ポートマット会議の設立
【王国暦122年3月18日 12:13】
フェイを先頭に、五人は謁見の間の通路を通り、アイザイアに正対する。
アイザイアが座っている椅子は一段高くなっていて、本来はそこから睥睨するのだろう。ただし、部屋が凄く狭いので、何だか椅子に座っている人との距離が短くて圧迫感がある。普通の部屋に謁見の間を再現しようと苦労したのが偲ばれる。ちょっと元の世界の、Bトレインショーティーを思い出した。B4パネル一枚でレイアウトが作れます。
私たち五人は無言のまま、ずらっと並んだ。別に臥せることもなく、領主代行に敬意も見せない。
「……ふむ」
中央に立っているフェイが、無表情に頷いた。
「本日は皆さんがお越しになると聞きましてね。ご用の向きを教えて頂けますか?」
アイザイアは強者の微笑みで、丁寧な口調ながら威圧的に言った。
「……ふむ」
「むう」
「ほう」
フェイとトーマス、ユリアンはそれぞれ小さく声を漏らした。
アーロンは、どうするんだ、この状況は? と首を捻りつつ、声を上げた三人の様子を窺っている。
私は口を開けて、石柱やら、再現された謁見の間風の内装をジロジロ観察した。実に興味深いデザインだ。大理石かなぁ、これ。
アイザイアは時間の経過と共に、何も言わないフェイ以下、私たちにイライラを募らせていく。対称的に、その脇にいるスタインとトルーマンは無表情だ。
ちなみに、この部屋の隣には控え室のようなものがあって、そこに中級冒険者クラスが六人待機………いや、移動して謁見の間風の部屋の前に来た。合図があればいつでも行けますよ状態か。
「フェイ支部長、私も時間を割いて来ているのだが、用件を言ってくれないか」
一転、イライラをぶつけるように、アイザイアが荒い口調になった。
フェイは左右にいる私たちに、交互に視線を移してから、スタイン、トルーマンにも視線を移した。スタインとトルーマンの顎が僅かに動いた。
「アイザイア坊ちゃん」
「何だ、スタイン」
「いけません。このままじゃ、孤立無援ですよ」
アイザイアは、少しの間、スタインに言われた意味を反芻して、眉根を寄せて、顔を赤くした。
「……ふむ。……状況を見誤ったことは一度だけ見逃そう。……スタイン、教育が悪いな」
静かにフェイはスタインを叱責した。
「はい、申し訳ありません、支部長。面目ないです」
スタインが目を伏せて謝意を見せた。アイザイアの顔は青くなった。
「アイザイア坊ちゃん、その席は偽りの領主が座る席、坊ちゃんが本物の領主になりたいのであれば、そこから降りるべきです」
トルーマンがパッチリした眼を細めて、冷たい声で諭した。
お約束の、『裏切ったな!』『ボクを騙したのか!』『謀ったな!』という台詞はなかった。叫ばなかったのは立派だなぁ、と思ったけど、単に言葉を失っただけかもしれない。
「隣の隣の部屋が会議室です。そこに移動しましょう」
スタインが我々五人に言う。
頷き、踵を返して、悪役の五人は謁見の間風の部屋を出る。六人の中級冒険者さんたちは、部屋の外で並んで待機していて、フェイが出てくると合掌してお辞儀をした。
ポートマットを根城にして冒険者稼業をしていれば、どんな形であれ、フェイに世話になっている。『シーホース』がいかに領主の子飼いであっても、冒険者ギルドの影響から逃れることはできない。
「……うむ」
手を軽く掲げて挨拶を返すフェイの後を、四人がゾロゾロ歩いていく。
「こちらでございます」
先ほどの老執事が、扉を開けて待っていた。何だ、この人までグルだったのか。
案内された部屋には円卓が配置されていた。なになに、会議の名称は、それだけは駄目だよ?
「お掛けになってお待ち下さいませ。すぐにお茶をご用意致します」
うーん、この老執事はなかなかの存在感だなぁ。存在感みたいなのもスキルになると面白いんだけど、数値に出るものじゃないからなぁ。
お茶が出て、毒が入っていないことを『鑑定』にて確認しておく。っていうか、この場で毒が効くのはアーロンだけじゃないかな? トーマスは炭鉱で暮らしていた事があるらしくて(ドワーフ村出身だから当然だけど)毒耐性がもの凄い。フェイはまあ、一般的な毒耐性しかないけど。ユリアンも聖職者らしく解毒や毒耐性を高める魔法を持っているし。
お茶を一啜りしたところで、スタインとトルーマンに両脇から抱えられて、アイザイアがやってきた。
「お待たせして申し訳ありません」
スタインが謝罪を口にする。立場的には後見人なんだろうか。チーム運営に長い実績を持ち、領主と懇意だったという経緯からすれば、そういうことでも不思議はない。
「……いい。……こちらも時間はない。……すぐに始めるぞ」
アイザイアが席に―――一応上座―――に座らされて、無言のまま、他の五人からの冷たい視線を浴びて項垂れる。
「……アイザイア・ノーマン準爵、状況は理解できているだろうか?」
「……………」
アイザイアは不機嫌そうにしていたものの、辛うじて頷いた。『準爵』は、貴族一般に使われる爵位、というより敬称だ。
「後見人はスタイン、ということでいいんだな?」
トーマスが訊き、スタインがそうだ、と肯定した。
「ノーマン伯爵様には、自分の身に何かがあった時は、自分を後見人にして、アイザイア坊ちゃん……準爵を守ってやってくれ、と頼まれている」
「……わかった。……進めよう。……我々が新領主に求めることは、非公式の会議の設立だ。……重要な政策は、この会議による合議制によって決定してほしい。……これは以前から言っていたことだがな」
「……………」
アイザイアは黙って聞いている。設立の目的なんかは知っているけれど、認めたくないのだろう。
「どうした? 会議の設立について、了承していたじゃないか。約束を違えるのか?」
トーマスが厳しい口調でアイザイアを問いただす。そしてユリアンが無表情に続けた。
「アイザイアさん自身がお認めにならないのでしたら、会議など設立しないで結構です。ただし、その場合、我々は貴方が領主であることを認めません。あらゆることで領主の政策に反対し、民衆を扇動して暴動を起こし、それは貴方が罷免されるか、辞任するまで継続されることでしょう」
これが静かに言われたものだから、場の温度が急に下がったような錯覚に陥る。聖職者が一番怖いな……。
「騎士団―――も同様だ。未だ正式な領主ではないアイザイア準爵には従えない。反乱―――と見なしてくれて結構だ。騎士団の本懐である街の防衛に力を貸してくれた諸氏に騎士団は感謝の意を表し、新たに設立される会議の決定にのみ従う所存だ」
まあ、確かに反乱ではある。けど、領地じゃなくて領主に従ってるのが騎士団だから、この言い分に、まだ正式な領主ではないアイザイアが反論するのも難しい。
「一つ訊きたい」
周囲からの詰問を振り払うように、アイザイアの口が開いた。
「その少女はトーマス氏の娘のはず。何故ここにいるのだろうか?」
少しずつ、口調が改まって、アイザイアの理性が戻っていくのを感じる。
「……彼女が『ポートマットの魔女』だ。……彼女がいなければ、街はプロセア軍や王都騎士団に蹂躙されていただろう。……紛う事なき今回の防衛の立役者だ」
何だよ、その二つ名……。もう少し捻ろうよ……。
「まあ……成り行きですけどね。私は正確にはトーマスさんの娘ではありません。ただの従業員です。…………ノーマン準爵閣下、私は政治とか領地経営とか、難しいことはわかりません。だけど、力になれることがあるかもしれません。それに、こう考えてはどうでしょう? 一人で何もかも決めなくていい状況になった、と。助言を求める相手が増えた、と」
私は感情に訴えることにした。自分の時とは大分違うじゃないか、というアーロンの非難めいた視線を感じるけど無視。
「…………………なるほど」
アイザイアが大きく頷いた。
そして目を開いて椅子から立ち上がり、膝をつけて、ゆっくり悪役五人を見渡した後、こう言った。
「私を……ポートマットを、助けて下さい」
「……無論だ」
「当然だ」
「力になりましょう」
「うむ」
「はい」
ここに、ポートマット会議(裏)の設立が決定された。
【王国暦122年3月18日 12:45】
「着替えて出直してきます」
アイザイアが着ていたのは、色んなところに派手派手しい飾りの付いた、礼装用の服だった。窮屈だったのもあるだろうし、気分を改めて、という意味もあっただろう。お色直しとも言うか。
アイザイアが着替えに行っている間、一緒について行ったと思っていた老執事が部屋の中に歩み寄ってくる。
「あの………少しよろしいでしょうか、皆様」
この場にいるのは悪役五人と、シーホースの二人、そして老執事さん。
沈黙をもって是として、フェイが頷いたのを見て、老執事は話し出した。
「旦那様の死について、皆様に一言申し上げたいのです。様々な憶測が流れていることは聞き及んでおります。ですが、あれは……不幸な事故だったのです」
白い髭と長い眉毛で表情はよく見えない。演技かもしれないけど、泣いているようでもある。まあ、どうでもいいんだけどね。
老執事の話によれば、オピウムの中毒性については誰一人として気付いていなかったのだという。ノーマン伯爵は、倦怠感がオピウムによるものだとは気付かず、症状を解消しようと、さらに摂取を続けていたのだと。自身が重度の中毒になったにも拘わらず、輸出品にしようと、ジャック、アーロン、ダグラス宰相、という流れで流通をさせていた。これに反対していたアイザイアは、父親から疎んじられることになったと。死亡した日は、この建物の屋上から戦況を見ようとして落下したのだという(ただしこれは憶測)。
「それは俺も証言する。俺、トルーマン、アイザイアとオッサンは一緒にいたんだ」
スタインが老執事の補足をする。
「はい、私も一緒におりました」
四人が口裏合わせればいいんだから、証言能力なんか、あってないような物なんだけど、正直言ってノーマン伯爵の死の真相が事故死であろうと謀殺であろうと、我々には些末なことだ。
まあ、突き落として殺しました、テヘッ☆ と公式に発表する訳にもいかないから、当然事故死で発表するってことだよなぁ。
「坊ちゃまは、それは気に病んでおりまして、旦那様の死は自らの責だと」
涙ながらに語る老執事に、ユリアンの声が飛んだ。
「お待ち下さい。それは他者の口から語られるべき内容ではありません。アイザイア準爵が自らを弁護するためのお話です。アイザイア準爵に近すぎる貴方には、彼を弁護する資格がありません。彼が落ち着いたら、彼自身の口から、我々に話して頂けるように言って頂けますか?」
老執事はハッと我に返り、ユリアンに従った。どこまで演技なんだかわかりにくい人だなぁ。
「これは……申し訳ありません」
憔悴する坊ちゃんを見てられなかったってことにしておくよ。真相とかはどうでもいい。ノーマン伯爵は死んだ。その事実以外は、意味をなさないのだから。
フェイ、トーマス、ユリアンの目は冷ややかだ。アーロンだけは老執事の言っていることが本当なのかどうか量りかねている様子だ。
スタインは我々よりも、もっともっと冷ややかな目をしていたし、トルーマンは老執事を蔑むような目をしていた。まあ、自ずと執事さんの弁は真実じゃないってわかるけどね。
いやあ、でも、ここまでアイザイアを含めて四人とも演技なら凄いわ。スタインもトルーマンも、アイザイアを操ろうって気が見え見えだもんな。主導したのが誰か、ってところで見方は変わると思うけど。ただでさえ傀儡のアイザイアは、二重に操られているわけか。そりゃ歪んで荒みもするわよね。
うーん、スタイン、トルーマン、老執事の三人をアイザイアから切り離さないと、我々のための傀儡にはなりにくいかもしれないなぁ。フェイならすでに対策を取っていても不思議じゃないけど。
【王国暦122年3月18日 13:05】
アイザイアがシンプルだけど品の良い、絹の服に着替えて再登場した。
「遅れました。……その……よろしくお願いします」
合掌してお辞儀をするアイザイアを見て、フェイは顎を上げて目を細めた。目だけが笑ってる状態。これ以上の茶番は許さない、と言っているかのようだ。
「……まず、会議の主旨からだ」
フェイがトーマスを見て、頷いたトーマスが話し出した。
「我々がこうしてやって来たのは、領主や国王の統治能力に疑問を持っているからだ。その自覚はあるよな? そこで統治について介入する機会と権限を認定して欲しい。これは要望だ」
脅しておいて要望も何もないと思うけど、この辺りは儀式的な言い回しというやつだ。
「知っての通り、ポートマットは国外と国内、両方から攻撃を受けた。これは異常事態だ。国外からの攻撃に関して、国は何もしないどころか嬉々として便乗し、攻撃を加えてきたわけだ。幸いにしてポートマットには防衛戦力があり、今回は撃退できた。だが、次回はどうかわからん」
トーマスはチラリ、と私を見た。防衛戦力って私のことか。
「そこで、もう少し効率的に防衛戦力を運用できる仕組みが必要だと我々は判断した。本来ならこれは領主に一任すべきだが、オピウムの件を見る限り領主も信用には足らん。いっそ市民革命を扇動して、我々が運用した方が早いか、とも思った。大陸では都市が独立を宣言した例もあるしな」
トーマスは今度はアイザイアを見た。今時、領主の地位は砂上の楼閣だと印象付けたかったのかな。オピウムの件は、かなり初期の段階から見かけていたから、その時点で潰そうと思えば潰せたんだよね。そうしていたら、この『会議』なんていう、面倒な物の設立なんて、機運が高まることはなかったかもしれない。
「不幸な事故で前領主を亡くした訳だが、まだ未知数の跡継ぎにまで失望することは早計だろうとも思ったわけだ。我々の意思が反映するなら、領主が前面に立つことは何ら問題はないしな。何の権威もない我々が戦力の運用を指示するのも筋違いだろう。合議の上でなら、権威を存分に振るってくれていい」
お前を領主に立ててやる、という上から目線。普通の領主なら机をひっくり返しているところ。しかし、アイザイアにはそうするだけの実績はないし、まだ領主ですらないのだ。
「……合議の上で、というのは我々の恣意的な運用も制限することになる。……これはアイザイア、お前を救うためのものでもある。……わかっているだろうが、コイツを―――」
フェイは私を見てから、言葉を継ぐ。
「……自由に扱えるのであれば、誰しも覇者の夢を抱くだろう。……グリテン統一、いや世界征服の夢さえ見るだろう。……だが、コイツは人間で、意思がある。……理不尽な命令には逆らうだろう。……アイザイア、お前にコイツが使えるとは思えん。……不見識のままコイツと接することで、待っているのは自己の破滅だ」
アイザイアは、暗に、お前が若造だから我々が苦労してやる、感謝しろ、と連発で言われて厳しい顔をしていた。しかし、先ほどのやり取りで露呈したように、全くその通りで反論の余地もない。だったら見返すだけの実績と実力をつけてみろ、という挑発でもあるのか。
考えてみれば、私自身、この会議に参加しろ、と言われただけで、便利使いされることを了承してはいないんだよね。王都でもそうだったけど、危険物扱いが普通になってるから、私本人の性格的な資質はさておき、参加を要請されて、了承せざるを得ないのかも。
―――え? 世界征服とかしませんよ。めんどくさい。
 




