王城の料理人
【王国暦122年3月21日 15:37】
アイザイアの護衛隊には、先に宿(冒険者ギルド本部)に戻ってもらうことになった。
というのは、パスカルに呼び止められて、厨房で料理長と会うことになったから。
「大きい厨房ですねぇ……」
比較するものが無いので表現しづらいけれど、元々、この王城は防御のための要塞だ。広大な厨房がない方が不思議というもの。
「はは、有事には千人からの食事を提供しますからな」
自慢げに言ったのは料理長のリッケンバッカー氏だ。普段は厨房の半分ほどしか使わないのだという。
「なるほど……。では時間もないことですし、やりましょう」
実は先日姫に渡したレシピでは、『加熱したカボチャと牛乳を混ぜる』程度のことしか書いていない。
実際の完成品を試食すると、試行錯誤の跡が見えた。だけど練りが足りない気がする。
「茹でたカボチャを熱いウチに牛乳に混ぜて……」
「いえ、それだと牛乳が変質しちゃうので……。カボチャは冷まさないといけないんですよ」
「なんと!」
「冷ましたカボチャを、少しずつ、少しずつ、乳を足しながら練っていくのです。お砂糖もここで加えますけど、最小限の方がいいと思います」
「なるほど……」
リッケンバッカー氏は羊皮紙の欠片みたいなものにメモを取っている。
「あとですね、口当たりを滑らかにするか、食感を濃厚にするか、によっても入れる材料が微妙に変わってくるはずです」
工夫の余地を残して、ロイヤルなカボチャプディングを作りあげて頂きたいと思っていたから、どうとでも取れるように書いておいたんだけど。生真面目に解読してたみたいだ。
「それは……そうですな」
「牛骨から取ったゼラチンを入れてもいいでしょう。乳――は牛乳でも羊乳でも馬乳でもリオ―ロックスの乳でもいいでしょう。また、生クリームを使ってもいいと思います」
「ゼラチンはグレービーソースにも使っていますぞ」
あ、やっぱりそうか。とろみが付いていたから、そうじゃないかと思っていたのだ。
「それなら試してみるといいかと思います。ポートマットのカボチャプディングはゼラチンは普通入れません。王都風、王城風、っていうのがあった方が面白いじゃないですか?」
「なるほど……ポートマット風とは違う、別の味を模索してこそ料理人だと仰るわけですな?」
私は頷いた。
以降、グリテンでは『滑らか派』と『濃厚派』で争いが起きるかもしれない。プディング戦争が勃発するのだ。
きっと、『待て! プディングの争いはプディングで付けるがいい!』と格好良く登場したスチュワートが恰好悪い宣言をして、世界中を巻き込んだ聖戦が始まる……。とかだと平和で面白いのだけど。
アホな妄想を脳内で繰り広げている間に、リッケンバッカー氏は一本の赤ワインを持ってきた。
「このワインは?」
「大陸にポルトという国がありましてな。そこの特産でミナトワインといいます」
えーと、何だって? 港のワイン? 国の名前が港? ああ、ポルト、っていうのが港の意味なのか。固有名詞なのにヒューマン語スキルが直訳しちゃったわけね。
「酒精の強いワインです。通常のワインに蒸留酒を混ぜて熟成させるそうですよ」
アルコール度数が高そうだなぁ……。
「ああ、肉汁を集めて加えるワインを、ポルトワインでやっていたんですね。酒精は飛ばして風味だけ残しているわけですか」
「その通りです。酒精は火が着いて飛んでしまいますね。他には特筆すべきことはしていません」
へー、ポルトワインかー。全然お酒飲めないけど、輸入したら商売になるかもしれないなぁ。
その後、今晩、王族の食事になるというローストビーフ、グレービーソースを実際に作っているところを見せてもらった。口伝でも再現はできるのだけど、ローストビーフ(王城風)、グレービーソース(王城風)として覚えることができた。
「大変参考になりました。ありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ。ポートマット風カボチャプディングに加えて、次回には『王城風』も召し上がって頂けるように精進しますよ」
リッケンバッカー氏は、お土産にポルトワインを一本くれた。
「是非、再現してみてください」
とニッコリ笑った。これは、挑戦だなぁ。実際には材料にも違いがありそうなので、同じ牛さんじゃないと、全く同じ味にはならない。そこに自信があるからこそレシピを公開したのだろう。
「わかりました。まあ、あんまり王城には来ないと思いますけど……」
それもそうですな、とリッケンバッカー氏は再度笑った。
【王国暦122年3月21日 18:10】
王城からの帰路は、パスカルに送ってもらうことになった。
先日と同じように、副官っぽい人も一緒だ。
「パスカル騎士団長様。一つお伺いしたいことがあります」
「何だ?」
馬車が軽快に走る音に併せて、リズミカルに訊いてみた。
「陛下をお守りしていた光球ですが」
「ああ―――――」
パスカルは私から目を逸らしてそっぽを向いた。答えないぞ、というポーズだ。副官の人の眉毛もピクピク、としていた。
「魔術師ギルドの方ですね?」
「むむ―――――」
きこえなーい、とパスカルは更にそっぽを向いた。
なるほど、やはりスチュワートの控え室にいて、防護にオーヴを出していたのはマッコーキンデールか。姿を見せないように徹底しているのが凄い。恥ずかしがり屋さんなのか、私に『人物解析』を使われないようにしているのか。
うーん、それも自意識過剰かしら。
「その話はいいでしょう。答える気がないみたいですし」
「んん―――――」
ちっ、話題を変えてやるよ!
「そういえば冒険者ギルドで、パスカル騎士団長の噂を聞きましたよ。靴屋―――」
「わわ―――――」
聞こえない聞こえない、とパスカルは耳を塞いだ。
「その件なのですが」
副官はパスカルの子供じみた行動に呆れて、ついに暴露を始めた。
「迷宮のガラス少女に、団長は執心なさっているのです」
「あらまぁ……」
「そっ、某はっ」
耳を赤くしての抗議だったけれど、私はそれほど狭量ではない。
「私の聞いた話なのですが、世の中には絵や人形に恋をしてしまう人がいるそうです。これらは自分からは喋りませんから、結局は自己願望の投影ですよね。そのガラス少女は喋るんですか?」
しれっと他人のように言ってみる。
「喋る。喋るのだ。人間のように」
頬を染めて少年のようにパスカルは語り出す。うーん、ガラスじゃなくて、彫刻とか人形フェチなのかなぁ。
「人間みたいな人形がいいのか、人形みたいな人間がいいのか、考えさせられる話ですねぇ」
「え―――――」
ちょっと意地悪だったかな。人間みたいな人形に向かうならまだしも、人形みたいな人間しか愛せないのはやっぱり歪な気がする。ま、他人の性的嗜好に口を出せる立場じゃないし、私が立派ってわけじゃないけどさ。
「いやまあ、愛せるモノを愛せればいいのかな……」
フォローのように呟いておく。副官の人は私の言葉に頷きつつも、目を瞑って唸っていた。
【王国暦122年3月21日 19:00】
冒険者ギルド本部前に到着する。
「お勤めご苦労様でした!」
何かの映画で聞いた事がある台詞だなぁ。副官の人が馬車の外に出て見送ってくれた。パスカルはあれからブツブツ何か言いつつも考え込んでいた様子だった。世の中にはメカニックなロボに性愛を感じる人もいるんだから、カミングアウトしてもいいんじゃないかなぁ。周囲にどんな顔されるかどうかは、また別の問題だ。
「はい、お疲れ様でした。お送り頂きましてありがとうございました」
ペコリとお辞儀をする。ニッコリ笑ったら引き攣った笑みを返された。
【王国暦122年3月21日 19:05】
アイザイア、スタイン、アーロンたちと合流すると、彼らは出前の夕食を食べているところだった。
「ああ、お帰り……」
アイザイアとアーロンは憔悴しながら食べ物を口に、自動人形のように運んでいるところで、スタインにも疲労の色が見えた。
慣れない環境で活動を強いられた騎士団と『シーホース』の面々も一様に疲れているみたいだ。
こう言う時には元気出せ! では元気は出ない。
食べ物は……今食べてるな。
酒は……緊張感を持ってもらうには無い方がいいな。とは言うけど少しアルコールを飲んでるみたいだ。ポルトワインはアーサお婆ちゃんへのお土産にするから、今出さないよっ。
うーん、何もできないのはもどかしいなぁ。気の利く女じゃなくてごめんなさい……。
【王国暦122年3月21日 20:15】
明日早朝にはポートマットに向けて出発することもあって、またまた就寝が早い。
ここのところ、アーサ宅では夕食後に工房なりリビングなりに集まってワイワイやってたから、何となく手持ち無沙汰。
何もやることがないので、迷宮のグラスアバターに意識を移す。
『……お帰りなさいませ、マスター』
「ただいま」
迷宮の状況は特に変わりない。これが日常なのだろう。千年以上、こうやって粛々と運営されてきたのだ。
「めいちゃん自身や、めいちゃんが動いているコンピュータ? のメンテナンスってどうなってるのかしら?」
気になって訊いてみる。
『……自己診断プログラムが常時動いています。……ハードウェアの不具合については『生産スキル:魔導コンピュータ』をガイドラインに、グラスメイドに補修をさせています』
「補修……とは?」
グラスメイドたちが半田付けをしているシーンを想像したけど、きっと違うだろう。
『……予備部品の在庫と交換することが補修作業の主要な内容となります。……主要部品については在庫は ゼロ です』
ゼロ! ゼロ! ゼロ!
仮面の男に連呼しているシーンを思い浮かべた。
いやいや、これは待ったなしの状況じゃないか?
「ということは、早急に代替機の開発が必要だということね?」
『……その理解で間違いありません』
「予備部品の在庫が置いてあるのは倉庫だね?」
『……その通りです、マスター』
めいちゃんの言葉を聞いて、倉庫へと移動した。
「あ、これか」
壊れた主要部品が箱に入って雑に置かれていたのを発見する。その周囲を見てみると、予備部品が、倉庫の一番奥に、丁寧にパッケージングされて積まれていた。
素っ気ない段ボール(にしか見えない)に型番が印字されている。これはつまり、工業製品で、汎用パーツだということだ。
私に求められているのは、この工業製品を再現しろ、ということになる。無茶言うなよ、と一瞬思ったけれど、『転写』がある以上は微細な回路を作るのは不可能じゃない。
それに、全く同じモノを作らなくてもいいわけで、同じ機能を持つ、互換パーツでもいいわけだ。実際、再現できるスキルはある。
在庫の数を見ると、メモリ関係の部品が多い。これは記憶領域に使われているようで、情報のやり取り(魔力の加減)が部品に多くのダメージを与えることを示しているのかも。
めいちゃんは待ったなし、と表現をしたけれど、主要部品である主基盤と中央演算装置さえ製作できれば、周辺部品を組み合わせれば、もう一台組めそう。『余ったパーツでもう一台』の、どこかの自作PC雑誌の合い言葉を思い出す。
「とりあえず作り始めてみるかな……」
そうだなぁ、メーカーロゴを作るとしたら、カボチャが囓られたマークにでもするかな……。
―――今のうちに登録商標願いを出しておかなければ……。




