異世界でシステムエンジニア(泣)
【王国暦122年4月18日 18:32】
ではサーバの改良工事をします、と宣言した三十分後には設置は終了した。
ポートマット商業ギルドとは違って、冒険者ギルド本部は、事前に導入をしていただけあって、セキュリティ上は完璧、ただしソーシャルハッキングに対してはどうしようもないので注意だけを促して終了。
「ドワーフの娘よ、この新型『サーバ』は前のものとどう違うのだ?」
更新したことがわかるような、ハッタリの効いた形状に変更しておけばよかったかなぁ。
「基本的には同じモノですけど、処理能力が向上しました。保管できる短文の案件が増加しました」
「具体的には?」
「えーと、千二十四倍ですね」
ああ、この世界にも二進数の呪縛が……。どうしてその数字なのか、訊いてきたブリジットの目が『?』になっていたのが面白かった。
「まあ、しばらくは大丈夫ということですよ。じゃあ、端末の更新に入りますね」
そう宣言すると、ザンが端末を差し出してきた。面倒だなぁ、という顔をしていた。
元の端末を分解して、新型端末の筐体を見た途端に、ザンの顔つきが変わった。
「お、お……」
「色は、また同じ色味の赤でいいですか?」
「お、おう……」
この色は以前に端末を配布したときの色見本があったので、それを元に筐体を着色していく。
元の端末から魔核を抜いて新型に取り付け。
「はい、どうぞ」
「おお~」
「クッ、クククク………」
「はぁ~」
真っ赤な新型端末はものすごくかっこいい。ジ○ン軍マークを『転写』したくなるほどに。
「今回は、選びやすいように、幾つか模様を考えてきました」
「ククククク………、こ、この渦巻きにしたいですねぇ……」
キャロルが選んだのは、深緑の地の色に白い渦巻き模様。ホッペタにも描いてあげたくなるなぁ。
「はい、了解です」
キャロルに完成した新型端末を渡すと、そわそわしていたブリジットが、自分の端末を超スピードで渡してきた。模様の見本に、心を惹くものがあったらしい。
「こっ、この、蛇模様で!」
「フフフ……」
前回の蛇模様とは違う、今回はリアルバージョンというべき、陰影と光っているように見せた(ハイライトを追加した)ヘビ柄。私のイチオシの柄を選んでくれた。さすがはゲテ姉さん。
サーバルーム前に到着していた十三人を含めて、十六台が新型端末に更新された。
エイダは今回波模様ではなく、朝日が昇る水平線、というデザインを選んだ。ちょっと鈴木英人風ね。
レダは油絵風の桜吹雪をチョイス。この油絵風の作画は、『ビートル総統』からコピーしたスキルが活躍した。
イオンを筆頭にした特務課の人たちは当然ながら黒を所望したのだけど、つや消しは傷が付きやすい、ということもあって、グロス仕上げにした。冒険者ギルドのマークを銀色で小さくあしらったところ、無表情なイオンの頬が緩んだ。
こういう小物って、みんな大好きだもんね。元の世界でも、この世界でも変わらないみたいだ。
端末の更新、残り二台(もう二台はカレンとシェミーで更新済み)は昼間にいる事務の職員さんなので、明日以降、昼に実施する、ということになった。
「あと二十台、頼みたいところだな」
「仮受注しておきます」
正式には、ポートマット支部に言わなければならない。もっと正確に言うなら『フェイが支部長の冒険者ギルド支部』に対してなので、フェイが異動したら、その利権は移動する。
「管理台数が増えましたら、別途、通信端末を管理する専門の人がいた方がいいかもしれません。ブリジットさんが片手間でできる仕事量を超えてしまうと思いますので」
「ふむ……なるほど、考えておこう」
これはいずれ訪れる問題で、専任者を置かないと本業がおろそかになるほどに忙殺されてしまうことは、想像に難くないから。
異世界でシステムエンジニア(泣)という職が成立した瞬間だ。ちなみにその一号は私で間違いない。
『エンジニアだからこの魔道具、修理できるよね?』
『( ;゜д゜)』
という会話が、この世界でもいずれ行われるのだ。
【王国暦122年4月18日 21:58】
「せっかくだから飲んでいけ!」
という、よくわからないザンの一言で、上級、特級冒険者たちによる歓迎会が催された。
もちろん、会場は『雌牛の角亭』で、別に貸し切りということではなかったけど、アルコールの飲めない私を置き去りにして、みんな大いに盛り上がった。
水ばっかり飲めるかよっ!
ま、料理は美味しかったので良しとしましょう。
肉(魚)フライとイモフライを同時に出すのは、このお店を中心にグリテンで流行しつつあるらしい。勇者オダが二日と置かずに来店するんだとか。
例のソーセージ屋さんも、以前は茹でたイモだったのに、最近では揚げイモとの組み合わせが人気なんだと。
もう少しヘルシーなメニューを流行させるべきではあった……。
だけど、流行するような食べ物って、概してジャンクフードで、ヘルシーとは対極にあるものだよねぇ。
あのジャンクフードの王様―――はその萌芽がきっと大陸にあるに違いない……。ああ~、焼いたパンがフワッとして、噛むとトマトの酸味、ピクルスがパリっ、レタスがシャキッ、チーズのネットリ感、ジュワッとくる肉汁は炭火の香りがして……。ううむ、鉄板で焼いたハンバーグで作ったハンバーガー(あっ、言っちゃった)は邪道だと思うの。違う料理だと思うの。
「難しい顔しちゃって。食べてるの?」
ドミニク兄さんが心配そうに私の顔を覗き込む。
「はい、食べてますよ」
にっこり笑って焼き魚を摘む私は、全然別の食べ物のことを考えていた。
【王国暦122年4月19日 1:32】
お水を飲みながら料理を食べていただけ……にしては相当な量を食べた気がするけど……宿を取ってあるからと、大盛り上がりの上級冒険者たちを放っておいて、店を辞することにした。
「あら、お帰りですの?」
「はい、あ、これ、お返ししておきます。ありがとうございました」
ウィートクロフト爺、マッコーキンデール卿共著の、あの本だ。エイダが困ったような顔になる。この本、もしくは著者に対しての複雑な感情が垣間見える。
「あら……もういいんですの? 如何でしたか?」
「興味深い内容でした。もう少しじっくり色々検証してみたいところですけど」
多忙ですものね、とエイダに同情されてしまった。
深夜の王都を歩く。
深夜の王都は音らしい音もない。
こんな夜は暗殺者か強盗くらいしか活動しないものさ。
ほら、背後から近づく気配がある。
「―――『風走』」
小声で呟く。
「お嬢ちゃん、一人かい―――――」
ゆっくり振り向いて笑いかける。
笑って首を固定したまま、滑るように歩く。
誰だこの人。イケナイオジサンたちかしら。
「ヒィィ!」
若い娘を前に失礼な態度ね。
「―――『火球』」
火系魔法をくるりと回してイケナイオジサンたちの目の前に持っていく。
火球を目の前で消すと同時に無詠唱で『不可視』を発動。
「きえた……」
「ひっ、ヒイイイイイ」
背後に奇声を浴びながら、宿に戻った。
【王国暦122年4月19日 7:15】
昨晩は遅くに部屋へ戻ってきて、すぐに寝てしまった。
お腹いっぱいで快眠。お陰様で魔力はフルチャージ。
寝ぼけ眼で残り二台の『通信端末』を組み上げる。
「ふあぁぁ」
明かり取りの窓から漏れる朝日。『霧のロンデニオン』のくせに、今日も快晴だなぁ。
作業を終えて、朝食を摂りに食堂へ。
「おはようございます」
結構遅い時間だというのに、食堂にはそこそこのお客さん―――冒険者だ―――が残っていた。迷宮が閉鎖中で、王都内部で完遂できる依頼に切り替えているらしい。つまり、今食堂にいる人たちは、一度冒険者ギルドに行って、依頼を受領できなかった人たち。
早く迷宮が再開できるように頑張ります……。
「おはよう~。起きるの遅かったね」
グリーンさんが朝食を持ってくる。
麦がゆ……と油断していたら、蜂の子入りだった。やるじゃん。
「昨日、幽霊が出たってさ。迷宮も混乱してるし、ちょっと怖いよね」
「へぇ~」
相づちを打っておく。間違いなく、昨晩のイケナイオジサンたちが触れ回っているんだろう。ちょっとした茶目っ気のつもりだったんだけど、噂されると困るし! いや別に困らないからいいか。
朝食の麦がゆ(蜂の子入り)ではお酒のアテにならないのか、朝っぱらから料理の注文が入っているらしく、グリーンさんもちょっと忙しそうだ。宿屋的には儲かってるからいいのかなぁ。
【王国暦122年4月19日 8:08】
迷宮の中央管理室に到着。
こうなってくると出勤してるようなものだよね。タイムレコーダーでも欲しいところ。
「ただいま。迷宮周辺の様子はどう?」
『……おかえりなさい、マスター。……警戒設定区域には、当迷宮の他の魔物、脅威になる個体は存在しません』
うーん、さすがに沈静化したよねぇ……。
フィールドではいざ知らず、向こうの迷宮を、こっちの魔物で攻めさせると、場合によっては向こうの『魔物使役』に引っかかる可能性がある。元々、迷宮が『魔物ホイホイ』の面を持っているから、というのと、無闇に迷宮同士がつぶし合わないように、という安全装置みたい。
ザンやキャロルが言っていたように、管理者がちゃんと存在する迷宮に正面から挑むのは愚策以外の何物でもない。魔物で攻める手段が選べないし、冒険者が力任せに行くには多勢に無勢。大勢の冒険者が一度にかかるしかないけど、一瞬で命令を伝える手段がない。結局、迷宮管理者のコントロール下で細々と狩るしかない。
だから、この西迷宮の奪取は相当に運が良かったと言える。健常で、しかも管理者不在の迷宮なんて、そんなに転がっていないもの。
「んじゃー、いろいろやりますかねー」
今のうちにいろいろ拡充しなければ。
「と、その前に……」
プライベートルームのベッドの上に体を投げて、グラスアバターにチェンジ。
「お金よし、服装の乱れなし」
持ち物と身だしなみを確認して迷宮入り口へ。
「ガラス少女だ!」
「ガラスちゃんだ!」
まだ安全宣言を出しているわけでも、迷宮を開放しているわけでもないのに、何人かの冒険者が集まっていた。要するにヒマらしい。
「皆様、当迷宮周囲の安全はまだ確認されていません。一度、町へお戻り下さい。再開時には冒険者ギルドを通じてご連絡を差し上げますので、今しばらくお待ち下さい」
合掌してお辞儀をする。
つられて冒険者たちも私を拝む。恥ずかしくなって、足早に王都の町中へ向かう。
「ガラス少女!」
門番にいた騎士団員には後ずさりされた。
「通りたいんですけど。いいですか?」
自分で言うのもなんだけど、ガラスが響いて、心地よい声色で訊く。
「どうぞ!」
入市税を払わないと文句言われそうなので、銀貨を一枚渡しておいた。確かそんな値段だった。
昨日も行った、使用人グッズ専門店に向かう。このお店は王都第三層の西側にあるので迷宮から近い。『グラスマン』用のブーツが入荷しているのは確認しているのだけど、なかなか取りに行けなかった。持ってきてもらえるように頼んでもらえばよかった……。
「おや、ガラスのお嬢ちゃん。靴きてるよ」
初老の店主が愛想の良い笑いを向けてくる。慣れって怖いわよね。
「取りに来るのが遅れてしまって。ごめんなさい」
「いや、いいんだよ。言ってくれれば納品に行ったんだけどね。その、迷宮周辺が今は荒れてるだろう? 行くに行けなくてね」
迷宮を中心にした経済活動に支障が出ているなぁ。この分だと魔核の値段も……。
あ。
思わず声を出しそうになる。
魔核ビジネスを魔術師ギルドが行ってるとすれば、危機によって高騰した魔核で利益を得ようとしてたとか。元の世界で言うと石油危機を演出しちゃって利益を出そうとするアノ国みたいな。邪推だろうか。
「迷宮と周辺の安定化については引き続き努力していきます。今後も……百年単位で……このお店から消耗品を継続して購入したいと思います。お店を続けていただければ嬉しいです」
「おや、それじゃ、私は死ねないね? ふふふ……」
「死んでも不死者にして差し上げますよ……フフフ……」
一瞬、店主の顔が引き攣ったけど、すぐに営業スマイルに戻った。
「その時が来たら頼むよ……ふふふ……」
「遠慮なくお申し付けくださいな……フフフ」
――――プロ根性が素晴らしい。……希望ならホントにやりますよ?




