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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
土をかける少女
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下水管の工事1


【王国暦122年7月26日 5:10】


 珍しく先に目が覚めたので、隣に寝ているドロシーを起こす。

「どう? 具合は?」

「ん、悪くないわ」

 ドロシーも結構()()方なので体調を訊くと、意外? な答えが返ってきた。顔色も良い、ってわけじゃないけど最悪じゃない。

「食欲は?」

「普通……かな?」

 さっそく朝食に向かうと、さすがはアーサお婆ちゃん、朝食にドロドロしたもののオンパレードだった。

 麦がゆ、昨日の残りのイモのポタージュ、卵はスクランブルエッグ(これは少し固め)、そしてカボチャプディング。

「ねえ、昨日のアレは食後ならいいのよね?」

「うん。食後の方がいいね」

 わかったわ、とドロシーは朝食を普通に食べ始めた。モリモリ、ではないけれど、うん、普通の食欲に見える。


 ドロシーだけは食後のハーブティーの代わりに、昨日と同じくらいの濃度にしたヤナギ茶を飲んで、元気に出勤していった。

「大丈夫かな……」

「大丈夫だわ。なんかあったらカレンが運んでくるわ」

 シェミーが信頼してるんだかしてないんだか、よくわからないことを言った。

「そうね。貴女の方はどうなの?」

 そう言われて、自分の体を観察してみる。

「問題ないです。万全か、と言われると少し不安ですけど」

 正直なところ、違和感はない。これは毎月二十六日になると、殆ど元通り、スッキリ。締め切り明けの漫画家のようだ。

「そう……。まだ無理をしてはいけないわ。今日はどうするの?」

「明日から工事を始めるので、現地視察と打ち合わせですね。もう少ししたらお出かけします」

「工事って、下水道の?」

「そうです。どうも下水に縁があるみたいで」

 馬糞天国のロンデニオンを反面教師にして、ポートマットは衛生的な街にしたいわよね。あの様相を見ていたら使命感に燃えるもの。っていうか、ロンデニオンの為政者は何も感じないのかなぁ。



【王国暦122年7月26日 7:34】


 旧西門に、コンパス親方とガッド、マテオと四人で集まり、現地を見ながら明日以降の作業について打ち合わせに入った。

「煉瓦の納品は四~五日後には揃うそうです。一部は受領を始めていますよね?」

 マテオが書類を見ながら私に確認する。

「はい、煉瓦を吐き出したいところなんですけど……」

「新西門脇に土地を確保してある。そこに積んでいこう」


 コンパス親方はどちらかと言えば大型工事に強い石工チームを率いてきた。スクエア親方が芸術家っぽいのとは対照的だ。

「歩きながら色々段取りを決めていきましょうかね」

 私とコンパス親方で、大まかな深さと方向、残土の処理方法、スケジュールを決めて、マテオが歩きながらメモをしていく。ガッドは蚊帳の外ではあるけれど、ふんふん、と頷いている。『ビルダーズ』の連中に足りないのは知識と経験だ。技術力はやってれば何故か熟練工並になっていくから、チグハグというか、職人として出来ることに齟齬が出てきてるんだろう。それを埋めようとガッドは必死の表情にも見えた。それは、私が工事の補助で雇用した、やる気があるんだか無いんだかわからない冒険者の顔ではなく、戸惑いつつも歯を食いしばって現状に対応しようと頑張る男の顔だ。


 コンパス親方からすればガッドは大きな息子……ほどは離れてないか。弟みたいな感じなのかな。丸顔じゃないけど。


「交通整理に冒険者ギルドから四人ほど来るそうです。これは『シーホース』が請け負うとのことです」

「しっかりしてますね、スタインさんも」

 苦笑する。ちゃんとねじ込んでくるんだもんな。四十人だか五十人だか所属人数がいるから、色々と仕事を持ってこないといけないんだろうな。それでも数が力になることが多い、ってわかってるんだよね。


「下水管は二本設置するんだよな。工事は半面ずつやっていく感じか」

「そうですね。交通を止める訳にもいきませんので」

 工事中のお知らせ看板も作らないとな。元の世界では、堀内賢雄さんが最も看板に相応しい声だったとか聞いたな。一体どこの情報(トリビア)なんだか。あとは赤い三角コーンも幾つか必要かしら。


 工事の方法は、まだ石畳がない、旧西門~新西門はそのまま掘ればいいけれど、夕焼け通り(旧西門~ロータリー)の方は、一度石畳を剥がして下水管を埋めなければならない。だから、道の直下に大きな下水管を一本、という方法は採れない。生活廃水と共に雨水も入り込む訳で、想定される流入量を考えると、中くらいの下水管が二本必要になり、これをロータリーまで設置していくことになる。スライム浄水なんて強引な手段がなければ、生活廃水と雨水は分けた方が労力が少なくて済むから、自ずと二系統を設置することになるんだけど。

 システム的には将来、二系統に分けられなくはないけど、多分無理だと思う。


「どっち向きに始めるつもりだ?」

「旧西門から新西門ですね。新西門下からは少し曲げて、迷宮街道の側溝に接続しなければいけませんので」

「そうか、そのまま繋げただけじゃ下水管の方が下になるからか」

 ガッドが声を上げたので頷いておく。

「自然に、高いところから低いところに水を流してるだけですから」

「その高低差っていうんですかね? どうやって調べるものなんですかね?」

 マテオの質問に、私は魔導街路灯を指差した。


「この魔導灯を最初に設置した、昔の人が、ちゃんと計測してくれてたんです。これ、実は地面からの高さが一定になるように揃っていまして。それをですね、水平に見る道具で見ると、差が算出できるんです」

「あ、なるほど」

 これはガッドが得心した声を上げた。ちなみに私が使った水平に見る道具、っていうのは、水を張ったタライに載せた木の板。木の板には二本の、同じ高さの棒が取り付けてある。二本の棒が水平に見えれば、水平に見通せていることになる。元の世界では、タライと提灯を使って、夜間に高さを測量したとか。なるほど、提灯の高さを揃えていけば、差はわかるものね。


 ちなみに迷宮街道と新西通りの計測は、古典的手法と『遠見』スキルを合わせて使った。ロータリー下を通過している下水道と、新西門の高低差は測っている。この二点を基準にしていくつもり。

 なお、ロータリーの騎士像が鎮座している円形の台座下が、ポートマットの測量基準点、ということにしている。私が決めたので、まあ、事実上の標準デファクトスタンダードというやつで。


「下水管の高低差を付ける作業は、『ビルダーズ』の連中には仕込みましたし。工事の段階で完璧に調整しておきたいんですよ」

 ついでに言えば貯水槽というか、調整槽も必要になる。基本、夕焼け通りからダラダラと迷宮に向かって水が流れてくれればいいのだけど、そうもいかない時は、水を溜めて、一気に流して迷宮街道の側溝を掃除、みたいなことをしなければならないから。カラカラに乾いていれば馬糞も可愛いものだけど、半生が一番面倒臭い。


 新西門を抜ける。

「ここから、こう曲げて、この辺りを調整槽にします」

「調整槽っていうのは何をするものですかね?」

 無知を恥ずかしがらないのはマテオの美点の一つだと思う。


「大雨が降って、迷宮街道の側溝や、迷宮側の汚水処理施設が間に合わない場合に、一時的に貯水しておく施設ですね。普段は流しっぱなしにします」

「はぁ~」

 こういう、セーフティネットは幾つも作っておかないといけない。

「調整槽の上にも石畳を貼るのか?」

「いえ、領主様にはかけあって、公園にしようかと思っています」

「公園?」

 概念としてないのかな、この世界には。

「はい。公共の憩いの場ですよ」

「?」

 そんなものに何の意味があるんだ? と三人は首を傾げた。

「たとえばですね、このまま、ポートマットの街が建物で埋まってしまったら? ロンデニオンのように密集していったら? 人間は建物の中だけでは生きていけないんです。息が詰まっちゃいますからね」

「なるほど……。心と体に余裕を持たせる場所ってことか」

「はい、後は広場的な意味と、火災対策ですね。ある程度、建物同士の間隔が空いていた方が被害が小さいんです」

「ああ~」

 合点がいった、と三人は頷いた。



【王国暦122年7月26日 8:44】


 新西門脇に戻り、『道具箱』に入っていた煉瓦を、一時置き場に積み上げる。

「こりゃまた……どうしてこんなに飲み込めてるんだ?」

 コンパス親方が丸顔で言った。

「上級冒険者なら普通、らしいですよ?」

 ガッドが余計なことを言った。

「健啖家なのも納得ですかね?」

 マテオはもっと余計なことを言った。


「老馬の馬車で迷宮の工場から煉瓦をどんどん運んでもらうとして、ここから工事現場まで運ぶ荷車が必要だよな」

 コンパス親方はコンパス組所有の荷車を回す、と言ってくれた。あちこちで工事をするようになれば車の数も不足してくるだろう。

「マテオさん、荷車は発注掛けて下さい。四台もあればいいですか?」

「当面はそれで問題ないと思いますね。後の問題点は……地盤がどうか、ですかね?」

 マテオの指摘の通りで、海に近い土地だけに、掘ると湧水の可能性が高い。

「迷宮街道は硬い地盤だったんですけどねぇ。むしろ問題は旧西門から夕焼け通りの方だと思います」

 土壌汚染の可能性も高く、防毒マスクが必要かもしれない。これも掘ってみないとわからないなぁ。

「そうだな。試掘もしてないんだしな」

 コンパス親方が丸顔で苦笑した。


「旧西門~新西門は大きな径の下水管が組めると思うんですけど、夕焼け通りの方は……すでに石畳が敷かれていて、それを避けるように工事をするとなると、大きな径での設置が難しいかもしれないんです。だから結局夕焼け通りの仕様に合わせることになりますね。まあ、それは今から試掘ということで。調整槽の位置がもっと迷宮側になる可能性もありますし」


 試掘にはコンパス親方とマテオが立ち会うことになって、ガッドには煉瓦の運搬を始めて貰うことにした。

「よし。わかった。輸送体制を確立しちまうぜ」

「セメントは後で私が取りにいきます。煉瓦のみ頼みます」

 雨の多いグリテンでは、セメントの野ざらしは論外。煉瓦はアウトかセーフか微妙なところ。だから運んで積んでおけばいい、という訳ではなく、少しずつ運んでもらいたい。その辺りの段取りも、実際に運んでもらってから決めることにした。



【王国暦122年7月26日 8:54】


 旧西門に戻る。ちょうど一往復したことになる。

 夕焼け通りの石畳が切れる場所を、道の横から掘ってみることにした。

「――――『掘削』」

「うおっ」

 大人が一人入れるくらいの―――直径七十センチほど―――縦坑を一度でくり抜く。


「間近で見るとすごい技だな……」

「穴掘ってるだけですよ」

 深さは半メトルほどか。上からでも石畳の構造が見えた。

「石畳に使っている石は高さ五十センチ、敷石は二十センチってところか」

 結構立派だなぁ。

「あー、二本を平行に設置するとのことでしたがね、えー、この二本は途中で一度も接続はしないんですかね?」

 言いたいことが上手く言葉に出来ずに、もどかしそうにマテオが質問してきた。

「いいえ、途中で何カ所かお互いを繋げます。下水管同士を二十メトル間隔くらいで繋げます」

 土に絵を描いて説明する。上から見るとアルファベットのHの形が連続する格好になる。

「なるほど」

「通行をまるきり止めてもいいなら、大きな下水管一本にするんですけど、領主様は止めるなと仰せですから」

 面倒な依頼を持ってくるなぁ、と思いつつ、離れた場所にいるアイザイアに向けて皮肉を投げる。届いたかな?

 せっかく新西通り(バイパス)を作ったんだから、思い切って全面通行止めにすればいいのに。でもまあ、生活道路として夕焼け通りを止められないのは理解できるからなぁ……。

 ちっ、やってやろうじゃんかよぉ……。



【王国暦122年7月26日 9:25】


 三人と別れて、ロールの工房に注文を出しに行く。

「今回も楽しそうな注文だねぇ」

 今回は鋳造マンホールの蓋……の依頼になる。

 直径(おおきさ)を指定して、材質は一番ポピュラーな鉄製にしてもらった。

 図柄に関しては、即興で陶器製の実物大模型を作って渡しておいた。この見本を自分で量産すればいいんじゃないの? という顔をしていたロールだったけど、さすがに鋳造屋さんの矜恃があるのか、その言葉だけは口にしなかった。

「とりあえず五十枚お願いします。表面の磨きは省略して構いません」

「段々と注文が無茶を超えてきたねぇ。いや、これは褒め言葉なんだけどね?」

 どの文脈でも褒めてないから。



【王国暦122年7月26日 10:46】


 私は今、セメントをゴクゴクと飲んで……いや、『道具箱』に収納しまくっている。

 セメントは東地区に専門業者がいて、いわゆる耐水セメントはこの業者しか扱っていない。普通なら足元を見まくって割高になってもおかしくない。ところが、マテオとドロシーが値段を交渉しにいったら、割安なお値段で提供されることになったそうな。


 ドロシーがトーマス商店の名前を出しての交渉だから、半分以上は恫喝しているようなもの、と言えるけど。ドロシーが提示したのは通常のお値段らしく、商業ギルド支部に通って、セメント業者が建設系ギルドに販売したお値段を基に、妥当な価格を算出したんだと。商業ギルドが仲介(マテオが担当してたことが多かったのでデータが残っていた)していたことと、計算端末を使いこなして、の話だそうな。

「確かに受領しました」

 受け取りのサインをして、工事で使う全部のセメントを飲み込んだ私を、セメント業者さんは口を開けて見ていた。



【王国暦122年7月26日 11:36】


 迷宮へ。

 先に石切場に向かって、手頃な大きさの石を切り出して形状を加工、底の浅い、四角い容器を作る。コレ、元の世界では『フネ』って呼ばれていたっけ。セメントを混ぜるには底が浅い方がよく(深いと混ざりが悪いことがある)、セメントの粉と砂と水を混ぜるのに必須の道具でもある。これは三組作った。あとは残土を使って陶器で三角コーンを二十本作り、オレンジっぽい赤に塗装。この辺り、明らかに元の世界由来だと思われる物品でも、『ロンデニオン迷宮と提携してますので☆』で誤魔化しが出来るのはありがたい。言い訳として通用しているかどうかはともかく、言い逃れができる確実な手段を持っているのは素晴らしい。


 最後に『工事中です』看板を二組。これは角材を組んで木板を貼り、白い粘土を塗って木目を潰し、その上に絵を描いた。当たり前だけど『工事中 ご迷惑をお掛けしております。片方通行にご理解とご協力をお願いします』という文字列はグリテン語。ヒューマン語スキルに頼りっぱなしの私だけど、一応読み書きは出来るんだよ?


 その後は煉瓦工場へ行き、煉瓦をまた飲み込む。荷馬車何台分がお腹の中にあるんだか、もう自分でもわからない。

 例のアグネス・ショックの時に『道具箱』は強化されてもいるので、余計に容量が増えた気がする。どのくらい入るようになったのか……ちょっとテストしてみたい気もする。


 この『道具箱』は空間魔法と呼ばれるもので、どうも疑似魔法とも違うらしい。ノーム爺さんは最高位精霊が七体……なんて言ってたから、もしかしたら空間の精霊なんて(文字にすると変だなぁ)言うのがいるかもしれない。

 先日アーサ宅で説明したように、時間とか空間って概念に過ぎないのに、そんなものを担当する精霊なんて、あやふやなんだかしっかりしてるんだか、わかりにくい存在だなぁ。

 いや、光だって闇だって、火水風土だって、現象を伴わなければ、どれだって概念止まりだよね。何らかの現象を起こすんだから、概念から一歩進んで、存在することは確定なんだろう。で、それはきっと、松本零士風に、()()()()()()()()()()()()に違いない。


 ノーム爺さんは『空間の精霊は実在するぞい?』と断言していたけど、その爺さんさえ『空間の精霊』を見たことがないんだと。

 元の世界の知識を加味して考えてみると、『空間の精霊』は『時間の精霊』でもあるわけで、もしかしたら、私たちが生きている世界では見えないような次元に存在するんじゃないかと。その高位の次元にいるはずの精霊を使役できる理屈が不明だけど、もう、このレベルになると考えてもしょうがないというか、現象を甘んじて受け入れるだけ。

 だって、世界の法則だとかなんだとか。そんな物が目に見えるはずがないものね。

「いや」

 自分で自分の意見を否定する。

『精霊視』LV10を超えたら、あるいは……。



【王国暦122年7月26日 12:57】


 ホテルトーマスの建築現場へ。

 窓を含めた建具の製造が佳境のようだ。内装はほぼ完了、一階部分と地下部分も完了したようで、従業員教育が始まるそうな。


「おや…………」

 遠目にホテルトーマスを見上げている初老の男が目に入る。向こうも気がついたようだ。


「トーマスのところの……。ふふ、元気そう……ではないな。女の子は元気が一番なんだが」

 ダリル・ダリオ・アンブロズさん。息子さんにお店を譲って引退したところを、トーマスに引っ張ってこられた、元『イルカ亭』のご主人ね。

 初老とわかるのは肌の状態だけで、髪は黒々としてるし、髭もキチンと剃られていて、紳士然とした人物だ。ついでに上半身とお尻がモリッとしていて声が渋い。

「こんにちは、ダリルさん」

 まだまだ元気に活躍できそうなのに、どうして隠居しちゃったんだろうね。トーマスに捕まえてくれ、って言ってるようなものじゃないか。

「ふふ……この建物の建築に関わってるそうじゃないか。大したものだ」

 渋い。声が渋い。耳朶を打つ声色が心地良い。コントラバス(この世界にあるのかどうかは知らない)の音色みたいに、太くて低い。

 何だ、この、声だけで好印象を持っちゃうなんて。何かのスキルか?

 思わず『人物解析』をしてみるけれど、特に目立ったスキルはない。当たり前だけど。

「いえ、お手伝いをしただけですよ。その、ダリルさんは――――奥様はいらっしゃるんですか?」


 何を訊いてるんだ、私は……。


「ふふ……これは……レディーに口説かれているのかな?」

 低音で、失礼にならない程度にスルーされた。おお、大人だ。

「いえ、口説いているわけでは……。まだお元気そうなのに、息子さんにお店を譲られて、ここの支配人を受諾されたとか」

「ふふ……諫めてくれる伴侶がいないのではないか、と思ったわけだ?」

「ええ、まあ」

 誤魔化すように言った。

「先立たれてしまったよ。あれには苦労を掛け通しだったのだが」

 ダリルはまた、ホテルトーマスに視線を戻した。

「そうなんですか……」

 お悔やみ申し上げます、も何か変な気がしたので、黙ってホテルを見上げるダリルに付き合って、私もじっと見る。


「この建物は実に面白い。先進的だ。国で一番の宿にすることも可能だろう」

「ここ、高級宿ってわけじゃないですよ?」

「ふふ……高級なだけがいい宿の条件って訳じゃないんだ。それぞれの宿屋にはそれぞれの矜恃ってものがあるんだ」


 言ってる事は当たり前のことなのに、何だかとても良いことを言われている気がする。ダリルが全身で醸し出す空気はなるほどホテルマンで、サービスマネジメントに長けた雰囲気がある。

 ただ、それとホテル経営とはまた別物なんだろう。『イルカ亭』の主人でいれば、経営も当然行う。ホテルトーマスの支配人は雇われ人でもあるから、経営に参加すると言っても仕事に対する割合は小さい。やりたいことができる環境と言えば、逆説的だけど雇われの方が自由度が高いのかもしれない。


「冒険者相手だからこそ、色々出来るものだ。ふふ……」

 俺はホテル王になる! という気概とはまた別の、やりたいことがやれる、という興奮が見て取れた。ちょいとスケールは小さいけれど、これだって、立派な男気なんだな。

 この人格好いいわー。おじさまと呼んでも良いかしら……。



――――愛でる男リストに記載が一人増えた。





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