ワーウルフの巣
おおー、速い速い。
セドリックとクリストファーは、後を走る私を振り向くことは一切しないで、森の中を駆け抜けていく。とはいえ、全然見てないわけではなさそうで、こちらを試そう、という意思は見て取れた。
というか、私は魔術師(という設定)なんですけどー。魔術師でも、体力を試されるものなんですかねぇ……。
内心で愚痴を言いたいのを我慢しつつ、ひたすらに北西に向かっている。
フェイが言っていたのは先行しろ、の一言だけど、この二人には、それで何のことか理解できているのだろう。
現在、ポートマットにいる冒険者で最強の組み合わせが、この二人なのだ。
他にも上級冒険者はポートマットには在籍しているはず(『シーホース』にいるはずだ)だけど、動ける人材で、となると数は限られる。私? は味噌っかすということでカウントしない方向でお願いします。
……ともあれ、その最強メンバーが組んだパーティを最速で投入、ワーウルフの巣を殲滅、漏れた個体を包囲網として配置した他パーティで処理、ということだ。ポートマットを攻めてきた側からすればカウンターアタックになる。
パッシブの『気配探知』に、二つの光点が現れる。
速度が緩められていく。セドリックが右手を挙げて、右手前を指差す。クリストファーが頷く。同じように私も頷く。
進行方向を変えて、光点へと向かっていく。目視できる位置にまで来る。
セドリックはクリストファーに目配せをして、右から回り込むように指示。クリストファーは返事もせずに移動を開始する。
私への指示はないので、そのままセドリックを追尾。しばらくすると急停止。
ドン!
という音と共に、クリストファーが飛び出してくる。その音を合図に、セドリックも飛び出す。クリストファーが大きな剣で一匹の首を落とし、そちらに気を取られていたもう一匹は、セドリックの長剣で背骨が真っ二つに。
「ワーウルフっすね」
倒してから、セドリックは言った。
私は黙ったまま、ワーウルフの死骸の胸を開き、魔核を取り出して、皮を剥がしてから、
「―――『掘削』」
と、一メトルほどの穴を作って、そこに死骸を放り投げる。
「―――『火球』」
「なかなかの手際っす」
「――同意だ」
燃えていくワーウルフの死骸を後目に、移動を再開する。そろそろ、巣が近いのだろう。それは感じていたので、魔術師らしく、黒いローブに着替える。気分の問題なんだけどね。
黒は『暗殺者』をイメージさせてしまうから、あまり着たくはないんだけど、この暗がりでは明るい色のローブは目立ってしまうから仕方がない。
移動を再開して五分ほど経つと、再びセドリックが立ち止まる。
「ここから西っす。数は……」
「―――三十? 四十?」
「えーと……四十五体ですね」
パッシブの『気配探知』の範囲に表示されているのは四十五体。周辺にもまだいるかもしれない。
「そろそろ深夜、って感じっすけど、待つ時間がもったいないっす。このまま攻めるっす」
魔物や獣は、夜行性のことが多い。また、人間は本来、夜に行動するように出来ていない。それを加味しても、セドリックは今行う、と決断をしたようだ。
「広域殲滅しますか?」
私の提案に、セドリックは首を振った。
「一匹ずつ殺していくっす。取れる素材は取るっす」
さすが上級冒険者に登り詰めた男……。小さいことからコツコツと、か。共感できそうな姿勢だわ。
「お嬢ちゃんは巣の南側から回り込むっす。時間になったら、殺傷力は低いけど、脅かしになるような魔法を一発頼むっす」
「―――俺たちが北から殲滅する」
「わかりました」
「じゃあ……いまから二〇〇数えたら頼むっす」
私は頷き、二人から離れる。まあ、二人が悪い冒険者で私を陥れようとか考えているなら、その時はその時。魔術師縛りではもの凄く苦戦するだろうけど。
『風走』は消して、音も立てずに巣の南側に回り込む。『気配探知』で見ると、セドリックとクリストファーの回り込みがそろそろ完了する頃だ。
にーひゃくー。………。そろそろ、かな。
巣が目視できるところまで来ている。よし。
「――――『水流』」
キュ~ンと魔力が吸い取られていく感覚。私を中心に、大きめの魔法陣が地面に描かれる。『~流』は中級の範囲攻撃魔法で、込める魔力によっては水の礫で対象を穴だらけにできる。今回は余り魔力を込めずに、濡らす程度、だけど水量を多く。地上二メトル辺りの低さに黒々とした雲が現れ、一気に水が投下される。
ザッパ!
と巣がいきなり水害に晒される音。中級以上は発動に時間がかかるものだなぁ。
続けて、見える範囲に、
「――『泥沼』」
と、巣を沼地にしていく。これでワーウルフは機動性が著しく削がれるだろう。逃げ出す個体も減るはず。
「ギャワワーン」
「ワオーンオーン」
ワーウルフたちの混乱した声が響く。
魔力がやってくる方向、というのは見せつけたので、ワーウルフたちは南に逃げる選択はせず、北に向かっている。が、足の遅い状態では、セドリックとクリストファーに各個撃破されているようだ。光点が次々に減っていく。
「――『風刃』」
それでも私に向かってくるワーウルフはいる。『魔力操作』のレベルが上がったからか、風刃も軌道を曲げることができるようになった。軌道を曲げて、ワーウルフの首を、一撃で落とす。悲鳴も発しないでワーウルフは動かなくなる。
五匹ほど倒すと、私の方向へ逃げてくる個体はいなくなった。
「ん………」
巣へ向かう。動かない光点が二つある。
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【ワーウルフ】
LV:1
種族:ビースト
集団で獲物を襲う。変異体あり。【ワーウルフ・リーダー】が群れにいる場合は個体能力以上の脅威となる
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幼い個体だった。岩陰で、泥沼に足を取られたまま、動けなくなっていた。
「キューン……」
これは魔物だ。口の中で呟く。可哀想だという気持ちは十分ある。だけど、この個体たちを残したら、いずれ育ち、町を襲うかもしれない。一度野生に触れ、親ワーウルフの薫陶を受けていれば保護や飼育など夢物語だ。この生き物たちに対して負える、最期の責任。
「………」
怯えて動かない幼いワーウルフの目を押さえつける。
「――『風刃』」
手に纏わせた風で、延髄を断ち切る。ものの数秒で動かなくなった。
もう一体は果敢にも反撃に出ようと飛びかかってきた。
が、顔をキャッチして、そのまま押さえつけて、のどを切り裂く。
幼いワーウルフの生命の息吹は衰えていき、やがて物言わぬ肉塊になる。
「ふう」
改めて、幼い個体の死骸を見下ろす。
命を絶つ。このことに責任を持とう。それが魔物であっても、勇者であっても。
いつだって、この世界に必要なのは覚悟だ。
「そっちはどうっすかー」
セドリックが暢気に歩いてくる。さすがは上級冒険者、北側に逃げたワーウルフの殲滅は完了していたようだ。
「こちらは七体処理しました。そっちに集めます」
「頼むっす」
先に倒した個体と、今の幼い個体の死骸を北側のクリストファーのところに集積していく。クリストファーは先に解体を始めていた。
「これで四十五。ピッタリですね」
「―――ああ」
毛皮を矧ぎ、魔核を取り出す。予め穴は掘っておいたので、解体が終わった死骸が投げ入れられていく。
今のところ、『気配探知』のパッシブでは周辺にワーウルフはおろか、魔物の気配もない。中型の動物はいるけども―――。
「あとは焼くだけっす。頼むっす」
「はい。―――『火球』」
火の玉が穴の中に落ちていく。しばらくすると、肉の焼ける臭いと黒い煙が、穴から立ち上る。
「―――この後は、どうする?」
「そうっすね。もう少し周辺を見て回りたいっす。安全が確認できるようなら、小休止っす。魔術師の気配探知の方が範囲が広いっす。ちょっと頼むっす」
二人の提案に頷く。
「わかりました――『気配探知』」
周囲の状況をアクティブで調べる。
「んっ?」
大きな気配がある。
「どうしたっすか」
「大きな……魔物……。多分高レベル魔物です。単体です。移動はしていないみたいですけど」
「―――おかしいな」
クリストファーが疑念を述べる。
「そうっすね。この辺に高レベル魔物はいないはずっす」
「―――方角は?」
「ここから北方向、距離は不明。結構遠いかも」
「高レベルのワーウルフかもしれないっす。立って歩くレベルの」
ワーウルフは高レベルになると二足歩行をするようになる。それはかなりの強敵だ。
「行ってみるっす。単体なら何とかなるっす」
クリストファーと私は頷いて、気配の方向へと歩みを進めることになった。
気配に近づいていくと、パッシブの範囲にかかる。
「お……」
「――う」
二人の気配探知にも感じられたらしい。
「これは……王都西迷宮の下層にいる魔物レベルっす……」
暗がりの森の中、遠目にそれは光っていた。
「―――光ってるな」
「もう少し近寄るっす……」
光の輪郭が見えそうになった、その時、光が、膨れる。
「あぶない!」
ガーーーーン
頭が痺れるような大音響。
これは―――落雷だ。
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【エレクトリックサンダー】
LV:65
種族:ビースト
蓄えた電気を操る。任意の場所に雷を落とすことができる。
スキル:落雷LV2 放電LV2 蓄電LV3
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―――魔法スキル:落雷LV2を習得しました
―――魔法スキル:放電LV2を習得しました
―――魔法スキル:蓄電LV3を習得しました
レベル65ですって!?
「雷を操るようです! 近接戦闘は危険です!」
私は二人に注意を促す。いや、離れても危険ではあるけど、狙われるよりマシ。
「了解っす。散開っす。二人で牽制するので、その間に攻撃魔法を撃ち込んでほしいっす」
「―――頼むぞ」
二人は私を見てから駆け出していく。頼もしいなぁ。
―――でんきポケ○ンか、はたまたゲームセンター○らしか……。
 




