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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
人はそれをドボジョという
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迷宮街道の一人電車ごっこ


【王国暦122年6月11日 8:02】


「で、騎士団駐屯地まで行って、騎士団員に脚立を押さえてもらっていたと」

 ふうん、とドロシーは鼻を鳴らした。屋根裏の暗がりでは、広がった鼻の穴が震えて見えた。

「うん…………」

 途中で脚立を歩かせるのに慣れて楽しくなっていたのもあるけれど、脚立のしなりを利用しつつ動かしていないと、私という不安定なオモリを乗せた状態では壊れてしまいそうで、つい何となく………。

 しかしなるほど、しなりを利用か……。この感覚は何かに応用できそうな……。


「で、この魔道具は何よ?」

 おっと、思考を引き戻された。

「ほら、夏になると蒸し暑いじゃない? 天井裏は湿気が籠もるしさ。だから内部の湿気を取って、多少室温を下げる魔道具」

「へぇ………」

「姉さん、これって、魔核を抜けば魔法陣が成立しないようになってるんですね」

 魔道具の魔法陣を検分していたサリーがそう言った。

 よくぞ聞いてくれました! よくぞ気づいてくれました!


「そうそう。この建物は魔力持ちの人が来る機会が多いしさ。だけど住人には魔力が少ない子たちの可能性もあるから、簡単な安全装置として、そういう仕様にしてみたよ。サリーが気にしてあげて?」

「わかりました」

「ねえ、アンタ、この魔道具って売れる?」

 どうにも商売っ気が出てきているなぁ……。

「んー、どうだろうね?」

 サリーを見ると、私と同じように唸っている。ドロシー曰く、『アンタに似てきた』そうだ。トーマスに似てきたドロシーに言われてもなぁ。


「機能が限定的で特殊だから、このままの形で用途を提案はできないと思うんだよね。うーん、たとえば浴室を乾燥させるとか」

「お風呂を乾かしてどうすんのよ」

「浴室は湿気が漏れないようになってるじゃない? つまり内部は湿気で一杯だよね。その湿気を抜き続けることができれば、乾燥室になる」

 言いながら、私は、乾燥イモを作る部屋にどうだろうか、と思いついていた。


「あの、混ぜモノ用のおイモを乾かすのに使えるかもしれません」

 サリーがちゃんと思いついてくれていた。

「うん、それじゃさ、『工場』の一部に、それ用の部屋を作ろうか」

「あの工場の中だって相当に暑いし湿気があるわよ?」

「それもそうだねぇ。サリー、これと同じものって作れる?」

 サリーはしばらく魔法陣を見つめて、それからゆっくり答えた。


「魔法陣が大きくなっちゃうかも……」

 不安そうな顔をしなくてもいいんだよ……?

「いいよ、それで。私は今晩から迷宮に行くからさ。お婆ちゃん()の工房に何枚か銅板を置いておくから、試作してみてよ。失敗しても、サリーなら埋め戻して再利用できるでしょ?」

「はい、わかりました」

 素直だなぁ。もうちょいいじっておくかな。

「この魔法陣はいま適当に組んだもので、改良の余地があると思うからさ。それも含めてやってみてよ。特に期限は決めないから。新人の受け入れに集中してくれる方が当面はいいかもね」

 そうね、とドロシーも頷いた。


「前に作った点火の魔道具あったじゃない? あれだって、月に十台くらい出てるけど、今じゃアンタの代わりに、この子が作ってるし」

 冒険者ギルドに販売委託の形を取っているやつね。誰でも思いつくだろうけど、銅板に彫り込む形で魔法陣を『転写』するのはかなり難度が高い。誰でも作れるわけではない……割にリーズナブルなお値段。原価を考えるといい稼ぎだよね、アレも。

「そっかそっかー。進展あったら連絡よろしくね」

「はい」

「ところで、元々あったベッドはどうしたの?」

「迷宮に持っていくよ。こういうのは使い慣れたやつの方がいいし」

「ふうん、それもそうね。布団はどうするの? 布団屋さんがお昼に届けてくれるのは二組だけよ?」

「あ、そっか」

 ニュッ、と『道具箱』からベッドを出して、布団と毛布、枕を新しいベッドの上に置いておいた。代わりの布団はどうしよう。何かで作るか……。ふむ……。ま、急ぎじゃないし、時間があったら作ろう。


「四人来るって話だけど。私が聞いているのは、ペネロペ、ダフネ、フローレンス、ジゼル。フローレンスは知ってるけど」

「あとの三人はドロシー姉さんの後に入ってきました。だから四人とも女の子ですね」

 サリーが補足してくれた。どちらかというと今回の人員補強は、トーマス商店の売り子を欲しがってる側面があるから、女の子で揃えたんだろう。

 こうして屋根裏で会話している間に店番を一人でしている(カレンもいるけど)レックスの肩身がますます狭くなりそうな、女の園になりそうだ。将来のレックスの性的嗜好が変態方向にねじ曲がることがないように、しっかり監視しておかなければ……。

 それにしても名前だけ聞いたら、絶世の美女しか想像できないなぁ。見たことのある子たちだと思うんだけど、名前と顔が全然一致しないんだよね。



【王国暦122年6月11日 9:11】


 集中工事をするにあたって、個人的な食材のストックが足りない。ということで調達にでかけた。


 トーマス商店を出てからダルトン製パン店にいって、パンを大量買い。

 ハミルトンの果物屋ではオレンジが入荷するようになっていた。夏が近いねぇ、なんて年配じみた会話を楽しむ。


 そこから市場に行って、八百屋でカボチャとイモを含めて野菜を大量買い。傷み始めていたキャベツを恩着せがましく値切って買う。葉物野菜が入荷するのは珍しいんだけど、それもあって料理の方法が広まっていないのかしらね。

「おっ?」

 乾物店で寒天を見つけた。天日に干していない海草の状態で、捨て値で売ってるや。謎な顔をされたけど全量買い取り。

 ケチる一方で大人買いとか、金銭感覚が滅茶滅茶だなぁと自嘲してしまう。


 あとはお肉系統だなぁ。

 王都だと、こういう時はソーセージ屋があって便利。うーん、ソーセージについては、今度マイケルを呼んで相談してみよう。『ソーセージは肉じゃなくて総菜だYO!』って言われる未来が想像できる。

 一度、アーサ宅へ戻ることにする。以前、市場でハムを大量買いするところを目撃されて、ウチで作ったのを持っていけばいいじゃない、と暗に非難されたことがあったから。



【王国暦122年6月11日 10:04】


 アーサ宅は、騎士団では『ミドルトン邸』と呼ばれている。

 ここは騎士団の警邏が巡回する際の、重要監視対象になっている。アーロン曰く、私の身内に何かあると、私が激発しかねないから、その予防なんだとさ。

 微妙に揶揄されている気にもなったけど、全体としてはありがたい話ということで。


「そう、おかえりなさい。早かったわね」

「お婆ちゃん、ただいま。うん、これから迷宮に行くから、その準備に一度戻りました」

「おろ、早かったね。今から買い物に行くところだったわ」

 シェミーと二人で掃除をしていたようだ。

 うーん、もうある程度は買っちゃったし、この二人と行くと半日潰しちゃうからなぁ。

 買い出しの量がかなり多いのに加えて、あれも、これも、ああ、これも必要だわ、とドンドン量が増えていくし……。


「そうねぇ。迷宮絡みで大量買いされてるのよ。それで食料品が値上がりしているわ」

「あー、なるほど……ごめんなさい」

「そうではないわ、貴女が謝ることではないわ」

 アーサお婆ちゃんににっこりされる。

「お嬢ちゃんの分も何か買ってくるかい?」

 当面の分はあるとして……でも、せっかくだから買ってきてもらおう。

「あー、じゃあ、保存の利くものを大量にお願いします」

「わかったわー」

 こういう時は『道具箱』持ちは便利。気軽にシェミーに向かって『大量』と言い切れる。

 容量が極小とはいえ、アーサお婆ちゃんだって使えるから、二人合わせればかなりの量が持てるよね。


「ちょっと工房行きます」

「あいよー」

「そう、ハムを一本持って行きなさい」

「はーい」

 地下に降りて、冷蔵樽二台のうち、肉類専用の方から、一本の生ハムを取り出して『道具箱』へ入れてしまう。熟成が若いけど、一般家庭ではこの程度で十分。

 工房に銅板を十枚ほどと、低級の魔核を三十個、中級を十個、置いておく。

 単に『転写』するだけなら紙でも何でもいいんだけど、彫り込む形での『転写』は慣れが必要だ。それもあって、銅板の厚みは二ミリほどに統一しておいた。これだと、『板の厚みの半分を彫る』という感覚で彫れば、一ミリという深さに慣れるだろう、という配慮。

 うん、過保護だなぁと、我ながら思う。


 魔核を置いていくのは砕いて粉にしたり、動力源に必要だろうから。

 いまだ迷宮は試験稼働中で一般開放されていないけど、『第四班』を三つに分けた一つの班がローテーションで迷宮に入っている。第一階層の弱いゴブリンしか相手にしていないとはいえ、お陰様で低級の魔核が大量に採取できている。

 市場に流しても二束三文にしかならないけど、例の、点火の魔道具の動力源などには丁度良い。案外、錬金術師や魔道具技師には使い勝手がいい素材だったりする。

 それもあって、『第四班』が採取してきた魔核は、それなりのお値段で全量買い取っている。

 そんなの使い切れない―――と思いきや、余った魔核は、そのまま、新規魔物の培養の核にしてしまう荒技がある。

 するとどういう理屈か、元のレベルに上乗せ、プラスアルファの形で、魔物が出来上がる。私のお金で魔物を育てているだけ、って見方もあるわね。


「じゃー、いってきまーす。三日後くらいに戻ります」

「そう、体に気をつけるのよ」

「そうだそうだ、気をつけるといいわ」

 シェミーが偉そうに言った。冒険者としての大先輩から、そう言われるのは悪い気分じゃない。



【王国暦122年6月11日 11:05】


 私は、走っている。


「うぃー↑ ふぃー↑ ぉー↑(VVVFインバータの口真似)」


 迷宮街道、という名称が正式なのかはわからないけど、普通、街道とかの名前は行き先を示すから、この名前でほぼ確定だろうと思われる。都市間街道なら、場所によって名称が違う、ということもままある。

 実際、ポートマットから王都への北街道は、王都からすれば『南街道』、または『ポートマット街道』だし。別に国や領主が正式に発布するものではないから、通称で事足りるということでもある。


「ガタタタッタ、タッタタタタン(構内ポイント通過中)」


 しかし、どこまでもまっすぐ伸びる石畳は、実に走りやすい。まるで『竜の道』だなぁ、と思ったり。

 規則的に現れる斜めに置かれた石ブロックの、排水用配置の美しさ。

 我ながらいい仕事をしたと自画自賛せずにはいられない。左手には収容所、エールの工場はないけど、そんな高速道路の歌を電車ごっこの最中に口ずさむ。


『風走』と『加速』を併用しても安全な走りを確保するために、一定間隔で『左側通行厳守』の看板を立てておいた。このルールは守ってもらわないと、いかに幅広の道とはいえ、猛スピードで走る対向車線の馬車を避けられない。

 この街道の本質は、トーマス商店の利便性の向上であり、私の本体が迷宮との往復をしやすいように整備しただけ、つまり私道でしかない。だから、『俺ルール』を通させてもらうことにした。

 まあ、左側通行というのは『北街道』を始め、グリテンでは浸透している交通ルールだから、違和感なく受け入れられてると思う。


「ふぃー↑ぉー↑(さらに加速中)」


 ところどころで、石材集積所跡地の平地が散見される。

 幾つか、まだ石ブロックが残っている。重量物で押し固められて、大型の建物を作るには丁度良い立地になっている。別にそれを狙ったわけじゃないけど、現在依頼されている街道絡みの工事が終わったら、町に一番近い集積場は、学校として使うことを前提に整備しようと思う。


 逆に意図して整備したのは、街道に、坂道ではなく平坦な場所を三カ所作ったことかなぁ。

 これも複数の目、複数の脳があって初めて気づけたことで、『親方ぁ、馬車がこけた時に止まらないで延々転がっちゃいますぜ!』と言われたことがきっかけだった。

 迷宮側から走ってくる分には上り坂になるので適当に止まるだろ? と思いきや、後ろに落ちていく可能性が示唆された(考えてみれば当たり前)。

 下水処理の側溝設置に執着した結果の傾斜が、ここにきてマイナス面も指摘されてしまった。ついでに言えば迷宮からの帰路は上り坂になって往路ほど荷物を積めない。

 一部が築堤になってしまって街道の横断には階段が必要になったり……切り通しにした丘の斜面も補強することになったり……。

 この辺りは独りよがりの突貫工事に起因するマイナス面。


「ゴトッゴトッ(まだ力行)」


 一方でプラス面については、ポートマット西側方面の開発を加速させたこと。現在の西地区だけではなく、迷宮方面まで経済圏として使える目処を立てたから、これは当然。

 元の世界で言えば、いきなり新幹線が開通した新横浜とか岐阜羽島駅前みたいな状況なわけで、しかも開発の余地が多分に残されていることから大量の移住が見込める。ノーマン(アイザイア)伯爵は就任直後から偉業を達成した領主になったわけだ。

 ただし、当のアイザイアが、自らの業績だと声を大きくして言うことは、多分ない。そのアイザイアは、実は工事中に何度か視察に来ていた。

 圧倒的な速度で迫る石畳に顔を青ざめさせていたっけ。ちょっとだけ痛快だったなぁ。それで、第二期の追加受注もしたわけなんだけど。

「まさか下水道も一緒にやっていたとは……」

 なんて絶句してたっけなぁ。

 だってー、排水溝はセットになるのが必須だし、面倒なことは一緒にやっちゃいたいじゃない?


「タタン、タタタタン(惰行)」


 おっと、もう迷宮が見えてきた。

 実質三十分というところか。

『風走』は石畳を傷めないのもいいよね。私の移動速度がこれだけ速いなら、当面は鉄道の需要は無さそう。あれって、綿花か石炭か鉄鉱石の運搬に必要になるものだし。つまりは、大量に運ぶ何か、が発生しなければいいのだ。


「ふぃー↓ ぉー↓ ぴぅ(減速中)」


 うーん、しかし、重量物か……。そうは言ったけど、当面は石ブロックをポートマット方面に運ばないといけないんだよねぇ。

 今回依頼された第二期工事までは迷宮東エリアの石で間に合うんだけど、際限なく深く切り出せるわけもないしなぁ。

 それに、いつまでも石材を露天掘りして、迷宮に穴を開けたままというのもセキリュティ上問題がある。そろそろ閉じないと。


「次はー迷宮入り口ー終点でーす」

 穴に到着した私は、急制動を掛けながら、しっかり口ではブレーキの擬音を鳴らした。


「ギギギギギギ……。ぴうぅー、プシッ。プシャー(ブレーキのエアが抜ける音の口真似)」



―――――二メトルオーバー。停止位置を直します……。





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[一言] 10メトルで車止め、或いは200の穴にドボン(汗)
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