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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
人はそれをドボジョという
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土木女子の休日


【王国暦122年5月25日 12:15】


「その……顔がゲッソリしてきたな。大丈夫……か?」

 フレデリカが、お昼寝をしていた私を覗き込んできた。

 うーん、何だろう、ちょっと頭が重くてお腹も痛い……食アタリかしら……。

「ん……うん……?」

 何がどう大丈夫なのか、聞いてるんだろうか。あれ、何だか思考も巡りが悪いな……。

「いや……根を詰めすぎじゃないの……か?」

「ん……そうかなぁ」

「うん、髪の毛にも艶がないし……埃まみれだし……臭う」

「臭う……―――『洗浄』」

「いや。ちゃんと、休んで……くれ。頼む」

「う、うーん」

 何でフレデリカはこんなに真顔なんだろうか。

「ほら……」

 フレデリカが、自分の通信手鏡を私に向けた。なんだろう、誰かと通信しろって?

「いや、自分の、顔を見ろ」


 珍しく強い調子で言うなぁ。

 どれどれ。

 コレ誰?

 ………私?


「うわっ」

 驚いた。

 この……頬がげっそりしてるドワーフは、私だ。叫んでる絵の人かと思った!

 髪は『ボル』の狙撃でポニーテールを狙撃されて千切れたままで、ザンバラが伸びて酷いことになってる。


「いつから………ってずっとか……」

「うん」

 眉根を寄せたエルフも実に美しい……。ってそうじゃないな。

 いやあ、これはまずい。

 女子として、人間として、いやドワーフだけど、イケナイ領域に踏み込んでいる。

 考えてみたら、昼寝が必要なほど衰弱してるってことじゃないか。

 昼も夜も働いてるもんなぁ。魔力が保っちゃうのがいけないのか。

 しかし、休めって言われてもなぁ。

 奴隷たちだけじゃ手が足りないから、冒険者ギルドから二十人ほど別途雇用してるんだよね。


 数日前から本格的に街道の工事に入った。

 石畳の敷設は迷宮とポートマットの、大体中間まで進んでいる。

 工事の手順はといえば―――――。


①夜のうちに石ブロックを分散させた石集積場に運ぶ

②下地に迷宮の残土を撒いて固める

③石材加工の廃品を砂利状に加工して②の上に撒き、さらに固める

④もう一度残土を撒く

⑤側溝用の石管を加工する。このときの廃材が③に使われる

⑥街道の脇に側溝を掘る

⑦慎重に傾斜を見極めつつ石管を設置

⑧百メトルほどを区切りとして側溝に排水できるよう、斜めに石畳用ブロックを配置

⑨⑧を基準に石畳用のブロックを、進行方向に対して()()並べて敷設する

⑩ブロックの隙間が空いたところに残土を流し入れながら位置を微調整

⑪全体を均す


 ――――とまあ、実は結構工程が多いし複雑ね。

 驚異的なスピードで進んだのは、『道具箱』からブロックを出すという荒技が使えたこと、①②がすでに終わっていたこと、均すのは『ロダ』、微調整を人力(五人かかり)で、という分担が上手く機能したこと。という理由がある。


 私は『ロダ』を操作しながら、現場で傾斜を測りながら、ブロックを凹状に加工して側溝を設置していく。ブロックからは凹を組み合わせた形で二本取れて、端材を『風切り』で適当に細かくしながら撒く。廃材処理も一度にやっている格好。

 排水用の側溝は、この街道工事の肝で、最終的に、例の下水処理施設に繫がるように街道全体に傾斜がつけられているため、適度に排水ができないと石畳に影響が出る懸念があった。

 つまり、街道の石畳を敷設するということと側溝の設置はセットにせざるを得ないというのは元々わかっていたことで、ここに下水処理を組み合わせる必要があった、というだけのこと。

 迷宮という暴力的なまでに強力な動力源があってこその発想だ。


 工事開始当初こそ、手順を覚えていない奴隷、冒険者たちの作業速度は微々たるものだったけれど、慣れ始めてからは驚異的に進行した。


 フレデリカが再度、腰をかがめて私を正面からのぞき込む。

「大体、五日でここまで来る方がおかしい……よ」

「!」

 それもそうだなぁ、と妙に納得した。

「頼む、休んでくれ。みんなも休めない。事故が起こる」

「!」

 なんてまともな事を言うんだ!


「おーい、作業どうすんだー?」

 雇った冒険者たちが、慣れない土木仕事で疲労しているのか、ぐったりした様子で訊いてくる。えーと、誰だっけこの人。

 あー、いかんな。フレデリカの言うとおりだ。注意力が散漫になってる。


「えーと、作業中断します。一度、町に戻って下さって結構です。ちゃんと依頼達成金は一日分で支払いますのでご安心を」

「そうか、そりゃよかった。日に日にお嬢ちゃんが死人みたいになっていくから心配してたんだぜ?」

 なにぃ、こんな名前も出ないような冒険者にまで心配されてしまうとは……。

「それは申し訳ない。作業再開でまた雇用するときは、また依頼を掲示しますので」

「ああ、わかった。おーい、作業中止だってよー!」

 周囲にいる冒険者たちに声を掛けた。大声がちょっと耳に痛い。


「ぬっ」

 中止、と決めてから、何だか足がガクガクいってるのに気づく。

 魔力切れじゃないはずなのに……。

「この世界は……ゲームじゃ……ない。ないけど、スタミナとか気力とかの概念が存在していてもおかしく……ない」

 気力……そんなものがあるのか……?

「くっ……」

『気力』とやらを意識して体を律する。まだだ、まだ終わらんよ……!

「今、馬車を呼んで……いる。ここで待っていて……くれ」

「ああ、うん。一度、お婆ちゃんのところへ帰る」

「それが……いい。一週間、作業が止まったところで誤差……だろう?」

 フレデリカは『一週間』という言い方をした。そんなもの、この世界にはないのに。



【王国暦122年5月25日 13:11】


 騎士団の馬車が到着すると、有無を言わさずフレデリカに乗せられた。

「ミドルトン邸へ向かってくれ」

「はっ」

 フレデリカの凛々しい声がする。あれー、こんなに格好良かったっけ……。

 しかしなぁ、気力とかスタミナ? スタミナっていうのはまあ、わからなくない。だけど気力ってなによ? そんなパラメータがあるの? ゲームじゃない、って言ったのはフレデリカじゃないか……。


 ……………。


 他の召喚者………たとえばフレデリカ。たとえばフェイ。たとえば勇者オダ。彼らには、私が見てない、見えていないモノが見えているんだろうか。

 私が見ているものは、物事のほんの一部だったってことだろうか。

 まったく、なんて信頼できない語り手なんだ。

 いやいや、他の視点で見たら、それは別の物語に決まってる。主人公は、いつだって自分一人しかいないんだ。


 石畳の敷設を待つだけになっていた工事中の西街道の土は私が半端に盛っただけなので軟らかい。馬車が走りにくそう。時々車輪が空転しているのがわかる。

 だけど、音が静かで、目を瞑ると、そのまま意識も落ちていった。



【王国暦122年5月25日 19:35】


「何時っ?」


【王国暦122年5月25日 19:35】


 飛び起きると、ドロシーがベッドの脇にいた。

「あ、起きたわね。おばあちゃーん! 起きたわよ―」

「そう!」

 パタパタパタ、とアーサお婆ちゃんと、エミー、カレンが部屋に入ってきた。

 えーと、ここは? アーサ宅ですかね?

「お姉様……」

 あれー、エミーは何だか顔つきが少し大人っぽくなっているような……? もう、可愛いじゃなくて、美しい部類に入ってきてるなぁ。赤みの差した頬が、まるで白い花みたい。


「ええと……。おはよ」

「アンタねぇ……。フレデリカさんが連れてきたのよ。倒れたって聞いて。魔力切れではなさそうとか言ってたし?」

 心配させないでよね! と、わかりやすいツンデレを見せてくれたので安心してしまう。やはりドロシーはこうでなくては。


「ちょっとだけ心配したさ!」

「そう、何かお腹に入れる? 食欲はあるのかしら?」

「え、あ、はい、すみません。心配を掛けてしまったようで」

「そうね、今さらだわ」

 クスクス、とアーサお婆ちゃんは笑った。仕草がベッキーに似てる。当然だけど。

「エミーも心配して教会から飛んできたのよ。アンタ、少し自重しなさいよね」

「はい、すみません……」

「フフ、気弱なお姉様も可愛らしいです」

 と言っているエミーだけど、背が伸びてるのがわかった。もはやどっちがお姉様なんだかわからない。

「まあ、アンタが普通のドワーフだって再認識できたわ。得体の知れない化け物じゃなくて。アンタ、普通なのよ」

「えー?」

「普通よ、普通」

 普通とは思えない。自覚はある。でも、それでもドロシーは私を普通のドワーフだと言い切った。っていうか普通って何よ? と問い質そうとして、やめた。大体言い負かされるし、エミーという援軍もいる。孤立無援、敗戦必至だ。


「うん。あ、はい、食べます。何でも」

「そう。じゃあもう出来てるからいらっしゃい」

「はい」

 そう言って立ち上がる。

 んっ? 下半身に違和感が。いつものカボチャパンツのゴワゴワ感ではなく……。

「ああ、履き替えさせたわよ。アンタ、始まってたのなら言いなさいよね」

 なんだと………。

 赤面してしまった。

「おめでたさ!」

 妊娠したわけじゃねえよ!


 食堂のテーブルには――――赤いお米が置かれていた。

「え……お赤飯……?」

 いや、よく見ると違う。何コレ? 赤いっていうかオレンジっぽいぞ?

「そうね。フェイさんがシモダ屋さんに頼んで作ってもらったそうよ。よくわからないけど、貴女が喜ぶだろうから、って。持ってきてくれたのはカーラちゃんだけど」

 え、フェイに初潮を知られたってことですか。何で?

「トーマスさんの指示で、冒険者さんたちの、未達成の依頼も達成にしておいたわよ」

 なるほど。ということは、ベッキーさん経由ってことか。トーマスにも知られたか。それでユリアン司教経由でエミーが、ってことか。ちくしょー、良くできた連絡網ですこと!


 その赤飯モドキは―――香りからするとパプリカで色をつけたようだ。豆は白っぽい。豆腐用の乾燥した大豆を水で戻したものだ。

 まだほんのり温かい。

 赤飯モドキを口に入れると、パプリカの香りと甘みが口に広がった。不味くはない……インディカ米で……なんだっけ、こういうの、元の世界で食べたことあるなぁ。

「ジャンバラヤか」

「なにそれ?」

「パエリアの仲間……かな?」

「言われてみれば……魚抜き、肉抜き、野菜抜き、豆入りのパエリア?」

 どうして、そんな謎なチョイスの食材で料理を? とドロシーが不思議そうな顔をした。

 いいんだよ、見た目だけでもフェイが祝ってくれたってことで。フェイ自身は全く料理ができない(先日のオムライス二号の時に確認した)から、懇意のシモダ屋に依頼したものなんだろう。無理矢理赤くしたところに、フェイの料理センスの無さを感じるけれど。赤けりゃいいってわけじゃないんだよ、ジョニ○・ライデンかよ!


「あ、姉さん、もう大丈夫なんですか?」

 と、そこに、サリーとレックス、トーマスとベッキー、護衛のシェミーも登場した。お店を閉めてからベッキーと合流したんだろう。

「おう、起きたか。大丈夫か?」

「支部長も心配してるわよ?」

「そうね、手を洗って、みんなテーブルに着きなさい。お食事始めるわ」

 アーサお婆ちゃんが場を仕切って、賑やかに夕食が始まった。



【王国暦122年5月25日 21:34】


「シスター・エミーは儂らが送っていくから」

「エミーちゃんの方が強そうだけどね」

「はい、よろしくお願いします」

 エミーが聖女オーラを振りまいて、優雅に合掌してお辞儀をして、戻っていった。なんでも、私が気を失っている間、エミーは、おまじないです、と言いつつ、光系『治癒』を二、三回私にかけていたそうだ。

「うん、エミー、ありがとね。明日、お昼に教会行くから」

「はい、お姉様。お待ちしております」

 トーマスに言われたのだけど、明日お昼に教会へ来い、とのこと。今日は寝てろ! とも言われたけど。何だろう、『使徒』絡みかな? 土木やりすぎちゃったかな?


 エミーとトーマス、ベッキーが帰ると、無理矢理にベッドに寝かされた。

「さっきまで寝てたから、あんまり眠くないんだけど……」

「そうねぇ、でも、横になっておくだけでもいいわ?」

「いいから寝てなさいよ」

 有無を言わさないというのはこういうことか……。

 仕方なく、健康的に早寝をすることにした。



【王国暦122年5月25日 23:48】


 寝られない。目がパッチリ。

 くそ、意地でも横になっていよう、と思ったら、左肩を指で三回、叩かれた感触が。

 ん、迷宮で何かあったかな? 横で寝ているドロシーに気づかれないように、ポートマット西迷宮に置いてある、『カッパーアバター』に移動する。ちなみに右肩の時はロンデニオン西迷宮からの呼び出し。三回は用事あり、ただし緊急ではない、という合図。

 先日の『お触り連絡』から進歩したと言える……よね?


「何か問題があった?」

『……石切場で待機中のミノタウロスが騒いでいます』

「騒いでる?」

『……詳細は不明です』

 管理層から石切場最下層への直通転移魔法陣はないので、仕方なく第一階層入り口から穴の階段を降りていく。しっかり穴警備の騎士団員に捕まったけど、緊急事態かもしれないので見逃してくれ、と言っておいた。ミノさんのことだから日本語的には間違いじゃないね!


「モモモモ-!」

「モッ、モッ」

「グモモモモ!」

 本当だ、何か叫んで……暴れてるわけじゃないけど、騒いでるね。


「どうしたの、ミノさんたち」

「モモッ!」

「グモーグモー」


 ふむふむ。

 体を動かしたい、とな。毎日重い物を持たせていたから、あれか、運動ジャンキーみたいなものか。

 そう広くはない空間だし、暴れられるのも困る。要するにトレーニングになればいいんだよね?

「じゃあ、二体で一組になってー。お互いの掌を合わせてー」

 ゾロゾロ……とミノタウロスが言われた通りの格好になる。細かいニュアンスが伝わるようになってきたな。これ、真面目に進化してるんじゃないの? 知能が向上してないかい?


「互いに押し合ってみてー?」

「グッ! モッ!」

「グモ!」

 おーおー、力比べしてるなぁ。

 静的運動(アイソメトリック)ってやつでお茶を濁しておくかなぁ。元の世界だと電車のつり革とかでやってる人、いたよなぁ。

 幾つか、暇つぶしのトレーニング方法を教えて、穴の入り口に戻った。


「問題は解消されました。異状なし、通常警戒に戻って下さい」

「は、はぁ」

 銅製の騎士に言われて、騎士団員は惚けた顔をして、曖昧に頷いた。

 カッパーアバターを管理層に戻してから、本体に戻る。


「………………」

 そっと隣を見る。うん、ドロシーに気づかれてはいないよね。

 緊急事態だったし、気づかれていたとしても許してもらおう。トレーニング方法を教えてただけなんだけどね。


 はぁ、思わぬ休日になっちゃったなぁ……。



―――土木女子って、字面的には、どこかの女子校にありそうな名前だよなぁ……。





次話で主人公に転機がっ…………。

訪れるかも。

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