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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
異世界でカボチャプリン
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赤煉瓦の倉庫


 さすがに昨日は食べすぎた。

 まだ消化しきれていない食べ物が、胃の中に残っている。

 水も―――何だよ十人前の水って―――飲み過ぎた。

 支払いは結局金貨二十枚? 安いんだか高いんだかわかんない。素材の値段分と考えれば超格安と言えるかなぁ。


「うぇっぷ」

 ドロシーが聞いたら怒りそうな下品な音が口から漏れる。

 うう、動けない……肉体的、魔力的な回復はされてるはずなのに……。

 うん、早朝の採取に行こうと思っていたのだけど、もう太陽は昇ってきていたから、今から出発しても大した量は採れないしなぁ。

 そういえば上級冒険者とやらに昇格をしたけれど、それでいて採取メインの活動っていうのは立場やランク的にどうなんだ、という気がしないでもない。でも、何となく取って付けたように昇格、とフェイは言っていたし、セドリックとクリストファーのランクに合わせての、対外的なポーズにも思える。


「うう~」

 呻いて、私はベッドから転がるように落ちて、肘を打つ。ジーン。

「うー」

 腕立て伏せをするように起き上がり、また転がって、お尻を下にする。

「ふー」

 窓から日射しが入る。日光が目に浴びせられて、やっと動けるようになってくる。

 まるで植物か爬虫類みたいだなぁ。


 植物っていえば、昨日食べた煮込みに入っていたハーブはとても美味しかった。同じハーブが野菜盛り合わせ―――要するにサラダ―――にも入っていて、その辛みから、ワサビの一種だと思ったのだけど。香味が強いというか、クセがあるというか、もしかしたら西洋ワサビじゃなくて、本ワサビじゃないかと思ったわけで。

 気の小さそうな、力持ちの看板娘さん―――エステラ、彼女は俯いて小さく呟いて名前を教えてくれた―――に訊いたところ、王都北の山脈の麓に自生してるハーブなのだという。

「まだまだ、知らないことがたくさんある、ってことよね」

 そう、自らを採取のプロ! だなんておこがましい限りだ。知らない植物はまだまだある。その意味では、上級冒険者であっても採取をする動機付けになるはず。採取をしたいがための言い訳じゃない、と思う。


 ゆっくりと髪を束ねてポニーテールにする。トーマス商店に行くと、もれなくドロシーがツインテールにセットし直すのだけど、自分でやるなら、これが一番簡単で見栄えがいい。

 まるでゲームの中のような異世界だけれども、髪の毛はちゃんと伸びるし、抜け毛もあるし、枝毛(泣)もある。ケアを怠ると途端に艶がなくなるし、ドロシーに言われるから、ということもあるけど、髪の毛や肌には気を使うようになった。

 この辺りはそもそも私は無頓着で、元の世界ではきっと男だったんじゃないかと思わせるものの一つだ。


「よし……」

 ベッドに手を掛けて立ち上がる。身体が多少重い程度、にまで回復した。

 今日はベージュの気分なので、チュニックもその色にする。魔術師的にはローブの方がハッタリが効くのは間違いないけど、精神構造が採取マシーンだし、ポーションの錬成が大好きだし、物を売って客が喜ぶ姿を見るのが性に合っている。

 まあ、魔術師をやっているのは、暗殺者とは別の攻撃手段を模索していて、単に魔術師なら怪しまれにくいんじゃないか、という単純な発想の結果なだけなんだけど。


 足取り重く『道具箱』から例の無骨な錠前を取り出して施錠すると、私は借家から出て、夕焼け通りを東へ向かう。

 無意識にトーマス商店へ向かってしまうのは、何かトーマスがそんなスキルを私に使ったか、呪いを掛けられてるんじゃないかと疑うくらい自然な行動だったりする。

 ま、今日は明確に用事があるんだけどさ。


「お、待ってたぞ。太ったか?」

「あら、アンタ無事だったのね。肌が荒れてるわ」

「え………」

 表口からトーマス商店に入ると、辛口な出迎えの言葉を食らい、返事が出来ずに硬直してしまう。

「な、だから言ったろ。コイツが怪我とかするわけないだろ?」

「私も同じことをトーマスさんに言いましたよ?」

 ああ、二人とも、ご心配ありがとうございます(怒)。


「はい。ワーウルフは一応殲滅しました。後でまた、冒険者ギルドに出頭しないといけないんですけど。()()()の方は行けず終いだったもので、気になっていて」

「ああ、『保管庫』の方な。すぐ行けるか? ギルドの方は後でいいんだろ?」

「はい、行けます」

 資材のチェックとかは一回現場行かないとわかんないし。着の身着のままで行っちゃっていいよね。

「よし、じゃあ行くか。ドロシー、後は頼むな」

 トーマスは明るく言う。ドロシーは口の端だけをつり上げて、例によって掌を振ってみせた。

「また後で寄るから」

 私はそれだけ言って、トーマスと一緒に表口から出て行く。


「実は詳細どころか概要も全然聞いてなかったんですよね」

 南通りを海に向かって南下しつつ、私はトーマスに話し掛ける。

「ああ、大きさは見てもらえばわかるが、かなり大きなものだ。今作ってる『保管庫』が上手く稼働実績をあげたら、追加受注するかもしれん」

「なるほど」

「ま、受注したのは確かに商人ギルドなんだがな。関わってるのは大工ギルド、石工ギルドと。俺はまとめ役みたいなもんだ」

 どのギルドも面倒臭そうな人たちが揃ってそうだなぁ。大工と石工は建物関係の方かな。錬金術師ギルドは今回関わってないのかな?


「ところでフェイからもちょっと聞いたが、あっちの方は問題なかったか?」

 悪の組織の曖昧な会話が始まる。ワーウルフとエレクトリックサンダーの騒動、王宮からの主導で勇者殺しの犯人をあぶり出そうとした件のことだね。

「私、魔術師ですから。むこうは混乱はしたと思いますが。少なくとも確証を得ての行動ではないでしょうね」

 無差別に攻撃してきたのは確証がないからだろう、と説明する。

「なるほどな。次の手を打ってくるとして、迷ってる分、間隔は空くか」

「そうですね。それでも、こちらに行動制限がつく辺り、今回の向こうからの仕掛けは成功したと言っていいと思います」

 基本的に上級冒険者は町に足止めだし。ポートマットを狙い撃ちにした慧眼とも思える襲撃は、以前にフェイが指摘した通りになっているわけだし。

「そうだな。してやられた感はある」

 これ以上の突っ込んだ話は危険、というところで改装中の倉庫に到着する。


「ここだ」

「おー、大きい」

 大きい建物、とは言っていたけど、これは確かに。こんな建物があったんだなー。

 岸壁から少し離れた位置に煉瓦作りの建物。アーチ状に煉瓦が組まれた、大きな搬出口が二カ所ある。大きさは―――横幅は五十メトル、奥行きは二十メトルほどか。元の世界でいう小学校の体育館の二倍くらいの大きさだ。

「コレな、二つの建物が一つに見えているだけだ」

 とのこと。どういう理由でそういう構造になっているのかは、トーマスにもわからなかったようだ。きっと強度維持の目的とか、そんなのがあるんだろうなぁ。


 この建物の高さは五メトル―――ほど、三階建てくらいの高さで、窓らしき装飾もちゃんと三階分ある。三階部分の窓にだけ透明ガラス(とはいえ、完全な透明ではなく、薄蒼く、透明度も低い)がはまっていて、これが明かり取りになっている。

 これの中身は倉庫なので、一階、二階の窓はダミーらしく、開閉もしなければガラスさえ入っていない。割切っているところがとても面白い。

 外側にはまだ足場が組まれていて、何人かが作業をしているのが見えた。それとは別に、材木が積まれた場所にも人が集まっていた。

「建物の改修そのものは、ほぼ完成だな。おーい、ギルバート!」

 ドワーフ爺が振り向く。年齢はトーマスよりちょっと上くらいの感じがする。私は合掌してお辞儀をする。

「おうっ。何でぃっ、トーマスっ。その娘っ子さんはっ?」

 べらんべぇ口調に変換されているなぁ。まさか江戸っ子って訳じゃないと思うんだけど……。

「コイツがウチの『保管庫』の制作者だ」

 トーマスが私を紹介する。

「ああ、魔法陣の……。噂の娘っ子さんかっ。俺はギルバート。ギルバート組の頭領をやってるっ」


―――生産系スキル:木工LV8を習得しました


 うわ、この人、大工の神クラスだ……。こんな人いるのか……。LV8なんて初めて見たぞ……。

「よろしくお願いします。今日は魔法陣の設置に来ました」

 ギルバートは大声で自己紹介をしたので、気圧されて私は小声で反応する。

「おうっ、頼むなっ!」

 ギルバートについては、以前にトーマスから聞いていた。大工ギルド所属で、古くからの友人なのだという。同じドワーフ族ということで、多少の気安さもありそう。

 今回、この建物に設置する『保管庫』は、基本的にはトーマス商店にある『保管庫』を大型化して、複数基設置するものだ。部屋数に相当する十二基分の魔法陣を用意している。


 建物そのものの内部はアーチ構造になっていて、仕切りも最小限だ。これは倉庫用として建てられた建造物ということを考えれば、グリテンでは普遍的なのだという。内部空間の確保が第一の設計思想らしい。

 私がトーマス商店に『保管庫』設置の工事をしたときに、断熱材として用意したのは煉瓦だった。断熱シートなんていう、元の世界の近代内装材があれば便利ではあったのだけど、それを再現したところでオーバーテクノロジーにもほどがある。

 結局、安価かつ加工が容易で調達しやすく、修理もしやすい材料といえばコレくらいしかなかったのも事実で、つくづく優れた建材なのだなぁと妙に感心してみたり。


「そうそう、一見煉瓦作りに見えるけどな。先に灰を固めたもので外壁を作ってな、それに煉瓦を貼っていったんだ。倉庫部屋も煉瓦だらけだから、煉瓦で挟んだ恰好だな」

「へぇ~」

 トーマスの解説になるほど、と感心する。

 てか、それコンクリート造りってことじゃないんですか? 近代的だなぁ。


「その灰を固めたもの―――は、中に芯材とかが入ってるんでしょうか?」

「いや。その建材は大陸の昔の帝国―――ロマン帝国産の物でな。かの国が古代から使ってる。千年保ってる建物もあるくらいだから、相当に頑丈だ」

「へぇ~」

 コンクリートは押す方向には強いけど、引っ張るのには弱いと聞いたことがある。それを補うために鉄筋を入れたりするのだと。この知識は、私の中の人―――元の世界の知識なんだろう。とまあ、鉄筋なしでもそんなに保つものなんだねぇ。

 それにしてもロマン帝国とか。女性声でスキャットが聞こえてきそう。


「ロマン灰については、ここのところパッタリ流通が途絶えてなぁ。今回の改修工事には間に合ったが……今後の大型建築には支障がありそうだな」

 商業ギルドは建設関係の監督もしていたりするので、トーマスの嘆息は、そのまま商業ギルド、そしてポートマットの憂慮そのものでもある。

「まあよっ、これくらい大きいとなっ。俺っちの出番も少ないからなっ!」

 ギルバートが大声で笑う。地声が大きいので、耳が痛い。

「大工さんはどこを担当してるんですか?」

 コンクリートと煉瓦の建物に、大工の担当が思い付かなかったので、訊いてみる。

「ああっ!? 基礎と屋根の構造物っ、それと内装だなっ。あとは窓枠なんかもそうだっ」

「屋根は木製なんですか?」

「おうっ。この建物はなっ、上に行くほど軽い構造になってるんだっ」

「なるほど。ピラミッドみたいになってるわけですか……」

 私は掌を合わせて三角形を作る。

「こりゃまいったねっ! その通りだっ、娘っ子っ!」

 すごいテンションだ。思わず助けを求めてトーマスを見るが、トーマスはニヤリと笑うだけだ。

「じゃあ、そろそろ魔法陣設置に行きます。ギルバートさん、失礼します」

 しょうがないので自力で脱出を試みることにした。

「おうっ! またなっ!」

 トーマスを促して建物の中を案内させる。


「面白いだろう、ギルバートは」

「あの調子で一晩話されたら、三日は耳鳴りがしそうです」

「腕はもの凄くいいんだな、ギルバート組の連中は。ただ、全員があの調子で……」

「頭痛がしそうですねぇ……」

 ギルバートを話題にしつつ、建物の内部へと入る。


 三階の窓からは計算された角度で太陽光が入ってくる。

「暗いですねぇ」

「ま、内装も漆喰が塗られて白くなれば、もう少しは明るくなるだろうがな」

 ああ、それで教会だとかの壁は白いのか。元の世界の中世レベルとはいえ、人の知恵というのは本当に侮れない。

 上から照らされて見える内部は、中央に太い廊下があり、その両脇に部屋が三つずつ並んでいた。中に入ってみると、なるほど、これは二つの建物だった。二つの建物の中央は少し細くなっているけど、通行に支障はなさそうだ。

 小部屋は二階部分にまで届いている高さがある。傍目には大きな煉瓦積みブロックといったところか。部屋の屋根に相当する部分も、保温のために煉瓦積み。これ重量とか大丈夫なのかなぁ。

 冷却した空気は重くなるので、熱効率のためには、冷却関係の魔法陣は部屋の上部に設置したい。実際、トーマス商店の『保管庫』は、一階と二階の隙間に魔法陣がある。ぶっちゃけ、トーマスが入れる隙間ではなく、ここでも幼女体型が役に立ったと、泣きながら自己肯定をしたっけ。

 三部屋続きになっている煉瓦積みの脇には階段があり、ここから『部屋の上』に上がれるようになっている。上から見ると、一部屋につき、二カ所ずつ、上部に穴が空いているのがわかる。

 一つは明かり取りで、最終的にはガラスを張る。もう一つは魔法陣設置用で、設置後は仮に密閉して仕上げる。

「ここに設置すればいいですか?」

「おーうーたのむー」

 トーマスの声が下から聞こえる。面倒くさがって昇っては来なかったトーマスに、私は見えないところで軽く舌打ちをした。


「ん~っと」

 魔法陣は予め羊皮紙に描いておいた。これを『道具箱』から取り出して広げる。一辺が五十センチほどの大きさ。メトルで言うと1/4メトル(クォーター)。いや、この世界にはそんな言い方ないけど。

 この『保管庫』は魔道具、というには大きすぎるけれど、本来、魔道具製作は錬金術師ギルドの管轄だ。

 似非錬金術師の私に今回のお鉢が回ってきたのは、一つには実物を作って稼働実績があったこと。もう一つは、これほど大きな魔法陣を作成できるのが私だけだったこと。ついでに、この大きさの魔法陣を起動するのに必要な魔力の持ち主も、ポートマット中で私しかいなかった。

「ついでに低価格、だとさ」

 トーマスが言った言葉を反芻する。

 そうそう、錬金術ギルドはがめついことでも有名で、錬成されたポーションは昔、非常に高価だったらしい。それを価格破壊したのがトーマス率いる商人ギルドだったとのこと。アマンダが一枚噛んでいたとかいないとか、そんなことを言ってたような気がする。

 今回の魔法陣設置の仕事が、仮に錬金術師ギルド所属のメンバーに可能だったとして、彼らにやらせたら、とんでもない金額を請求されるだろうとのこと。


 四枚の魔法陣を重ね合わせて置き、連結する。

「―――『結合』」

 触媒―――銀と魔核粉――を使って、四枚の魔法陣がジョイントされ、相互に作用するようになる。ちなみに、この『結合』スキルは木に竹を接ぐことが可能だったりする。一応生命活動をしているモノは不可能なので、合成獣(キメラ)みたいなのは出来ない……のだけど、スキルLVが上がったらどうなるんだか。ちょっと怖い。


 今回は魔法陣の設置だけ。起動装置(魔核を電池のように使う箱のようなもの)と実際の起動は次回だし、蓋は私の担当ではない。日が暮れて、灯り窓から光が入らなくなるまでには終わりそう。

「おーいー、どーうーだー!」

 トーマスの声がする。ああ、そうだった。設置作業が終わったらドロシーのところに行くんだった。お土産は何がいいかな。

「順ー調ー! でーす!」

 叫び返す。

 こういう、物作りや採取だけで終わる一日っていいな。悪意や害意と正対するのは心が疲れるもんね。



―――お土産はハミルトンのところで林檎でも買っていくかなぁ。


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