干し肉のスープ
ワーウルフの巣だった場所は沼地になっていた。田植えが出来そうな感じだ。沼の脇の無事な―――乾いた地面にキャンプを張って、そこで交代で仮眠を取った。
うん、別に襲われないと思うし? セドリックもクリストファーも紳士だし? こんな貧相な幼女に欲情はしないと思って、安心して寝てしまう。
お昼頃に目覚めると、二人とも起きていて、手持ちぶさたにしていた。
「まだ来ないっすか……」
セドリックが愚痴を言い始めたけれど、この人が言うなら何となく許せる。
「―――高レベル魔物の件だが」
後からボソッとクリストファーが呟く。いきなり喋らないで下さいよ……。
「―――作為的なものを感じるな」
「あー、それは俺も思ってたっす。あそこにいた、ってよりは、置かれた、って感じだったっす」
「そうですね」
私も同意して頷く。
「ダグラス騎士団長に報告しないで、疑問を持たれたら、騎士団がクロっす。スルーされたら、それはもっと大きなところの仕込みっす」
「―――そうだな。その意味では、死骸を見せるのも、支部長くらいにしておいたほうがいいかもしれない」
クリストファーが長文を喋った! ちょっと感嘆しながら頷く。
「じゃあ、そういう方向で報告するっす」
「はい。で、ヒマなので料理でもしましょうか」
お嬢ちゃん面白いっす、とセドリックが笑いながら賛意を見せ、クリストファーは無骨な笑みを見せた。
鍋は持ってきていなかったけど、カマドと一体になった鍋状の物を土系魔法で成形する。鍋の表面は、例の鏡面加工にしてみる。テフロン加工みたいで焦げ付きが少ないようだ。
「うん」
落ちた枝と木の実やらを集めて行く。食べられそうな菜っ葉も集めていく。
あれっ、結局採取してるような?
「ん~?」
これは山芋かな。蔓があったら足下を掘れ、はアマンダの受け売りだ。まあ、食べられるだろう、多分。
木の実はアクを抜かないと渋そうだから今回はパスで(灰はあるけど、ワーウルフを焼いたものが混じっているので余計にパス)、菜っ葉三種類と名も無き芋、出汁は干し肉。
弱火でコトコト煮込んでいると、他のパーティが到着し始めた。
「お疲れ様~」
土系魔法で食器を作り、什器は適当にナイフで削った小枝。うーん、次回からは常備しておこう。
呆れるほど大量に作ったのは、全員に振る舞うため。到着したパーティには、座る余裕も与えずに並ばせる。まずは食え、それから休め!
「はーい、並んで並んでー」
フレデリカも並んでいるのが微笑ましい。見た目と行動にギャップがあるから、モテるんだろうなぁ。
ドロシー仕込みの適当スープが品切れになる頃には、全てのパーティが到着した。色んなルートから、この場所を目指して来たみたいだ。
もう夕方近いから、遠回りしてきたパーティもあるんだろう。待ってる方としてはイライラするだけだけどねー。
アーロンは、私たちを見つけると、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「ご苦労だった。……………詳細を―――聞かせてもらえるか?」
アーロンが覇気のない調子でセドリックに言う。疲労が感じられる。隊長はこういうとき、辛いよね。
「ここに来るまでに途中で二体、巣で四十五体、その後の周辺探索で五体。合計五十二匹を駆除したっす」
この報告にはエレクトリックサンダーは数に含めていない。今回のクライアントは別に騎士団ではないので、必要以上の情報を与えたくなかったのと、もう一つはカマ掛けだ。報告を聞いたアーロンは、討伐数に少し驚いたようだったけど、すぐに平静に戻る。
「なるほど。ここの巣の状況はどうなっていたか?」
「補助魔法で先制、混乱して逃げたワーウルフを各個撃破、殲滅したっす。幼い個体が四、成体が四十一。リーダーはなし。雌雄の判別は不可能だったっす。そっちはどうだったっすか?」
セドリックが聞き返す。
「私の隊が二体、副団長の隊が三体。あとは遭遇しておらんな。そちらの冒険者の方はどうだ?」
他の冒険者パーティは五隊あった。
「ウチが二回、一匹ずつ遭遇した。他は……接触しなかったようだ」
そう報告したのはエドワードだ。ふうん、アーロンに負けまいと、ちょっと虚勢張ってる感じかな?
全部のパーティが、それぞれ報告していく。他に巣はなかったようだ。
「………………」
フレデリカはずっと押し黙ったまま、考え事をしている様子に見える。
「何か気になることでも?」
私は静かにフレデリカに聞いてみる。
「ああ、いや……うん、何でも………ない」
何でもない、って顔じゃないな。フレデリカは私の視線を振り切って、アーロンを見た。そのアーロンも逡巡している顔だ。そして、視線に耐えきれなくなったかのように、アーロンが口を開く。
「この場所は……前回も調査した場所だったのだ」
全員の目がアーロンに集中する。その中でも、冒険者の一団は、騎士団の能力不足を非難する、冷たくも困惑混じりの視線を投げた。
「しかし、前回、確かに――――ここには、何も無かったのだ」
言い訳のようなアーロンの台詞は、アーロン自身にも苦渋の色が感じられたことだろう。
「ワーウルフがわざわざ退避してたってことっすか?」
「そういうことになる―――な」
アーロンの言葉は煮え切らない。汚点であっても安全に関することは公開を躊躇わない(ちょっと躊躇ったけど)姿勢は評価されていい。だけどまあ、責任転嫁な気がしないでもない。ワーウルフは何も言わないし、ましてや誰かに操られてましたー! なんて言うはずもない。
私はチラリ、とセドリックとクリストファーを見る。
どうですか、先生、コイツ、クロですか? いやまだわかんないっす。どっちとも言えないっす。―――俺にはクロには思えん。だが、何かを隠しているな、コイツは。
という、不思議な意思疎通が行われた。すごい、目だけで会話ができるとは、さすが上級冒険者だ!
「そうっすか。不思議な事もあるっすね」
セドリックはおどけたように言った。この場にいる冒険者の代表としてセドリックはアーロンと話しているが、その真意を酌める人間はこの中に何人いるか。
「そうだな。全く―――不思議なことだ。騎士団としては―――不本意ではあるが。ところで」
アーロンは一旦言葉を切る。
「夜に、大きな爆発音が聞こえたのだが、そちらでも聞こえたか?」
きたきた、来ましたよ。
「爆発音っすか?」
俺は知らないっす、とセドリック。クリストファーは無表情に首を横に振り、私は首を傾げてハテナのポーズ。息が合った、いいパーティだなぁ、これ。
「そうか……。ここから北に行ったところに―――新しい爆発の跡があったのだ。何かあったのではないかと気になってな」
「はぁ」
おじちゃん、わたししらないよ? と上目遣いにアーロンを見る。
「そうか―――。撤収するか……」
アーロンが諦めを見せたところで、フレデリカと、冒険者全員が北の方を振り向いた。
「!?」
本当に、いきなり、気配探知に引っかかった。遅れて、騎士団員の何人かも振り向く。
「何だ、これは」
アーロンが呟く。これは演技じゃないな。
私も北を見る。この感じは、昨日と同じエレクトリックサンダーだ。で、この登場の仕方は、召喚だ。何者が、エレクトリックサンダーを召喚したのだ。この場にいる面子を襲撃するために。
あの落雷を食らったら、全滅もありうる。
せっかく誤魔化したんだけどなぁ。エレクトリックサンダーは走ってこちらに近づいてくる。これは戦闘不可避だなぁ。
「戦闘態勢!」
冒険者たちが一転、戦闘モードに入る。騎士団も、遅れたけども戦闘態勢を整える。悪くない速度だ。
私はセドリックとクリストファーを見上げる。
やっちゃいますか? いろいろわかったし、やっちゃっていいっすよ。―――面倒臭いからやってくれ。という、二人の視線を見てから頷く。
「――『風走』」
スキルを使ってから、元は巣だった沼に入る。
そこに、近づいてきたエレクトリックサンダーが視認できた。レベルは60。昨日のより低いか。やることは一緒だけど。
「――『土弾』『土弾』『土弾』『土弾』」
貫通力は高めないでいい。泥が付着すればいい。中級の土系単体魔法を連発する。
「――『土弾』『土弾』『土弾』『土弾』」
不意を突かれたのか、エレクトリックサンダーは突進を止めて立ち止まってしまう。その間にも浴びせられる泥。足も視界も奪われ、泥の山が出来ていく。
私は走り出して、泥の山に近づく。魔物はモゾモゾと動いている。フフフ、困っているね?
「――『土拘束』」
イメージ。足下だけを固める。よし、上手くいった。
「――『風刃』」
昨晩と同じように、頭を落とす。が、泥が邪魔をして上手く切れなかった。
いかん、失敗したかも。
泥の中の魔力が高まっていくのを感じる。
これは魔力暴走かも。やばい。
「――『固化』――『硬化』」
切り口を塞いで、泥山全体を固めて、硬くする。
これは危ない、爆発する!
急いで退避!
「離れて!」
叫ぶ。
ドーーーン!
私が叫ぶと同時に大音響がして、泥山がそのままの形で吹き飛んだ。
やがて、地面に落下すると、そこには土と、肉片がばらまかれた。こうなると元が何だったのかわからない。即死でバラバラになれば、魔核も残らない。念のために『風切り』を使ってもいいのだけど、多分、それはやりすぎだ。
召喚した存在は、まだどこかにいるだろうか。周囲を調査する。
「――『気配探知』」
アクティブで使う。が、それらしき気配はなかった。他に魔物の気配も感じられない。
「危機は……去ったようです」
「今のは―――魔物か?」
アーロンが訊く。ふうん、詳細は知らないってことか。
「そうみたいですね。泥に閉じ込めて、内部で爆発させました」
本当は切断に失敗して自爆したんですけどね。あれがエレクトリックサンダーだと知られたら、それはそれで面倒だし、グチョグチョの肉塊になったのは結果オーライだわ。
「そうか―――。重畳である」
アーロンが褒める。けど、別に嬉しくないし。騎士団やアンタのために戦ってるわけじゃない。とは言わずに、ニッコリ笑いかける。目は笑ってるかどうかわかんないけど。
「安全が確認されるまで周辺の警戒を行う。半分に分けて南北方向を探索する。南側は副団長、指揮を頼む」
「了解です」
アーロンの言葉にフレデリカが応える。が、冒険者たちは冷めた目でアーロンの指示を拒否する。
「騎士団長、我々はすでに依頼を達成したと考える。帰還の途に就くのが妥当だと思うが?」
これはエドワードだ。今回は騎士団に雇われている訳ではなく、緊急依頼という括りで準備も半端なまま出発しているため、早期に町に戻る方が賢明と言えるだろう。エドワードの方が筋が通っている。
「しかしながら、今一度、ポートマットの安全を確認したい。どうか、協力を願う」
頭を下げているつもりだろうけど、貴族の物言いというのはこういう時は不利だ。ポートマットの保安を盾に出しても、帰属意識の不足している冒険者の心情には訴えかけるものはないだろう。彼らはビジネスライクに報酬の確約が欲しいだけなのだ。
ただ、今し方のエレクトリックサンダーの本当の脅威を知っているならば、二つ返事で了承しただろうけど。事の重大さに気付いていないのは、この場合、吉なのか凶なのかはわからない。
セドリックとクリストファーが私を見ている。無言で軽く頷く。
「じゃあ提案っす。冒険者の皆さんは急な出発で準備不足でもあるっす。一度帰って依頼を精算するっす。再出発の必要があれば、支部長が判断してくれるっす」
「今すぐ探索しなければ意味はないのだが……」
セドリックの提案に、アーロンが焦った調子で言う。
「―――我々のパーティが残って勤めよう」
クリストファーが後押しする。面倒臭いけどしょうがない。
「この三人にフレデリカさんを加えて四名なら、不足はないと思いますよ?」
極めつけは私の営業スマイル。魔物(高レベルだと気付かれてない様子だけど)を完封したから、それなりに説得力はあるはず。
「団長、彼らの提案を呑んではいかがでしょう? 各々の探索範囲も広いですし、一定の距離を維持して、隣接して行動すれば、万が一の時も対処は可能かと思いますが?」
フレデリカが語尾に困らなかった。凛々しいね。
「うむ。確かにそれならば探索範囲に問題はないな」
「セドリックさんがやるなら俺たちもやりますよ!」
エドワードが口を挟む。憧れの先輩(なんだと思う)が面倒を引き受けているのに、自分たちが帰途に就くのは気が引けるのだろう。
「いや、エドっちの気持ちは嬉しいっすけど、支部長への報告を優先してほしいっす。道中は魔物との戦闘はなるべく避けてほしいっす」
セドリックの口調は軽いが、目を真っ直ぐに見ての発言に、エドワードも同意せざるを得なかったようだ。
結局、セドリックとクリストファーと私にフレデリカが加わったパーティが南側を担当、残りの騎士団が北側を担当することになった。どっちにしても、召喚魔術師が再度魔物をけしかけてくるなら、私たちの方だ。
「それじゃ、行くっす」
エドワードを見送った後、私たちは一定の距離を保ちつつ、探索を開始した。かなり後方から、割と大きめの反応。これはアーロンだ。
いかにも監視してる風で、ウザいことこの上ない。
いっそやっちまうか……。と頭には浮かぶものの、ここまで魔術師を装ってミスリードをさせてきたのだ。平穏な暮らしを維持するためにも、採取好きの『なんちゃって魔術師』でいなければならない。
まあ、高レベル魔物が来たら、挑発して、アーロンに押しつけるけどね。恐らく、横一列に広がって歩いているセドリックとクリストファーは、そう思ってるんじゃないか。だからきっと、野卑な笑みを浮かべているに違いない。
―――むしろ早く来ないかな~。