奴隷購入後のアレコレ
【王国暦122年3月27日 12:04】
結局、選抜候補にいた百名のうち、四十名が主:トーマス、副がドロシー、私、という組み合わせと、十人が主:私、副がトーマスとドロシー、という、合計五十名を購入することになった。トーマス所有の奴隷は優男、私所有の奴隷は筋肉男が多い印象だ。
「副奴隷紋が存在するのは、本来の主人が突然死などをした場合、奴隷を管理出来なくなるとお互いに困るからです。相続権も主張出来なくなりますしね。副主人には、本主人ほどではありませんが、やはり同様に逆らえません。本主人と副主人の命令が違った場合は、本主人の命令が優先されます。複数の副主人の命令が違う場合は、特に何も起こりません」
幾つか奴隷たちに説明をしていく。
「グスタフ所長に簡単なグリテン語は習っているかと思います。流暢に……とまでは望みませんが、ある程度会話が出来る程度には上達してもらった方がお互いに幸せです。これは相互理解にもなります。他人を理解すれば、いずれ自分も理解される……という当たり前のことが、きっと実感できるようになることでしょう」
ニッコリ笑いかけるけれど、場は和やかにはならない。
「また、今現在、奴隷用住宅を建設中です。四~五日の期間を想定しています。その間、収容所に留まって、グリテン語の練習をしてもらいます。作業は免除して下さるそうです」
これは事前にグスタフ、ジェシカには言ってあった。
「トーマスさん、後でレックスをグリテン語の先生としてここに呼びたいのですが?」
「レックスを? 儂は構わんが……危なくないか?」
「一回目にドロシーが一緒に来てくれれば大丈夫でしょう。念のため、レックスとサリーには『守護の指輪』も渡すことにしますし」
「サリーは自衛できるんじゃない?」
ドロシーが口を挟む。
「突然襲われたら、魔法は使えないよ。使えても暴走しちゃうし」
「それもそうね」
レックスに教えさせるのは色々思惑があるんだけどさ。
【王国暦122年3月27日 13:15】
収容所を出て、私たちは並んで西門へ向かった。
「夕方にレックスを連れて収容所で合流すればいいのね?」
「うん、トーマスさんと一緒に西門に行ってくるよ」
「ギルバートに引き継いだら、儂は一度店に戻るぞ」
「わかりました」
ドロシーは心労が顔に出ていたけれど、健気に答えた。十四歳の少女に奴隷の選定は過酷だったに違いない。
「それで、何でレックスなんだ?」
トーマスは疑問に思っていたのか、まずそれを訊いた。
「私も、ドロシーも、サリーも、年齢の割には老成してるからです。レックスは年齢相応の反応を見せてくれますよね。自分たちの子供のようなレックスを、侮ることはあっても、危害を加えようとはしないでしょう?」
「良心に訴えるわけか」
「なるほどねぇ。でも、守護の指輪は必須だと思うわ。在庫はあるの?」
私は『道具箱』から未処理の指輪を見せる。
「実際の処理はレックスが来てからやるよ。それは任せて」
「わかったわ。レックスだって、サリーに恰好つけたいものね」
十歳ほどの男の子としてはちょっとオマセさんかもしれないけど、たぶん、レックスはサリーに恋愛感情を持っている。だから、ドロシーの読みは正しいと思う。
「ふむ……」
トーマスはといえばニヤニヤしている。髭面の嫌らしい表情が、何ともいえない味を出している。
【王国暦122年3月27日 13:41】
普段の西門よりもずっと西側で、門の移設作業が始まっていた。
目視で五百メトルくらいは西側に進んだ恰好になるか。元々西門は街の拡張に合わせて移設できるように、仮設のものだ。北の壁は西門の西進を予定して、すでに西側に余計に延びている。この世界では珍しく、ちゃんと先見の明が役に立った事例だ。
「ようっ! また突貫工事だってなっ!」
ギルバート組の面々が作業をしながら出迎えてくれた。
「こんにちは、ギルバートさん。門の移設作業も親方たちがやるんですか?」
「全部じゃねえなっ。ここの他にも新しく北西門を作るってよっ。北西門と新西門の基礎を作ったら、あとは石工に任せて、俺らは長屋の方に入るっ」
なるほど、北壁は長すぎるから、出入りが不便になっちゃうもんね。東西に長細くなっている、ポートマットならではの話だなぁ。
「穴掘りなら手伝いますよ。早く長屋の建設に入ってほしいですし」
「助かるっ」
「助かるっ」
「助かるっ」
ギルバート組の面々が気っ風の良い返答を三連で私に投げかけた。それぞれ声の高さが違うので最後にデュ~ワ~とか言い出しそう。
ドロシーはトーマス商店へ歩いていった。人身売買の暗黒面に触れたにしては確かな足取りだ。こっちの世界の人は総じて忌避感が薄いのかしら。
「じゃ、掘りますよ」
あまり気合いの入っていない声を掛けて、西門の基礎になる場所を浅く掘る。
「―――『掘削』」
指定された深さは一メトルもない。
今回の新西門は動かさないことを前提に作るそうで、今後、西に拡張の際は、中門としてそのまま利用するそうな。それに合わせて、西壁も恒久的なものを作るので、アバウトに基礎を作る穴を掘っていく。
「はええなっ」
「建材の到着が間に合わねえっ」
「石工と建材屋呼んできてくれっ」
ギルバート親方たちは、慌てて基礎の水平出しを始めた。
「ギルバートたちはまだ長屋の作業には入れなさそうだな。先に現地見ておくか?」
トーマスが嘆息混じりに私に提案をする。
「そうですね。整地しちゃいましょう」
「今回の長屋は壁の強化はいらんな。石の吹き付けは……」
「耐火は必要です。それと保温性を高めるための施工も予定していますね。まあ、一手間掛かるだけですよ」
「ふむ」
歩きながら、ギルバート親方から預かっている設計図を見て、トーマスに解説する。長屋は全体的に安普請で済ませるみたいだ。ポートマットやグリテンで『一般的』なのは石造りになるわけだけど、柱や梁も外に見せるデザイン(アーサ宅がそうだ)が流行した時期があったらしい。元の世界で言うハーフティンバーと同じように、これがいわゆる『大陸風』なんだと。
今回の長屋は木造らしい木造なのだけど、グリテンで『木造』といえば、柱を立てて壁を二重にして(間に泥を詰めたりする)、窓も少なく、陶器の瓦が載っている―――。
本音としては水晶ガラスで窓も作りたいんだけど、コストの問題でまだまだ一般に普及は難しそう。普通の住宅にも普及していないのに、いきなり長屋に導入はやり過ぎとも思うし、ここは素直にギルバート親方の設計に従おう。
【王国暦122年3月27日 14:35】
「この辺りからこの辺りまでだな」
いつぞやの収容所建設予定地でもアバウトに土地を示されたっけ。
トーマスと土地の組み合わせっていうのは、管理がアバウトなんだな、と再度痛感してしまう。この土地も、利用権、使用権を領主から借り受けている形だから、あんまり自分の物だと思えなくて、いい加減な関わり方になっちゃうのかも。
「えーと、二人部屋? を十二部屋? を二棟? 二人余っちゃいますけど」
「そこはもう、一部は三人部屋ということだな。まあ、仮住まいみたいなものだしな」
「あ、そうなんですか?」
「うむ。工場が稼働するようになれば、向こうに泊まるのも何人か必要になるだろ?」
「まあ、そうですねぇ」
ここから工場予定地までは、大人の足でもゆっくり歩いたら半日かかる距離がある。ここから『通勤』させるのも時間が勿体ないのも確か。だからなるほど、仮住まいってことなのか。
「んじゃ、掘るだけ掘っちゃいますよ。トーマスさんはこの後どうするんですか?」
「店と商業ギルドに行って、その後アイザイアのところかな」
「はー、忙しいですねぇ」
「うむ……」
トーマスも、あんまり睡眠時間が取れてないかも。突然死とか勘弁してよね!
「では、また連絡する。ギルバートを手伝ってやってくれ」
「はーい」
【王国暦122年3月27日 14:52】
基礎を組むために地面を掘り下げていく。
掘り下げた後に石で土台―――基礎を組んで、その上に上屋を乗せる形になる。
「んー」
ギルバート親方の描いた設計図は、これもアバウトで、現物合わせの連続でもある。この辺りが腕の見せ所なわけだけど。規格化できればもっともっと建築スピードが上がるのに。でもあれか、工業力が伴って初めて規格化が意味を成すのかも。ロールのところで作っている鋳物だって、型で量産してるくせにバラツキがあるから、結局一品物のようなものだし。
あー、穴を掘ってヒマになってしまった。ギルバート組はまだ来ない。門が二箇所だっけ。北西門の基礎も私が掘るのかしらん。
ちなみに北西門予定地は、この長屋建設予定地から見える位置にある。仮設西門、西壁を取り壊す職人たちが集まっているのをボーッと見る。
「うーん」
ヒマなのでもう一度設計図を見る。二十人以上が住む長屋一棟につき便所は一箇所か。グリテンだけじゃないと思うけど、水洗便所みたいなものは存在しない。汲み取り式か、川や海に直接流しちゃうかのどちらか。
王都では直接川に流すのが主流になりつつあるみたいだけど、原始的なもので、下水道とはとても呼べない。
今後、ポートマットはさらに人口が密集するだろうし、下水問題は必ず噴出する。文字通り噴出する。
「浄化槽でも作っておくかなぁ」
そうなると別途、便所だけの建物を造るようにお願いしようかな。図面上、建物の中に設置予定だった便所は、食堂か倉庫のスペースにしてもらえばいいか。
「―――『掘削』」
まずは中間貯水槽を入れる穴を掘る。一メトル弱の四角い穴。
上澄みだけを流すように、中間貯水槽の底よりも少し上の部分から、排水管を接続する空間を掘っていく。配水管は夕焼け通りに向かって流れるように、貯水槽の方が少しだけ位置が高くなるように傾斜をつけて掘っていく。
「管は煉瓦で組んでおくかな」
四角く、一辺五十センチほどの太さになるように煉瓦を組む。
「―――『結合』」
これを半メトル。管、と言えなくはないけれど、かなり無骨には違いない。
「重い………けど代替材料がないんだよなぁ」
コンクリートが使えればいいのだけど、耐水性を考えると、魔法で強化した煉瓦の方がマシな気もする。
【王国暦122年3月27日 15:36】
煉瓦で管を組んで配置。
わはは、楽しくなってきた。
中間貯水槽も煉瓦で覆い、天井に穴を空けてアーチにする。
大通り側はまだ下水管なんてものを作っていないので、中間貯水槽からの管には仕切りを作っておく。
「むふー」
埋め戻し、と。満足のいく出来だっ!
「待たせたなっ!」
と、後から声を掛けられる。ギルバート組が到着したのだ。
「あ、親方、お疲れ様です」
「んっ! なんだっ!? この穴はっ?」
「便所です!」
私は胸を張って便所宣言をした。
「便所かっ!」
「便所ですっ!」
「そうかっ!」
―――トイレを熱く叫ぶ。あれ、何しに来たんだっけ?




