町中のワーウルフ
早朝から採取にでかける。
何と言うか、クセというか。やってないと落ち着かない物の一つだ。
日光草は常緑の多年草で、冬でも青々としている。ただ、花が咲いて結実するのは初秋、つまり今の時期だけ。
ワーウルフ騒動が響いているのだろう、町から近い群生地には、いつもなら初級冒険者がちらほらいるはずなのに、誰もいない。採りたい放題だね!
「フフフフ……」
ちょっと顔が緩んでしまうのを自覚しつつ、採取を始める。
普段は初級冒険者たちに遠慮して、ここではなくて、ヘベレケ山の麓まで採取をしにいっているのだけど、実はこちらの方が圧倒的に広く、陽当たりがいいので葉の質も悪くない。
常緑の草というのは葉が肉厚になる傾向がある。これは、日光草だけではなく、色々な葉の採取を繰り返してきて感じていたことだ。
「お、アイビカの花だ」
生食できる花―――と言ってもかなり緑色なのだけど、晩夏の風物詩でもある花が咲いていた。一日で花が落ちてしまうので、これは幸運だ。二〇株くらいが群生していたので、一〇枚ほど花を摘む。この花は何故か粘り気があるので、オクラの仲間なのかもしれない。フフフ、あとで食べようっと。根も増粘材になるし、これも五つほど確保。
日光草の方も葉を採取していく。こちらももちろん、間引きする形で。
葉は途中から千切れないように、根元から。茎を傷つけないように。プチプチ音をさせてはいけません。
採取をしている間にも、例のジャックでも登場するかと思ったけれど、姿は見えない。そろそろ昼、というところで、今日の採取は打ち切ることにする。
「あ、そうだ」
研究用ということで、種を拾っていこう。日光草の種は表皮こそ硬いけれど、中身には水分があって、白くドロリとしている。大袋一杯分でいいかな。
「よし」
日光草は普段の二倍の量が採取できた。過疎様々ではあるけど。
「――『洗浄』」
一度身体を洗浄しておこう。特に指先は緑色に染まって、光合成が可能な濃さになっているかもしれない。いや、できないけど。
急ぎ西門をくぐり、夕焼け通りを東に戻る。
ロータリーが見える。もうすぐ到着だ。
「こんにちはー」
裏口からトーマス商店に入ると、ドロシーとトーマスがいた。もう昼前だから朝ラッシュは当然終わっているだろう。
「ああ、丁度良かった。配達を頼む」
トーマスの言葉に思わず苦笑してしまう。
「はい。大型保管庫の方は?」
「配達の方が緊急だな」
珍しい。まあ、大型保管庫は急ぎじゃなくてもいいか。
「はい。どこに配達しますか?」
「ああ、騎士団だ。この発注量だと、また遠征を計画してるんだろうな」
軍事計画がダダ漏れだなぁ、我がポートマットの騎士団は。とはいえ、この場合は魔物退治だから別にバレてもいいのかな。
「はい。物はこれですね?」
トーマスの足下にある木箱に視線を移す。
「うむ。ああ、それと、明日は採取を頼む……」
そのトーマスの弁に、私はニヤリと笑って今日の成果を置いていく。
「おお……」
トーマスが感嘆の声。フフフッ、もっと驚いてもいいんですよ?
「ワーウルフの件で、一般依頼の採取品も達成数が激減していてなぁ。町の外に出る冒険者も減ってるからなぁ。まだ在庫は保ってるといえば保ってるんだが」
ワーウルフ程度どうとでもなる、と言えてしまう冒険者は、そもそも採取などしないわけか。達成報酬安いしなぁ。
仮にこのワーウルフの騒動が継続していって、アヘン製造が現実のものとなったら、日光草はどうなるんだろうか。いや、これ以上文明が栄えて、人口が増えていったら。いずれ計画的というか管理栽培されるようになるんだろうか。
採取で成り立ってる現状は原始的だけど、幸せなことなのかもしれない。でも、幸せな人が増えていくと、人の個体数も増えていく。ある程度のところで、それは幸せとは反対の方向に進むだろう。そして、文明の栄華の行き着く先は、文明同士の衝突なのだろう。中世風の、この異世界で同じことが起こるのかどうかはわからない。戦争の功罪を私は問える立場にはない。積極的に止めなければならない理由もない。
暗殺者として潜んでいる今は、状況に流されるままだ。このままでいいのか、それとも自ら何かを望んで行動を起こすべきなのか。色々な判断が出来ないまま、知己が増えて、枷も大きくなっていっている気もする。
「どうした?」
トーマスが私の顔を覗き込んでいる。このドワーフ爺が、まず第一の枷、か。
ちょっと腹立たしい気持ちになり、トーマスの顔を逆に覗き込む。
「む……?」
「むむ……」
「むむむ……」
「なに、にらめっこしてるの……」
カウンターの方から、ドロシーの呆れ声。
「あー、とりあえず、配達行ってきます」
「む、頼む」
にらめっこの表情のまま固まっていたトーマスが睨んで言う。トーマスも表情筋の制御を練習した方がいいんじゃないか……?
表入り口から、ベルの音を鳴らしてロータリーへ向かい、そのまま北通りを北上する。
なんだかんだと、騎士団には結構通っているような気がする。トーマスが騎士団を嫌がっているのか、単に面倒なのか、営業的に私を行かせた方がいいのか、フレデリカにはマメに会った方がいい、などなど、そんな理由があるのだろう。
「その割には採取してこいとか、どんだけムリ言ってるんだかなー」
分身でもしないと無理だよなーなんてブツブツ言いながら、歩くように走っていると、騎士団駐屯地の門に到着した。
「こんにちは、トーマス商店です。納品に参りました」
門番に話し掛けると、フレデリカが待っていたかのように出迎えてきた。
「待っていた……ぞ。すぐに出発するので検品させて……もらう」
多少慌てている感があるフレデリカ。ちょっと珍しいな、と思いつつも、言われるがままに体力回復ポーションの入った木箱を床に置き、数を確認する。
「よし……合っている……な。こっちが受領書……だ」
「はい、毎度ありがとうございます」
ペコリ、としている間にも、フレデリカは部下に指示を送り、すぐにポーションの配布を始めていた。性急すぎる気もするけど、フレデリカ以下、待機している騎士団、およそ三〇名の目は真剣で、緊張もしているのがわかった。
魔物が町に迫っているのかもしれない。けどまあワーウルフだろうし? フレデリカがいるなら安全だろうけど。問題は部下の方、か。
「ご武運をお祈りしております」
合掌してお辞儀をする。フレデリカが一瞬、こちらを向いて、縋るような視線を送ってくる。それには冷たい視線を返し、軽く頷く。フレデリカはそれで何かを悟ったようで、頷き返す。これも試練なのだ。
「ああ、娘っ子は家の中にいるようにな」
男らしい騎士団員の台詞。騎士団とはいえ、動きにくい全身甲冑ではなく、軽装備での出動らしい。この装備選択は正解だ。フレデリカの指示だとすればナイス指示だと思う。
それにしても、団員たちの恰幅の良い背中に惚れ惚れする。これが幼女の外見に釣られてのことか、ゲイの発露なのかは、もうわからない。
ははは、もう両刀使いってことでいいやもう!
駐屯地を離れ、北通りに出たところで、後から声がかかる。
「あれっ?」
振り向くと真っ青な髪の少女が駆け寄ってきた。ギンザ通りにある宿屋『シモダ屋』の一人娘―――看板娘、カーラだ。
「あれ、カーラちゃん?」
「うん、お父さんに頼まれて、刃物研ぎに来てたの」
カーラは持っている革カバンをポン、と叩いた。
「そう。シモダ屋のお刺身美味しいものね。腕も刃物も素材も良いってことなんだね」
「包丁はウチの店の生命線だからね。定期的に研ぎに出してるのよ。本職の研ぎはやっぱり違うしね」
へぇ、と声を出したところで、背後から足音が聞こえてきた。ザッザッザ、と揃った足並み。騎士団の出立だ。三〇人ほどの集団。先頭にはフレデリカがいる。
「絵になるなぁ」
思わず口に出てしまう。
「あら! 『閃光』のフレデリカ様だわ! いつ見ても素敵……」
二つ名が付いてるのか。当の本人は嬉しいのか恥ずかしいのかわからないけど。某MMOに囚われちゃったヒロインみたいな二つ名だなぁ。
フレデリカと目が合うと、軽く私に向けて手を挙げる。
フレデリカの視線の先に私がいるのに気付いたのか、恋する乙女状態だったカーラは態度を硬化させる。
「え、なに、フレデリカ様とお知り合いなの? どういうことっ!」
熱心なファンの反応を見せるカーラ。面倒臭いけど否定しておくか。私はウンザリしながらも穏やかな表情を作る。
「ううん、違うよ。時々納品に行くから。今もその帰りだし。それだけだよ?」
「そ、そうなの……?」
ホッとするカーラ。その間にも、騎士団は北門の方へ歩き去っていった。目の端でそれを見送ると、店への帰路につこうと、カーラを促す。
「魔物が出てるらしいし、戻ろう?」
「うん」
と頷くカーラ。魔物はいつだって危険を示すキーワードみたいだ。
それにしても、フレデリカ様、か。ファンクラブとかあるのかなぁ。
出自や素性を知らないなら、入ってみたかったかも……。本人を知らないなら、フレデリカはアイドルとして一本立ちできる素養がある……かなぁ。
なーんて苦笑しつつ、カーラを見た時、鐘が鳴った。
カンカンカンカン……。
耳障りな鐘の音。
騎士団の駐屯地から鳴っているのか。
「んっ?」
警戒モードに入る。何らかの非常事態のようだ。
軽くパニックになっているのか、その場から動かないカーラ。
「動かないで。私のそばにいて?」
カーラに呼びかける。
こんな時でも営業スマイル。これはもう職業病かもしれない。
パッシブのまま『気配探知』スキルで索敵を試みる。町中では対象物が多くて特定は難しいか……?
いや、異質なモノがある。
この感覚は覚えがある。
北門を見る。遠目に、騎士団が固まって応戦しているのが見えた。魔物が侵入してきているのか。北門は突破されてはいないようだけど、ポートマットの壁は、王都に比べるとそんなに高くはない。ちょっと能力のある魔物なら、飛び越えることも可能だろう。
「うん、離れましょう。いくよ?」
カーラに呼びかける。思考停止しているのか、頷きはするが、カーラは足を動かさない。 仕方なく手を繋いで引っ張る。カーラの手は冷たい。
と、そこに『気配探知』に再度、反応があった。
「!」
背後から魔物の気配。カーラの身体を引き寄せて、魔物との間に立つ。
「ワーウルフか……」
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【ワーウルフ】
LV:15
種族:ビースト
集団で獲物を襲う。変異体あり。【ワーウルフ・リーダー】が群れにいる場合は個体能力以上の脅威となる
スキル:
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LV15だって?
「チッ」
思わず舌打ち。チップウィンドウの冷静な説明が恨めしい。
LV15の魔物は私自身には脅威ではないけど、カーラを守って戦うのはホネだ。
まずはカーラをどこか安全な場所へ……。
ガアッ!
空気を読まないワーウルフが突撃をしかけてくる。牙で攻撃しようと大口を開けて。
「キャァアア!」
カーラはしゃがみ込み、持っていた包丁セットが石畳に落ち、刃物がばらまかれる。
「ちいっ!」
私は姿勢を低くしてワーウルフの攻撃を躱し、掌底をアゴに向けて叩き入れる。アッパーカットのようになり、ワーウルフが宙を舞う。
無防備になった腹に向けて、蹴りを入れる。スキルでも何でもない、力任せの蹴り。
ゴッ
という衝撃音。
ワーウルフの腹に足跡が刻印される。私が履いていたサンダルの形だ。
私は蹴りの反動で反転し、カーラを見る。
もう一匹いる! カーラに襲いかかろうとしている!
足下にはカーラが落とした包丁がある。
急ぎしゃがんで、両手に一本ずつの包丁を手にする。すかさず左手の包丁を投擲、腹に命中させる。
ワーウルフの動きが止まる。
「――『風走』」
魔法スキル発動。
ああっ、でも魔法攻撃じゃ詠唱からタイムラグがある! それにカーラを巻き込んでしまう。右手の包丁を投げてもカーラに当たるかもしれないし、ワーウルフに致命傷を与えられるかわからない。
肉弾戦しかない。
一直線にワーウルフに向かってダッシュ。小さくジャンプ。
ワーウルフに馬乗りになり、延髄に包丁を突き立てる。さすが研ぎたて、スッと刃が入る。
「ギャウッ」
そのまま押しつぶす。ワーウルフは脱力して倒れた。よし、絶命したわね。
「ヒッ」
カーラがその光景を見ている。まあ、そりゃ、怖いよね。
願わくば、その恐怖は状況に向けてほしいな。私自身ではなく。
「――『気配探知』」
ワーウルフから降りて、一度アクティブの気配探知を使う。北門周辺でも戦闘が行われている感じがするけど、どうにも気配が曖昧だ。パッシブの気配探知は隠密行動には優れている反面、一度戦闘が始まり、気配が乱れてしまうと探知の精度は著しく下がる。一度明示的に探知しておけば、とりあえずの気配は確定する。
「んっ!」
ものすごく近いところに気配がある。移動してきたとしたら相当な速さだ。北通り沿いの建物の上? 気配は感じるが姿が見えない。屋根の上にでもいるのかな?
「――『空間把握』」
このスキルは、本来はもっと繊細な物体の形状把握に使われるスキルだ。彫刻家などの芸術家や、大工に所持者が多い。大雑把に把握範囲を広めると、立体レーダーのように使える。
―――スキル:空間レーダーLV1を習得しました
いる! 視線を上に向ける。
毛が赤い。これが変異体だろうか?
屋根の上からこちらを見下ろしている。生意気な。
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【ワーウルフ・リーダー】
LV:35
種族:ビースト
ワーウルフの変異体。群れを統率する個体として機能する。統率された群れはLV以上の能力を発揮することがある。
スキル:統率LV1
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―――スキル:統率LV1を習得しました
ワーウルフ・リーダーは、私を見下ろしたまま、ワオーン、と吠えた。
―――隊長はやっぱり赤いんだなぁ……。