表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
勇者狩りの幼女
20/870

町中のワーウルフ

 早朝から採取にでかける。

 何と言うか、クセというか。やってないと落ち着かない物の一つだ。

 日光草は常緑の多年草で、冬でも青々としている。ただ、花が咲いて結実するのは初秋、つまり今の時期だけ。

 ワーウルフ騒動が響いているのだろう、町から近い群生地には、いつもなら初級冒険者がちらほらいるはずなのに、誰もいない。採りたい放題だね!


「フフフフ……」

 ちょっと顔が緩んでしまうのを自覚しつつ、採取を始める。

 普段は初級冒険者たちに遠慮して、ここではなくて、ヘベレケ山の麓まで採取をしにいっているのだけど、実はこちらの方が圧倒的に広く、陽当たりがいいので葉の質も悪くない。

 常緑の草というのは葉が肉厚になる傾向がある。これは、日光草だけではなく、色々な葉の採取を繰り返してきて感じていたことだ。


「お、アイビカの花だ」

 生食できる花―――と言ってもかなり緑色なのだけど、晩夏の風物詩でもある花が咲いていた。一日で花が落ちてしまうので、これは幸運だ。二〇株くらいが群生していたので、一〇枚ほど花を摘む。この花は何故か粘り気があるので、オクラの仲間なのかもしれない。フフフ、あとで食べようっと。根も増粘材になるし、これも五つほど確保。

 日光草の方も葉を採取していく。こちらももちろん、間引きする形で。

 葉は途中から千切れないように、根元から。茎を傷つけないように。プチプチ音をさせてはいけません。

 採取をしている間にも、例のジャックでも登場するかと思ったけれど、姿は見えない。そろそろ昼、というところで、今日の採取は打ち切ることにする。


「あ、そうだ」

 研究用ということで、種を拾っていこう。日光草の種は表皮こそ硬いけれど、中身には水分があって、白くドロリとしている。大袋一杯分でいいかな。

「よし」

 日光草は普段の二倍の量が採取できた。過疎様々ではあるけど。

「――『洗浄』」

 一度身体を洗浄しておこう。特に指先は緑色に染まって、光合成が可能な濃さになっているかもしれない。いや、できないけど。

 急ぎ西門をくぐり、夕焼け通りを東に戻る。

 ロータリーが見える。もうすぐ到着だ。


「こんにちはー」

 裏口からトーマス商店に入ると、ドロシーとトーマスがいた。もう昼前だから朝ラッシュは当然終わっているだろう。

「ああ、丁度良かった。配達を頼む」

 トーマスの言葉に思わず苦笑してしまう。

「はい。大型保管庫の方は?」

「配達の方が緊急だな」

 珍しい。まあ、大型保管庫は急ぎじゃなくてもいいか。

「はい。どこに配達しますか?」

「ああ、騎士団だ。この発注量だと、また遠征を計画してるんだろうな」

 軍事計画がダダ漏れだなぁ、我がポートマットの騎士団は。とはいえ、この場合は魔物退治だから別にバレてもいいのかな。


「はい。物はこれですね?」

 トーマスの足下にある木箱に視線を移す。

「うむ。ああ、それと、明日は採取を頼む……」

 そのトーマスの弁に、私はニヤリと笑って今日の成果を置いていく。

「おお……」

 トーマスが感嘆の声。フフフッ、もっと驚いてもいいんですよ?


「ワーウルフの件で、一般依頼の採取品も達成数が激減していてなぁ。町の外に出る冒険者も減ってるからなぁ。まだ在庫は保ってるといえば保ってるんだが」

 ワーウルフ程度どうとでもなる、と言えてしまう冒険者は、そもそも採取などしないわけか。達成報酬安いしなぁ。


 仮にこのワーウルフの騒動が継続していって、アヘン製造が現実のものとなったら、日光草はどうなるんだろうか。いや、これ以上文明が栄えて、人口が増えていったら。いずれ計画的というか管理栽培されるようになるんだろうか。

 採取で成り立ってる現状は原始的だけど、幸せなことなのかもしれない。でも、幸せな人が増えていくと、人の個体数も増えていく。ある程度のところで、それは幸せとは反対の方向に進むだろう。そして、文明の栄華の行き着く先は、文明同士の衝突なのだろう。中世風の、この異世界で同じことが起こるのかどうかはわからない。戦争の功罪を私は問える立場にはない。積極的に止めなければならない理由もない。

 暗殺者として潜んでいる今は、状況に流されるままだ。このままでいいのか、それとも自ら何かを望んで行動を起こすべきなのか。色々な判断が出来ないまま、知己が増えて、枷も大きくなっていっている気もする。


「どうした?」

 トーマスが私の顔を覗き込んでいる。このドワーフ爺が、まず第一の枷、か。

 ちょっと腹立たしい気持ちになり、トーマスの顔を逆に覗き込む。

「む……?」

「むむ……」

「むむむ……」

「なに、にらめっこしてるの……」

 カウンターの方から、ドロシーの呆れ声。

「あー、とりあえず、配達行ってきます」

「む、頼む」

 にらめっこの表情のまま固まっていたトーマスが睨んで言う。トーマスも表情筋の制御を練習した方がいいんじゃないか……?


 表入り口から、ベルの音を鳴らしてロータリーへ向かい、そのまま北通りを北上する。

 なんだかんだと、騎士団には結構通っているような気がする。トーマスが騎士団を嫌がっているのか、単に面倒なのか、営業的に私を行かせた方がいいのか、フレデリカにはマメに会った方がいい、などなど、そんな理由があるのだろう。

「その割には採取してこいとか、どんだけムリ言ってるんだかなー」

 分身でもしないと無理だよなーなんてブツブツ言いながら、歩くように走っていると、騎士団駐屯地の門に到着した。


「こんにちは、トーマス商店です。納品に参りました」

 門番に話し掛けると、フレデリカが待っていたかのように出迎えてきた。

「待っていた……ぞ。すぐに出発するので検品させて……もらう」

 多少慌てている感があるフレデリカ。ちょっと珍しいな、と思いつつも、言われるがままに体力回復ポーションの入った木箱を床に置き、数を確認する。


「よし……合っている……な。こっちが受領書……だ」

「はい、毎度ありがとうございます」

 ペコリ、としている間にも、フレデリカは部下に指示を送り、すぐにポーションの配布を始めていた。性急すぎる気もするけど、フレデリカ以下、待機している騎士団、およそ三〇名の目は真剣で、緊張もしているのがわかった。

 魔物が町に迫っているのかもしれない。けどまあワーウルフだろうし? フレデリカがいるなら安全だろうけど。問題は部下の方、か。

「ご武運をお祈りしております」

 合掌してお辞儀をする。フレデリカが一瞬、こちらを向いて、縋るような視線を送ってくる。それには冷たい視線を返し、軽く頷く。フレデリカはそれで何かを悟ったようで、頷き返す。これも試練なのだ。


「ああ、娘っ子は家の中にいるようにな」

 男らしい騎士団員の台詞。騎士団とはいえ、動きにくい全身甲冑ではなく、軽装備での出動らしい。この装備選択は正解だ。フレデリカの指示だとすればナイス指示だと思う。

 それにしても、団員たちの恰幅の良い背中に惚れ惚れする。これが幼女の外見に釣られてのことか、ゲイの発露なのかは、もうわからない。

 ははは、もう両刀使い(バイ)ってことでいいやもう!


 駐屯地を離れ、北通りに出たところで、後から声がかかる。

「あれっ?」

 振り向くと真っ青な髪の少女が駆け寄ってきた。ギンザ通りにある宿屋『シモダ屋』の一人娘―――看板娘、カーラだ。

「あれ、カーラちゃん?」

「うん、お父さんに頼まれて、刃物研ぎに来てたの」

 カーラは持っている革カバンをポン、と叩いた。

「そう。シモダ屋のお刺身美味しいものね。腕も刃物も素材も良いってことなんだね」

「包丁はウチの店の生命線だからね。定期的に研ぎに出してるのよ。本職の研ぎはやっぱり違うしね」

 へぇ、と声を出したところで、背後から足音が聞こえてきた。ザッザッザ、と揃った足並み。騎士団の出立だ。三〇人ほどの集団。先頭にはフレデリカがいる。

「絵になるなぁ」

 思わず口に出てしまう。

「あら! 『閃光』のフレデリカ様だわ! いつ見ても素敵……」

 二つ名が付いてるのか。当の本人は嬉しいのか恥ずかしいのかわからないけど。某MMOに囚われちゃったヒロインみたいな二つ名だなぁ。


 フレデリカと目が合うと、軽く私に向けて手を挙げる。

 フレデリカの視線の先に私がいるのに気付いたのか、恋する乙女状態だったカーラは態度を硬化させる。

「え、なに、フレデリカ様とお知り合いなの? どういうことっ!」

 熱心なファンの反応を見せるカーラ。面倒臭いけど否定しておくか。私はウンザリしながらも穏やかな表情を作る。

「ううん、違うよ。時々納品に行くから。今もその帰りだし。それだけだよ?」

「そ、そうなの……?」

 ホッとするカーラ。その間にも、騎士団は北門の方へ歩き去っていった。目の端でそれを見送ると、店への帰路につこうと、カーラを促す。

「魔物が出てるらしいし、戻ろう?」

「うん」

 と頷くカーラ。魔物はいつだって危険を示すキーワードみたいだ。

 それにしても、フレデリカ様、か。ファンクラブとかあるのかなぁ。

 出自や素性を知らないなら、入ってみたかったかも……。本人を知らないなら、フレデリカはアイドルとして一本立ちできる素養がある……かなぁ。

 なーんて苦笑しつつ、カーラを見た時、鐘が鳴った。


カンカンカンカン……。


 耳障りな鐘の音。

 騎士団の駐屯地から鳴っているのか。

「んっ?」

 警戒モードに入る。何らかの非常事態のようだ。

 軽くパニックになっているのか、その場から動かないカーラ。

「動かないで。私のそばにいて?」

 カーラに呼びかける。

 こんな時でも営業スマイル。これはもう職業病かもしれない。


 パッシブのまま『気配探知』スキルで索敵を試みる。町中では対象物が多くて特定は難しいか……?

 いや、異質なモノがある。

 この感覚は覚えがある。

 北門を見る。遠目に、騎士団が固まって応戦しているのが見えた。魔物が侵入してきているのか。北門は突破されてはいないようだけど、ポートマットの壁は、王都に比べるとそんなに高くはない。ちょっと能力のある魔物なら、飛び越えることも可能だろう。

「うん、離れましょう。いくよ?」

 カーラに呼びかける。思考停止しているのか、頷きはするが、カーラは足を動かさない。 仕方なく手を繋いで引っ張る。カーラの手は冷たい。

 と、そこに『気配探知』に再度、反応があった。

「!」

 背後から魔物の気配。カーラの身体を引き寄せて、魔物との間に立つ。

「ワーウルフか……」


-----------------

【ワーウルフ】

LV:15

種族:ビースト

集団で獲物を襲う。変異体あり。【ワーウルフ・リーダー】が群れにいる場合は個体能力以上の脅威となる

スキル:

-----------------


 LV15だって?

「チッ」

 思わず舌打ち。チップウィンドウの冷静な説明が恨めしい。

 LV15の魔物は私自身には脅威ではないけど、カーラを守って戦うのはホネだ。

 まずはカーラをどこか安全な場所へ……。


ガアッ!


 空気を読まないワーウルフが突撃をしかけてくる。牙で攻撃しようと大口を開けて。

「キャァアア!」

 カーラはしゃがみ込み、持っていた包丁セットが石畳に落ち、刃物がばらまかれる。

「ちいっ!」

 私は姿勢を低くしてワーウルフの攻撃を躱し、掌底をアゴに向けて叩き入れる。アッパーカットのようになり、ワーウルフが宙を舞う。

 無防備になった腹に向けて、蹴りを入れる。スキルでも何でもない、力任せの蹴り。


 ゴッ


 という衝撃音。

 ワーウルフの腹に足跡が刻印される。私が履いていたサンダルの形だ。

 私は蹴りの反動で反転し、カーラを見る。

 もう一匹いる! カーラに襲いかかろうとしている!

 足下にはカーラが落とした包丁がある。

 急ぎしゃがんで、両手に一本ずつの包丁を手にする。すかさず左手の包丁を投擲、腹に命中させる。

 ワーウルフの動きが止まる。

「――『風走』」

 魔法スキル発動。

 ああっ、でも魔法攻撃じゃ詠唱からタイムラグがある! それにカーラを巻き込んでしまう。右手の包丁を投げてもカーラに当たるかもしれないし、ワーウルフに致命傷を与えられるかわからない。


 肉弾戦しかない。

 一直線にワーウルフに向かってダッシュ。小さくジャンプ。

 ワーウルフに馬乗りになり、延髄に包丁を突き立てる。さすが研ぎたて、スッと刃が入る。

「ギャウッ」

 そのまま押しつぶす。ワーウルフは脱力して倒れた。よし、絶命したわね。


「ヒッ」

 カーラがその光景を見ている。まあ、そりゃ、怖いよね。

 願わくば、その恐怖は状況に向けてほしいな。私自身ではなく。


「――『気配探知』」

 ワーウルフから降りて、一度アクティブの気配探知を使う。北門周辺でも戦闘が行われている感じがするけど、どうにも気配が曖昧だ。パッシブの気配探知は隠密行動には優れている反面、一度戦闘が始まり、気配が乱れてしまうと探知の精度は著しく下がる。一度明示的に探知しておけば、とりあえずの気配は確定する。

「んっ!」

 ものすごく近いところに気配がある。移動してきたとしたら相当な速さだ。北通り沿いの建物の上? 気配は感じるが姿が見えない。屋根の上にでもいるのかな?

「――『空間把握』」

 このスキルは、本来はもっと繊細な物体の形状把握に使われるスキルだ。彫刻家などの芸術家や、大工に所持者が多い。大雑把に把握範囲を広めると、立体レーダーのように使える。


―――スキル:空間レーダーLV1を習得しました


 いる! 視線を上に向ける。

 毛が赤い。これが変異体だろうか?

 屋根の上からこちらを見下ろしている。生意気な。


-----------------

【ワーウルフ・リーダー】

LV:35

種族:ビースト

ワーウルフの変異体。群れを統率する個体として機能する。統率された群れはLV以上の能力を発揮することがある。

スキル:統率LV1 

-----------------


―――スキル:統率LV1を習得しました


 ワーウルフ・リーダーは、私を見下ろしたまま、ワオーン、と吠えた。


―――隊長はやっぱり赤いんだなぁ……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ