴掘り欲(?)、物作り欲を満たすもので、公共の役に立つんだからいいじゃんね?
《さ、そろそろ本気出していこうか、ノーム爺さん》
《はっはっは、いいのかの? ふわっはっはっは、いいんじゃの?》
《フフフフフ……》
私は土の最上位精霊と、不敵に笑いあった。
【王国暦122年7月27日 12:03】
「ちょっとちょっと、小さい親方」
「何でしょう、ガッド親方」
「午前中だけで新西門まで穴が掘れてるっていうのはちょっと早すぎじゃねえか?」
「大丈夫、セメントの練りは私もやります。練りの人を煉瓦組みの方に動かしましょう」
穴掘り作業そのものは、あれから一刻の間に終わり、敷石も終わってしまった。突き固めが間に合わず、急遽スタインに言って、四名ほど『シーホース』の暇な人材を派遣してもらった。中級冒険者が四人も来たけど、特に土木向けの人たちではなかったので、素直に力仕事に混ざってもらった。
「お待ちどうさま~。『シモダ屋』で~す」
手慣れた感のある配達の人が数人、サンドイッチを満載した籠を背負ってやってきた。
「よぉ~し、作業中断! 片付けろ! 手の空いた者からサンドイッチを受け取って食え! 手は洗えよ! 休憩は一刻取るぞ!」
妙にテンションの上がったコンパス親方が宣言すると、緊張の糸が切れたかのように、作業員たちから溜息が漏れた。
「俺、夢中で煉瓦を積んでたよ……」
「練っても練っても間に合わない……」
うーん、それでも百メトルくらいは組み上がってるかな? 大体、このくらいの長さに一つ、マンホールを設置する。作業スピードからすると、マンホールの蓋の到着が一番遅い気もする。ロール工房には頑張ってもらおう。
【王国暦122年7月27日 13:28】
お昼休憩が終わって、作業を再開してすぐというのは事故が起きやすい。
「午後も集中していきましょう!」
「うぃーっす!」
まだ元気かな。食べ物が消化されてくると眠くなるんだよね。しかし、眠くなる間も与えない程に、ジャンジャンバリバリ頑張って頂きましょう!
「セメント担当、替わります。煉瓦積みを手伝ってあげてください」
「お、おう」
《ノーム爺さん、頼むよ》
《混ぜるだけか? 物足りないのう?》
残土を細かくして脱塩、砂状にしてセメントに混ぜ、海風から『凝水』をして、これも混ぜて攪拌、滑らかスムージー。それをして混ぜるだけ、とは言わないと思うけど、土精霊的にはそうなんだろうね。
なお、この作業の過程で、塩の結晶で小山が出来ている。ちょっと盛り塩みたい。後で回収して、何かに使おうと思う。
煉瓦組みの人間が増えたことでさらにスピードアップ。
単に煉瓦を積んでいるだけではなく、お隣に埋設する予定の二本目の下水管との接続部分も組んで貰っている。
セメント練りの合間に、石で側溝を作り、そこから下水管に流れるように導水路も作っていく。導水路はメンテナンスを容易にするためにマンホール近くに設置した。側溝は、新西通りと同じく、石畳からの排水も請け負うので、かなり低い位置に設置した。これなら新規に生活廃水を流そう、としても接続場所が容易にわかるはずだ。
【王国暦122年7月27日 18:11】
「よーし、今日はここまで! お疲れ様! まず道具を片付けろ! 明日の集合も同じ時間な!」
コンパス親方は初日にしてすでに空元気を醸し出しているのが感じられた。作業速度がおかしい、みたいな独り言を言っていた。
全体として急かしている格好だけど、最終的には私が仕上がりを確認しているから、作業に不備はない。
「皆さんお疲れ様です。明日も頑張りましょう!」
私が努めてにこやかに言っても、みんなは元気にはならなかった。気のせいか、初潮を迎えてから童女スマイルが通用しなくなっている。さりとて私は美少女だなんて自覚はこれっぽっちもないから、取り柄と言ったら若さだけなんだけど……。それとも少女だとか女の子だとか、そういうのを超越したプレッシャーを作業員たちに与えてるってことだろうか?
まあいい。私の本懐は美少女かどうか、ではないはずだから。
「じゃ、私は煉瓦と石材を持ってきます。また明日です」
『シーホース』の警備員は交替交替で四名が常駐している。魔導街灯があるとはいえ、五百メトルに渡って大きな落とし穴が半日で出来てしまったのだから、夜の警備も気が抜けないはずだ。
警備担当の人と軽く注意点を話し合ったあと、ペコリとお辞儀をして、工事現場を後にした。
【王国暦122年7月27日 19:52】
迷宮に到着すると、石切場でサクサクと切り出しをして石を飲み込む。
ああ、赤頭巾ちゃんに出てくる狼になった気分……。あれ、三匹の子豚だっけ? うーん、覚えている元の世界の知識も、あやふやなのもあるんだよなぁ。その割には変な知識は覚えているし、サブカルチャーに関してはやけに年代が幅広いと来ている。
「これはつまり、この世界にサブカルチャーを広げよ、という意志に違いない」
そんな自分に都合の良い結論を、自分で補強して自信を深める。
煉瓦も飲み込んで……今、キャンセルで『道具箱』を失ったら、前回の時とは比較にならない量の土砂と石と煉瓦が出てくるだろうなぁ……。ある意味自爆兵器というか、キャンセルすること自体が向こうの死亡フラグになりそう。
迷宮の工房に寄って、トンボの補強用の鉄板と鉄棒を用意する。明日の朝イチでトンボは修理しないと使い物にならなくなってしまった。思ったよりも四脚ポッドを含んだ土が固かったためか、トンボが軽すぎたのか、力を込めすぎたらしい。『ロダ』で均せればいいのだけど、あれは大きすぎて穴に入らない。かといって小型の『ロダ』を作るのも後々管理が面倒になる。時には人力の方が使い勝手がいい、ということらしい。
明日は調整槽まで到達できるだろうか。三トンほど鉄も持っていきますかね……。軽く言える自分が怖くなってきた。
『……マスター、リヒューマンの三体から報告があるそうです』
「へぇ?」
めいちゃんに言われて、ケリーたちに会いに行くと、妙に興奮した口調で報告された。
「マスター! トマトの生育がいいため、少し早いですが、植え替えを実施したく思います!」
「うん、よろしく。魔法による補助は限定的にしておいてよね?」
「はっ、はい……」
土精霊に頼る気満々だったみたいだ。
「趣旨としてはさ、なるべく全自動で栽培できる仕組みを確立したいわけよ。そのために幾つか様式を変えて試してもほしいし。必ず第三者が閲覧できる形で記録しておいてよね」
「はいっ、了解しました!」
何だかテンションが高いなぁ。土精霊魔法はLV1から上がってはいないし、何かご褒美が欲しいとか? うーん、魔術師ではあるけどエスパーではないからなぁ。大まかな意志は伝わってくるけど………。
ああ。
「うん、君たちは良くやっている。頼りにしてるよ?」
ちょっと鷹揚なポーズを取りつつ、ケリーたちを労う。
「はいっ、マスターの御為に成果を必ずやあげてみせます!」
うん、労いの言葉が欲しかったみたいだ。犬みたいだなぁ。しかし、この視野狭窄具合は、失敗するフラグだ。
「あー、うん、成果はまあ、大きな失敗じゃなきゃいいよ。正直なところ、トマトや月光草の栽培が失敗したところで誰も死なないんだから。残念ではあるけど怒ることじゃないし。先走って成果をあげても喜びはしないよ。三人仲良く、とは言わないけど、協力しあっておくれ」
ブレットとハンスはうんうん、と頷いた。ケリー一人が先走ろうとしている感じを受けたのは正解だったみたいだ。うん、ケリーくん、君みたいなリーダーは愛されてないと失敗するね。君をリーダーに任命していたマッコーキンデール卿には少しだけ同情するよ。
「はい……」
毒気を抜かれたケリーに、内心で嘆息する。失敗するリーダー論、なんて本が一冊書けそうだなぁ、とか、かなり失礼な事を思いながら。
【王国暦122年7月27日 20:51】
「ただいまです」
「おう、嬢ちゃん、遅かったな」
アーサ宅に帰宅すると、カレンが出迎えてくれた。
「残業? してました」
「そう、まだ万全じゃないんだから、無理をしてはいけないわ」
「はい、気をつけます」
いやあ、万全ですよ、絶好調ですよ。
夕食は既に終わっていたみたいで、軽いものを、ということでスープとパンだけを頂くことにした。スープは豆を裏ごししたポタージュだった。ちょっと豆腐とか呉汁みたいな感じ。まだドロドロしているものが夕食のメニューに出てくるということは、ドロシーの体調がまだ悪いのかしら。
「万全ではないけれど、峠は越えたかしらね」
ドロシーは悪くない顔色で明るく言った。
あ、元気そうだ。よかったよかった。
「あの薬湯? ヤナギ茶? のお陰かしら。今月は軽かったのよね」
「へぇ~」
副作用が軽ければ商品になるだろか?
「正直、薄くて美味しくなかったわ。あれは錠剤とか粉薬にならないの?」
「薬効成分が希薄な濃度で十分だからねぇ……。濃度さえ確定できれば何らかの方法は考えるよ」
混ぜ物の方が圧倒的に多くなっちゃうからなぁ。もはやイモ粉を固めたもの、になっちゃうようじゃ……お薬じゃないよなぁ……。
――――帰宅しても物作りから離れられないようです。




