※愚痴の多い侵入者
粘っこい圧力のような――――魔力が高まっているのを感じる。
魔力の中心にある虹色に輝く『珠』は、術者たちから送られた魔力を吸い込み、増幅して魔法陣に送り返していく。一種の増幅器 なのだろう。そもそも、この『珠』を起動するのに年単位の魔力蓄積が必要と言われている。
性懲りもなく『勇者召喚』を繰り返すとは、全く愚昧の極みとしか思えないんだけど……。彼らには、それでも呼び出しを繰り返す理由があるのだろう。連中の考えなんて知らないけど。
魔力を送る術者は全部で五人いる。
天井裏に小さく開けた穴から見下ろしている現状では、術者の顔や全体像は確認できない。連中が灰色のローブと一体化したフードで顔を覆っているからでもある。これは故意に隠しているということか。いつか連中の正体を暴いて、こんな面倒なことをやめさせたい。決定権は私にはないけど。
召喚魔術師、それも『勇者』を召喚できる術師は希少で、この五人の全員に術が使えるのかどうかはわからない。とはいえ、彼らが国内の最上位魔術師である―――と断言していいだろう。大陸に行けば、匹敵する魔術師はいるかもしれないけど。
「おお……」
「成功したぞ……」
魔術師の周囲にいる煌びやかな衣装を着た人物が数人、喜色の声を上げている。私は身体の角度を変えて、視線を動かす。穴から魔法陣がチラリと見える。
魔法陣の中心には金髪の青年がくの字に身体を曲げて、裸のまま倒れ込んでいた。
チッ、金髪男とか……。イケメンにもほどがあるな。顔は見えないけど!
思わず心の中で舌打ちをするけど、それは決して私が不細工だからというわけではない。
まあ、私のことはいい。
今回召喚された『勇者』は一名。
勇者には金髪の割合が多いような気がするけど、これは何かの補正なのだろうか。それでいて名字を聞いてみると鈴木だったり山本だったり、日本人だったりもする。全くツッコミどころが満載すぎてお腹一杯になるわ。
「服を着せよ」
まだ目覚めない金髪青年。誰かが声を掛けて、従者らしき女性が白い―――簡単に着せられたので貫頭衣みたいな服だろう―――を着せていく。某秘密結社みたいだなぁ。
穴から見える映像は不鮮明ながらも、角度を変えて観察を続ける。
この場にいるのは……。術者の五人、貴族らしき男が三人、女性が一人、少女くらいの年齢―――こいつも金髪美少女だなクソ―――が一人、従者風の女性が二人、武装した騎士が五人に加えて、召喚された金髪青年。合計で十三人か。
それほど広くはない部屋に、暑苦しいことこの上ない。
「それでは我々はこれにて」
魔術師の一人が貴族達に声を掛けると、何やら呟き始めた。貴族達は黙って頷き、魔術師達を見送る。
青白い光に包まれると、魔術師達はその場から消えた。
転移したようだ。また逃してしまったか。
今のところ、連中に紐を付けて追尾する術がない。転移魔法陣の大きさ(光の大きさから、そう大きなものではないことはわかる)からすると、そう遠くではなさそうだけど……。
「勇者殿を移動させるぞ!」
目立って大柄な騎士が叫ぶ。その声を聞いた他の騎士たちは頷き、金髪青年の四肢を持ち上げる。せめて担架とか、背負うとかすればいいのになぁ。
一人が先導、四人が金髪青年を持ち上げて部屋を出る。部屋の外にはさらに五人の騎士が待機していて、周囲をガードするように配置された。
実に厳重だけど、それも当然か。
これまでに二度、勇者を私に殺されているから。
というか、前任者も含めたら何度殺されてるんだか。さすがに学習したということだろうか。
学習したといえば、この召喚儀式が行われた部屋は、塔の最上階から一つ下の階にある。今いる天井裏には、幾つか魔法でのトラップが仕掛けられていた。当たり前のことだけど、ここに入るには入り口などない。ぶっちゃけ壁に穴を開けて入ったんだけど、ドリルやら工作機械やらを使ったわけではない。真っ昼間に外壁にぶら下がりながら、持ってきた魔法陣を貼り付けて、そこに入り口を生成したのだ。もちろん空けた穴は即時修復して、痕跡も残さずに。ちなみに夜にやらなかったのは、魔法使用時の光が目立つから。まあ、修復した穴には残留魔力が多少あるかもしれないけど、私が確認した限りでは皆無と言える。そもそも穴が小さいし。
と、穴を空けて天井裏に潜入したのは七日も前のことで、それからは息を潜めて天井裏で生活していた訳なんだけど……。
まだ警備が手薄だった時期を狙ったとはいえ、七日はさすがに長かったかもしれない。食事はいいとして、シモの方が問題で、特に便秘気味でもない私としてはきつい時間だった。いや、便秘は便秘で辛いんだけど。
潜入作戦という縛りがなければ『洗浄』の魔法で衛生的にはなるのだけど、今回はもっと原始的な方法を取らざるを得なかった。要するに袋にして、それを『道具箱』に入れたのだ。『道具箱』は空間魔法の一つで、小さい物の出し入れなら、魔力はほとんど発生しない。
まあ、シモの話はいいんですよ。一応ほら、外見は私、乙女ですし?
おっと、そんなことをやっているうちに金髪青年=勇者は別室に移動してしまった。勇者の魔力パターン(これは指紋みたいなものだ)は記憶したので、この塔の建っている敷地である『ウィザー城』の内部であれば追える。この城は要塞でもあり、ここ以上に防衛がしっかりしているところはない。前々回とその前は内部からの襲撃を敢行したためか、今回も内向きに防衛シフトが組まれているようだ。
うーん、しかし今回の配備人数は多いなー。
あ、勇者の足、というか運んでる人の足? が止まった。
塔を降りて中央の建物、東北部。中央の建物は北側に王の謁見の間があるはずだ。その部屋の左右には控え室がある。
前々回は移動中を狙ったんだっけ。今回は前回と同じく静かにいこうと決めているから……。しかし、穏便にいくかどうか。
魔力の大きさだけを見ると、魔術師も騎士団に混じっているのは間違いない。今の段階で強力な魔法を使用すれば、魔力の高まりで間者(私のことだ)の存在はわかってしまう。
とりあえず……。召喚魔法陣が残ったままの部屋に降りるか。
部屋の中には人はおらず、外に扉の警備をしている者が二名。誰か部屋の中に残しておけば、ここからの脱出は静かにはいかなかった。これが罠の可能性はあるにせよ、扉の向こうにいる二名からは緊張感は伝わってこない。
天井の板を静かに外して、首を下に向けて出す。逆さまの風景を確認する。
よし、誰もいない。当たり前だけど。
しかし、ここに潜む可能性があるというのに、この天井の板は簡単に外せるなぁ。元々侵入者対策を施すような想定ではない建築物だとはいえ、これはザル過ぎる。次回も是非使わせてもらおう。
天井にへばりつくように体を出し、板を元通りにする。痕跡は……ないはず……。見た目よりも重い私の体は、筋肉があるのはいいのだけど、スパイ○ーマン的な行動にはあまり向かない。
今着ている装備は真っ黒な革鎧で、王都の西にある迷宮に生息する『ステルスウナギ』の革を使ったもの。製作時にエンチャントを施してあるため、『不可視』のスキルを発動可能だ。このスキルは一種のコーティングをして装備者を簡易結界の中に閉じ込める。体熱と影だけは隠せないのが難点だけど、それ以外は放出魔力も光学情報も含めて隠蔽してしまう。
これはどういう理屈なのかよくわからない。案外、生物の目、特に人間の目というのはいい加減なものなのかもしれない。赤外線やら紫外線も見える生物は存在するから、完璧な隠密装備、という訳ではないのだろう。
とまあ、天井から石床に降り立った私は、影人間なわけだ。影がある、ということは、今は昼間で、この部屋には窓がある。灯り取りの最低限の大きさの窓だけど、このくらいの大きさなら体が入らない訳ではない。外に向けて抜け出せそう。
こういう時には私の幼女体型が有利になる……。
ハッ、そうだよ、私の外見は幼女さ!
好きでこうなったわけじゃないから、文句は私に言わないでよね!
窓ははめ殺しにはなっていたけど、内側からは簡単に外れた。このウィザー城は過去、蛮族(と呼ばれている異民族だ)との戦いで、王都を守るために作られたらしい。外からの侵攻に備えるために作ったはいいけれど、内部から引っかき回すには、なんと脆弱なことだろうか。
まあ、そんな心配は誰得なのでさっさと移動しよう。痕跡を残さないように、外した窓に紐を架ける。
一度、周囲の気配を探る。とは言っても、魔力を発することは出来ない。受動状態の『気配探知』のままだ。扉前の二名に動きはない。窓の下から見える位置に歩哨もいない。チャンスだ。
開口部に腰掛けるようにしてから上半身を外に出す。足を掛けるような出っ張りは、さすがは蛮族に備えた城の塔、そんなものはない。腰にある鞘から短剣を取り出し、石造りの建材の隙間に差し込む。『道具箱』からもう一本、短剣を取り出す。それは開口部の下に差し入れる。こっちは足場だ。窓の下は三十メートルほどか。こっちの世界では『メトル』だっけか。一メトルが二メートル。だから十五メトル。何で丁度二倍になっているのかはよくわからない。
一本の短剣を足場にして、もう一本に手を掛けて、空いた右手で紐を静かに引く。窓が引き寄せられていく。カチリ、と音がして、窓枠がはまる。片手で紐を外し、『道具箱』に収納する。
短剣を引き抜き、引き抜いた場所よりも下の隙間に差し入れていく。この高さから飛び降りてもいいんだけど………。私は幼女の外見のくせに体重が重い(泣)ので、落ちた痕跡がついてしまう可能性があった。できるだけ低い場所から飛び降りたい。なので、交互に二本の短剣を抜き差しして降りていく。
うん、この『ミスリル・ストライク・ダガー』と『雷の短剣』は丈夫だわ。雷の方は刃が少し薄いので強度が怪しいかもしれないけど。
ある程度降りたところで、両方の短剣を一度に引き抜き、そっと着地する。ミスリル短剣の方を『道具箱』にしまい、木陰に移動する。影でばれないよう、日光を避けつつ、中央の建物へ。っていうか何で要塞の中に植樹してるんだかなぁ。
本当に立派な城砦だけれども……。本当に内部からの侵攻を考えていない、木立の配置。暗殺者天国だよ、全く!
難なく中央の建物にたどり着き、罠の類がないか見渡してから、入り口の警備を確認する。水堀もなく、ただ門番が二名、立っているだけだ。
しばらく木陰からじっと門番を見ていると、扉が開いて、中からもう二人が出てくる。交代か、増員か。
何にせよ、扉が開いている今がチャンスだ。
影に沿って素早く近寄り、四人になった門番の背後をすり抜けるようにして、内部への侵入に成功する。
光学情報を消して気配も絶っているとはいえ、容易に侵入できたことが、逆に罠に思えてくる。
いやいや、それ以上考えることはフラグに違いない。今は任務に集中しよう。
さすがは王城の一つ、中央回廊は広い。広いが故に石柱で支える必要があり、それは私にとっては好都合だった。
柱を影にして進む。と、突き当たりに三つの扉が見えてきた。中央の扉だけが大きく、左右の扉はそれよりは小さい。両側が控え室で、中央が謁見の間だ。勇者は北東、つまり右側の扉の向こうにいる。扉の警備はそれぞれ二名ずつの合計六名。
おっと、侍女が東北の部屋に入ろうとしている。
近寄って、侍女に寄り添うようにして、身体を反転させながら、滑り込むようにして、部屋の中へ。
やっと、勇者のもとへと辿り着いた。
はー、全く面倒臭い。次回があるなら召喚直後に潰した方が楽よね。
―――さて、勇者を殺しに行きましょうかね。
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例のコピペ対策で、前書きに本文を掲載しております。
運営側から対策がとられるようになるまでの一時的な措置でございます。
ちょっと読みにくいかもしれませんが、ご容赦下さいませ。
マーブル
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