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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
ここ掘れ迷宮
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プロセア軍捕虜の送還1


【王国暦122年3月26日 7:11】


「これは……想像以上だな……」

 トーマス商店の工房で、『体力回復粉』を見つめてトーマスは唸った。

「予備実験も何回かしました。製造方法そのものは確立してるんですけど……」

「錬金術的ではない、なぁ」

「そうなんですよね」

 首肯する。本質的に『レシピ』による錬成以外の製造方法は違和感がある、というのが錬金術師という人種なのだろう。それは理解できる。


「でも、ですね、いずれ『()』として錬成も可能になるんじゃないかと。確証はないんですけど、原理的には水薬(ポーション)と同じ製法なわけですし、錬成後に後加工する魔法陣を別途組んでも良いわけですし」

「それもそうだな。製造量の限界に近づいている現状がおかしいのかもしれないしな」

 再び私は頷く。

 独身時代ならまだしも、家庭がある身では辛い製造量、販売数だ。小分け作業はドロシーも手伝っているらしいけど、錬金術的な作業は結局トーマス一人でやった方が早いのも確かだし。


「原理的にはこの装置でやりますけど、実際に工場で稼働させるとなると、もう少し大型の魔道具にする必要がありますね。粉でも、小分け作業は発生しますし」

「ああ、小分けもやってみたのか?」

「ええ、まあ、とても手間が掛かりますねぇ」

 戯けてみせた。一日に千包以上製造するなら、魔道具による自動化も視野に入れないと。そして、それを作るのはまた私だろう。今度こそ『使徒』の介入がありそうな事案だけに、手作業で間に合うならそうしたい。


「ふむ。それなら人手の確保も重要になるか」

 トーマスは自分の髭を撫でた。

「十人……いえ、二十人いてもいいかもしれませんね」

「うむ……。これだけの魔道具だしな。魔力供給元も考えんと」

「ああ、その件なんですけど、例の遺跡の直下、迷宮がやっぱりありますね」

「ほう?」

「えっ、何がっ?」

 ドロシーはポーションの補充をしに『保管庫』へ向かう途中だったのか、通りがかりに疑問符を投げてきた。

「うん、まだ使えるかどうかわからないけど、迷宮跡地だよ、あれ」

 ドロシーに向けて説明する。

「へぇ……驚きだわ……」

「それもあってですね、こっちも人手の確保をしたいところなんですよ。冒険者ギルドに依頼してもいいんですけど。迷宮は稼働状態になれば、そこから魔力供給は可能ですから、大型工場であっても魔力の心配はないんじゃないかと」

「ほう……」

「へぇ……」

 トーマスとドロシーは同時に顎に手をやった。ダブルトーマスという悪夢に直面して脂汗が流れる。


「まだ、迷宮がそのまま使えるかどうかわかりませんけどね?」

 迷宮は稼働まで時間がかかるのは確か。設備が整っていたとしても魔物の手配やら育成やらで余剰魔力を利用できる環境になるには……どのくらい時間が必要なんだろうか。

「ふむ、工場の稼働は、基本的に迷宮の復旧とセットにならざるを得ないか……」

「まあ、真っ当な方法ならそうでしょうね」

「工場を迷宮に併設する形になるんだな?」

「そうなります。ですから、今現在、確保してある土地は、そのまま畑に転用するか、他の用途に使うことになるでしょうね」

 そう言ってから私がニヤリと笑うと、トーマスもニヤリと笑った。

 ドロシーは補充の途中だったのを思い出したのか、首を捻ってからカウンターの方へ戻っていった。


「んっ?」

 と、その時トーマスが通信端末を取り出す。短文が入ったようだ。

 私も『道具箱』から端末を取り出して確認すると、フェイからだった。

「プロセアの船が来るそうだ」

 トーマスが文面を読んで私に言う。私も同じ短文を読んでいたので頷く。

「八半日後くらい、って言ってますね」

 もの凄くアバウトに三時間後くらいか。フェイからの短文は、警戒態勢に入れ、ってことだから、上級冒険者、もしくは中級辺りにまで招集が掛かってるのかな。

「攻撃などはないと思うが……。万が一ということもあるしな」

「そうですねぇ。前回はどうしてたんでしょう?」

「交渉の特使が来たときか? その時は一隻だけだったらしいな。今回が船団なら一隻ずつ入港させるんじゃないか?」

「なるほど……。ああ、じゃ、冒険者ギルド行ってきます」

「ああ。お前に限っては怪我はないだろうが、気をつけてな。治験についてはやっておこう」

 一応は戦闘行動ではあるからか、トーマスが珍しく殊勝な事を言った。こりゃ、春の珍事ってやつかしら。



【王国暦122年3月26日 8:25】


 冒険者ギルドの受付に行くと、ベッキーが待っていた。

「おはようございます」

「あら、おはよう。早いわね。支部長室に行っていてくださいな」

 短文を送信してから最初に到着したのは私だったみたい。トーマス商店(はすむかい)にいたから当然か。


 支部長室に到着すると、扉を開けっ放しにしてあり、中ではフェイが優雅にお茶を飲んでいた。

「おはようございます」

「……うむ。……早いな?」

「トーマス商店にいたんですよ」

「……ああ……」

 なるほど、とフェイは得心した表情になる。

「……そういえば、演台の方は報酬を貰ったのか?」

「土塊を捨てに行って、そのあと領主の館に行って、トルーマンさんに頂きましたよ。すっごいお安い報酬を」

 皮肉がたっぷり入った苦笑をフェイに見せる。別に無償でもよかったんだけど、ケジメというものらしい。トルーマンには、例の口調で、端的に説かれたので、面倒だから貰ってきたという。

「……アイツは扱いづらくてなぁ……。……スタインの方が全然楽だ」

 ポロッと本音が出る。まあ、トルーマンは参謀だろうし、見るからに策士だもんね。しかし、あのフェイが語る人物評としては最大級の賛辞じゃなかろうか。


 そんなことを考えながらボーッと待っていると、セドリックとクリストファーがやってきた。

「おー、お嬢ちゃん久しぶりっす」

「――久しぶりだ」

「あ、お二人ともご無沙汰してます。お久しぶりです」

 日本語で言うと微妙にニュアンスが違うのだけど、この世界の言葉的には、『ご無沙汰』も『久しぶり』も、同じニュアンスで伝わってるんじゃないかと思う。どうでもいいけど。


「お……昨日ぶり」

 そこにエドワードも入ってきた。エドワードは冒険者ギルドと関係各所の連絡係を任されることが多くなっているらしく、実は昨日領主の館の玄関で会ってたりする。

「はい。お忙しそうですね」

「そんなこと……ないよ」

 あれ、昨日と同じくちょっと目を伏せた。

 ドロシー情報で、目論み通り、エドワードはドロシーに、私の事を相談しては叱咤されて、かなり懇意になっているという。

 フフフ、わかる、わかるぞ、気まずいんだよね。

 エドワードとは、それとなく求愛されつつ、それとなく振ってる関係だ。まあ、私みたいなチンチクリンじゃなくて、ちゃんとした(?)女の子、もしくは女性に目が向くようになってきているのは、年相応の異性趣味として多分正しい。

 ……自分で言うのもなんだけどね…………(泣)。


 と、エドワードが大人の階段を昇りつつあるのを微笑ましい気持ちで見ていると、ルイスとシドが入ってきた。

「なんか久しぶりー?」

「元気か久しぶりだ」

「あ、ども」

 軽い挨拶をしておく。


「……よし、始めるぞ」

 あれ、この人数だけ? いつぞやのウィザー城西迷宮調査隊の面子だけ?

 私の視線に気付いたのか、フェイが補足をする。

「……今回、冒険者ギルドから出すのはこの面子だけだ。……アイザイアの方から『シーホース』も出すし、騎士団も人を出すからな。……騎士団はほぼ総出じゃないか?」

 ああ、なら人数的には問題ないのか。冒険者ギルドは、数で対応できないようなイレギュラー対策に控える人材を揃えたと。

「……これから、お前たちにはプロセア軍捕虜の送還の護衛任務を受け持ってもらう。……護衛、と言っても基本、お前たちは監視と……」

「逃げだそうとしたら、鎮圧して捕らえればいいっすね」

 セドリックの言葉にフェイが頷く。


「――送還する人数は?」

「……騎士団駐屯地からは四名、収容所の方からは六十三名。……合計で六十七名の捕虜が送還される。……王族を初めとして、いずれも貴族だな」

 つまりはアレですか、お金と地位のある人だけはトンズラで、どちらもない人はポートマットに捕虜として切り捨てられた、と。

「その人数が多いのか少ないのかわからない」

 シドが早口で感想を漏らす。

「……多い方だと言えるな。……千人近くで攻めてきて、聞いた話では貴族は百人程度いたそうだが……半分以上を救出できるわけだしな」

 フェイは皮肉がたっぷり入ったため息を吐いた。物憂げな表情だけを見たら惚れてしまいそうなくらい絵になる。

「連れてきた領民たちは敵地に置き去りですか……。本当にモノ扱いなんですねぇ」

 私が率直に言うと、その場にいた面子は諦観混じりに頷いた。人間や命の扱いが軽い世界に生きていることを当然だとは思っていて、受け入れてもいるけれど、本能の部分では、許容などできないのだろう。


「――その、置き去りにされた捕虜たちの今後は?」

「……奴隷商に売り払うことになる。……すでに複数の奴隷商がポートマットに入ってきているが、全員を売り払うことはない、とアーロンからは聞いている」

 それは魔核の魔力補充に使った方が儲かるからだよね。運営してるだけで儲かる収容所とか、行政側、特に管理している騎士団としては夢のような話に違いない。

「売却先はもう決定してるんでしょうか?」

「……わからん。……アーロンに直接訊いてみてはどうだ?」

 フェイは端末をポンポン、と叩いた。それもそうだなぁ。


「……では、南港の大倉庫辺りで待機してくれ。……食料は各自で用意、プロセアの船、第一陣は昼前に来る予定だ。……それまでに所定の位置に移動してくれ」

「了解っす」

 セドリックが了承して、全員が頷いた。

「……あと、お前は収容所に一回行って、帰還する捕虜に顔を見せてくれ。……その後、騎士団駐屯地へ行って、王族に顔を見せて牽制、以降、騎士団と行動を共にしてくれるか」

「はい」

 私だけ別行動か。

「……お前は捕虜たちに恐れられているからな。……特に王族たちにお前の名前を出すと泣き叫んだり怒り狂ったりするらしいぞ?」

「あーそれはわかるなー」

 ルイスが強く頷く。自覚がある私は、ジロッと見ることしか出来ない。


「……よし、行動開始してくれ。……セドリックたちは独自に行動して構わない。……セドリック、指示を頼むぞ」

「了解っす」

 少しおどけた、軽い感じでセドリックは合掌した。



【王国暦122年3月26日 10:01】


 収容所に到着すると、中庭には三十人ほどの捕虜が整列していた。

「雷娘だ」

「殴り姫だ」

「魔女だ」

 ざわ……と捕虜たちが浮き足立つのが感じられた。

 収容所所長のグスタフが、私語を止めろ! と居丈高に捕虜たちに告げる。立場の弱い捕虜たちに向かってのドヤ顔は、恰好いいんだか悪いんだかわかんないな。


「こんにちは。段取りはどうなってますか?」

 私はグスタフに近づいて、本日のスケジュールについて訊いてみる。

「はい、魔術師殿。沖合に三隻の船が停泊する予定になっています。西港に捕虜を待機させ、一隻ずつの二度、合計二隻が入港する予定です」

 なるほど、一度に上陸されて、万が一にも攻められると問題があるものね。

「魔術師殿は、この後騎士団駐屯地においで下さい。そちらの捕虜にも顔見せをして頂くように、と団長が申しておりました」

 後でどうせ会うんだから、直接話してもいいものを、事前にグスタフを通して伝えておこう、とするのはアーロンの慎重さ故か。というか、私が味方からも警戒されはじめているってことか。


 ま、今回は乗りかかった船だし、捕虜たちに向き直り、一発脅しを入れておこう。えーと、脅し、脅し……。


「わかりました。捕虜の……貴族の皆さんですよね? そちらの第二王子、オルトヴィーン殿下には伝えてありますが、今後グリテンに対して野心を持った、と判断された場合、容赦なく本土への攻撃を加えることになります。私一人がそちらの王都に辿り着けば良いわけですし、楽なものです。混乱したプロセア帝国は民衆からの支持を失い、政権は崩壊し、暴力が支配し、国の体裁を保てなくなるでしょう。そして、それは皆さんの領地に於いても同様です。そうならないためにも……どうか、次代以降にもグリテン攻めは禁忌だと認識して頂ければ幸いです」

 私は無表情を作って、努めて冷酷に捕虜たちに告げる。


 とはいうものの、グリテンに攻め込んだばかりに貴重な労働の担い手を使い潰してしまい、今後の復興には困難が伴うのは間違いない。私が攻めなくても、領民の不満は、いずれ、ここにいる貴族たちを殺すことになるのだろう。

 本当に、戦争は割に合わないはずなんだけど、領土拡張の野望の前には目が曇ってしまうのかなぁ。それとも、攻めてきた目的は領土なんかじゃなくて、プライドとか、他に目的があるんだろうか。

 王族の捕虜たちはその辺りを喋ってはくれなかったみたいだし、ここは一発、向こうの王様に訊きに行きたい。脅して喋ってくれるようなタマならいいんだけど。


 捕虜たちの半分は私を睨み、もう半分は目を伏せていた。復讐戦を挑もう、という気概がまだあるんだねぇ。目を伏せていた方は気力もなさげだというのに。



――――わかりやすくて助かります。





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