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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
迷宮少女が空を飛ぶ
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五人の悪者


【王国暦122年3月18日 5:14】


 早朝に起こされて、寝ぼけ眼で朝食を食べて、ボーッとしつつ工房へ。

 ポーション未加工品の魔力抜けを確認する。当たり前かもしれないけど、あまり変化なし。

 ディスプレイを二台分組み上げる。現在四台分完成。



【王国暦122年3月18日 6:16】


 騎士団の収容所の方へ向かう。フレデリカに短文を送ると、収容所で待ち合わせ、ということになったからだ。アーロンも来るらしい。

「うーん、早く来すぎてしまった」

 待ち合わせ時刻は『朝イチ』ではあるので、7:00くらいでも間違いではない。個人によって時間が変わるというのは面倒でアバウトだけど、そのくらいの方が人間は鷹揚に生きられる気がする。

 ちょっとした時間の使い方が下手な私は、収容所の門前に行って、門番に断ってから、エイダに借りた『精霊魔法と疑似魔法』を立ちながら読むことにした。私は何故か、立って読書すると集中できるタイプなのよね。何故かしら……?

 迷宮で覚えたスキルである『電子スクロール化』を使うと超速度で読めるのだけど、敢えて時間潰しの意味を持たせてみる。


「お……」

 すごく当たり前のことなんだけど肉筆で書かれている。すっごい几帳面な字の目次。前半は疑似魔法とは何ぞやの解説がある。この部分は筆者が違うのか、達筆だ。後半の精霊魔法の解説は目次と同じく几帳面な字。すごく意外だけど、前半がウィートクロフト爺、後半がマッコーキンデール卿の筆によるものなんだろう。

 ということは、これが原書なのか。羊皮紙に丁寧に書かれているけど、前半のあちこちに注釈が几帳面な字で入っている。この本の執筆過程が想像できて面白い。


 最初にウィートクロフト爺が思うように書いて、書くのに飽きた後……マッコーキンデール卿が注釈と補足を加えて精霊魔法の概要と、対応する魔法のいくつかに対して解説の形で書き加えたのだろう。

 ウィートクロフト爺ならこのくらいの知識はあっても不思議じゃないけど、補足をしているマッコーキンデール卿もかなりの博学に見えた。一般常識では、精霊魔法についてはほとんど情報がない、ということなのだけど、この本は概論といくつかの精霊魔法について解説がされている。

 電子スクロールじゃなく、こういう稀覯本は格別な赴きがある。一回パラパラ、と見ただけでは理解できそうもないし、案外こういうのは暗号混じりだったりするから侮れない。縦読みするとか………。ああ、そういえば元副支部長さんは、あの後どうしたのかな。名前とか忘れちゃったけど。


「お待たせした」

「待たせたな」

「お待たせしました」

「お待たせしました」

 少し陽が昇ったかな、というところで、アーロンとフレデリカ、アーロンの副官であるジェシカ、フレデリカの副官モクソンがやってきた。街の北東、駐屯地からやってきたのだろう。

「いえ、ちょっと早く来ただけですから」

 読書に集中しかけていたから、このタイミングは有り難かった。

 騎士団長と副騎士団長に先導されて、収容所の中に入った。



【王国暦122年3月18日 7:18】


 所長室を兼ねている応接室の内装工事は少し進んでいて、相変わらず質素ではあったけど、貧相というわけではない程度にはなっていた。とは言っても実際の工法からすれば安普請だし、収容所に豪華さを求められても困るのだけど。多少は、部屋の主であるグスタフ現所長の趣味が入り込んでいるのかもしれない。

「ちょっと王都に行ってきました。お土産です」

「おお、かたじけない」

「ありがとう」

 二人には紅茶缶を。フレデリカにだけ蜂蜜を一瓶。

「む―――副団長にだけ蜂蜜が……」

「女には甘いものが必要な時があるんですよ」

 といって、お土産の格差を誤魔化した。フェイなんてお土産を要求もしなかったぞ。………あれでも内心欲しがってたのかな? まあ、まだ話してないこともあるし、情報や実利の方がよっぽど大きなお土産だ。

「ジェシカさん、グスタフさん、モクソンさんの分はごめんなさい、今回はありません」

「あっ、いえいえ、お構いなく」

 期待させてたならゴメンね。


「雷柵、首輪に問題はありませんでしたか?」

「うむ。雷柵は―――四日前か。鉄線に触れた捕虜が五名ほどいてな。丸々一日動けなくなったことがあった。あとは概ね順調だろう」

「なるほど。首輪の方はどうですか?」

 アーロンが目を見開いた。何だろう、驚くことでもあったのかな?

「魔力を吸い取って、魔核として販売する―――ということだったが。魔力を充填した魔核は、今のところ、騎士団内部で使っている。無論、その分の魔力補充をしないで済んだり、道具屋で購入せずに済んでいてな―――。試算ではどうなっていたか?」

 アーロンがジェシカに訊く。

「捕虜の数がこのまま減りも増えもしない、という前提ですが、騎士団で使う分を含めて、余った分も販売を行うとして、一年ほどで建設費を上回ります。無論、そんな事態はありえない訳ですが」

 私も軽く計算してみたけれど、少なくとも数年、いや二年以内にはペイすると思う。

「というわけでな、魔術師殿。このような金儲けをしていいのか、倫理上思うところはあるが――――毎年の予算が不足しがちな我々としては、本当にありがたく思っている」

 四人が揃って合掌をして、お辞儀をした。モクソンだけは遅れて慌ててお辞儀をした。


「いやあ、捕虜に安価な食材を食べさせて魔力に変換することで儲けられるか? という実験のようなものです。騎士団が自前で潤うのは喜ぶべきことですしね」

 実は、捕虜に魔核を生産させるという行為、そのものには重大な弊害があるんだけどね……。実際には捕虜を鍛えているわけだしね。

「うむ、その通りだ。―――軍隊組織は金を消費するだけの存在だからな」

「まだ完全に自立、というわけにはいきませんけど、領主からのお給金なしでも運営できるのが理想ですね」

 私は悪い顔をして笑った。


 アーロン自身は『会議』への参加を打診されているだろうし、この後の話し合いに参加する面子の一人だろう。事前に『話し合い』が何をするもので、『会議』がどのような性質のものかは理解しているはずだ。

 だから、騎士団の自立が意味するところも理解している。


「騎士団はフェイ支部長や魔術師殿に助力を頂いた。受けた恩は返す。それが―――街のためになるならなおさらだ」

 いい返答だ。

 思わず私は笑みを深めた。


 その後は雑談、もとい情報交換の場となった。

 王都の騎士団、第四騎士団が解散、第二騎士団の半数が壊滅して、王都の治安が悪化しつつある、という話。

「ああ、私も野盗に襲われましたよ」

「ほう―――」

 ポートマットの騎士団も人数が増えて、正式に第一、第二に分けようか、という話。

「命令系統を分けるほど街が大きくないんじゃ……」

「うむ―――」

 人数が増えた絡みで、訓練場所が手狭になってきた、という話。

「まだ何とも言えないんですけど、腹案があります」

「なんと―――」

 早く通信機が欲しい、という話。

「すみません」

「ぬう―――」


 などと話しているうちに、昼前になり、アーロンと私は領主の館へ向かうことにした。

 アーロンと二人きり、隣り合って歩くとか、ちょっと前なら考えられなかった。別に仲違いをしていたわけではなく、怪しい行動をチェックしていて、私が一方的に脅していた関係だ。そこには、騎士や騎士団長には一般的に払われるであろう敬意は、微塵も存在していない。

 しかし、アーロンがフェイに助けを求めて以降は、割と近しい関係になっているとは思う。フェイの方にも少し政治的関与を深めようという思惑があり、目的に合致したアーロンを懐柔するに至ったわけだけども……。


「騎士団長、一つお伺いしてもよろしいですか?」

 フレデリカもジェシカもいない。ジェシカは後で合流するとのことだったけど、こうしてアーロンが単独になった時には、訊いてみたいことがあったのだ。

「む?」

「ジャックさんはどうなったんでしょう?」

 ジェイソンの義理の息子、ジャックを、錬金術ギルドの幹部が運営しているという『モンロー研究所』前で見かけて以来見ていない。オピウムに関わる人物だし、消息が気になるところではある。


「あ。ああ―――。シーホースを追放されたと聞いている。聞いたのは年末くらいか。それ以降はすまん―――わからない」

「あ、そうなんですか……」

 真面目に解答しようとしてくれた感があるし、アーロンの言を疑ってもしょうがない。

「今となっては―――オピウムを父上に仲介したことが、良かったのか、悪かったのか、わからないのだ」

 歩きながら、アーロンは天を仰ぐ。

「父上や兄上を追い込んだのは某だ。そのことに―――後ろ暗い喜悦を感じていたのも事実なのだ。卑小な男だと思うだろう?」

「いやあ、むしろ普通の男性だと思いますよ。政治家というやつにはなれそうもないですけどね」

「全く、魔術師殿の―――言う通りだ」

 アーロンを見上げると、微笑を浮かべていた。


「貴殿は不思議な人物だな。いや、支部長もトーマス殿も本当に不思議だ。いつの間にか―――導かれている。それに対して不快感もなく、当然だったと受け入れられる。アイザイアも某と同じ心境になればいいのだが」

「どうでしょうねぇ。普段武を誇っている人や軍部を統括する人なら脅しが効くんですけどねぇ」

 私の言葉に、アーロンは小さく笑い続けた。



【王国暦122年3月18日 10:45】


 冒険者ギルドに到着する。先に寄れ、と指示が出ていたからだ。

「おはようございます。支部長は中にいらっしゃいますか?」

「あ、はい、いますよ、どうぞ」

 受付の人に声を掛けると、即答された。勝手に入っていいですよ、というセキュリティ意識の欠片もないことを言われる。

 支部長室に入ると、すでにトーマス、ユリアンも中にいた。

「おう、王都はどうだった?」

 そっか、ポートマットに帰ってから、まだトーマスには会ってなかったっけ。


「ああ、そのことでお話があるんですが………。先にアイザイア氏対策をした方がよさそうですよね?」

 フェイに訊くと、小さく頷いた。

「……対策と言ってもな。……不平を言ったら(ゴネたら)脅す。……が、その時は残念ながら立場と主旨を理解できる人材ではなかったということだ」

 見捨てるんだね。トーマス、ユリアンも軽く頷いた。

「その場合は新規に領主を祭り上げることになるな」

 キングメーカーのつもりか、トーマスが補足した。

「そうならないことを祈るばかりですが」

 ユリアンが聖職者の表情で静かに祈った。


 私を除けば、この場ではアーロンが一番若い。この面子の中に入るには少々気後れしているようだ。これは想像に過ぎないけど、アイザイアが傀儡として擁立できなかった場合の『予備』がアーロンなのではないかと。しかしアーロンの真っ直ぐな性格は武人や騎士としては有能でも、領主として、または政治家としてはネガティブな点が多すぎる。清廉潔白が美点にならないことが多いのも事実だ。

 アーロンが不安げに私を見た。私が黙って微笑を向けると、少し安心したのか、表情が和らいだ。うん、実に政治家向きじゃないな。


「……一年近くをかけて、我々が行おうとしていることは、街の『乗っ取り』と言っていいだろう。……一方的な価値観の押しつけだということも承知している。……だが、愚かな領主による愚かな施策を傍観するのは、もうやめだ。……我々のやり方が理想郷を作ることができるのか………それはわからん。……今できることを、将来に向けて良かれと思うことをやっていこう」

 百歳超えのダークエルフが青臭い事を言った。

「正直いうとな、お前がいたからフェイも決断したようなものなんだがな」

「?」

「……お前の()()()()を利用させてもらう。……なに、ちょっと()()の役に立ってもらうだけだ……」

 インフラ建設くらいならやるけどさ……。ホント、私って便利に使われてるよなぁ。


「よし、そろそろ行くか」

 トーマスの声で悪役五人は立ち上がり、冒険者ギルドの建物を出た。本当は馬車とかで乗り付けた方が恰好良いんだけど、領主の館は徒歩十分もかからない。土地としては冒険者ギルドの裏手に隣接しているのだけど、領主の館の入り口が南側を向いているため、大回りを余儀なくされている。


「……なんだか締まらないな……」

 先頭がしかめ面のダークエルフ、その後にヨタヨタ歩く中年ドワーフ、厳かに歩を進める聖職者、背筋の伸びた大股の騎士、小走り(歩幅が小さい)の私。

 何だ、この組み合わせは。



【王国暦122年3月18日 11:51】


 数分も歩くと、四階建ての石造りの建物に到着した。敷地はそれほど広くないけれど、多少の緑があり、領主の住処と言えなくもない。

 執事服を着た、しかめっ面の老人が玄関前で待機していて、フェイに気付くと一礼した。

「お待ちしておりました。中へお入り下さい」

 まあ、あんまり歓迎ムードじゃないよね。

 建物の中に入ると、少し気温が下がったように感じた。ヒンヤリしていて、気が引き締まる。


「足下、お気をつけ下さい」

 階段を昇るように言われる。エレベーターみたいなものはない。二階を素通りして、三階に着くと、広めの廊下があった。古いけれど品の良い赤い絨毯が敷かれていて、足下が少しめり込む。さすがに今日はサンダルじゃなく、ちょっと無骨なブーツを履いている。ああ、王都で注文していたパンプスが間に合えばなぁ。


「こちらでございます」

 老執事が扉を開けると、凄くミニサイズだけど、謁見の間風の部屋が現れた。

 促されて中に入ると、石柱が左右にあり、中央に通路があった。

 奧の、豪華に見える椅子に大股で座っているのは、何だか派手な服を着ているアイザイアだ。その両隣には、『シーホース』のリーダー、スタインと、サブリーダーのトルーマンが立っている。

「ようこそ、皆さん」

 人相の悪い笑みを浮かべて、アイザイアは低い声で言った。



―――こりゃぁ、一筋縄じゃ行かないよなぁ……。





アーロンさんはすっかりワルたちに巻き込まれました。

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