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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
ここ掘れ迷宮
199/870

領主の奴隷


【王国暦122年4月1日 10:45】


 パチ、パチ、パチ、と部品を組み込んでいく。

 音だけを聞いていたら、きっと将棋か碁を打っているか、プラモデル―――そんな物は当然だけど、この世界にはない―――を作っているようにも錯覚する。

「これで二十個目、と」

 チマチマと作り貯めをしていた、新型の通信端末。

 サーバの方はすでに三台が完成していて、オプションの増設メモリモジュールもできた。メモリモジュールは、既存のサーバに増設するだけで新型サーバ相当になる強化パーツだ。いや、新型って言ってもメモリ部分くらいしかいじってないんだけどね。

 端末は、あと六十台は作っておきたい。王都冒険者ギルド本部に納品した端末も新型に変えておきたいから。


 作り始めの頃は日産で一台とか二台だったのだけど、内部部品のミスリル箔に『転写』をする作業だけなら、四台分を一気にいけるようになった。

 ただし四台分を『転写』すると、その日は一日呆けて過ごすこと決定で、他の作業がまったくできないのも困る。

 ということで、特に大きな作業がない、今日のような日はとても貴重なのだ。

 作り貯めしておいた部品も切れた。近々サリーと一緒に作ろうかな。

 なお、フェイ渇望の予測変換は、IMEインプッドメソッドエディタの仕組みを実装するのが面倒でやらなかった。P503を開発することがあれば、そこで実装しようと思う。


「ふぁ~」

 背伸びをする。

 んっ、ちょっと立ちくらみ……。嫌だわ、トシかしら。

 屈伸運動をした後に、リビングへと上がる。


「おっ、お出掛け?」

 アーサお婆ちゃんとシェミーが、仲良くお掃除をしていた。

「はい。ちょっと収容所まで。領主様が奴隷を買うそうで、その契約の立ち会いに行ってきます」

「そう。いつも大変なことばかりやらされてるのね」

「はは、でも、実際に売り買いされる人達からみたら、面倒だなんて思えませんよ」

「そう……。そうね」

 まあ、こっちからすれば、戦争捕虜の人達はポートマットから奪いに来たのに失敗した人達、とも言えるので、過剰に同情するのは間違いかもしれない。奴隷から見たら温情は迷惑な話かもしれないし。この他人に優しいお婆ちゃんを見ていると、トーマス商店や、私の奴隷は、家に持ち込まない、接触させない方向で、完全に切り分けた方が良さそう。

「じゃ、行ってきます。お昼は外で食べてきます」

「そうね、気をつけて」

「馬車に轢かれないように!」



【王国暦122年4月1日 11:01】


 収容所に到着すると、門番にすぐに通された。

「お疲れ様です! 領主様はすでに到着しております!」

 あら早い。『昼前』って言ってたのに。この辺りのアバウトさに寛容にならないと、この世界では生きていけない。

 確かに入り口の馬止めには、領主マークの入った馬車が止まっているね。止まってる馬車には轢かれようがないな。


「遅れました」

「おお、おはよう」

 スタインが最初に目に入る。

「うむ」

 鷹揚に返答したのはアイザイアだ。昨日会ったばかりだけど、領主業務も案外激務なんだろう、頬がこけてきている。明るい場所で見たから余計にそう思ったのかもしれない。

「五十人はすでに揃っています。すぐに始められますか?」

 グスタフが立ち会うようだ。

「そうだな。すぐに始めてもらおう」

 奴隷紋を設定するのはアイザイアと、スタイン、それともう一人、農業管理係だというビッグスなる、日焼けした、無口な四十過ぎの男。どこから見ても農夫っぽい。

「主人紋が領主様、副主人にスタインさんと、ビッグスさん、でいいですか?」

「ああ、それで頼む」

 スタインも多少鷹揚に返答した。立場上のものがあるだろうから、一平民である私に対して失礼だとは思わないけどさ。

「始めます」

 考えるのも面倒臭いので、機械的に作業を始めることにする。



【王国暦122年4月1日 11:56】


「と、これで全員ですね」

「うむ、ご苦労だった」

 アイザイア伯爵様が労いの言葉を掛けて下さったよ。

「魔術師殿、この後は農場の奴隷も再設定をお願いしたい」

 と、昨日言われていた通りのことを言われた。

「ああ、はい」

 面倒だけど、まあ、小遣い稼ぎだ。ちなみに、奴隷商でやってもらう金額の、半額でやっているから、コスト削減の視点があるなら私に頼むのは理に適っている。


 ホントは、ウチの奴隷もまだ、この収容所で寝泊まりしているから、グリテン語学習の状況とかも聞きたかったんだけどな。

 そんな私の心の声を察してか、グスタフが話しかけてきた。

「魔術師殿、あれから毎日、レックスくんが来てますよ」

「ああ、聞いています。グスタフさんや警備の皆さんが側に付いていてくれたそうで。ありがたい話です」

 防御策を持っているとはいえ、小さな子供が一人で奴隷の群れに会いに来たのだ。いい大人としては助けに入りたくもなるだろう。

「いえいえ。魔術師殿やトーマス殿から受けている恩恵に比べれば、ささやかなお返しに過ぎませんよ」

 本当に少しでもそう思ってくれてるのなら重畳というもの。

「そうですか……。ところで、収容所は割と空き部屋が多くなっちゃいますけど、これは何か対策はあるんですか?」

 単純に勿体ないなぁ、と思っただけなんだけど、これには意外な答えが返ってきた。

「はい、実は領主様とも相談しまして、王都騎士団が管理している収容所に入りきれなかった者を受け入れてはどうか、という話になっています」

「え、そうなんですか?」

 アイザイアの方に振り返ると、少しバツが悪そうな顔になった。治安に関することだし、独断で決めない方がいい案件だと思うんだけど。

「いや、まだ正式な話ではない。収容所所長に打診した段階だよ」

「なるほど。了解しました」

 一応、それで納得したポーズを見せておく。先に根回しを各所にしてから、ってことね。ヘイ、そこの領主、報告はしてよね?

「よし、そろそろ行こう。少し距離があるからな」

 スタインが声を掛けて、一行は収容所の外に出た。



【王国暦122年4月1日 12:11】


 夕焼け通りは昼間もそれなりに歩行者がいるので、それほど馬車の速度は上げられない。正直、私が『風走』で走った方が時間的には早いんだろうけど、たまにはVIP気分を味わいたいところ。


「うむ、東西の交通が不便なことは問題だと思っている」

 私に突っ込まれる前に、アイザイアが話し出した。

 先日の王都行きの際は、騎士団の馬車に同乗していたから、この馬車には乗らなかったんだけど、それなりに豪華。座席は革張り、内装の木材も柔らかみのある色合いで、丁寧に管理されている印象がある。乗り心地については似たようなもので、バネが発明されてるわけではないからだろう。


「馬車を円滑に運用するためには、道路の拡張が必要そうです。ただ、用地の買収や権利関係の調整をするとなると、北壁の外にもう一本、西街道を通した方が安上がりじゃありませんかね?」

「うむー」

 昨日の話の続きで私が西街道の拡張について提案をしていると、アイザイアとスタインは、同じように腕を組んで唸った。ビッグスは黙って聞いていた。

「馬糞の害も増えそうではありますが……」

 うん、路面電車を提案できればしたいけど……。蒸気機関車をすっ飛ばして電車っていうのはどうよ、とも思うし、何より『使徒』が怖い。私の一存では決められない。


 馬車はロータリーから北通りに入り、歩みを早めていく。

 一度止まり、そこが北門だとわかる。

 また走り出して、しばらくしてから馬車の鎧戸を開放する。


 昨日思った通りに、今日は晴れ。外からの空気―――埃っぽい―――が入ってくる。爽快さと不愉快さが同時に襲ってくる。

 外を覗いて見ると、緑が疎らに生えていた。


「三圃式? 四圃式?」

「四圃式です。輪裁式です」

 それまでダンマリだった、ビッグス氏が声を出した。

 ほー、ということは、ウィンターに行く途中で見た麦は秋蒔きだったのか。

「私の祖父の代に伝えられたそうですよ………。フェイ支部長から」

「あ……そうだったんですね」

 そんな話を聞いた事があったっけ。アイザイアからすれば、フェイは歴史の教科書に出てくるような人物なんだろうなぁ。

「偉人には違いないですね」

 スタインが何故か誇らしげだ。スタインを含めた『シーホース』幹部連中はフェイの薫陶を受けてる人達らしいし。そう考えると、フェイの目に前領主は不甲斐なく映っただろう。その分の期待がアイザイアにのし掛かっていると。


「根菜は何を植えているんですか?」

「カブですね。もう少ししたら種蒔きです」

「ほうほうほう。豆類は? クローバーですか?」

「大豆です。王都で高く売れるものですから」

 ビッグス氏が饒舌になっている。得意分野の会話にはテンションが上がっちゃうタイプなのかも。何だかちょっと親近感が湧く。

「王宮に対してポートマットが強く出られるのも、この穀倉地帯の運営が上手くいっているからこそ、ですな。フェイ支部長には感謝しきりです」

 スタインが補足する。言われてみれば、ポートマットは地域で消費する量よりも遙かに多くを生産しているものね。

 農業が武器になってるっていうのは凄いことかもしれない。しかしなるほど、港町でかつ穀物栽培が盛んとなれば、ロンデニオンにとっては生命線の一つなんだな。そりゃ奪いたくもなるか。

「これは現場を見て解説されないとわからないことですねぇ」

 この穀倉地帯がある意味なんて、(何度も通過してるのに)気付かなかった。先人は偉いなぁ。

 ビッグス氏は、そうでしょうそうでしょう、と嬉しそうに頷いていた。



【王国暦122年4月1日 13:45】


 結構な距離を走って、やっと止まった。

 幌を上げて外へ出てみると、四棟の長屋があり、そこから少し離れたところに風車が三基建っていた。結構大きいなぁ。貴族様も槍持って突っ込みそう。こういった風車は大小の差はあれど、グリテンの農村では散見する。石造りのことが多いけど、オール木製っていうのも見たことがある。


 長屋の庭……広場というか空間……には、死んだ魚のような目をした男たちがたむろしていた。これが全員奴隷なのかな。百人くらいいるけど。

「全員集合してくれ!」

 ビッグス氏が大声を上げる。緩慢な動作で集合する男たち。全員埃で白っぽい皮膚になっている。衛生状態とか大丈夫かな。まあ、他人の()()()だから私が心配してもしょうがないか。


「並んで下さいな。先に洗いますからね―――『洗浄』」

「っぷ」

 並んだ男たちを、先頭からバンバン洗っていく。皮膚が汚れていると紋が見えないから。本来、ここでやる作業は主人紋と奴隷紋の『契約』スキルによるリンクだけであって、『転写』は使わないのだけど。

「はーい、紋見せてくださいねー」

 案の定、奴隷紋が薄くなっている人がいた。これだけ日焼けしていれば、ね。

 奴隷紋を入れ直して、アイザイア、スタイン、ビッグス、三人とリンクさせていく。

「さむっ」

 リンクが終わった奴隷たちは一様に震えている。もしかして、洗浄したものだから皮膚が薄くなったとか……? しらんしらん、そんなこと。垢太郎でも作っとけ。

「今日はみなさん、暖かくして寝て下さいね。体を清潔に保つ方が、病気になりにくいですよ?」

 と、偽善的な笑みと一緒に忠告しておく。

 ハッ、アーサお婆ちゃんのことは言えないな。



【王国暦122年4月1日 15:04】


 再契約をする奴隷は全部で百二十人いた。

 結構時間がかかってしまった。

 この人数に加えて五十人が入居するわけで、四棟の長屋に入りきれるのかどうか。劣悪な環境と言えるけど……。

「長屋とか、増築はするんですか?」

「そうだ。夏までにはもう一棟増やす予定だ」

 アイザイアの弁に少し安堵する。あまりに劣悪だと生産性に影響しそうだし。せめて、これは反面教師にしよう。


「よし、私は戻る。ビッグス、あとは頼んだぞ」

「はい、坊ちゃん……伯爵様」

 坊ちゃん、って言ったら凄い目で睨んだな。いいじゃないか、行動で示せば。という視線をアイザイアに送ったら、少し恥ずかしそうにした。ケケケケ、可愛いところがあるじゃないか。


 アイザイアとスタインと一緒に、馬車でポートマットに戻る。

「俺はこのあと、また収容所に行って、奴隷どもを引率しなきゃならん……」

 と、愚痴をこぼすスタインは、苦み走った顔をしてため息をついた。

「まあまあ、それで生産性が上がるならいいじゃないですか」

 と、一応慰めておく。

「それはそうと、伯爵。ヴェロニカ姫の方はどうなりましたか?」

「あっ、おっ、手紙は書いているぞ」

「ほうほう。反応はどうですか?」

「正直わからん……」

 若き伯爵様、女心に惑わされ。

「秋風が吹くまでに何とかなってくれりゃいいんですがね」

 こればかりは相手があることだから、スムーズにいくかどうかは相手次第だなぁ。主導権がこちらにあれば……いや、ゲットさえしてしまえばこっちのもの。そうなれば秋風が吹いても関係ないもんね。

「なるようになりますよ。多分」

 あまり気休めにならないような事を言っておく。

 だって、主に政治的な理由で、きっと送られてくるはずさ。半ば人質として。



―――ちなみに、エイプリルフールはグリテンにはありません。大陸にはあるらしいです。





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