殺戮兵器の魔改造
【王国暦122年4月13日 7:09】
うーん、またまた厄介な部下を持ってしまったようだ。
ケリー、ブレット、ハンスの三名は、『種族』が『リヒューマン』っていうのに変わっていた。『リ』は再生とか、そんな意味なのかしら。これは初耳の『種族』で、私よりは専門家である彼ら自身に考察させた方がいいと判断して、第五階層で議論をさせている最中だ。
仮説を色々立ててくれるだろうとは思うんだけど、あの三人はとても理屈っぽい。その性格が魔術師ギルドに入る条件なんじゃなかろうかと邪推するほどに。
あの『メイドシステムイージー』のバグ利用を使った計画は恐ろしい。
一方で安心していい要素としては、すでに『子機』は全て回収されていること。
対象が魔核を持っている存在でないと支配の上書きは不可能だということ。
私に関して言えば『精神防壁』で影響は避けられること。
すでにパッチが当たり、以降、同じ手段を取ることは出来ないこと。
ハッキングという発想も驚きだけど、バグ利用みたいな使い方だから、ゲームとかなら修正入るのも当然というもの。
ついでにわかった事と言えば、『メイドシステムイージー』がサブプログラムとして稼働しているということは、ウィザー城西迷宮を管理しているOSも、おそらく『めいちゃん』である可能性が高いということ。ただ、これは推測でしかないし、OSが違う場合、パッチはちゃんと当たっていないかもしれない。その場合は、『子機』さえあれば、同じ手を使ってくる可能性がある。
やっぱり、可能な限り、早期にウィザー城西迷宮は攻めるべきだと思う。
ただ――――ちゃんと管理者がいる迷宮を奪取するのは難儀なのだ。
めいちゃんのヘルプファイルによれば、管理者登録されている人間を皆殺しにする必要がある。魔術師ギルドには、まだ数十人は所属しているはずだから、その全員が(権限の多少はあれど)管理者登録されていて、何人かが安全地帯にいたとしたら、それだけで奪取は困難を極める。
そう考えると、私が管理する迷宮も、何人か設定しておいた方が安全だなぁ。
とりあえずリヒューマン三人は閉鎖された迷宮の中。侵入者がいない限りは放置しておいても問題ない。
当面の懸案である迷宮周辺の調査に入ろう。
素材の供給場所として重要な、石切場はやっぱり迷宮に隣接していた。
現迷宮から見ると東側にあり、第二階層相当の深さまでは土が覆っていて、その下の地層が砂岩で、石切場になっていた。
石は、王都西迷宮で切り出したものよりも白く、堅い。
「――――『掘削』」
石を、直径二メトル、幅四メトルの円筒状に切り出す。
こんな化け物サイズの石でも、私の『道具箱』はすんなり飲み込んでしまう。
うん、一人で街道建設も可能かもしれない。まあ、少なからず人員は投入することになると思うけど。
一度地上に戻って、平地に『筒』をそっと置く。
乱暴に置くと割れちゃうかもしれないし、転がって勢いが付いたら事故になりかねない。
「ええ~?」
私から冗談みたいな大きさの石が出てきたのを見て、偶然にも通りかかったジェシカ女史が大口を開けていた。
「ああ、どもども」
「え、ええ、はい。これは? 一体何ですか?」
「道を固めようと思いまして。そのための道具ですね」
「えっ、これ、魔道具なんですか?」
んなわけあるかー!
と突っ込みを入れたくなったけど、ジェシカ女史の反応が面白そうだったので、魔道具ということにした。
「そうです、これは超重量で下にあるものを圧縮していくという……」
「はぁ~。そうですか~。さすがですね~」
真面目に感心しているジェシカ女史を見ていたら、もう少しいじってみようか、という気になった。
このまま転がすだけだと、坂道を通る時に制御できない可能性がある。要はストッパーがあった方がいい。
「うーん………―――『掘削』」
石柱に、直径二十センチほどの穴を中央に空ける。
空洞になった中を覗いて見る。特に割れや空気が入っている訳ではなさそう。
「―――『硬化』」
石を圧縮する。と、少しだけ縮んだ。穴の直径も小さくなった。十五センチくらいか。
「ふむ……おっと、素材を取ってくるので、また後で!」
何が始まるのか、と目をキラキラさせていたジェシカ女史の視線を振り切り迷宮へ戻る。倉庫から資材を持ってこなければならない。
「はい、お疲れ様です……」
ジェシカ女史はあからさまに落胆していた。
べっ、別に貴女に見せるためにやってるわけじゃないんだからね!
【王国暦122年4月13日 7:36】
この迷宮の倉庫には鋼鉄の在庫がふんだんにあったので、直径十五センチの鉄棒を作る。コの字のアングル材も作っておく。一辺三十センチの角材を組んだ格好なんだけど、これ何トンあるのよ……。
『筒』を置いてある現場に戻る。なぜか人だかりができていた。
「はーい、作業しますからー、ちょっとどいてくださいねー」
私がやってることなら、少々の不思議現象は納得(どんな方向に納得かは知らない)してもらえるだろう。
『筒』に鉄棒を通して、穴の先端は同心円状に凸を成形、アングル材にも穴を空けて両者を接続。アングル材はほんの少しだけ幅を狭めておいた。
「よし」
超大型ローラーが完成した。筒を転がすだけのつもりだったのに、立派なものができた。これは『タロス』に押させればいいだろう……。うーん、でもちょっと負担かなぁ。
今まで気軽に『タロス』を土木や建設工事に連れ回していたけど、何だか貴重なものに思えてきた。まだ整備もしていないし、ここは工事専門の巨人が必要かもしれない。
「工事専門、ねぇ……」
その素体は……アレしかないよねぇ……。
またまた迷宮倉庫に出戻り。今日は何往復してるんだか。
【王国暦122年4月13日 9:08】
バラバラになった『ボル』のパーツを見ながら唸る。
「要するに、ブルドーザーみたいな、フォークリフトみたいな、ロードローラーみたいな……」
ジョ○ョ立ちしながら考える。
その移動方式は無限軌道をどうしても想像してしまう。それは絶対にオーバーテクノロジーだ。間違いない。自重するとなると、その代用としては……。
「多脚か」
脚を増やす、関節を増やす。六本足でもちょっと不安。八本にするとして。
手足の関節を流用して、関節の数も減らして……。
胴体は平たい形にして、重量物を運べるように、お尻にはカウンターウェイトをつけて……。
「蜘蛛みたいな?」
ああ、タチ○マとかフ○コマって、だからそういうデザインなのか。妙に納得。元の世界の、日本のSFってすごいなぁ。
制御系魔法陣は、カウンターウェイトの部分にミスリル銀の板で魔法陣を内蔵すればいいか。自動化しなくていいんだけど、使用者の魔力の多寡に左右されない性能が欲しいし、補助として内蔵バッテリー(みたいなもの)は、カレンの大盾と同様の発想で実装したい。
「よし、やるか」
思い立ったが吉日。『ボル』の関節を分解していく。
分解した関節を組み直す。八本足、それぞれの太さが違う、統一性のない巨人(巨蜘蛛?)が出来そう。
脚の先にはスパイク兼用のツメ。黒鋼で作ろうと思ったけど、武器に転用されるのも馬鹿らしい。エイリ○ンと戦うわけじゃないし。普通に鋼鉄にしておこう。
胸部に足八本を接続するので、ここには足の関節を移植して増設。
分解して理解できたことだけども、『ボル』は真っ当に『魔法陣だけで動く巨人』を模索しているのだ。
「これはこれで素晴らしい……」
場合によっては、『タロス』よりも応用範囲が広いし、消費魔力によっては世界を変えてしまう『魔道具』かもしれない。
ま、今のところは『迷宮産のトンデモ技術』と誤認させておいたほうがよさそう。
腰部はカウンターウェイトの重さに、関節が耐えきれない可能性があるのでオミット。フレームに補強を入れて魔力受信用のミスリル銀板。操作系もここに集約。
その後部にガイドレールの上を動くカウンターウェイトを設置。このオモリは鋼鉄製。簡単な歯車でカウンターウェイトが前後に動くようにした。亜麻油を注入できるようにして、摩擦係数を下げる。外板を取り付けて密閉。一定の手順で開けないと内部、特に歯車が壊れて原形をとどめないようにセキリュティをかけておく。
セキリュティは胸部にも。
腰部と胸部の間には、簡単な椅子を取り付ける。
操作は、カレンの大盾と同じく、デュ○ルショック風コントローラー。取り外しができるようになっていて、これが鍵の代わりになる。
首には関節を設けずに、リフト代わりの、非可動L字ツメを設置。首じゃないよね、これ。非可動なのは、多脚で姿勢制御することで代用出来そうだから。
「いや、でも、まてよ?」
視覚素子、音声処理、魔力感知のユニットが余っちゃうので、ひとまとめにして、丸い頭をフォークの後ろに取り付けた。複合センサー、というところかしら。
ちゃんと、起動時にはピンク色に発光して、『ゲポン』と鳴らすギミックを仕込んでおいた。
「おお……」
ちょっと短足の蜘蛛。重厚なスタイル。J○西日本広島支社もビックリの魔改造。仕上がりに満足じゃ。
魔術師ギルドの連中も、『ボル』が、まさか一日でこんな形に魔改造されたとは思うまい。殺戮兵器が、お役立ち土木魔道具に大変身!
「まあ、いまのところ、アバターやグラスメイドみたいな使い方はできないんだけどね……」
操縦には、ある程度の魔力を持った人間が直接操作しなければならない。これは後で何とかしよう。
試運転と動作の調整は後でやろう。
ここまでの作業は、一応記録を取っておいた。『レシピ』化は錬成じゃないので無理だったけど、一つ一つの魔法陣は興味深いものだったし(たとえば脚と腕の関節に描かれている魔法陣は微妙に違う)、その気になれば再現は可能。
なお、名称は『ロダ』にした。怪しいファイルが集まりそうな名前ね!
【王国暦122年4月13日 11:25】
「お―――来たな。もう準備は出来ているぞ」
迷宮での工作を終えて地上に上がると、アーロンが待っていた。馬車で戻るつもりだったのか。
「あ、はい、すみません。すぐ行きましょう」
馬車の後部から乗り込み、板と紙と筆記用具を出して、アーロンに背中を向けてしまう。
「出して―――くれ」
アーロンは訝しげな視線を、私の背後に送ってくる。
私は、迷宮からの距離と方角と勾配を、紙に記録していく。
「何を―――しているのだ?」
今朝のジェシカと同様に、アーロンの目がキラキラしている。自動記録装置みたいな動きをしている私に興味があるのだろう。
「えと、ほら、西街道を建設しようって話があったじゃないですか。そのための予備調査ってところですね」
あれ、馬車が曲がった。小さい丘があって直進できないのか。ふむふむ、ここは丘、カーブあり。勾配もわずかにあるなぁ。こういうのは風景としてはいいんだけど、インフラ構築する分には地形変更は必須だよねぇ……。
「西街道が造られるなら――――途中に騎士団駐屯所が必要になるかもしれんな」
「んー、迷宮に駐屯すればいいんじゃないですかね? 以前にも腹案があるって話をしてたじゃないですか」
「ああ、そんなことを―――言っていたな。迷宮の近くに演習場を造るわけか」
「いえ、迷宮の内部に。百メトルx百メトルの空間が基本になると思いますけど」
「え――――」
雑談をしながらも手は休めない。正確に測量しているわけじゃないから概要でしかないけど、この世界の未発達な土木技術なら、アバウトさを吸収してくれるだろう。
「迷宮管理者としては、公的な実働部隊が常駐してくれるのは助かりますし、こちらは最新の施設を提供できますし」
あとは、恒常的に迷宮が人体に与える影響を調査することもできる……。実験データの収集も目的だけどさ。
「興味が―――あるな。しかし魔術師殿、先に通信端末を―――導入してほしいのだが」
んー、新型端末の在庫はあるし……。
「それじゃあ、会議が終わったらやりましょう。駐屯地にいない人もいるでしょうから、渡しながら、という感じになると思いますが」
「おお――――」
―――騎士団には今すぐに必要だものね。




