日光草加工工場の稼働
【王国暦122年5月20日 9:16】
『工場』はサリーの気合いの入った付与魔法で外壁が完成すると、すぐに試験操業に入った。
そうそう、『水薬工場』だとちょっと実情に合わないんだよな、などと『工場』の内部で監督をしながら思う。
この、だだっ広い『工場』は今いる工場区画と、仕切りで隔てられて倉庫区画がある。単に広過ぎたということもあるし、いずれにせよ倉庫スペースが必要だったということでもある。あとは従業員区画が端っこにある。休憩施設だね。
工場区画には八箇所の『魔力供給源』がある。元世界でいうと……コンセントとかに相当するんじゃないかと思う。
八つのうち、六つにはフタがされていて、厳重に封がされている。
使用されているうちの一つは、トーマスが火加減と魔力加減を見ながら、日光草の葉っぱから取れた抽出液を煮ている。大鍋(というか寸胴鍋)で煮ているので、ここから鍋の中は見えない。トーマスからの最初の文句がそれだったので、即興で仮設階段を木材で作っておいた。
大鍋はロール工房製、一緒にチェーン、フック、滑車も納品してもらった。これは冒険者ギルドの解体場にあったものを参考に、トーマス経由で発注をかけていたもの。
「で、これを……熱いまま……漏斗で管に通す、と」
トーマス自身も手順を確認しながら、奴隷たちと試行錯誤をしている。
設計者の私としては、トーマスがかかり切りにならないように、ぶっちゃけド素人でも作り間違いが起きないようにしたつもりなんだけど。
大きな柄杓で、出来たての体力回復ポーションを、隣り合った漏斗に流し込む。これは奴隷二人が汗をかきながら頑張っている。
「汗はたらすなよ? まあ、入っても粉になるだけなんだが」
不用意に作業をするな、というトーマスの言葉に、奴隷二人の仕草に軽い緊張が走る。
管から送られたポーションは、『乾燥箱』の中に送られる。
熱風に晒されたポーションは瞬時に水分を失い、粉になって出口から出てくる。魔力的な加工をすれば魔力は抜けてしまうけれど、単なる物理現象を介してなら、魔力の抜けは極小になる。
抜かれた水分は、また別の管を伝わって、今のところは南側第一階層(地下ね)に作られた水槽へと送られる。
粉薬……を手に取って、トーマスは嬉しいような、悲しいような、複雑な表情を私に見せた。
「こんなに簡単に出来上がってしまうとはな……これでは錬金術師は不要になってしまう」
「んー、いやー、どうでしょう。仕組みがわからないと、これって修理できないと思うんですよね。少なくとも管理している人が錬金術師じゃないと操業不可能だと思います」
「うむー」
納得したような、しないような。トーマスの顔は悲喜が混ざったままだ。
「で、ですね、トーマスさんの体が空くわけで。ドロシー、サリー、レックスに、錬金術を教えてあげてほしいのですよ」
「サリーにはお前が教えてるだろう?」
「いやいや、基礎の基礎ですよ。私の助手をやってもらうにしても、いきなり応用をやらせてますから。基礎を教えてあげてほしいのです」
「ふうん?」
サリーには、トーマスの言ったことを細かくまとめておいてくれ、という指示を出している。ただまあ、サリーはぶきっちょで……。壊滅的に絵が下手なのだけど……。だから図解については私がフォローを入れようと思う。
まあ、要するに錬金術の教科書を作りたいわけで。
「それはわかった。徐々にでも進めよう。『工場』の監督もさせなきゃならんし、教会からまた雇い入れる予定だしな」
ああ、人手不足か……。店番に関しては奴隷を使うわけにはいかないものねぇ。お風呂の方はどうしようかなぁ。
「ドロシー、サリー、レックスと大当たりが続いているが、これは僥倖というものだろう。最低限の質が確保できていればいい」
「そうですねぇ……。店番ができれば問題ないでしょう。『計算機』もありますしね」
うーん、その意味では……イケメン奴隷でも良いような気がするなぁ……。でも奴隷だとトラブル対応が怪しいしなぁ。
まあ、人を見る目はトーマスの方が私よりずっとあるし。いいように差配してくれるだろう。
人手不足は本当に深刻で、学校の設立も急がなきゃならないなぁ。
「製造工程での問題は、あとは混ぜモノか」
「そうなんですよ……」
というのは、薬効が強すぎるのだ。試供品でのテストでは、濃すぎて鼻血続出だったらしい。水で溶く方法が推奨されそうだけど、それにしてもまだ薬効が強い。有効成分がちょっぴりでいいのは薬を作る側としては(原価として)悪くないのだけど、混ぜモノに適した素材が少ないという事情がある。
小麦粉と大麦粉は製粉技術が甘く、混ざりモノが多い。
「となると、イモですね」
「ふむ、イモか」
グリテンで栽培されているイモはジャガイモに近い。十分にデンプン粉の原料になってくれるだろう。
「乾燥させたものを砕くか、どろどろにしたものを、アレで強引に乾燥させるか」
「どっちかになるか。しかし、よく思いつくな」
「ずっと考えてきてるんですから。当然ですよ」
当面は市場で大量購入するということで、長期的には日光草畑の空いたところでもイモを栽培するという方向でまとまった。物品と資材は地下一階に用意しておいた。
「畑は拡充しなきゃならんなぁ……」
トーマスがぼやいた。
【王国暦122年5月20日 9:52】
「粉薬だけなら水には綺麗に溶けるんですけど、混ぜモノをしちゃうと、そっちの性質に寄っちゃうんですよね。ですから錠剤にしちゃっていいと思うんです」
はい、と、すでに作ってあった錠剤の『型』を渡す。元の世界で言う、砂糖菓子などを成形する木型に似ているか。
「金属型か。細かいな……」
錠剤には細かい文字で『トーマス商店・薬剤部』と書いてある。もちろんヒューマン語だ。一つの型で百二十個が成形できる。型の反対側には魔力を維持して供給するだけ、という魔法陣が描かれている。
「人力でも事足りるんですけど、ちゃんと成形するなら魔力を保持しながら押し固めるべきですね」
「これはアレか、成形に魔力を取られてしまって薬効が抜ける、というやつか」
頷いておく。
小型のプレス機も作ってある。
「わかった。販売形式は錠剤のみにしよう。手間の問題で上級だけにした方がいいんだな?」
「はい―――。作業の中で一番手間になるのは、分量を量るところだと思いますので。その手間を少なくする意味もあります」
天秤とオモリ。これは大中小と用意しておいた。大型は自作、中型と小型は、ポートマット広場近くにある錬金術ショップで売られていた既製品。
「うむ。場合によってはイモの方がお高いからなぁ……」
今のところ、日光草は自前栽培なので原価ゼロ、イモの購入代の分だけお高いことになる。奴隷の運用費用、土地の管理費用を考えればゼロじゃないけどさ。
「上級の錠剤を、今の中級程度の値段にして売るとして、だ。利益を考えると恐ろしいな……」
そう、お薬の販売の旨みというのはコレだ。
最初に開発してしまえば、同じ仕様で量産できる。あとは利益なのだ。
「その分、畑の拡大も必要でしょうし、情報漏洩対策を考えると、良いことばかりじゃありませんね」
専任のガードマンを契約する必要にも迫られた。
幸いにして『第四班』を半ば強制的に契約延長させて、ローテーションで警備に付いてもらっている。
ローテーションって言っても、通常警備に五名、休息五名、迷宮で鍛錬が五名、という形で回しているだけ。まるで図ったかのように十五人なんだなぁ、と思いつつ。
商業ギルドに未納分だった『通信端末』十台に加えて、トーマス商店の方で『第四班』の五名にも配布した。ポートマット商業ギルドに設置した通信サーバ管理下の端末は、これにサリーとレックスも加えて二十七台になっている。
白金貨でさっさと精算したトーマスの財力は侮れない。しかもこれ、商業ギルド扱いにしてるから、私物化も甚だしい。ま、全体の利益を考えてのことだろうし、結果的にトーマスが儲かるようになっていたって文句は出ないだろう。
私だってブラックな働き方をしてるけど、トーマスだって負けず劣らずの生き急ぎっぷりだ。
領主とか貴族とかが専属冒険者を雇い入れるのはよく聞く話だ。前領主(アイザイアのお父さん)のノーマン伯爵が、スタイン率いる『シーホース』を雇い入れていたのは有名な話。
だけど、一介の商店が雇い入れるっていうのはちょっと聞かない。三~四年もポートマットの体力回復ポーション市場を独占していたのだから、チリが積もり過ぎて大山になり過ぎても不思議じゃない。
ベッキーさんが転んだのはトーマスの財力にも要因があるんじゃないか……なんて思ったりもする。それも男性の一つの魅力だと思うから、浅ましいだとかは思わないけどさ。
うーん、男性の魅力、かぁ。
ちょっと壊れ気味の王都第一騎士団長とか、生の人間性が実に魅力的だったなぁ。魅力的といえば、漁協のモーゼズなんか魚臭い……いや男臭い……のもいいなぁ。あれは何だかフェロモンに近いような気がするけどさ。
あん? エドワード? ドロシーが捕まえにかかってるでしょ。
ともあれ、体力回復……錠剤? のハードウェア的な仕組みは立ち上げたから、あとはソフト、トーマスの方の問題ということで、手を離れたよね。
「うむ。日光草の方はこのままやってみる。次は月光草だな!」
「あっ」
忘れてた。魔力回復ポーションもやらないとだめかぁ……。
月光草の方はデリケートな植物だし、どうせやるなら迷宮で栽培しちゃおうか。
――――月の光を再現する、か。大猿に変身しちゃうくらい、リアルな月がいいな。




