迷宮製のエプロンドレス
【王国暦122年3月20日 16:01】
冒険者ギルド本部は政治的には中立を謳っている。表向きは。
だから建物の中に暗殺者が潜んでいない限りは(その可能性は著しく低い)アイザイアの身柄は安全と言っていい。
「ポートマットと王宮の話し合いな、これが上手くまとまってくれないと困る」
ザンが渋い表情で私に向かってため息をついた。ブリジットは逗留者への食事の手配などに動いていて、本部長室にいるのは、部屋の主であるザンと、私だけ。
「ファリスも憂慮しているところなのだが、スチュワート王が現状を正しく認識しているかどうか。僅かにでもノーマン準爵―――いや、ポートマットの心証を悪くしたら、王都は壊滅だ」
ザンの言っていることがすぐには理解出来ず、首を傾げる。
「ドワーフの娘よ、お前が握っているんだよ。単純に王城に範囲魔法を十発も撃ち込めばいい。そう言って脅すだけでもいいし、もしくは迷宮の…………いや、それは言うまい」
「そんなに短気でしょうかね、私?」
口ごもったザンに向かって、抗議のつもりで問いかける。
「俺はそうは思っていないが。スチュワートが正しく対応するかどうか。恐らくお前にとって愉快な人物ではあるまい」
ああ、と私は掌を打った。
「つまり、王様が不愉快な事を言っても、私に沸騰するなと。釘を刺しておきたかったと?」
「有り体に言えばそうだな。ノーマン準爵に任せていいんじゃないか?」
「うーん」
私は直情的な人物だと思われているわけか。いやまあ、その通りなんだけどさ。
「フェイがお前を送り込んできた意味は理解しているつもりだ。だが敢えて言わせてもらおう。暴力を背景にした威嚇に屈していたら国は成り立たん。それを理解している国王はいかに馬鹿とはいえ一筋縄ではいかん」
ザンは馬鹿、と言い切った。それでも注意すべき人物だ、と警告をしてくれているのだ。
「善処してみます」
一度も会ったことがないし、落ち着いて対応ができるかどうかはわからない。だから、今はこれしか言えない。
「うむ……。スチュワートがお前の狼の腹を踏まないのを祈るばかりだ」
ザンは、変な言い回しをした。虎の尾、とかに相当するんだろうか。直訳したみたいだ。
ちなみに私の虎の尾は、ポートマットや王都にいる知己が害されることだ。王都の知り合いは殆ど上級冒険者で、先日の不死勇者暗殺時に追いかけ回されたから、あまり保護欲はかき立てられないけど。それ以前に自衛できそうだしね……。
【王国暦122年3月20日 16:35】
アイザイアの護衛は騎士団とシーホースの面々にお任せして、私は自由行動を許可してもらった。
まずは靴屋さんに行く。注文してから一ヶ月、と言っていたけれど、すでに品物はできていた。
「早かったですね。早速明日履いて行きますよ」
「おや、お嬢ちゃん、貴族だったのかい? 舞踏会かお見合いでもあるのかい?」
奥さんは驚きの表情を見せて訊いてきた。
「まあ、そんなところですよ」
王様と対決に行くんです、と言っても信用してもらえそうにない。何しろ私は貴族って顔も、振る舞いもしていないから。現金払いそのものが、まず貴族っぽくない。
「うん、いい出来ですね。丈夫そうだし」
旦那さんの腕はいいのだろう。店の奥、工房からはリズミカルなトンカチの音がする。
「それじゃ、追加注文しますよ。同じ足型で赤いのをもう一足。デザインは同じもので。それと、この足型で………赤と黒を一足ずつ」
事前に取ってあった足型を記した羊皮紙を二枚、手渡す。ドロシーとサリーの分だ。
「注文ありがとうございます。お支払いは……」
「現金で」
金貨五枚分を余計に払って、出来上がり次第、ポートマットの冒険者ギルドに送ってもらうことにする。
「まあまあ……ありがとうございます」
ホクホク顔の奥さんだけれども、今後も品質の高い製品作りをしてくれることを祈ろう。客の立場で居丈高になるのは、元の世界の日本人気質がそうさせているんだろうと思う。でも、いつだって一期一会なんだな、と物作りをしている自分にも内省を促すものでもある。
あ、靴を作っている旦那さんに会えなかった……。製靴スキルがあるならコピーしたかったな。
【王国暦122年3月20日 17:11】
靴屋さんからはちょっと北に歩くのだけど、魔法グッズのお店へ。
自分で魔道具を作れるわけだから、別に用事はないように思えるけれど、さにあらず。
アマンダにも連れてきてもらったことがあって、最近の魔術師の流行などは、こういったグッズショップに敏感に反映されるのだと。
店内に入って驚いたのは―――――。
「『魔法杖・ポートマット騎士団仕様』?」
緩い円錐の杖は、まさしくコンチ杖なのだけど、中身は安価な低位魔力増幅の魔法陣だけ。しかも円錐なだけで木の皮が巻いてあるわけでもない。
便乗商品が出るのはわかるとしても、ちょっと情報が早いような気がする。スーパースリーたちと王都の接触っていうと………。
「ああ……」
エイダからの情報が元ネタかもしれない。まあ、どうでもいいか。
ローブが陳列されているコーナーへ移動する。
色とりどりのローブが展示されている。今の流行は白色ローブに金のアクセサリーの組み合わせらしい。
「おや、特価品……」
流行に敏感ということは、廃れるのも早い。えんじ色のローブ一式が捨て値で売られていた。思わず男性用を四着買い込む。
店員さんには内心ニヤつかれてるんだろうなぁ、とは思いつつ、したり顔で会計を済ませた。
【王国暦122年3月20日 18:03】
使用人ショップへ向かって、男性用下着とズボンを四セット買う。明らかに私が買うのは不釣り合いだけど、店員さんにはあまり気にされてないみたい。自意識過剰だったかな。
あとは軽量そうなブーツも一足買っておいた。これはアーサお婆ちゃんへのお土産。ブーツを物色したときに、男性用ブーツが入荷していたのを発見。あとでグラスアバターで取りに来ないと。
一応、ロンデニオンぶらり一人歩き(ロンブラ)をするにあたっては、気配感知などでチェックはしているけれど、正直人間が多すぎてわからない。敵性の人間は赤く見えるから、ボンヤリと視線を固定しないで時々周囲を見渡すだけ。
「うーん」
今のところは……異状なし。
迷宮へ向かおう。
【王国暦122年3月20日 18:48】
第十二階層に到着すると、先に一つ上の第十一階層へ向かった。
作業をしているグラス……マン? うーん……グラスボーイ? グラスオジサン? オニイサン?
「男性型の正式名称ってあるの?」
めいちゃんに訊いてみる。
『……『グラスメイド』………?』
あ、珍しい。めいちゃんが答えに窮した。『メイド』は未婚女性を意味するものね。矛盾に今さら気付いたのか。
「では、今後、成人男性型を『グラスマン』と呼称します」
仕方なく助け船を出す。
『……了解しました。……以降、成人男性型流体ガラス製遠隔操作アバターをグラスマン、と呼称します』
即時返答があった。
アホな質問がめいちゃんの処理に負荷を掛けるのは本意じゃないし。しかし、そんな正式名称なんだね。
さて。
作業を止めさせて、グラスマンに下着とズボン、えんじ色のローブを着せる。
「流行は周期がある。いつかきっと、この色のローブが大人気になるかもしれない」
『………………』
発声器官は付いているはずなのに、グラスマンたちは沈黙をもって私のいい加減なセンスによる強制着衣を許容してくれた。してくれたよね?
あとは靴だけね。
第十二階層に戻ると、迷宮の被攻略状況を確認する。
気分的には『ウィザー○リィⅣ』をやっているようなものだなぁ。あのゲームは途中で挫折したんだっけなぁ……。謎解きばっかりでなぁ……。
それを考えれば、戦力を調整できる余裕がある、今の状況は難易度が低いというもの。
ああそうそう。
スキルがあったり、メッセージが視界の下部に流れたり。
HPとMPこそ見えないけれど、魔力切れ、というものがあるから、恐らくは存在するだろう。
この世界がゲームの中なんじゃないか、というのは以前から思っていたことではある。もしくは拡張現実のフィルターを通して見ている状況なんじゃないか。
「おっと……」
思考の闇に囚われる前に、コンソールのディスプレイを見る。
第三階層への侵入は、あれ以来されていないようだ。その代わり、第一階層、第二階層については一定の『狩り』になっているようで、この部分だけを見れば順調に攻略されていると見ていい。
「リニューアル後八日間、という見方をすれば短期間に攻略させちゃったことになるかな?」
まあ、でも、こんなものだろう。大量のゴブリンとワーウルフに当初は圧倒されつつも意外にスムーズに攻略できた印象を持たせただろうし。真の迷宮は第三階層からなのさ。
第三階層初見組がこれから増えるだろうということで、もう一組くらいは単体のミノタウロスと対峙させることにする。
それ以降は通常の少人数編成に戻す、ということにしておいた。
さて、ちょっとお洋服でも作ろうかしら。
倉庫へ行き、いくつかある洋服の型紙を物色する。
「あ、あったあった」
エプロンドレスの型紙。フフフフフ………。
面白い、と言っちゃいけないんだろうけども、この王都西迷宮の倉庫には、私が欲しいと思ったものが必ずある。
「ということは、タロス03も、いずれ必要になるってことか」
白色の03を見上げながら、ちょっと暗い気持ちになった。
『タロス03とリンクしますか はい/いいえ』
タロスの整備はまだ着手できていない。00の整備からやれば順を追って覚えられるだろうか。今は『いいえ』を選択しておこう。
ま、今はエプロンドレスを作ろう。
エプロンドレスの構造は簡単。ワンピースにエプロンをくっつけるだけ。本来は取り外ししないものらしいんだけど、トーマス商店のお仕事は力仕事もあるから、ワンピースとエプロンは切り離して作ろう。エプロンは一応絹製も作るけど、ここは綿のものもあった方が実用的というもの。
「ワンピースはこの生地で裁断と縫製よろしく」
『了解しました、マスター』
型紙がある服についてはグラスメイドたち(めいちゃんに、ってことだ)は製法が登録されているらしく、作っておいて、で話が済む。
この世界にファスナーなんてものはないので、小さなボタンが背中に付いている。うん、少女から大人になっていくサリーが、
《ねえ、レックス、背中のボタンを留めてくれない?》
なんて言ってさ!
手が震えるレックスを想像すると、私も身悶えてしまいそうだ。
うーん、しかし、徐々に下ろしていくファスナーの方がよりエロチックだし、そうだな、レックスの情操教育のためにも、いずれ実現させなくてはな!
【王国暦122年3月20日 21:50】
グラスメイドさんたちがミシンでカタカタやっている間に、私の方は銅製のアバターを一体作り終えた。細部が違うだけで、ほとんどタロス00と同じ印象だ。ちゃんと軽鎧も着ていて、銅剣がセットになっている。剣帯もついているけど、盾がないんだね。
ケーブルの設置は、ルーサー師匠作のボルトがまだ(発注から二日しか経ってないし)出来ていないので、今回、迷宮でやる作業はここまで。
で、結局ワンピースは小サイズが三着、中サイズが三着、大サイズが二着。襟と袖は大小十枚、エプロンは共通で、絹が十枚、綿が二十枚完成した。
コスプレ的にはパニエとかでスカートを膨らませる方がいいんだけど、要望があるまではこのままでいいか。スカートの裾にもレースがあった方が可愛いんだけど、実用の作業着でもあるから、この辺りはドロシーと煮詰めよう。大した手間じゃないし。
―――ああ……ドロシーとサリーがこの服を着るのか……楽しみだなぁ……。




