生活魔法の講習会
リアル200話到達でございます!
PV300.000到達でございます!
ノンアルコールビールでお祝いだー!
目指せ日間、甲子園!
【王国暦122年4月3日 11:31】
スクロールでの生活魔法の習得方法は、教師役と生徒役――――に分かれて行う。
普通は一対一でやるのだけど、飢えた成人男性に正対するのが熟女パワー溢れるベッキーでは情操観念的にまずいだろう、ということで、私が対応することにした。ベッキーは私への教育方法のレクチャー、という意味合いも兼ねて、監督をしてもらうことに。なお、簡易スクロールは羊皮紙が貴重品なこともあって、基本的にレンタルになるとのこと。購入は出来ないけど、一度見ればコピーは可能。コピーに意味があるのかは謎だけどさ。
「え……一対一じゃなくて、これ全員、貴女が対応するの?」
「はい、おかしいですか?」
私が逆に問うと、ベッキーは難しい顔をして黙り込んだ。承認ということでいいのよね?
「はーい、集まってー」
私は奴隷たちに呼びかけた。
【王国暦122年4月3日 11:51】
「はい、復唱して下さい」
奴隷たちが青空の下、彼らにとっては意味をなさない、不思議な言葉を復唱する。一分くらい、ゆっくり喋ってる感じ。
「ラーラーラー、ラフラルラルルー、ショラルラルー、スラララルー………」
魔法少女の呪文みたいだよねぇ……。
これは精霊の言葉なんだけど、グリテン語―――というかヒューマン語―――にすると、意味不明な言葉の羅列になる。一応、精霊の言葉にも文法みたいのはあるみたいで、精霊たちは、この言葉で会話をしている、らしい。
らしい、というのは、私は精霊を見たことがないから。『水姫』は精霊っぽいけど、疑似的に精霊を模した魔法でしかない。
すでに『疑似魔法』を覚えてしまっている私は、きっと精霊たちに嫌われているんだろう。
しかし、気分は合唱の指揮者みたいだなぁ。ポートマット町民合唱団…………。うーん、市井の合唱団の域を出ないな。
「んっ」
一人正確に発音出来たのがいた。覚えたね。私の魔力が反応したね。
へぇ、他人が唱えた呪文なのに私の魔力が反応するのか……。不思議な感覚だなぁ。
「うわっ!」
と、私が発動した『飲料水』は、青空教室にいる全員――――ベッキーも含めて―――を水浸しにした。
ついでに便所の便器についている魔法陣も反応したらしい。
いやあ、阿鼻叫喚の図が一瞬で出来あがったなぁ。
「ちゃ……ちゃんと制御しないと……」
濡れ鼠のベッキーがこめかみをプルプルさせていた。
「うーん、何でこうなったのかな……ごめんなさい―――『温風』」
「私は専門家じゃないからわからないけどどどどどど……」
ベッキーに謝罪しながら、温風を当てる。唇がブルブル震えてるのが面白い。
ちょっと魔力の流れを思い出してみる。
「ああ、なるほど」
本来、『飲料水』は一定の魔力を消費するように指定している。それは詠唱者側の魔力量指定であって、発動側の魔力量指定ではない、ということか。
「次は大丈夫、調整してみます。えと……クレメンス、君は覚えました。一回抜けて脇で待機ね」
「はい、ご主人様」
クレメンスは、青っぽい黒い髪の毛の目立たない顔立ちの男だ。彼は私の奴隷だったか。優秀でいいね。
「じゃ、続けるよ~」
【王国暦122年4月3日 12:58】
「はい、じゃあ、休憩します。昼食食べていいよー」
今日の昼食は、『シモダ屋』からサンドイッチを出前してもらった。配達してくれたのは、その名も『第四班』というチーム名で……。要するにラルフ少年たちで……。
「隊長、私たちも参加させて頂いてよろしいでしょうか?」
と、ラナたんに言われてしまえば、是非参加したまえ! と言うしかない。
今の段階で『飲料水』を覚えたのは五十人の奴隷のうち二十人ほど。音感とか記憶力とかも関係するからなぁ。
「急ぎはしないけど、出来れば今日中に『飲料水』は覚えてもらうよ!」
と、プレッシャーをかける。
「私は一度戻るわ。写本はまだ持っていていいから。終わったら返却に来てくれればいいわ」
「あ、はい、ありがとうございました。ほれっ、ベッキーさんに挨拶っ」
「ありがとうございました~!」
どよめきのような野太い声で挨拶されても、ベッキーはたじろがない。さすがに普段、粗野な人達に囲まれているだけのことはある。
「それじゃ、がんばってね」
「奥様、お勤めお疲れ様でした!」
野太い合唱がベッキーを見送る。
【王国暦122年4月3日 14:46】
参加者がどんどん増えているのは気のせいだろうか。
明らかに見た目が冒険者や、騎士団の人が、奴隷たちの後にいて、一緒に詠唱してるんだけど……。
「隊長! 覚えましたよ!」
ニッコニッコ、と背後に花丸が咲いたような笑みでラナたんが報告にくる。
ああ、うん、そうだね、発動したね。
今や詠唱してるのは冒険者、騎士団員っぽい人しかいないような気がする。ウチの奴隷五十人はどうやら覚えられたみたいだ。
ベッキーによると、複数日かかる人の方が多い、とのことだったので、これは嬉しい誤算。
まあ、そこで詠唱してる皆さんは、明らかに奴隷より多い人数なんだけど……。
「よし」
心を鬼にしてボランティアを止めよう。
「今日はここで中断します。明日は『洗浄』やります、が」
言葉を止めて冒険者たちを見る。
「ついでにしかやりません。それでよければどうぞ。なお、雨天中止となります……」
何故なら、借りているスクロールが羊皮紙で水に弱いからさ!
【王国暦122年4月3日 15:13】
ロール工房からの納品があった。
昨日の発注で、鍬を二十、鋤を十、フォーク状の鋤を五、とお願いしていて、出来次第持ってきてくれ、と頼んでおいたのだ。
で、鋤の先端部分が五本だけ納品されてきた。粗仕上げの段階で構わない、としておいたのも、納品が早まった一因だろう。
「ご主人様、我々は農作業をやらされるのでありますか?」
「んー、何をやらされるのか不安?」
集まってきていた奴隷たちは、私に視線を集めた。
「農作業の時もあるし、何かを作ってもらう時もあるし――――色々かな。戦うことはないと思うけど」
最後は少しおどけた感じで言った。
話しながら、樫の棒――――槍の柄の材料を流用した―――を着用して、鍬を組み上げる。金属部分はバリを取り、表面を軽く磨いただけ。
片手で、完成した鍬をヒョッ、と振ってみる。
「ふむ……」
バランスは悪くないか。
やりようによっては、この鍬でさえ武器になりそう。
奴隷たちが青い顔をしていたのは何故かしら。
【王国暦122年4月4日 12:31】
一度慣れてしまうと、その後はスムーズに進行するもの。
お昼前には奴隷たち五十人が『洗浄』を覚えた。
実は、奴隷たちは、例の『首輪』で倒れた経験が少なからずあって、魔力量を鍛えていた、という経緯があった。ちゃんと確かめた訳じゃないけど、すでに送還しているプロセア貴族たちも、戦前とは見違えるような魔力量になっていることだろう。
ということは、魔力量の上限はあれど、敵性の人間をわざわざ鍛えてしまったことになる。
本職の魔術師から見れば微々たる魔力量アップとはいえ、これはもう私の失敗、としか言いようがない。はした金を得ることで、将来の安全保障に悪影響を及ぼす事態を作ってしまった。他にスキル、魔力持ちへの対抗策が見出せていないから、現行の仕様でしばらく使うしかないのだけど……。
魔力量アップの仕組みを抑えていける魔道具的な仕組みが必要になるかもしれない(全然考えつかないけど)。もしくは、収容所に入る、イコール、奴隷としての売却以外で出られない、などという、制度上の歯止めの方が効果的かもしれない。
「まだ覚えてない人~?」
ウチの奴隷を除いて、まだ五十人くらいいるんだよね……。
申し訳なさそうに手を挙げる人が三十人くらい。
一体どこから『無料の生活魔法講習会をやってるぞ!』なんて噂が流れたものやら。まあ………多分、フェイかアーロンかベッキーだろうけどさ。
私も大概お人好しだよなぁ。元の世界ではきっとブラック企業で嬉々として働いていたに違いないよ……。
「昼食食べたら『点火』いくよー」
で、結局、何故かシモダ屋のサンドイッチを、全員分奢っているわけで……。
カーラちゃんがウハウハならいいけどさ…………。
【王国暦122年4月4日 16:46】
どうも『点火』は習得難易度が高い生活魔法みたいで、五十人の奴隷のうち、習得できたのは二十五人。オマケで来ている冒険者とか騎士団員は……どうでもいい……。
「むむむ………」
ラルフ少年が習得に苦労しているか……。もう夕食の時間なんだけどな……。
「ラナさん、これで肉買ってきて下さい。ギンザ通りで『マイコー!』って叫べば煙が来てくれますから」
「え、はい、え? マイコー? はい」
真面目な顔つきで、ラナたんはマイコー、とブツブツ復唱している。面白いものが見られそうだなぁ。何人かついて行かせることにする。
「あとはダルトン製パンに行って、余ったパンを全部引き取ってきて下さい」
と、金貨を握らせて、『第四班』の『点火』習得済みの面子を走らせた。
「はいはい、習得まだの人はがんばって下さいねー」
と言いながら、リンケ、メグレ、コルンの料理番トリオに指示を出す。すでにスープの煮込みが始まっていたところに、追加で野菜を切るように言う。
「もう一回スープ作ってもらうよ。覚えた人、こっち来てスープとパン受け取って食っていいよー」
こうなったらもう炊き出しだ。
「ほれー、集中して詠唱続けて! 夕食あげないぞー?」
ぷうん、とスープの香りがして集中力の途切れた連中の顔が悲壮に染まる。飴を用意すれば覚えも早くなるさ! 多分!
【王国暦122年4月4日 18:42】
「いいね、みんな覚えたね? じゃあ、これで講習会を終了するけど、騎士団長や支部長には一言言っておいてよね。後で請求しに伺います、と。ヨロシクネ?」
何のことやら理解していない冒険者たちと、軽く驚いた表情の騎士団員たちのギャップが凄いな。
これで奴隷たちは全員『飲料水』『洗浄』『点火』の、生活魔法三点セットを覚えた。ラルフ少年を含めて『第四班』へのフォローも出来たし、オマケの人達で、既に生活魔法を覚えた連中は、まるで炊き出しのような雰囲気の中、振る舞われている食事に舌鼓を打っている。
「ご主人様、この肉はどうすれば?」
「振る舞うよ? スープとパンだけじゃ足りないでしょ?」
「え、いいんですか?」
盗人に追い銭みたいなことをしているからか、コルンが首を捻った。
「いいのいいの。さあ、肉切ったよ。その道具の上に載せて、たき火で熱してね。このタレに付けて。醤油ぶっかけてもいいよ! さあ、食え食え!」
何故だか奴隷たちは配膳したり、切ったり、焼いたりしていて、自分たちではあまり食べていない様子だった。
「奴隷の人達、遠慮しないで食べていいよ。さあ、食え食え!」
あれ、マイケルと同じようなこと言ってるや。
で、そのマイケルから肉を買ってきたラナたんは、真面目に『マイコー!』とギンザ通りで叫び続けたんだそうな。
ところがマイケルは中々現れず、喉が嗄れて周囲の商店街やら宿屋から、何事か、と注目を集めまくった頃、泣きそうな声で『マイコォォォォ!』と絶叫したところで『イイモノ見せてもらったYO!』などと言いながら満を持して登場したそうだ。
「ラナちゃん、顔が真っ赤でした!」
一緒に行かせた『第四班』女子メンバーの一人も、私の意図を汲んでくれたようで、恍惚の表情をしていたっけ。
「ところでご主人様、この道具は肉を焼く道具ではないような……?」
コルンが鋤を指差して訊いてくる。
「その通りです。ですが、鋤で肉を焼いてもいいじゃないですか。そういう名前の料理が出来たとしても、私は全然構いません」
「はぁ」
なんのこっちゃ、とコルンが首を捻る。
一々細かいところを気にするコルンもそうだけど、奴隷一人一人に特徴があって面白いな。本当は、その特徴を全て生かしたいけど、それを把握するのは私一人の器量じゃ無理そうだ。
もっと時間をかけて、複数の人から評価されてほしい。立場は色々だろうけどさ。
で、肉が振る舞われた炊き出しは、大盛況で夜遅くまで続いたのでした。
―――私がアルコールを飲めないから、キミタチもアルコール抜きね。
ダラッと書いているわけじゃないんですけど、プロットの着地点が緩いのか、主人公がやたらに物作りを始めたり、関わらなくてもいい人を気にするようになったり、暴走を始めております。
結果として話数だけがバンバン増えていきます。
まだまだ物語(?)に終わりが見えません……。