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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
人はそれをドボジョという
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山歩きの研修5


【王国暦122年7月3日 5:10】


 まずは朝食を摂ってから、昨晩の話を聞こう、ということになった。

「リス……っ!」

 これは狩り過ぎじゃないかと思われる――――三十匹分くらいの――――リスがグツグツと鍋で煮込まれていた。毛皮がまとめられている。リスでも集まるとかなりの量だ。

「こんなに良く狩れたねぇ」

 狩りすぎだ、という批判はとりあえず抑えて、話を聞いてみることにした。


 最初はサリー以外、誰もリスを捕らえれなかったのだという。

 そこにジゼルが『気配探知』で場所を指示して、石ころを投げる、という方法を採ったのだと。

「え、そんなの当たるものなの?」

「六人全員で一度に投げたんです」

 なるほど、数打ちゃ当たる、ね………。近くの木の幹がボロボロになっているのを見て納得した。練習したのだ。『投石』のスキルがついていたのはサリー、レックス、ジゼル、ダフネ。この四人は『気配探知』も覚えていた。上手く狩れるようになったので調子に乗ってしまったのだという。


「はい、どうぞ」

 サリーがリスの煮込みを渡してくれた。味付けは一日前に私が作った通り。ただ、大量に煮込んでいるのでスープがトロリとして濃厚。

「これは……美味しいね。凄いね」

 素直に感嘆してしまう。いやあ、色々と想定外だなぁ。

 お土産に採ってきたベリー類と山芋も振る舞う。

「これも食べられるんですか……甘い!」

「甘い」

「甘いわ……」


 一皮剥いたらわからないけど、傍目には六人とも連帯感が高まっているように見えた。表面上のつき合いだと割り切るなら十分すぎる。

「みんな、ずいぶん仲良しになったねぇ……」

 そう言うと、ペネロペとダフネが苦笑して、フローレンスを見た。そのフローレンスは、少し言い淀みながら、煮込みリスを口から離して、

「姉さんがここに私たちを連れてきた意味を考えなければならない、とサリーに諭されたんです」

 と、まっすぐ私を見ながら言った。あら、案外難しい言葉を使うのね。頷いて、言葉の先を促す。

「私たち六人だけで、とりあえず生き延びるだけなら野営地に留まったままでも良かったでしょう。ですけど、それだと多分、姉さんは納得しない。目に見える成果を挙げなければと思ったのです。一人じゃ何もできないと……だから、皆に助力をお願いすることにしたんです」

 ふうん、言葉がしっかりしてる。頭の回転が速い。加えて()()()もある。

 フローレンスが言葉を句切ったところで、私は一度ニヤッと笑った。フローレンスの滑らかな口が止まり、顔に緊張が走った。

「大丈夫。()()は鍛えた方がいいね。だけど、この面子になら、素の顔を見せていいんじゃないかなぁ……」

 うんうん、と他の五人が大きく頷いた。フローレンスは大口を開けていた。


 言葉を失ったフローレンスの代わりにペネロペが口を出す。

「いつもはもっと」

「誰が嫌いとか」

 ダフネが言葉を継いだ。

「あの人がイヤだとか」

「私たちに」

「すぐ言ってくるもん」

 交互に喋った。

「でも」

「小さい姉さんは怖いもんね」

「でもでも、本当は」

「サリーも、ジゼルも怖い」

 えっ、そうなの? とジゼルまで大口を開けた。

 全員の視線がフローレンスに突き刺さる。

 フローレンスは耐えきれなくなって、言葉を取り戻す。目が吊り上がっている。


「そうよ、みんなが怖いのよ!」

 おー、仮面が取れた。フローレンスの悪鬼のような表情を見て、全員が呆気に取られた後、私に釣られて、ニヤニヤと笑いかけた。


 私はフローレンスの手を握った。冷たい手をしていた。

「大丈夫、怖くない。お客様や商売相手には、その()()はとても武器になるよ。サリーやドロシーの助けになるよ」

「こんな小さなドワーフ姉さんに言われても嬉しくないですけどね。大体姉さんに思えないんですけど? 今のは褒め言葉として受け取っておきますけど、全然嬉しくないですね!」

 グワッ、と火の出るような勢いでフローレンスが叫んだ。

「いいねぇ……。良い感じだよ。お客様の前では猫被ってくれれば最高」

 罵倒を望むお客様も王都騎士団辺りにはいそうだけどね。


 その後、フローレンスは、疲れて憔悴するまで叫び続けた。



【王国暦122年7月3日 6:15】


「石を投げる練習? フローレンスとペネロペ、二人だけ、ちょっと継続してやってみようよ」

 ぐったりと放心していたフローレンスを叩き起こしてペネロペと二人、木に向かって投石をさせる。

 これはジゼルが短い言葉で端的にアドバイスをして、十分も練習すると『投石』スキルが二人についた。

 ちなみに私の知りうる限り、最高の石投げ名人は、冒険者ギルド本部の水晶投げる人、えーと、クロイさんだっけな、が一番高レベル。まあ、それはどうでもいいか。

 手慰みに私も一発、小石を遠くの岩に向けて投げてみる。

「回転掛けた方がいいのかな」

 手首のスナップを効かせてサイドスロー、腰を入れて小さいフォームで………。


ビョウッ!

ドーン!


 なんと。風切り音の後、目標にしていた岩が着弾後、しばらくしてから爆発した!

 あ、これって風系魔法の一種なのか。『ボル』が持っていたレールガン風射撃装置と、やっていることは似ている。いわゆる物理スキルであっても、疑似魔法と近縁の仕組みの物は多数ある。

「うーん、もうちょっと練習しないとなぁ」

「姉さん、山の形が変わっちゃいます」

 サリーに止められて、渋々やめた。川での漁で、竜巻を使っていた方が穏便で正解だったと図らずも実証してしまった。



【王国暦122年7月3日 6:35】


「じゃあ次。みんな、手を繋いで輪になって?」

 一応順番を決める。私の左手がサリー、その左がレックス。右手にいるフローレンスに極小の魔力の塊を送る。

「はい、左手から右手に魔力を渡してみてね。ゆっくりでいいからね」

 騎士団員の時とは違って、もう過保護全開、フローレンスの内部にある魔力をちょちょい、と操作してサポートしてしまう。

「はい、次、ダフネに渡して?」

「………………」

 うん、みんな集中してるけど辛そう。魔力操作にも魔力使うんだもんね。

「次、ペネロペに渡して。うん、いいよ、温かい塊を受け取って、送り出すだけでいいんだ。難しく考えないでいいよ? うん、次、ジゼルに渡して?」

 ダフネとペネロペはあんまり魔術師の才はなさそう。良くも悪くも普通の子ね。

 ジゼルはスムーズにレックスに渡した。レックスとサリーは一度、この作業をしたことがあるので、瞬時に私に戻ってきた。

「もう一周するよ?」

 と言っておいて、何周もさせる。

 フローレンスがグワッ! と睨んだけど無視して続けさせる。


 最初にダウンしたのはペネロペ、次いでダフネ。ジゼルとフローレンスはかなり頑張った。

「良い感じに倒れたね。サリー、レックス、寝かせるの、手伝って」

「はい、姉さん」

 その後はレックスがちゃんと倒れて、サリーと二人だけになった。

「姉さんの魔力制御の精度、凄いです」

 自分の掌を見つめて、サリーはそう言った。

「そう? なの?」

 そうですよ、とサリーはため息をついた。



【王国暦122年7月3日 6:53】


「じゃ、みんなが寝てるところで色々いってみようか」

「はい、姉さん」

「私を『威圧』してみて……?」

 無理です、と即答された。

「いや、だって、リスを縛り付けて『威圧』でもしたらそのまま死んじゃうし。ぶつける対象が必要だから」

「わかりました……」

「うん、とりあえず思う通りにやってみてよ?」

「はい……。やってみます。ふうっ!」

 それは気合い入れてるだけじゃん。

「むむむ~ん」

 それは魔力練ってるだけじゃん。

「―――」

 それは攻撃魔法を撃とうとしてるだけじゃん。


「姉さん、難しいです、わかりません」

 そっか、他人を威圧したことがないんだね。優しい子だね。


「うーん、魔力の塊をこう、ジワジワぶつける……?」

 上手く説明できないなぁ……。

「ああ、こう、ズバーンとですか?」

「いや、ジワジワ」

「でもでも、ぶつけるならズバーンですよね?」

「ううん、ゆっくりジワジワ」

「じゃあ、ジワジワズバーンで」

「そうだね。ジワジワズバーンで」

「ジワジワ……ズバーン!」

 サリーが魔力の塊を投げてきた。

 ちょっと違う……。優しすぎる。穏やかな気持ちになっちゃったよ……。

「じゃあ、私がちょっとやってみる。―――『威圧』」


―――スキル:威圧に失敗しました


 レジストとかじゃなくて、発動しなかった。

「『威圧』って身内とか親しい人には使えないのかも……」

「ええ………?」

 二人で唸った後、威圧できるような対象が近づいてきたら再開することにして、他のことをやろう、ということになった。



【王国暦122年7月3日 7:33】


「ふむふむ。それじゃあ、杖が一本欲しかったんだね?」

 はい、と恥ずかしそうにサリーが俯いた。『道具箱』から、まだ未完成だったミスリル製の杖を取り出す。

「わぁ………」

「これじゃちょっと大きすぎるかなぁ。ま、そのうち体に合うようになるでしょ。外見の要求はある? 形とか色とか」

「白っぽい……の?」

 サリーは首を傾げた。

 くぅ、可愛い弟子だなぁ。私って過保護だなぁ。うん、自覚はあるんだよなぁ。

 でも! よしよし、姉さん何でもリクエストに応えちゃうぞー。


 先端の水晶は☆の形にした。

 サリーちゃんだから、そこは譲れない。水晶は薄い赤。杖本体は魔法陣を転写した後、保護のつもりで色を着けた。

 これは薄いピンクにした。一見白っぽいからリクエストには合致してるはず。

 内蔵魔法陣は『魔力使用効率向上』をメインに、初級の単体攻撃魔法四種、範囲攻撃魔法四種。中級以降の魔法陣は敢えて実装しなかった。

「サリーが攻撃するっていう状況は余程のことだと思うんだよね。別に冒険者ギルドに所属しているわけでもないしさ。自衛のために必要なのは町中で使えるような、細かい魔法じゃん?」

「わかります。さすが姉さんです」

 サリーはうんうん、と頷いた。

「中級以上の魔法も練習はした方がいいけどね。でも、付与魔法の精度と強度、回数を増やしたいっていうのが主眼でしょ。それに、サリーならそのうち、攻撃魔法の魔法陣化も出来ると思う。まだまだ魔力総量も伸びてるし、自分で使いやすいようにいじってくれていいから」

 大事に使ってね、と杖を渡すと、サリーは涙ぐんだ。

「ありがとうございます、姉さん。この野営だって……私が一人で解決できなかったから……」

 あー、気に病んでたんだね。

「うーん、人間関係は相手が必ずいるんだから、解決するのは一人で、ってことはあり得ないんだよ。他者を巻き込むのは必定というものよ? ああ、派閥を作れってことじゃないよ? 利用してくる人じゃなくて、協力者が周囲に増えるといいね」

 はは、まるきり自分のことだなぁ。思わず自嘲してしまう。

「はい、姉さん」

 ぐずるサリーが可愛くて、思わず抱きしめて背中をさする。

 細いなぁ。温かいなぁ。

 私が『使徒』の意に反して動いて粛正される立場になった時、この子がその尖兵一番手なんだろうなぁ。まあ、サリーが挑んできたら素直にやられよう。ブリジットたちなら戦うけど!



【王国暦122年7月3日 8:41】


 倒れていた五人が回復してムクムクと起きてきた。

 フッ、若いだけあって回復が早いわ! 


「フローレンスとペネロペはそこに座って。目を閉じて、呼吸を深く」

 この二人には『魔力感知』を仕上げてもらおう。多分、『気配探知』より習得が早いはず。

「ジゼルはその棒きれを持って、言った通りにちょっと素振りね。ダフネは石投げをもう一回、レックスはお留守番」

 えっ、ボクだけ何もないんですか!? と非難めいたレックスが愛らしい。

「みんなの様子を見ててよ。全員が集中してたら脅威の接近に気がつけないでしょ? レックスだけが頼りなんだよ?」

 私と背丈が変わらなくなったレックスを上目遣いで見る。サリー、駄目押しだ、と魔力で合図を送る。

「うん、レックスがいつも見守ってくれてるから………」

「!!!!!」

 一瞬でレックスの顔が真っ赤に茹であがった。私が促したこととはいえ、サリーも罪な女の子ね。



【王国暦122年7月3日 9:00】


 狼さんの巣がある場所は事前にわかっていたので、そこを目指して、私とサリーは走っていた。

「で、結局サリーは、レックスのことをどう思ってるの?」

「えー? 弟? みたいな?」

 淡白にサリーは呟いた。レックス、まだまだ頑張れ!

「でも、レックスはサリーのこと、凄く気に掛けてるよ?」

「えー……。それは気付いているんですけど……。ほら、私、クォーターエルフだし……」

「え、そんなこと気にしてたんだ?」

 走るのをやめて立ち止まり、思わず真顔でサリーを直視してしまう。

「はい、その、寿命とか?」

 何年後の話をしているんだ……。

「寿命ねぇ。アーサお婆ちゃんの話は知ってる?」

「お婆ちゃん? の? え?」

「うん、フェイ支部長に淡い恋心があったんだよ。何年前の話かは知らないけどさ」

 初耳です、とサリーは興味深そうに小首を傾げた。


「旦那さんが亡くなって、まだ女盛りだった頃、颯爽と助けてくれたフェイ支部長に恋愛感情を持ったとしても不思議じゃないよね。でも、色々あってアーサお婆ちゃんは、内に思いを秘めたままだったんだ」

「どうして……求愛なり、行動しなかったんでしょうか?」

「支部長にはその頃奥さん、または恋人がいたんじゃないかなぁ……」

 わかんないけど。正式な奥さんじゃないとしても、アマンダとは腐れ縁だと思うし。

「じゃあ、身を引いたということですか?」

「単純に言えなかったんじゃないかな。余裕がなかったとか、旦那さんに操を立てていたとか。でも、少なくとも種族間とか寿命とか、そういうことは全く考えてなかった気がするよ?」

「何で、そう思ったんですか?」

 アーサお婆ちゃんに直接聞いたわけじゃない、というのはサリーにもわかっていたのだろう。だから、私の意見を訊いている。

「うん、未だに恋慕の情が見えるから。未だに、フェイ支部長は、アーサお婆ちゃんにとって、憧れの王子様なんだよ」

 元の世界で言えば、往年のアイドル歌手を追いかけている壮年女性のような。西郷輝彦ショーに昼夜両方行っちゃうような。そういう偶像としての憧れが多分に入っているのは否定しない。

「単に憧れているだけ、ということではないんですか?」

「ううん。前に見た時は、完全に恋する乙女だった。恋に年齢は関係ないんだね。でも、若い時に、この思いをぶつけられていたら、っていう後悔? は感じられたよ」

 ムチムチのブリジットに嫉妬の視線を投げつけていたもんね。

「つまり、『恋はいくつになってからでもいい』と?」

 そんな言葉を吐いた残念な弟子に、私は憐憫の視線を送る。

「いや、『求められているうちが花』じゃないかな……」

「なっ、なるほどっ」

 やっと私が言わんとしていることが理解できたようだ。

「女の子としてちゃんと求められてるなら、ちゃんと考えてあげなよ? 答えを出すのはいつでもいいけどさ」

「はい、姉さん」

「いつまでも答えを引き延ばすと、碌なことにならない……」

 パスカル騎士団長じゃないけど、即答した方が傷つかない場合が多いのよね。

「ああ……ドロシー姉さんとエドワードさんみたいな……?」

「こりゃまた身近で一番酷い例を持ち出したわね……」

 苦笑する。


「あれって……エドワードさんが拒んでますよね? 生まれに関係してるとか?」

「そう。出自に関係してる。だけどなるようにしかならないし、エドワードが決断しないと前に進まない。ドロシーは押しまくるしかないの。悲恋に終わるかもしれないけど、黙って見守ってあげるのが一番いいよ」

「でもー。エドワードさん、前は姉さんに気があったんじゃ……?」

 気付いていたか。鈍いようで他人のことはよく見てるじゃないか。

「私は面倒を回避したい方だから。でも、好みの男性がいるなら靡いちゃうかも……」

 脳裏に二人の男性が浮かぶ。片方は身分的にも性的嗜好的にも面倒臭い。もう片方は魚臭い。

「あー、エドワードさんは好みじゃないんですね。わかります」

 何がわかるのか、サリーはしたり顔で頷いた。

「まあ、真剣に言われちゃったら、真剣に返してあげなよ? 求められている……」

「うちが花、ですね、姉さん」


 そんな雑談をしていると、狼の巣から、警戒した個体がこちらに向かって飛び出してきたのが感じられた。

「来たね。うん、上手く『威圧』してみて?」

「はい、姉さん」

 可愛い弟子は、不敵に笑った。



――――いつまで可愛い、で済ませられるかしら……。





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