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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
ここ掘れ迷宮
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体力回復粉の完成

【王国暦122年3月25日 16:58】


 ロータリーは、葬儀の参列者が列を作っていたこともあって、普段よりも人通りが多い。馬車の通行を制限していることも原因だろう。これが後の歩行者天国……になるかもしれないけど、それはどうでもいいや。


 トーマス商店の前をウロウロしていると、しっかりドロシーレーダーに捕まり、熱い視線が、カウンターから入り口のガラス窓越しに飛んできた。『ちょっとアンタ、来なさいよ』と言われているみたい。

 遠目に見えるドロシーの顔には、今日は葬儀でポーション売れなかったわよ、とストレスが滲んでいた。

 あー、ポーション改良の考察をしちゃおうかな。

 うん、そうしよう。


 二カッと笑って手を振り、アーサ宅に戻ることにする。

 後で何か言われるかもしれないけど、いいじゃないか、やることを(ムリヤリ)見つけたんだから。


 夕焼け通りを西に向かうと、教会墓地から戻ってくる人で歩きにくいほどの混雑になっていた。

 もう柩が教会墓地に埋葬されたのかな。

 そうそう、火葬じゃなくて柩で土葬なんだよね。公衆衛生的には火葬の方がいいんだろうけど、これは文化だったり宗教的観念だったりするから、ずっとこのままなんだろう。

 それにしても歩きにくいので高速移動を諦めて、一本北の通りに入って、曲がり角の歌を口ずさみながら、グネグネとアーサ宅に到着する。


「そう、早かったのね」

「おかえり」

「ただいまです。夕焼け通りは混んでますねー」

「そう……」

 ちなみに葬儀参列者を塩で清める風習はない。アーサお婆ちゃんとカレンに挨拶をして、地下工房に籠もる。


 さてさて。

 工房に放置してあるポーション形態の実験により、水分を上手に抜けば魔力的な保存期間が長くなりそうだ、という推論は、ほぼ正解と思っていいかも。


① 銅箱にスプレー状に散布して軽く水分が抜けたもの(上級相当>中級相当)

② 熱した銅箱にスプレー状に散布して水分が抜けたもの(上級相当)

③ ②を『成形』で固めたもの(中級相当)

④ ②を強引に指で固めたもの(上級相当)


 のうち、①以外は薬効(魔力)が維持されているのがその証拠。


 ここで一つ………水姉妹に招かれてチーズフォンデュを食べた時に思い付いたことがあって……左手で魔力を送りながら①を錠剤の形に成形してみる。何も工夫しなければ③と同様に初級相当にまで薬効が落ちるはずなのだけど………。

「うん」

 思った通り、中級のまま。魔力を維持して与え続けた状態を作っておけば、魔法で成形をしても薬効の抜けも少ないみたいだ。


 ポーションを乾燥させるにあたって、熱した銅箱の中にスプレーでの散布、という手法はいいとして、あとの工程は魔法の使用を前提としていたわけだけど、乾燥方法はもう一つ試したいことがある。


 先日作った銅箱は別途保管しておいて。

 新規に銅箱を作る。

 扉は前回同様につけて、扉のフチに『成形』をしたゴムを噛ませて機密性を確保。

 管を繋ぐ開口部には弁をつける。

 もう一つ銅で箱を作る。うーん、同じサイズでいいか。この銅箱(その二)は両側に管を繋ぐ。両側面には『凝水』と『冷凍』を刻んでおく。


 銅箱その二が繋がる管の先には、風系魔法で空気を吸い込む、小さな魔法陣を設置。

 銅箱その一には加熱用の魔法陣を直接刻印。

 装置的にはこれでいいかな。

 空気を吸い込む時に水分が銅箱その二に捕まるようにしてみた。


 ポーションの原液をテスト用に少量作る。

 で、今回はこれを型に入れて凍らせてしまう。


「さむっ」


 どうしてこの工房はいつも寒い作業してるんだろう……。自業自得だと知りつつも軽く舌打ちをする。

 どのくらい冷やせばいいものやら。

 一説によればマイナス三十度以下だとか聞いたけど、例によって温度計がない。

「ん………。――『計測』?」

 やけっぱちな気分でスキルを使ってみると、ちゃんと反応があった。視界の端の方に、『マイナス二九・七度』と表示される。

 やってみるものだなぁ。摂氏で表示されたのが、ちょっと面白い。


 もはや存在するだけで凶器レベルの冷凍ポーション。見ようによっては、すでに固形ポーションだよね。

 ヤットコを使って持ち上げてみようと思ったけど、金属のヤットコを素手で持っていると火傷しそうだな、と思い至ってラバーロッド手袋をはめておく。


「これを中に入れて……」

 吸気の魔法陣を作動させる。しばらく放置………………………。

「もういいかな……」

 弁を少しだけ開いた状態にしておく。

 ここで銅箱その一に刻んだ『点火』、その二に刻んだ『凝水』と『冷凍』を動作させつつ、吸気も継続する。

 一連の『装置』を組み上げるにあたって、熱源とか電源とか、その辺を全く考慮しなくても済むというのは、魔道具ならではだなぁ。これが元の世界なら、電圧がどうとか、工業用電源がどうとか、色々面倒なんだよねぇ。


 点火は散布で気化冷却した分だけを補う感じにして運転を続ける。排気音だけが工房に響く。銅箱その二に霜が降りてきた。

「頃合いかしら」

 呟いて、魔力の供給をやめる。


 銅箱その一の扉が……。開かない。中が真空になっていているからか。

 じゃあその二を……。開かない。そりゃそうか。

 かといって吸気を逆にするとせっかくの作業がムダになる。

「うーん」

 仕方なく、銅箱その一に空気穴を空ける。

「―――『成形』」


 キュッポーン


 と、脱力しそうな音がして箱の中に空気が入ると、やっと扉が開いた。

 一応、冷凍後は型から出しておいたので、平べったい直方体だった冷凍ポーションは、水分だけが抜けて、高野豆腐のような、凍みコンニャクのような、スポンジ状になっていた。

 乾燥ポーション……もはやポーションじゃないけど……を三等分して、そのうちの一つを口に入れてみる。


「うーん………」


 サクッと軽い歯ごたえ。味はしない。唾液で柔らかさを取り戻していくと、ネットリした食感に変わる。ぶっちゃけマズイ。


 もう一つには水を含ませてみる。瞬時に柔らかさを取り戻すけど、べっちゃりした感じがマズそう。いや、美味しい食べ物を目指してるんじゃないんだけどさ。


 最後の一つは手で砕いて粉にしてみた。

 ぺろっと舐めてみると、味はしないものの、舌にピリッと刺激がきた。これもまあ、マズイ。


 単純に粉にするなら、噴霧して乾燥(スプレードライ)、の方が効率はよさそう。昇華を使って乾燥(フリーズドライ)させる方法は、食品をそのままの形で乾燥させる用途ならいいけど、ポーションの粉末、固形化に使うには仰々しいというか、手間の方が大きいかもしれない。


―――実験の結果、スプレードライを採用することに決定。

 服用の形態については、薬効が出るまでの時間や、胃を含めて消化器官への影響、もとい人体への影響を考えないといけないから、今度は人体実験をするしかないな!


 上級相当の粉末を二百包、中級相当で『成形』を使って錠剤の形にしたものを二百粒。魔力を継続して付与しながら『成形』して上級相当の錠剤を二百粒作った。

 しかし――――被験者をどう選ぼうか。


 上級の薬効がちゃんとあって、どのくらいの時間から効果が出始めるのか、どのくらい持続するのか、ということはデータとしてまとめないといけない。

 それによっては成型方法や成分を調整する必要があるだろう。


 で。

 薬効を確認するには割と体力が激減していて―――瀕死一歩手前みたいな―――被験者が必要なんだけど、万が一錠剤が溶けるのが遅かったりしたら回復が間に合わない可能性もある。

「うーん……」

 再び腕を組んで唸っていると、ドロシーたちが帰宅してきた。



【王国暦122年3月25日 20:15】


「ただいまー」

「た……ただいま……」

「ただいまです!」

「ただいまっ!」

 上からドロシー、サリー、レックス、シェミー。

 サリーは恥ずかしがりなくせに、腹の中では色んなこと考えてる感じがいいね!

 そのうちにレックスも腹黒くなって、声も野太くなるんだろうな!


 すぐに夕食が始まると、ドロシーは先ほどの視線を回避した件で私を追及した。

「アンタね、何で逃げたのよ」

「いやね、ドロシーの顔を見てやることを思い付いたというか」

「思い付いた、というのは、逃げる口実のことね?」

「ああ、うん、えとね、重要なことを思い出したというか」

「ふーん」

 顎を上げて薄目に私を見るドロシーは悪徳女店主のオーラを発している。いつの間にこんな闘気を……!


「夕食が終わったら説明するよ」

「まあ、そうね」

 あっさり引いた。駆け引きも上手く……。

 いや、私がドロシーに弱いだけか。

 アーサお婆ちゃんは私たちの様子をニコニコしながら見て、助け船は出してくれなかった。積極的な放置というやつか。


 食後のハーブティーを啜る段になって、皆に粉ポーションの話をしてみた。

 すると、水薬(ポーション)じゃないから『体力回復粉(パウダー)』が正しいんじゃないか、って話になった。

 それもそうだなぁ。

「で、誰に試験してもらおうかな、と思案していまして……」


「そりゃ簡単さ。誰かを半殺しにしてムリヤリに飲ませりゃいいのさ」

 カレンの姉御は、私が言えないことを言ってのけた。


「毒を飲ませて体力を削ればいいんだわ。症状が悪化しなかったら効き目があるわ」

 シェミーの姉御も同じように過激なことを言った。


「危なければ、『治癒』の魔法で治しちゃえばいいんじゃない?」

 あ、なるほど。ドロシーのいうことは間違いないね!


「教会の無料治療日に来る信者さんなんて、丁度いいんじゃありませんか?」

 サリーは、さらっと信者を臨床試験の生贄にしようとした。


「お客様で最近ボクを誘ってくるお姉さんがいるんですけど……」

 どんなお姉さんか知らないけど、レックスは自分のファンを私に差し出そうとしている。


「そうね。私が試してもいいわ?」

 アーサお婆ちゃんは、多分よくわかってない。


「うーん……。明日にでもトーマスさんに相談してみるか……」

 という、結論でも何でもない、何で私たちにそれを話したんだよ! と全員のツッコミが言外に聞こえた。



―――体力回復ポーションの革命は近い……。と思う……。






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