初潮の激震
【王国暦122年5月26日 11:25】
昨日、トーマスに、お昼に教会へ来い! と言われていたので教会へ向かう。
昨日の今頃、急に脱力して、フレデリカに拉致同然でアーサ宅に連れられてから、まる一日ぐだぐだと寝ていたことになる。
まだ少し体が重い。けれど、昨日ほどじゃない。あの体調悪化はなんだったんだろうか。生理が関係しているのかなぁ。今までに無かったことだけに疑問は尽きない。
自分のことはなかなか知り得ないもの、だなんて、哲学的な思考に浸ってみたりもする。
教会の敷地に入ると、さっそくマリアに捕まった。
マリアは合掌するでもなくお辞儀をするでもなく、手を広げて腹筋に力を入れた。
「た~おれた~そう~ですね~♪」
くそ、ムダに美声なのがむかつく。
「すこし~やすんだ~だけ~♪」
「みんな~しんぱい~して~います~♪」
「ありがとう~♪ 気をつけます~♪」
と、私もマリア由来のムダ美声で応えつつ、ユリアン司教の部屋へ案内してもらう。
「お姉様、いらっしゃいませ」
と、すでにエミーが万全の態勢でティーポットを持って、部屋の中で待機していた。
ユリアンが困惑顔だ。どうしたのか、と訊いてみれば……。
「シスター・エミーが悪い子になってしまった……」
要するにあれね、エミーが親代わりのユリアンに逆らって、この部屋に居続けているわけね。不良になっちゃった、とか嘆いているわけね。この程度で嘆いていては人の親などできますまい、ユリアン司教殿。
「ああ、うん、こんにちは、エミー」
エミーとユリアンの二人に対応するため、今の私にできる最高の笑顔を見せておいた。作り笑顔だけど、ありがとうが伝わればいいや。
ソファに座ると、エミーがにこにこ顔で紅茶を出してきた。私の思考が伝わったのか、ユリアンの困惑顔も幾分和らいだ。
あとは―――モノで釣ろう。
「ああ、そうだ、これ」
なけなしのケチャップを二瓶、提供する。王都から戻ったときに、半魔物蜂蜜はお土産に渡していたから、それ以上のインパクトを求めるとなるとコレしかない。お土産やお礼の品を選ぶハードルが跳ね上がっているのを感じる。これが強さのインフレーションってやつなのか。世の中のお父さんは、みんなこの気分を味わっているとでもいうのか。
ユリアンを揶揄できないことに気づいて愕然とした。
けれどポーカーフェイスは崩さずに、ケチャップについて説明をする。
「これは調味料なんだけど―――油っぽい料理とか、卵料理と相性がいいかも」
「初めて見る調味料ですね……」
「何年か後には普通に出回るようになると思うけど、しばらくは貴重品かも」
「お姉様、ありがとう」
エミーは大げさに喜んでくれた。ははっ、本当に喜ぶのは、そのケチャップを食べてからなんだろうけどさ。ま、トマトが苦手な人もいるから、万人に受け入れられるとは限らないか。
「すまん、遅れたな」
「……遅れた」
と、そこにトーマスとフェイも登場した。
エミーは二人の分の紅茶を淹れ直して、ケチャップの瓶を持って退室していった。
「……エミー嬢、ケチャップを持っていたな」
「ええ、まあ。残り一瓶ですね」
「……むう………」
フェイは唸りながら『遮音』結界を張ると、話し合いが始まった。
【王国暦122年5月26日 12:03】
「まずは……倒れられたそうですね。お加減は如何ですか?」
ユリアンが切り出す。
「良いとも悪いとも……まだ少し体が重くて頭がボーッとしますけど」
「うん、それな……ドロシーとベッキーから聞いてな」
「……うむ……」
「何なんですか、一体?」
何で三人とも、こんなに歯切れが悪いんだろうか。生理の事を聞かれてるんだけど……女体の神秘が聖域だと宣うほど、初心な人たちではあるまいに。
「その……初潮が来たというのは本当なのか?」
トーマスは、恥ずかしがってるというよりは、言いにくそうな、先ほどのユリアンと同じような、困惑の表情だ。
「はい、そうですね。正確には今回で二回目ですね。先月、王都から戻るちょっと前に。ワーウルフに頻繁に襲われたので、何でだろうと思ったら、連中は血の臭いに敏感なんですよね」
「……二回目だったのか」
「はい。ああ、えと、お赤飯、ありがとうございました。変わった味でしたけど美味しかったですよ?」
一応疑問符をつけておくか。
「オセキハン?」
「……元の世界の料理だ。……小豆がなかったのでな……」
「支部長、小豆って東アジア原産ですよ。それにモチ米じゃないと。でも、心遣いはとても嬉しかったです」
「……なんと、そうなのか……」
赤米を模したものだとか、誤魔化すためにごま塩を振るんだとか、地域や物によっては小豆じゃないとか色々あるみたいだけど。
「アズキ? ヒガシアジア? モチゴメ? も、元の世界の料理なのか?」
「いえ、食材の名前だったり、地域の名前です。で、本題は何なんですか?」
どうにも話を逸らされている気がするので、ずばり問い質す。
「うむ……。あのな、お前に生理が来るはずが……ないんだよ」
「は?」
トーマスの言葉の意味を懸命に理解しようとしたけれども、出来なかった。
しばらくの間、沈黙が部屋を支配する。
フェイが思案顔の後、沈黙を破って話し出す。
「……『ハーケン』を知っているな?」
「確か、大陸にいる暗殺チームの一人ですよね。例のヒーラー勇者を取り逃がした……。そういえば……私を見て『ハーケン』だって。驚いてましたねぇ」
何だか、話が、とても、とても悪い方向に進んでいるような気がする。私自身が話を逸らしたくなってきた。
「『ハーケン』とは別にもう一組、大陸にはチームがあるのですが、そこに所属する一人に『カメラ』という人物がいます。『ハーケン』も『カメラ』も私には何のことだかわかりませんが」
ユリアンの口から、初めて他のチームの事が伝えられた。カメラって、あのカメラだよねぇ。この世界ではまだ発明されてないはずだし……。目がカメラになってるとか? ザクフリ○パーとかボト○ズみたいな?
「うむ……。そのな、『ハーケン』と『カメラ』な。お前の姉……に相当するんだ」
「へ?」
姉? だって? 生き別れの姉っていうやつですか!
ん? 『相当する』って何だ? 言葉尻が一々気になる言い方するなぁ。
「この件をお知らせするのは……『使徒』……にも承諾を得ました。大変に驚かれていました。衝撃が私にも伝わってきましたから」
ユリアンは、普段の(?)金に汚い司教ではなく、聖職者の顔を私に向けた。
「トーマス殿が貴女を、ドワーフ村で確保できたのは『神託』が正確に機能したからです。貴女の前任者『キャンディ』と同じように」
ユリアンは遠い目をした。
「え、ちょっと待って下さいよ。私の前任者はアマンダですよね?」
「それは正解ではあるが、間違いでもあるんだ。お前の本当の前任者は『キャンディ』っていう……ドワーフ……だが……」
「キャンディ姉さんは……私の初恋の人でした」
ユリアンはまたまた遠い目をした。
って、初恋って?
「それって……何年前の話なんですか?」
「……四十年以上前の話だな。……トーマスは髭の生えていない少年、ユリアンはほんの子供だったし、『キャンディ』が召喚されたのは、それより十年ほど前の話だ」
五十年以上前の話なのか……長寿種族とはいえ、想像出来ないスパンだなぁ。
「その十年の間―――正確には最後の三年間で、『キャンディ』は自分の後継者としてアマンダを育成したんだ」
「その―――『キャンディ』氏は?」
「……死んだ。……寿命でな」
「寿命? え、だって、ドワーフは長寿なんじゃ……」
「いや、ドワーフだが、ドワーフじゃない」
トーマスの言ってることは、まるで禅問答だ。こういう言い回しが続いている時って、核心の話から受けるショックを和らげようとしているってことだよな……。
「先日、迷宮で魔物の培養槽を見せてもらっただろう? フェイとも話したが、あれを見て確信した。ドワーフ村で確保した、お前の姿をした『召喚者の入れ物』は、恐らく―――人造人間だと」
錬金術師が断言する。恐らく、という言葉は使ったけど、ふうん、なるほど、ホムンクルス……。
「人造人間……」
あれか、お父様とか呼んだり、『使徒』と戦ったり……。
「本当に『人間』が作ったのかどうかは知らん。それについては知らされてないんだ」
「私たちは『神託』に従って保護をしただけなのです。ですが、幾つかわかっていることがあるのです」
「……うむ。……無機質で無遠慮で無神経な言い方になるが……。先に謝っておくぞ。……つまり、お前と『同型』が複数存在するということだ」
三人とも、私を哀れみの目で見つめていた。同情の目だ。
「えーと」
場を繋いでしまう私の中身は、やはり、元の世界の日本人だ。
「私と『同型のホムンクルス』が、現段階で、私を含めて三体存在する。過去には一体が存在した、と?」
「……記憶にあるだけでも『ロリポップ・キャンディー』『ショパン・スコア・ピアノ』『ハンマー・ポンチ』。ごく短期間しか活動できなかったが、『スマート・フォン』というのも過去に存在した」
「ごく短期間、というのは?」
「……現状認識が出来ずに、精神が破綻した。……自害だ」
「他の……三……体……の死因は?」
折しも、私自身が迷宮の魔物をそのように数えているのと同じ単位で訊く。
「寿命だと聞いている」
トーマスが真顔で返答した。
「寿命………というのは。どのくらいなんですか?」
あたしゃ長寿種族だと思っていたんだけど……。
「短くて十年、長くて二十年とのことです」
めちゃめちゃ短命じゃん! ユリアンが申し訳なさそうに言うのが癇に障って、思わず泣きそうな顔で睨んでしまう。
この会合は、紛う事なき、私への寿命宣告だ。
多分―――もう―――一度……。いや、感覚的には何度か死んでるんだろう。
この世界に染まっているわけではないと思いたいけど、自らの命を軽く感じる。
「……思ったよりも……ショックを受けていないな?」
フェイに指摘されて、慌てて否定する。
「いやー、そんなことありませんよ。十分驚いてますし、ショックを感じてますよ。それじゃあれですか、今回の体調不良っていうのは、その寿命が近いとかなんですか?」
「いや、お前が召喚されて五年ほどだと思うが………。最短でもあと五年ある。儂は寿命が原因ではないと思っている」
「……そうなのだ。……前に挙げた『スコア』は魔法が得意で魔力総量も大きかった。……一番長寿で、二十年以上生存した」
「魔力以外で他の個体にはなかった要素としては、迷宮だな。迷宮管理者になった個体は、お前以外にない。魔力総量が多いと生物として劣化しにくい。老化しにくいってことだが、これは経験則だがよく知られているよな? エルフやダークエルフ、ドワーフが長寿なのはそのせいだとも言われているしな」
まあ、確かに。エルフとダークエルフに比べるとドワーフは魔力総量には劣る。魔力の使い方も、両種族に比べると洗練されているとはいえない。それが寿命の差に繋がっているのだ、と言われると、なるほどと頷けるものがある。実際、人間であっても、その傾向が見られる。かのエイダ、レダ姉妹だって、実は結構お年を召していらっしゃる。
「逆に、私は他の個体に比べたら長寿かもしれないと。その理屈はわかるんですけど、それと体調不良がどうにも繋がらないんですが?」
最初の疑問に戻る。
「お前の初潮の話を聞いてな。耳を疑ったもんだ。何せ、子供を産む器官がないはずだからな。これは『使徒』にも確認している。そうだな? フェイ」
「……ああ。……王都冒険者ギルド本部の……キャロルが若かった頃、『スコア』と恋仲になってな。……子供を望んだのだ。……だが、叶わなかった。……その……子宮そのものが無いのだと言われてな」
なんですと………。
でもでも、お腹痛いよ? 血も少しだけど出たよ?
「その情報があったから、ユリアンに『使徒』に伺いを立ててもらった。『使徒』は事態を興味深く見て、お前の出自について話す許可を貰ったわけだ。コトはお前だけじゃなく、我々の生存にも関わるからな」
そりゃ、この四人は、グリテンでの黒幕の一つだろうし、運命共同体ではあるからなぁ。
トーマスは話を続けた。
「それはそれとして、儂の拙い錬金術の知識では、お前は自分の肉体を、自ら改変していってるんじゃないか、と推測している。その影響の一つが体調不良であり、初潮なんじゃないか? とな」
「!」
目を見開き、思わずトーマスを直視してしまった。迂遠に話されていた会話がまとまって、一つの、可能性の高そうな推論が一本の矢になった感覚さえある。
「……お前が他者のスキルをコピーできる能力を持っていることも影響しているんじゃないか? ……確か、最初に倒した勇者から奪ったのが……」
「はい、『遺伝子操作』ですね」
うーん? ちょっとまてよー?
ロンデニオン西迷宮に籠もってた時には、スキルなんて発動してる素振りはなかったし。『遺伝子操作』って能動的に使うスキルだよなぁ。勝手に発動するなんてことがあるんだろうか…………。
確かに、性行為を迷宮内部で意識したことはあったけど……。
「うむ。意図しないでも、子供を産むことを意識したことで、自らを作り替えようとしたんじゃないか?」
「……もしかして……だが……ブリジットに短文を送っておいたことが影響しているか?」
フェイが、困惑混じりの苦笑を私に向ける。ファリスのお見舞いに行かせた件か。
「どうでしょうか。異性を意識したのは間違いないですけど」
「そうですか。それがせめて、良い方向に向かうといいですね」
ユリアンもグルか。
私とファリスがくっつくことで、何かメリットがあるのかなぁ。ファリスがロリコンだって認知されるだけじゃないの? そもそも大貴族様とは結ばれない運命なんですけど?
【王国暦122年5月26日 13:36】
情報をまとめると、
① 私は人造人間を入れ物にして、召喚者の魂を封入した存在である可能性が高い
② 寿命は十~二十年と言われているけども魔力の多寡が影響するので、さらに長い可能性がある
③ 現段階で動いているホムンクルスはグリテンに一体、大陸に二体である
④ 過去にも複数のホムンクルスが実在した
⑤ ホムンクルスには生殖機能が実装されていないとされている
⑥ 私の体調の変化は、迷宮管理者であること、所持しているスキルに影響されている可能性がある
⑦ ⑥に影響されて⑤が解消されつつあるのではないか
「なるほど」
まとめないと情報が多すぎてわからないな! しかし⑤に関しては未確認だろうと思う。ほとんどの個体が初潮前に寿命を終えてしまえば、そうとしか見えないもんね。
「そもそも、お前の出自については、お前が死ぬまで黙っていなければならなかったんだ」
トーマスが申し訳なさそうに言った。
「自分探しをするヒマもなかったですからね」
少し揶揄を含める。
「いや、それはお前自身の性格じゃないか? したいことがあるからしているだけじゃないのか? 儂にはそう見えたぞ?」
「む……」
確かに、ずっとダラダラできないのは生来の気質かもしれない。
「それには我々どころか、グリテン中が恩恵に与っているのですから」
「……そうだな。……それにだ。……迷宮に関わっているなら、いずれドワーフ村迷宮に突き当たるはずだ」
原初の迷宮、ただ一つの天然迷宮か。
「迷宮の培養施設を見て思ったのはな。もしかしたら、ドワーフ村迷宮にも同じような培養施設があるんじゃないか、と思ったわけだ。何せ、『ハーケン』も『カメラ』もお前も、同じ顔をしているんだからな」
錬金術師なら、三つ子疑惑を超えたところを想像するわなぁ。
ああ、もし、ホムンクルスの製造方法っていうのが、アバター製造に準じているなら、私に魔核が存在している可能性がある。先日の会議で憂いの表情をしていたのは、それを心配してのことだったのか。
「私は初恋を思い出しますねぇ……」
ユリアンは遠い目をして私を見た。いや、正確には私の後ろにある面影ってやつか。
そんな男どもの幻想の中にしか生きられないのも、何か嫌だなぁ。
そういう男社会への反動として、何か形あるモノを残そうとしてるのかなぁ。子供を残せないから、その代替行為としての物作り行動だったんだろうか。
本能で物作りをしていたとなれば、もし、この初潮がきっかけで、ちゃんと子供を成せるようになったら、私の物作り衝動は消えてしまうんだろうか。言い方は悪いけれど、ある意味で究極のモノ作りだものなぁ。
「物作りは続けます。少し休んで、まだ―――私が何者なのか、全部理解したわけじゃないですけど。ええと、多少の驚きはありますけど、逆に納得した部分も多いというか。寿命については――――実感できないんですよね。だって、この手は、もう何百人も殺してるんですよ?」
私は掌を三人に向けた。フェイも、トーマスも、ユリアンも、私から目をそらさなかった。
「そんな私が生き死にを語れるかどうか。胸を張っていえる状況にはないと思うんです。ああ、死ぬのがわかったら足掻くと思いますよ。そのときは―――一緒に足掻いてもらいます」
「……ああ。……わかった」
「お前は……良くできた娘だ」
「まるで……キャンディ姉さんのようなことを……」
フェイだけ真顔だけど、トーマスとユリアンは顔をグシャグシャにして泣いている。大の大人がみっともない。
自分で言った通り、まだ、私は本当の意味で死を実感していないから、こんな殊勝なことが言えるのだと思う。
「あ―――ところでですね。私はドワーフを名乗ればいいんでしょうか。ホムンクルスを自称した方がいいんでしょうか?」
「……ドワーフ?」
「ドワーフのホムンクルスだろう……正確には」
「ドワーフです。ぐすっ」
多数決で、今まで通り、ドワーフを自称することになりました。
―――え? もうちびっとだけ続くんじゃよ……。




