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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
異世界でカボチャプリン
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実験の準備


 グリテン島にキノコの季節―――秋がやってきた。

 毎年、秋にはどの食堂や食卓にもキノコ料理が並び、大量に消費されていく。

 ああ、そうだよねぇ、キノコご飯食べたいなぁ。

 今まで本気で米の入手について考えてこなかったのだけど、何とかならないものかなぁ。


 秋といえば収穫祭だけれど、今年はワーウルフ騒動のせいで開催されるかどうか怪しいらしい。王都ではしっかり開催されているという話だし、ポートマット住民だけが割を食っている感はある。

 そんな事情もあってか、街中に鬱屈した空気が、徐々に蓄積しつつある……。



「さむっ」

 借家から外に出ると、普段は吹かないくせに一陣の風が吹いて、それはちょっと痛いくらいだった。半袖だったし。

 チュニックの上にチュニックは見栄えがよろしくないので、白いローブを取り出して、それを被る。

 今から教会に行くし、装い的には間違ってないはず。

 ワードロープにはあんまり拘らないけど、冬服とか新調しようかしら。


 朝のお祈りには早い時間で、まだ空は暗いのだけども、こちらも多忙なので、この時間からの活動も仕方がない。突然訪問されるユリアンは迷惑だろうけど。


 教会に着くと正面扉が開いていて、中には十数人の信者たちが、朝の礼拝を待っていた。年配のシスターの一人に話しかける。

「おはようございます。ユリアン司教はいらっしゃいますか?」

「あ、はい。応接室にご案内します」

 と、穏やかな笑みを返してくれた。宗教関係者は内輪には無駄に穏やかというか、ホント、激昂しないよね。マリアは興奮しつつ対抗心を顕わにするけど、エミーなんかは、もう聖職者の片鱗が見えるものね。


 応接室で待っていると、ユリアンはまもなく登場した。

「朝早くに申し訳ありません。礼拝の邪魔をしてしまったようで……」

「いえいえ。そんなことはありませんよ」

 ユリアンの格好を見れば、今から礼拝しますよー信者のみなさーん、という、パリッとプレスされた白い神官服。

 ま、説法できる人物が教会に一人だけ、なんてことはないだろうから、ここは突然の来訪を許してもらおう。


「ワーウルフ安全宣言が騎士団と領主の方から出されましたね」

 ユリアンは穏やかながら苦渋の見える表情で言った。

「安全宣言は出されはしましたけども、元凶が取り除かれたわけではありません。本当の意味では安全とは言い切れないというのは、騎士団長、冒険者ギルド支部長の一致した見解です。安全宣言そのものは住民の―――心の平穏の―――為に行われましたけども、まだ厳重注意はしておくべきかと思います」

「それとなく周囲に流して、無条件に安全を盲信しないで、外に出るときは十分に注意せよ、という含みを持たせてあるわけですね」

 ユリアンは私の言葉を予測していたようだ。宣言を額面通りに受け取ってはいないのはさすがというか安心した。

「その通りです。教会の皆さんや孤児院の子たちは……外への採取活動は再開させるんでしょうか?」

 私の問いにユリアンはしばし思案したあと、

「そうですね。孤児院のみんなには、まだ危険性があるということで、まだ単独では採取には行かせないようにします。エミーやマリアが引率することはあるでしょうが、彼女たちもそちらばかりに行ってもいられませんしね」

 ユリアンが困りました、という表情。私も同じように困ったような表情を作り、

「例の件―――と、ワーウルフの件はやはり繋がっているようです」

 と小さく告げた。ユリアンは言葉を発しないで、大きく頷いた。

「向こうは行き詰まっている―――我々はそのように捉えています。決め手に欠けるような対応をしていますし。しばらく様子見ですが、生産活動への影響は少なからずあるかと思います」

「当面は大きな波はない、と?」

 ユリアンの言葉に、私は大きく頷く。

「しかし、このままワーウルフへの警戒が続くとなると、孤児院や教会の収入にも影響が出てきますね」

 先日と同じ話題だけれども、今回は私の方にもメリットがある話だ。

「はい、代案はあるのですが、ちょっと材料と製法が確立していないもので。孤児院の裏の林の手前―――に灌木がありますよね? 何本か枝を頂いてもよろしいでしょうか?」

「枝? ですか? ええ、まあ、構いませんよ? 自由に使って下さい」

 ユリアンは私の弁に首を捻りながら、怪訝そうな顔をして、それでも了承してくれた。何で枝なのか、この時点ではわかんないよねぇ。

「ありがとうございます。一度実験してから、また来ますので」

 私は礼を言って応接室を出る。教会内部はそれなりに人がいるはずなのに、礼拝中なのか、厳かな静けさだけが場を支配している。


 裏口から教会の建物を出て、孤児院へと向かう。

 孤児院の建物からは、遠目にも聖なるオーラが迸っている。エミーがいるんだろうなぁ。出会うと、また恥ずかしい気持ちになりそうなので、ここは黙って作業に入ろう。


 林には針葉樹と広葉樹と灌木―――が一揃いあった。

「うーん」

 ここの灌木は見た感じ、数種類あるようだ。材料は、実はどの種類の木でもいいのだけど、生憎と私が知っているのは灌木から作る手法だけだ。


「―――『風刃』」

 サクッとナイフでバターを切るように、灌木の枝を伐採する。数本ずつ、数種類。それぞれに番号を振っていく。

「コウゾ、ミツマタ、これは同じ名前なんだなー。サササ、ナンキ、ドンキ」

 木の名前と特徴を記憶していく。先の二つは名前こそ同じだけど、元の世界にある同名の植物と同じものである保証はない。なので同列に実験対象とする。

 うん、つまるところ、和紙を作ろうとしているのです。


 先日の大型『保管庫』に設置した魔法陣は、羊皮紙に描いたものだった。

 羊皮紙は長持ちはするけども費用がものすごく、入手も困難で、品質も安定しない。

 また、温度変化の激しい場所で、獣の皮というものが、どの程度劣化せずに運用できるのか、不明なのも怖い。

 そこで代用品を考えていたのだけど、ある程度厚みと強度のある和紙なら、十分以上の代用になり、コストもそれなりに安く、入手もしやすく、魔法的に加工しやすいのではないか。そんなことを考えた。


 羊皮紙に魔法陣を描く場合は、一度、魔核の粉を水に溶いたものを塗布してから使う。和紙であれば、その溶液に直接浸すことができて、魔力効率の良いものができる可能性がある。

 教会や孤児院の新しい雇用創出という慈善的名目の他にも、私が新材料を入手できる機会が増えるというメリットがある。

「winーwinというやつですなっ」

 ほくそ笑みながら枝を束ねて、『道具箱』にしまう。エミーやマリアに見つかる前に退散しよう。そうしよう。


 さてと。

 メイン材料はこれでいいとして。

 私一人が作るのなら全部魔法で処理しても出来そうなんだけど、魔法を使えない教会の人や、孤児院の子たちが扱うとなると、ある程度、普通の道具も用意しないといけない。


「―――『風走』」

 ダッシュでポートマットの町を駆け巡る。

 職人街は町の東側。

 まずは樽職人から蒸留酒(ニャック)用の樽を二つ、小さな樽を一つ購入。加工前の板も四枚買う。

 鉄製の大鍋を三つ。これは生活金物のお店で。片刃の包丁があったのでそれも三本購入。

 南東の建材屋さんでは、煉瓦を購入。何だかものすごく安売りしていたので大人買い。聞けば、例の倉庫用に焼いた煉瓦が大量に余っていたとのこと。同じ理由で例のロマン灰セメントも一袋余っていたので、これも即買い。あとは墓標に使えそうな大きな石も一つ。これだけ大きいと一つって気がしないけど。木材のニスに使える油も一瓶。つい色々買い込んでしまう。

「あとは―――」

 棒? 棍棒? はトーマス商店にあったかな。

 トーマス商店に戻ろう。


 その途中で布地屋があったので、亜麻布や麻、綿の生成り生地をまとめ買い。絹は……今のところ用途がないというか。ドレスを作るわけじゃないし。


 再び歩き出す。

 木の灰とかは自作がいいかなぁ。大陸とかの状況は知らないけれど、グリテンでは木炭よりも泥炭で暖を取るのがポピュラーなので、木の灰は探さないとない素材だったりするし。っていうか廃材を一緒に燃やせばいいか。


 泥炭は、そのうち石炭の発見と利用に繋がる燃料なのだろうけど、その利用方法の確立は産業革命まっしぐらだ。技術レベルが中世のところに機械化文明を導入してしまうことには、少なからず躊躇いがある。その行き着く先はまず戦争なのは、想像に難くない。

 私には知識があるけども、それを使って戦争を促進してしまう結果になるのは避けたい。やりようによっては覇王になることも可能かもしれない。だけど、そんなものが未来永劫の統治を行えるわけがない。使徒になれば―――それは叶うかもしれないけど、きっと、それは使徒の仕事じゃない。


「石炭か……」

 泥炭は許されて石炭の利用がされていないというのは、何かしらの介入があったと見るべきなのかも。アマンダに限らず、『神託』は、世界の理を乱すモノの排除、という印象があるし、勇者召喚直後の排除はその最たるものだろう。神は、使徒は、この世界をどこに導こうとしているのだろうか。


「フッ……」

 紙を作ろうとして神のことを考える……だなんて駄洒落を思い付いて一人ほくそ笑む。ドロシーに言わせると、一人笑いの私はもの凄く邪悪に見えるのだという。


 っと、トーマス商店に着いた。

「あらっ、今日は倉庫の方はいいの?」

 表から入る。ドロシーは私であることを確認すると、一言目からそんなことを言った。

「うん、大体終わった。まる二日かかったよ」

 設置そのものは一日で終わったのだけど、動作を確認して、温度を調整して、現場監督でもあるギルバートから了承を得て、という作業を繰り返していたら、もう一日かかってしまった。

「ふうん、アンタも難儀なことしてるわねぇ」

「そうだねー」

 ホント、トーマスに言われるままやってるけど、面倒臭いことこの上なし。作業してる最中は楽しいんだけど……。

「今日は何?」

「んーとね、棍棒。あったよね?」

「棍棒?」

 鍛冶屋では売られておらず、武器屋でも不人気の入門武器。ここ、トーマス商店でも売られてはいる……けど、不良在庫だ。

「何本あるの?」

「五本あるけど。何に使うのよ?」

 まあ、確かに明らかに武器としての使用は考えていない。ドロシーが鋭すぎて笑ってしまう。

「ちょっとね。全部頂戴。どうせ不良在庫でしょ?」

「ふうん、また何か考えてるわけね」

 やれやれ、と手を広げて、ドロシーはため息を吐く。

「うん。じゃ、これお代ね。不良在庫が捌けてよかったね」

「アンタなら、その程度の木工細工出来るでしょうに……」

「今回は時間を買ったんだよ、ドロシー」

 実際に木材を棍棒に加工するには、木工スキルではなく、乾燥させたりだの、手間や時間の方が重要だし。

「はん、アンタ、上手い事言ったとか思ってるんでしょ!」

 鼻を鳴らして気色ばむ。だけど、今回はそれもスルーする。

「はは、じゃ、また明日ねー」

 今晩は実験しなければならない。それにこの後は冒険者ギルドに顔を出さなければ。

「ああ、ちょっと待って」

 ドロシーが呼び止める。振り返る私。

「この間、ワーウルフに襲われたカーラちゃんを助けたでしょ。お礼がしたいからシモダ屋に寄ってほしいってさ。食べ放題だってさ」

「むうっ、魚かっ……」

 今晩は実験しなければならない。しかし魚料理食べ放題とは気前がいいな!

「じゃ、今晩行くわよ。今日は早じまいするから、夕方にでもまた顔出して」

 なに、ドロシーもご相伴決定ですか。さすがに抜け目ない。

「……わかった。冒険者ギルドに行ってくる。それから戻ったら行こう」

 食欲万歳……秋だからね……。

 ニコニコ顔のドロシーが見られるからいいか。手を振ってトーマス商店を出ると、ロータリーを渡る。


 お昼過ぎで、冒険者ギルドは閑散としていた。受付にいるベッキーもちょっと眠気が垣間見える表情だ。

「こんにちは、あの」

「こんにちは。支部長ならいるわよ? 中へどうぞ?」

 話がわかるようにしておく、とは言っていたけど……。これは超反応過ぎる。

「はい、ありがとうございます」

 礼を言って中に入ろうとしたとき、ベッキーが私を呼び止める。よくよく今日は呼び止められる日だわ。

「これ、上級の冒険者ギルドカードです。中級のカードは回収します」

 ああ、そういえばそういうこともあったっけ。『道具箱』から中級のカードを出して、ベッキーに渡す。ベッキーはカードを確認して、新しいカードを渡してきた。材質はなんだろうね、これ。何かに銀かミスリルをコーティングしてあるみたいだけど。

「はー、ホントに上級ですねぇ」

「あたりまえじゃない。変な子ね?」

 クスクス、と上品にベッキーは笑う。些細な仕草に女の年季を感じさせる。さすがはポートマットの冒険者たちにお袋扱いされるだけのことはある……。


「じゃ、ここに血を流して」

「はい」

 私は『道具箱』から、さっき買ったばかりの包丁を取り出して指先を小さく切る。血が滲んだ指を、新しいカードに触れさせる。と、鈍くカードが光り、その光が消えると完了。

 このギルドカードは、別にICカードみたいな便利グッズという訳ではなく、本人確認用の身分証の機能しかない。元の世界でいうクレジットカードくらいの大きさに、色々な機能を詰め込むのは無理があるんだそうな。

 カードの偽造防止に関しては、本人の魔力に呼応して、カードの名前部分が点滅する……らしい。それをして本人だ! と言い切るのは魔道具作りのスキルがある身からすると単純な気もするのだけど、写真なんてないし、立体画像を仕込む訳にもいかないし、結局この程度に収まった、ということらしい。一般の魔力の少ない人から見ればわからなくても、専門家なら偽造かどうかわかる……。フェイ曰く、ギルド絡み犯罪には、専門の捜査官、『狩人』がいて、冒険者ギルド員を詐称したり、偽造カードを使った場合は死罪にも等しい罰則がある。まあ、ぶっちゃけると、上級の冒険者というのは何人もいないので、問い合わせがあれば即バレちゃうのだと。

「はい、じゃあ、魔力通してみて?」

 ベッキーに言われた通り、カードに魔力を流してみる。


「でか!」


 名前が点滅したのはいいのだけど、名前が、元の世界でいうアメコミの擬音表記のように飛び出して、デカデカと表示された。

「上級だから大きくなってる……らしいわ」

 ああ、そういうものなんですか……。

 ベッキーもこの仕様には呆れ顔だけど、ちょっと楽しそう。誰が言い出した仕様なのか、あとで本人(フェイ)に問いただしてみなければ。


 カードを受け取り、支部長室へ。

 フェイは部屋の真ん中で仁王立ちしていた。しかも腕を組んで。

「……待っていたぞ。……明日から二日の予定で巡回を頼む」

「えー……。わかりました……」

 受諾する以外の選択肢はない。げんなりした表情は伝わっていると思うけど。フェイはどこ吹く風だ。



―――今晩は実験しなければならない、はずだったのだけど。巡回から帰ってきてからにしようかな……。



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