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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
異世界でシステムエンジニア(汗)
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魔導コンピュータの稼働


【王国暦122年4月24日 14:05】


「―――――『転写:対数表』」

 スキル発動から十分が経過して、やっと天井裏に魔法陣が刻まれた。

 満タン近くまであった私の魔力が、頭痛一歩手前まで消費される。

「記述量が多いっちゅーねん……」

 誰に言うでもなく愚痴ってしまうほどに、凶悪な作業量、情報量だった。

 この対数表、魔法陣の小型化をするには、今のままの魔力総量では足りない。二倍弱……は必要だと思われる。

「まだまだ鍛えろってことか……」


 これが孤高のチャンピオンの悲哀というものか……。

 いやいや。

 魔力総量なんて他にも凄い人がいるかも……。そうだ、例の魔術師ギルドのマッコーキンデール卿なんかはどうなんだろうか。意地悪だとか策謀家だとかの人となりは伝わってくるけれど、肝心の魔術師としての評価というのはあまり聞かない。ちょっと不思議だ。ああ、強い、とフェイは評していたっけ?


 新規の中型人工魔核に魔力を注ぎ、起動。

 元々のめいちゃんによれば、新規インストールを行ってリンク、主、副の設定をすればよし、とのこと。形としては、ものすごく近いところにあるコンピュータ同士のネットワーク化でしかない。ただし、元々管理していた方を主に設定しておかないと、同じ事案に対して複数の魔導コンピュータが同じアプローチをすることになり、無駄なのだという。

 また、この設定にした場合はコンソールは一台で共用するので、リモートコンピュータに近い感覚かもしれない。


『……新規魔導コンピュータ、リンク確定しました。……主/副の設定が完了しました。……バージョンの更新作業を開始します……終了予定時刻は【王国暦122年4月24日 17:55】となります』

「見守っていなくても大丈夫だね?」

『……肯定です。……ロンデニオン市内であればアバターの使用も問題ありません』

 よしよし。



【王国暦122年4月24日 15:24】


 私の本体は一足先に冒険者ギルドへ足を向けた。

 と、同時に、グラスアバターも私を追尾するように動作させた。

 元の世界のMMORPGでよく見ただろう、複数(アカウント)、2PCなどと言われている―――を思い出す。

 離れて動かすのは面倒くさいので、グラスアバターを追いつかせる。隣り合わせて、時々会話をしたりという細かい芸をしながら、王都を歩く。


 ただでさえグラスアバターは目立つのに、にこやかに会話をしているドワーフ少女がいて、王都の中央を目指している――――というのは門番の騎士団員から伝えられたのか、傷心であるはずのパスカルが、慌てた表情でやってきた。


「ガ……ガラスの少女……と魔術師殿……? お二人はお知り合い? だった? のか?」

「はい。聞けばポートマットでも重要な地位にいらっしゃる偉大な魔術師だとか。我が迷宮にも力添えをいただけないか、と交渉していたところなのです」

「え、いやだなぁ……。そんな大げさなことはしてませんよ?」

「いえいえ、過ぎた謙遜は嫌みですよ、魔術師殿」

「あはは………」

 と、一人芝居を繰り返す。


 高速で意識のチャンネルを切り替えているのだけど、これは壁作りで、本体と『ロダ』の切り替えを繰り返したことで身につけた技だ。別にスキルでもなんでもない。

「ガラスの彼女が冒険者ギルドに案内してほしい、ということでして」

「はい、私がお願いを申し上げました」

「そ、そうか……」

 チラ、とパスカルを見て、先日のプロポーズの件は気にしないでくださいね、というポーズも忘れない。

「行きましょう」

「はい」

「あ、ああ……」

 何でパスカルまで付いてくるんだよ、とツッコミを入れたかったけれど、冒険者ギルド本部に到着するまで、結局彼は離れなかった。

 何も細工していなければ、パスカル程度の魔力感知能力でも、私とグラスアバターの魔力波長が、とても似ていることに気づいたかもしれない。

 だけれども、私の方は『魔力操作』スキルで偽装が可能。実に面倒臭いけどさ。



【王国暦122年4月24日 16:02】


「ご案内、ありがとうございました。よろしければ内部にまでおつきあい頂けると嬉しいのですが」

 一瞬、オレ? オレに言ったの? とパスカルの目が泳いだ。けれど、それが私の()()に向けられた言葉だと気づいて、恥ずかしさに目を伏せる。

「騎士団長、それではまた」

「お付き添い頂きましてありがとうございました」

 私は合掌だけ、グラスアバターは合掌してお辞儀と差を付けた挨拶。我ながら芸が細かい。

「あっ、ああ……」

 語尾に失望の色が見えるパスカルを放っておいて、()()()()()は冒険者ギルド本部へ入る。パスカル氏は後でフォロー入れておくかなぁ。まあ自爆してるだけだし、別にいいか。


「こっ………」

 受付ホールに入ると、ブリジットが、私とグラスアバターを交互に見て、『?』を連発した後頷いて、もう一度『?』を発して、唸ってから腕を組み、首を捻って頷いた。混乱しているのがよくわかる行動をしてくれた。


「突然の訪問で申し訳ありません。本部長様にお話がございまして迷宮の()から参りました。本部長様にはお時間を頂き、お取り次ぎ頂ければ幸いに存じます」

「はっ、はぁ……」

「私はただの付き添いです。案内を頼まれました」

 イノセントな表情でブリジットを見る。ブリジットの顔には、何考えてんの? と書いてあった。


「少々お待ち頂けますか………?」

 判断に困っているブリジットは珍しい。本部長室に向かう背中にも、『?』と書いてあったのが可笑しい。

「突然の訪問でしたし……ご迷惑だったでしょうか?」

「いえ―――どうでしょうね?」

 私は一人芝居を続ける。ファンタジー世界への慣れは、一人漫才も可能にするんだな。


「どうぞ中へ。本部長が会うそうです」

 しばらくして、ブリジットが戻ってくると、困惑顔のまま、私()()に言った。

「ありがとうございます。ご迷惑をお掛けします」

 グラスアバターの言葉を聞くと、ブリジットは眉根を寄せた。



【王国暦122年4月24日 16:15】


「で、だ。これは何かの冗談……ではないのだな?」

 ザンは、私たちを交互に見てから、そう言った。

「初めまして、スプリングフィールド本部長様。私はロンデニオン西迷宮の管理人です。名前はございませんが……」

 ザンも、ブリジットも、この茶番の意味が理解できていなかったようだ。

 私本体は言われる前からソファに座って、()()を見上げている。


「まあいい……。話を聞こう」

 諦めたかのように、ザンは乱暴にソファに腰掛けた。ブリジットはお茶を出すことをすっかり忘れて、ザンの後ろについた。いや、お茶など不要だろうと判断したのだろう。

「はい、ありがとうございます。ロンデニオン西迷宮で工事をしていたのはお聞き及びのことかと存じます」

「ああ……夜な夜な大音響でやっているらしいな」

「ロンデニオン住民の皆様には、安眠を妨げてしまった愚をお詫び申し上げます。その甲斐がございまして、内部の整地が完了いたしました。正式に冒険者ギルド支部の誘致を提言に参った次第です」

「支部……ですか」

 ブリジットが口走る。これは先日私が提案したこと、そのものだから、改めて、正式な誘致ということになる。

「はい、土地は確保してございます。建物の建築資材と建築費用、及び運営につきましては、そちら持ちということでお願いできますでしょうか。何分、俗世には疎いものでして、建築について細かい要望を出されましてもお応えすることが困難でございます。ご了承頂ければ幸いです」

「うむ……そこの―――ドワーフの娘にも提言を受けていたところだ。支部の立ち上げについては、この場で正式に裁可を出そう。建物の建築についてはこちらで勝手にやっていいのだな?」

 ザンはついに諦めて、私とグラスアバターを別人格として扱うことに決めたようだ。

「はい、構いません」

「他の迷宮に限らず、攻撃を受けた場合の対処については決めているか?」

「待避勧告は事前に行いますが、無差別に防衛行動を行います。基本的に自己責任でご自分の身をお守り頂くことになります」

「ふむ。普段の治安行動について、冒険者ギルドに義務はあるか?」

「今のところは考えていません。滞留人数が多くなった場合は、自然発生的に自治活動が行われるのではないかと愚考しております。目に余るような事案が頻発するようなら再考せざるを得ないと思いますが、魔物が足元で蠢いているのですから、人間にとっては度を過ぎて野蛮な行動でも、それは児戯に等しいものではありませんか?」

「意図的に口調を変えているのか……ああ、わかった。治外法権と言っていたな? 税金の方はどうなる?」

「利益の一割、と考えていますが、当面は無税の予定でおります。正直申し上げて、お金の使いどころがわからないのです」

 クワッ、とザン、ブリジット、二人の視線が私の本体に向いた。守銭奴のくせに! という無言の言葉が聞こえてきたような気がした。あたしゃそんな自覚ないんだけどなぁ。


「うむ、わかった。早急に、とはいかんかもしれんが、設置する方向で考える。準備が整い次第、工事は勝手に始めるぞ。鍛冶屋の件は、決まり次第、そちらに伝える。それでいいな?」

「はい、鍛冶屋の設置は喫緊の課題でもあります。重ね重ね、宜しくお願い申し上げます」

 グラスアバターが立ち上がり、合掌してお辞儀をした。

 ザンもブリジットも、それを見て微妙な表情を私の本体に向けた。


「お忙しいところ、お時間を頂きまして、ありがとうございました。明日早朝から迷宮を再開致しますので、御用向きがありましたら、第一階層受付カウンターまでお越し下さいませ」

「あ、ああ……」

 グラスアバターが出て行くのを、ブリジットが慌てて後を追い、見送りに行く。

 私の本体も、グラスアバターを追いかける。

「待て、ドワーフの娘よ。これはどんな魔法なんだ?」

 私は思いっきり表情を作って、無邪気に首を傾げた。

「え、魔法そのものじゃないですか?」

 それもそうだな、とザンは苦笑をしただけだった。



【王国暦122年4月24日 16:59】


 途中でわざとらしく挨拶をしてから別れて、グラスアバターは迷宮に、本体は『黄金虫亭』に向かった。『黄金虫亭』への道中はブリジットが同行して、グラスアバターの方はパスカルが付いていった。パスカル騎士団長、フラれたというのに……暇人なのかしら?


「器用なものですね」

 ブリジットは嘆息しつつ、そんな言葉を漏らした。私はそれについてはノーコメントを貫くことにした。

「そんなことより」

「?」

「あの迷宮のガラスの人に、良い物を貰ったんですが」

「!?」

「せっかくですから調理してもらいますか?」

「!」

 ゲテ姉さんは食べ物に釣られる。私も試食してみたかったし、魔物になりかけミツバチの幼虫……どんな味がするのかしら!



【王国暦122年4月24日 16:59】


「魔術師殿と同一人物なのではないか、という邪推もされていたのだが……認識を改める必要がありそうだ」

 同じ時刻、パスカルと数人の騎士団員に護衛されながら、グラスアバターの私は迷宮に向かっていた。

 一人で二元中継をするとは神様(は存在しない)の『使徒』も想像だにしなかっただろう。私だって思わなかったけどさ。

「偶然にも知り合うことができまして。大変有意義なおつきあいだと感激しております」


 本体の方が、ポートマット西迷宮の管理人だということは別に秘密にしているわけではない。その結果、魔術師ギルドの方に情報が漏れて、あの襲撃に繋がったとも言えるのだけれど、私以外が管理者だったとしたら管理権は奪取されていたに違いない。誰が管理者だったとしても不可避の襲撃だったのであれば、私だ、という宣伝をしておいた方が無難と言えば無難だったのだ。

 でもなぁ、そんなにも迷宮が欲しいのかなぁ。

 魔術師ギルドはウィザー城西迷宮もあるし、おそらくは王城下の迷宮も管理下だろう。有用な素材は採取できるかもしれないけど、それだけ。面倒の方が多い気がする。

 いや、だからと言って容易に明け渡しちゃいけない気がする。

 うん、やらんやらん。


「む……そうか……。確かに、彼女は希有な存在ではあるしな……」

 パスカルは、故意なのかはわからないけれど、続けて、『ラーヴァ』とも別人なのか……と呟いた。

 聞こえないフリをしておいたけど、まあ、どう捉えていようが、それもどうでもいいこと。

 ん……あらゆることが些事に思えてしまうのは、私の思考も魔物化してきてるってことなんだろうか。迷宮の維持がとても大事なものに思える。


「はい。それでは。お見送りありがとうございました。ご機嫌よう、騎士団長様」

 挨拶をして、グラスアバターを迷宮に戻した。




【王国暦122年4月24日 17:10】


――――魔法スキル:召喚LV7を習得しました(LV6>LV7)


『黄金虫亭』でグリーンさんと宿のご主人と、持ち込み食材(巨大蜂の子)の調理方法について検討していたところ、何だかスキルレベルが上がった。

 迷宮基準で物事を考えるようになる、か。その影響でスキルレベルが上がったんだろうか。


 一瞬不安が過ぎる。

 普通の生物が迷宮に長期間いることで魔物化してしまう可能性。ヒューマンに相当する生物であっても、同じように影響を受けるだろう。変性の速度が早いか遅いかの違いでしかないのだろうか。

 もしかしたら、とっくに私自身、迷宮システムに取り込まれていて、管理しているつもりで管理されてるんじゃないのか。

「ハッ」

「どうしましたか?」

「いえ、どんな味になるのか楽しみですね」

「新しい味を開拓するときは気分が高揚しますね。これでこそ奇食の醍醐味というものです」

 ブリジットが興奮している。ハッ、醍醐なんて、この世界にあったのかね?

 再度皮肉っぽい思考になる。

 あー、いけないいけない。

 あんまりネガティブなので自分で笑ってしまう。



―――この世界に囚われているなんて、元からじゃないか。






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[一言] 美形で優秀なオニオンな部下と、背が低い饅頭殿下が並んで歩く図: 「ガ……ガラスの少女……と魔術師殿……? お二人はお知り合い? だった? のか?」
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