ポートマットの大ムカデ
【王国暦122年4月5日 9:15】
「何だか奴隷たちがツヤツヤしているような気がするな……」
トーマスが揺れる馬車の中で呟く。
「ああ、それは私も感じたわ」
ドロシーが同意する。
確かに、八日前に購入した時に比べて奴隷たちの栄養状態は大幅に改善されている。変に口が肥えなきゃいいなぁ、と心配する。
「魔力も使わせてますし、ある程度食べさせないと体力が保ちませんし」
言い訳めいた台詞の私に、二人は過保護だ、と冷たい視線を送ってくる。二人の対応が正しいと思う。奴隷に過剰に感情移入をしている私は、多分、奴隷の主人なんて向かないタイプなんだと思う。
今日はピクニック―――ではなくて、四台の馬車に分乗して、作業場ガイダンスに奴隷たちを連れ出している。馬車のチャーターも一ヶ月単位で契約ができたそうで、行き帰りの時刻こそ固定になっちゃうけど、当面の足ができて、通勤時間の問題は解決できそう。
ただまあ、チャーターにはそれなりにお値段がかかるから、奴隷たちの仕事が軌道にのってきたら、コストダウンも考えないといけなくなるだろうけど。今のところは自前でやらずに、馬車専門の業者を雇う方が都合がいい、ということ。
「それにしてもも……揺れれれ……るる……わわねね」
ドロシーの感想には深く同意を示した。
「交通量は以前よりは増えているから道は固くなってるんだろうがな……」
トーマスはさすがに旅慣れているのか、会話もスムーズ。
「やややややはり石畳で整備しなきゃですねねね」
先日の『会議』でのやり取りを思い出す。
「ふむ、何なら、トーマス商店で金を出してしまってもいいな。早くできれば、それだけウチの利益になるだろう?」
「はぁ」
どうせ私が作るんだろうけど、道、か。下水処理施設、下水道をセットにできないものだろうか。先日の下着もそうだけど、どうして私は裏側とか下の方とか、そっちばかりの物作りに傾くんだろうか。
【王国暦122年4月5日 10:30】
日光草を移植した畑に到着。馬車はここで戻ってもらう。
「ふぅ~。改めて来ると結構距離があるな!」
自分で場所を選んだくせに、トーマスはそんなことを言った。
「おー」
移植した日光草は元気に根付いて育っていた。
元々群生していたものを等間隔に移植したから栄養状態がよくなった結果かもしれない。元々丈夫というか、繁殖力旺盛な植物だし。
それにしても視界に一杯の日光草、思わず笑みがこぼれる。
「はーい、集まってー」
奴隷たちを集合させて、日光草の採取についてレクチャーを始める。
「ブチブチっとやらないようにね。茎を傷めないのが重要。――――『葉切り』と。スキルまで使う必要はありませんが、上に向けて葉を持ち上げるように採取すると、茎を傷めにくいです。間引きするように葉を選んでね」
これは、かのリーフカッターからコピーしたスキル。あの哀愁誘う魔物を思い出す。
「よし、じゃあ、この区画から始めてくれ」
トーマスのかけ声で、奴隷たちが緩慢な動作で作業に散る。『区画』は広大な畑を九つに便宜上分けたエリアを指す。
トーマスとドロシーは、奴隷たちに声をかけつつ、採取の指導をしている。
「私は壁を作ります」
声をかけてから、畑をぐるりと囲むように土壁を作っていく。
「この壁はウォールマリアと名付けよう……」
無意識下でぶつぶつ言いながら、延々と壁を盛り上げていく。
盛り上げた分は堀として溝にしていく。
「監視塔があればいいんだけど……」
今から基礎を立てて石を組んで……とかさすがに面倒だ。ギルバート親方が作っていた塔ならすぐにできそうだけど、今回は簡易に建設しちゃおうか。
「ふんっ」
周囲から土をかき集める。
「おっと、集めすぎたかしら」
気がつけば大穴が空いている。
まあ……そのうち水が貯まるだろう……たぶん。
こうやって人造池が増えていくんだな!
穴のほとりに、集めた土を粘土のように放り投げて積み重ねる。
「――『掘削』『成形』『硬化』」
強度の関係上、円筒型で裾を広くとって、上に行くほど細くしたデザイン……。仏塔みたいになった。
「いやむしろ蟻塚?」
ちょっとこの塔は気に入ったかもしれない。ワイルドなのに徳が高そう。
石塔が内側になるように壁を設置していく。街道がある方とは反対側の角、二カ所に塔を建てた。
この壁はもちろん仮のものだけど、ちゃんと固めてもあるから十年単位で保つ、と思う。ただ、戦争とかの防御用としては弱い。攻撃魔法とか食らったら簡単に穴が空く程度の強度なんだけど。場合によっては雷柵を検討することになるかな。
ぐるっと一周したところで、正門に相当する場所に到着した。
「もう壁ができているとはな……。ギルバートが泣きそうだ」
トーマスの嘆息と呆れ顔は無視して、
「簡易壁ですしね。門の部分は親方にお願いしましょうか」
「うむ。ああ、そうだな」
「錠前は私が作ります」
「アンタ、鍵とか錠前とか好きよねぇ」
何でだろうね?
【王国暦122年4月5日 12:46】
「これは……すごい量ですね……」
一刻ちょっと、第一区画のほんの狭いエリアでの採取だというのに、さすがは五十人からの作業というべきか、ものすごい量の日光草の葉っぱが採取できていた。
「うむ……。三回分は調剤ができるな」
単純な話じゃないけれど、一年ちょっとでも奴隷を維持できたら、日光草の採取を冒険者ギルドに依頼している金額をペイしてしまうかもしれない。
バラ色の未来を想像して、思わず三人で笑い合う。だけど、生きている人間がずっと健康かどうか、なんてわからない。重病になるときもあるだろう。そうなった時に奴隷をどう扱えばいいのか。ちゃんと『モノ扱い』できるのかどうか。『いい主人』でいられるのかどうかなんて、今の時点でわかんないよねぇ。
日光草の葉っぱを回収して、全員に『風走』を付与する。五十三人に付与するとなるとそれなりに時間がかかるけど、おもしろそうなのでやってみることにした。
「じゃあ、移動するよー。『遺跡』に向かうよー」
走り出した私たち三人の後を奴隷たちが付いて――――。
「あっ」
「ぎゃっ」
「うわっ」
「ちょ、ちょっ」
滑って転んだまま滑って、ドミノ倒しのようになった。
前に向かって倒れたのでトーマスも倒れ、ドロシーも倒れ、最後は私も倒れた。
ドロシーは抱きしめて無事だったけど、トーマスは地面とキスをした。
「ぶわっ」
「ゆっくり、起き上がってね~」
「わっ」
「っとっとおお」
と言った途端にまた転がった。
「ゆっくり、ゆっくりね」
前の人の肩に手を置いて……を繰り返してもらい、一列になったトーマス商店一行は、西に向かって滑るように歩き始めた。いや、実際に滑り始めた。
「イチ、ニイ、サン、ハイ!」
『イチ、ニイ、サン、ハイ!』
えっほえっほと私を先頭に、掛け声を復唱しながらゾロゾロと。
「一つ、二つはいいけれど!」
『一つ、二つはいいけれど!』
「みっつ三日月ハゲがある!」
『みっつ三日月ハゲがある!』
うん、今なら何でも復唱しそうだ。
「アンタねぇ……」
「儂はかなり髪がヤバイんだが……」
後ろにいるトーマスとドロシーからのクレームは無視して進む。
【王国暦122年4月5日 13:17】
途中で何度か転んだり、滑ってあらぬ方向に行ったりしつつ、半刻程度で遺跡に到着することができた。慣れたらもっと時間は短縮できそう。
ま、この五十人の全員が遺跡の場所を知らなくてもいいんだけどさ。
「えーっと、ここ、千年以上前のロマン人の遺跡だそうです」
綺麗な四角に穴が開いた現場は圧巻の風景だったらしく、トーマスとドロシーはもちろん、奴隷たちも口を開けて穴を覗き込んでいた。
「この下に、まだ何かある、っていうのは確定なんだけど、それなりに貴重な遺跡なので、可能な限り保全したいところなんです。私の奴隷は主にこっちの担当になるよ」
私の奴隷十人が、おお、とか、へえ、とか言ってる。
「プロセアにも、ロマン人の遺跡とかあった?」
「いえ、聞いたことはありません」
「千年以上前のものだし、遺跡が遺跡として認知されてる方がどうかしてるかなぁ。ま、やってもらうのは単純な作業だけだし。やりがいとかは感じなくていいよ?」
男は幾つになっても遺跡にロマンを感じる生き物らしい。トーマスも興味深げに見ていた。
穴の底からは、白い石柱がニョッキリ……全部で六本、突き出ていた。長さ的にはもう少し掘れば、基部が出てくるのではないか、と私は睨んでいる。
「単純作業って、具体的には何をするの?」
ドロシーはトーマスの様子に呆れを見せつつ、私に訊いた。
「千年前の何か貴重なモノが埋まってるかもしれないから、土を篩いにかけて、いちいち確認していったり、刷毛で優しく掘っていったり」
「貴重なモノって……。宝物みたいな?」
宝物にはドロシーの目が輝くらしい。
「んーん、千年前のロマン人が捨てたゴミとか?」
「ゴミ?」
「うん、当時の生活の様子がわかったり?」
何だ、つまらないわ、とドロシーは鼻を鳴らした。
逆にトーマスや、一部の奴隷たちは太古のロマンを刺激されたようだった。
「実に興味深いな!」
トーマスは大興奮だ。
「まあ、今日、ここでは場所の確認だけで。明日から実際の作業に入るよ」
「わかりました」
奴隷たちが反応する。何だ、割と軽作業ばっかりじゃないか、なんて目をしているね。なに、そのうち、ちゃんとこき使うから大丈夫さ。
「じゃあ、長屋に戻りましょうか。食事番の人は下ごしらえもしてないし。――『風走』っと。全員集まって。魔法付与していくよ」
人間は慣れてしまう動物らしく、付与が終わった奴隷は、何も言わなくともトーマスの肩に両手を掛け、
「ご主人様、失礼します!」
と言いつつ、その奴隷の肩には次の奴隷が肩に手を置き………。
「お、おい……」
五十人が背後に付いたトーマスを、そのまま機関車として扱おうかと一瞬思ったけれど、トーマスはドロシーの肩に手を掛けたため、ドロシーの手が私の肩に乗ることになった。
「ねえ……馬車は?」
「今日は行きだけで頼んでたんだよね……」
どうして帰りの分も依頼しなかったのか。
少し後悔したけれど、振り返ると五十二人がストレッチ中だった。
「出発進行……」
「しゅっぱつしんこー」
『しゅっぱつしんこー』
奴隷たちの気合いの入っていない掛け声(信号なんてないし、多分意味が通じていない)を背後に聞きつつ、新西門を目指して、ゾロゾロ、スィ~と走り始めた。
ちなみに、この日の、この集団を目撃した人からは、トーマス商店の奴隷(主人を含む)の様子を、オオムカデみたいだと評して、町中の噂になったそうな。音もなく近づいてくる黒い五十三連星に、泣いた子供がいたとかいないとか。
―――元の世界の某大人数ダンスグループを思い出したよ……。記憶によれば、百人くらい所属メンバーがいたよね……? ん、それってグループじゃなくて単なる芸能事務所なんじゃ……?