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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
迷宮少女が空を飛ぶ
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サリーの師匠

【王国暦122年3月17日 20:24】


 夕食後に工房に降りると、ごく自然に全員がゾロゾロと一緒に降りてきた。

 私は未処理のポーション加工品を出して、サーバルームに置いてある机に、サンプルとして放置しておくことにした。


① 銅箱にスプレー状に散布して軽く水分が抜けたもの(上級相当)

② 熱した銅箱にスプレー状に散布して水分が抜けたもの(上級相当)

③ ②を『成形』で固めたもの(中級相当)

④ ②を強引に指で固めたもの(上級相当)


 サーバルームは、サーバが魔力を吸う仕様なので、放出魔力があれば綺麗に吸ってくれる。つまり、ポーション加工品がどのくらい魔力を放出して、どの程度の期間、薬効を保っていられるか、という実験。


 工房に戻ると、サリーが魔力を練っていた。

「ああ、壁の破壊はどうなったのかしら?」

「はい、姉さん、騎士団の……汗っかきの方たちにも手伝っていただいて……無事に更地にできました!」

「修行は私たちが見守っていたさ。壁は全部サリーが壊して、瓦礫を土に戻すのを手伝ってくれたのさ。その……汗っかきの人が」

 コイルはどれだけ汗をかいていたのか……。

「そっかそっか」

「毎日、壁が壊れて落ちる音がね……近所迷惑だったかもしれない」

 ドロシーが心配そうに言った。

「うん、まあ、それはしょうがないよ。大きな音がする、ってわかってたんだし大丈夫。戦争の後片付けだもの」


 そうドロシーを宥めつつ、サリーのスキル成長を見る。入門用魔法の伸びが凄い。火球と水球がLV7、風球はLV8、土球はLV5。土系の伸びが悪いけど、これは割とよくある話。エイダ姉妹とのやり取りで、イメージしにくいことが原因だとアタリをつけている現象だから。


 しかし、ふうん、サリーの名前の欄を見ると、『サリー・オギルビー』って書いてある。トーマスの養女になったわけじゃなくて、元の親の名字なんだろう。怪しげなミドルネームや王の庶子としか思えないような本名を持っているわけでもない。この点は安心。

 でも、一つ気になることがあって――――。


「サリー、特に何も訊かないでここまで魔法を教えちゃったけど」

「はい………?」

「このまま育つと、魔法で食べていけるようになります」

「おー」

「そう! 素晴らしいわ!」

 サリーも、周囲の人間も嬉しそう。ドロシーだけ一人、困ったような表情ではにかんでいる。何かを言おうとしているけれど、それはドロシーの顔の前に掌を出して止めた。わかってるよ、ドロシー。でも、それを言うのは私の役目なんだよ。


「それでね、よく聞いてね。今、サリーの魔法は、魔物や、建物や、あるいは―――人間を殺せる威力の魔法なの。両手に剣を持ってるのと同じことなの。これは、わかってるね?」

 真面目な顔で、諭すようにサリーに話し掛ける。

 サリーは紅潮した顔で少し考えてから、はい、と頷いた。


「だから、攻撃魔法は、自分や、家族や、親しい人の命が危ない、と思う場面でしか使っちゃいけない。世界中の魔術師が、自分の魔法のことを凶器―――武器だね―――だってことを自覚―――自分で良くわかってる―――してる」

「はい」


 歓喜から一転、私が真面目な顔で話し出したので場が静まる。サリーも静かに、力強く返事をした。さすがはドロシー以来の麒麟児。


 ユリアン司教もひとかどの治癒術師だから、サリーの才能に気付いていて、魔法を仕込むように、私に仕向けた可能性はある。それも私に黙って。

 ユリアンにそれを追及したとして、『使徒』に黙っているように指示されていれば、否定されるだけだろう。


 そう、サリーの育成が『使徒』の『神託』である可能性。それが行き着く先は、戦略兵器である、私の抑止だ。

 私が道を間違えた時の刃を、私は自分で研いでいるのかもしれない。先日の不死の勇者襲撃時に、ブリジットとエイダに襲われたことを思い出す。あれはやばかった。エイダ以上の魔術師が存在していたら(仮にあの局面でウィートクロフト爺がいたら、まずやられていたと断言できる)、『ラーヴァ』たる私は捕らえられていただろう。


 それほど――――私自身は生に執着しているわけではない。逃避行動のように物作りの衝動に突き動かされて行動しているに過ぎない。だけど、愛弟子や愛すべき存在に裏切られて殺される事態は、やっぱり嫌だ。


「私が道を違えなければいいのか」

 ボソッと呟く。右手に僅かな冷気を感じる。チッ、上から見てやがる。


 私の呟きは誰にも聞こえなかったみたいだ。

 愛弟子たちに殺されたくなければ、『使徒』の望むように動け、か。どんな綱渡りなんだか。


「うん、もう一つ。サリーは選べる道が増えた。トーマス商店の従業員じゃなくて、魔術師として生きる、っていうね」

「……………」

 サリーは黙った。十歳でも、それは考えつくものね。華麗に魔法を使っているエミーを見ていたら憧れるだろうし。


「ただ、白か黒か選べ、っていうんじゃなくて、灰色でもいいと思うんだよね。私だって所属はトーマス商店だよ? 心の根っこがどこにあるか、ってだけだと思うんだ」

「心の、根……」

「うん。トーマス商店が儲かるように動く魔術師。私は助けてもらったトーマスさんに恩と義理がある。だからそうしてる」

 サリーが頷く。


「それにさ、私だって正式に魔法を勉強したわけじゃないんだ。一応師匠かもしれない人はいるけど、教わったわけじゃないし。自分で試行錯誤―――いろいろやってみた―――しただけなんだ。結局魔法の修行っていうのは自分がどうするか、に尽きるわけだから、これはサリー次第だね」

 そう言ってサリーを見ると、サリーは大きく息を吸ってから、吐き出すようにしゃべり始めた。

「わたっ、私は、拾ってもらったトーマスさんや、色々教えてくれたドロシー姉さん、魔法を教えてくれた………姉さんに感謝しています。恩を感じています。だから、以前にも言ったように、お役に立ちたいです。私はまだまだ………」

 サリーが言葉を詰まらせる。張り詰めた間を破ったのはレックスだった。

「未熟?」

 その言葉を発したレックスは、力強く頷きながらサリーを注視している。へぇ……。

 サリーはレックスの言葉に我が意を得たり、と同じように力強く頷いた。


「未熟です。だから、もっと色々教えてほしいです。トーマス商店で働きたいです」

「うん、わかった」

 サリーの両肩を掴んで、引き寄せて、顎をサリーの頭に乗せる。

「私が教えられることは何でも教える」

 願わくば、その魔法が私に向けられませんように。


 話がまとまったところで後を振り向くと、アーサお婆ちゃんとカレン、シェミーは涙を流していた。そんな感動話じゃないんだけど……。

 ドロシーを見ると複雑な表情をしていた。思わずドロシーに手を伸ばして耳を撫でた。

「ひゃあ」

 魔法の才能で人の価値なんか決まらないよ、と言いたかったんだけど、艶めかしい声を出されたので二人で赤面しあってしまう。

「あ、ああ、ごめん」

「アンタ………」

 睨まれた。けど、可愛かったのでほんわかした。


 ドロシーとサリーの足型も測り、工房での宴(?)が終わって解散すると、ドロシーには先に寝室に行ってもらってから、新型『通信端末』(P502)のディスプレイ部品を二つ作っておいた。作りだめしておいて、必要数が溜まってからアナウンスして、一気に新型に切り替える予定。

 というのは、これが進まないと他のサーバも設置しにくいから。現段階で正式なオファーは商業ギルドと騎士団、ともにポートマット。現行機種が四十台、新規製作が四十台。ぐはっ………。何日かかることやら……。

 でも、一気に二台分を作れるようになったのは大きい。前は一台でも魔力が枯渇しそうだったのに。



【王国暦122年3月17日 22:34】


 寝室に行くと、ドロシーがベッドの上で目を開けて待っていた。

「ランプ消すよ?」

 魔導灯を消すと、ドロシーが口を開いた。

「あのさ、サリーのこと」

「うん」

「アンタが言ってくれて助かった」

「うん」

「別に魔法で私が負けるのはいいんだけど。サリーがお店を辞めることになったら……」

「うん、ドロシーはゆっくりやればいいじゃない? すごい魔術師にならなくていいんだよ。軽く錬金術が使えればいいじゃん? サリーはかなり才能あるよ。グリテンで一番とは言わないけど、五番目には入るような魔術師になる。お店専属の魔術師が増えるんだから、ドロシーにしてみれば嬉しい悲鳴じゃない?」

「あー、なるほど、そういう考え方もあるのね……」

「私がいい例じゃない? 売り子やってるよりお店に利益が出るなら、それでいいと思う」

 私の場合は本業が別にあるだけなんだけど……。それは言うまい。

「上司として使いこなせばいい、ってことね」

「うん、トーマスさんからは何か言われてる?」

 少しだけ間があった。


「トーマスさんからは……商業ギルドの方が多忙なのもあって、お店はいずれ私に任せることになるだろう、って」

「へぇ!」

「わかりました、って言うしか……ないじゃない?」

 なんだ、それでプレッシャーを感じてるのか。


「うん、でもさ、お客様に物を買ってもらって、喜んでもらう、って基本は変わらないんだからさ。ドロシーがいい、と思うことをやればいいと思うよ?」

「あははっ」

 ドロシーが笑った。珍しい……。

「アンタ、トーマスさんと同じ事言った」

「えー……」

「うん、本当に、そうだよね。根っこがどこにあるのか、わかっていればいいんだね」

「うんうん」

 私が手伝えるところはするけど、ドロシーが店長として解決しなきゃいけないんだろう。それにしても『いずれ』っていうのはいつのことだろうねぇ。


「これ以上は長話になるから……寝るわ。今日はありがと」

「うん、おやすみ」

 ありがとう、か。ドロシーに言われるのが一番嬉しいな。



【王国暦122年3月17日 23:51】


 ドロシーは寝たね? 寝息立ててるね?

 さて………眠いけど迷宮へ行くとするか。

 グラスアバターにチェンジすると、いつもの機械的ながら、穏やかなアナウンスがあった。

『……お帰りなさい、マスター』

 めいちゃんの語彙というか話し方? も、再起動直後よりずっと柔らかくなった気がする。良くできたプログラムは生物を凌駕するんじゃないか、と一瞬思う。


「状況はどうなっているかしら?」

『……第二階層南東エリアより、第三階層への階段に接近しているパーティーが一組存在します』

「おー」

 思わず大画面を表示して、様子を見せてもらう。前衛三、中衛二、後衛二の七人パーティーだった。

 あ、階段降りた。


『……第三階層にパーティーが侵入しました』

「様子見で、単体のミノタウロスを、一体だけ向かわせてみて?」

『……了解しました』

 迷路を図示する光点を見ている分には、階段付近だけ、魔力的にポッカリ空間が空いているように見える。魔物たちには遠巻きに待機させているのだ。

「第三階層南東入り口付近の映像を表示」

『……了解しました』

 大画面を見る。すでに戦闘は始まっていた。


 盾持ちが二名前に出ている。一名がやや後に下がって、中衛と合流した。後衛はチラリと後を振り返った後、魔法を発動させた。

『――『火刃』』

『――『火刃』』

 バンバン、とミノタウロスに直撃するも、少し表皮が焦げただけ。魔力の『練り』が根本的に足りていない。

『ガァァァ!』

 怒ったミノさんは直進する。しかし盾二名に突進を止められる。ズズ、と盾の人のブーツが滑る。

『今だ!』

 中衛は槍でチクチクやろうと前進した。ミノさんはそうはさせじと盾を押し込む。

『くっ!』

 槍持ちの三名は突くタイミングを逸らされる。けど、一人の槍はミノさんの左手を浅く傷つけた。

『右からだ!』

 まずは左手を使用不能にしようとしているのだろう。再度槍がミノさんに迫る。

 が、ミノさんはそこから、スッと後退をする。

『えっ?』

 ウチのミノさんは鍛えてるからね……。引くことも覚えてるんだね……。

 バランスを崩された盾、空振りした槍三名。引いたミノさんはそこから勢いをつけて、無防備な槍に向かって突進をする。

『うわっ!』

 バシン! と一人が迷宮の壁とサンドイッチになる。してやったりという表情のミノさん。しかし!

『がら空きだぜ!』

 残りの二名が、ミノさんの背中に槍を突き刺す。

『ノオオ!』

 イヤイヤをするように両手を振り回す。

『離れて! ――『火刃』』

『――『水刃』』

 そこに魔法攻撃。火刃は弾かれたものの、水刃はザックリとミノさんの右脇腹を抉った。

『ガァァッ!』

『あちっ!』

『いてえ!』

 指示が遅かったか、退避が遅れたか、残りの槍二名も、魔法で被弾(フレンドリーファイア)してしまう。

『治癒を!』

 盾の一人が叫び、もう一人は出血しているミノさんを押さえ込みに走る。

『ふんっ』

 盾の人が持っていたショートソードが、ミノさんの脇腹を再度抉る。

『ガアアアアアアアア』

 もうボクチン怒ったぞ! と叫ぶミノさんだけれども、怪我と出血が酷い。

『――『治癒』』

『――『治癒』』

 程度の低そうな『治癒』が槍二名を癒していく。失神(内臓破裂くらいしててもおかしくない)している壁際の槍使いは無視されている。

『ガァ!』

 ミノさんは、調子に乗ってショートソードを振るっていた盾の人の側頭部を殴りつけた。盾の人は景気よく飛んでいった。

『突け!』

 無理に動いたことで、ミノさんの傷口はさらに開いてしまった。動きが鈍っている。もう血を流しすぎた。

 もはや槍を回避できない。力なく腕を抱きしめるようにして身を守る。

『こいつ!』

 とどめだ! とばかりに振るわれた槍を、ミノさんは最後の力を振り絞って、前方に避けた。

『あっ?』

 その頭に付いていた角が、槍の人の胸を貫いた。槍の人は赤黒い血を吐き出した。


 ミノさんの奮戦はそこまで。

 もう動けなかった。しかし、パーティーの中核たる槍持ち二名と盾持ち一名を戦闘不能に追い込んでいる。

『はぁっ、はぁっ』

『治癒をっ』

 生き残った盾持ちと槍持ち、後衛の一人が、戦闘不能の三人を抱きかかえ、階段踊り場へ引きずっていく。


 双方見事なり……。

 最初に壁とサンドイッチになった槍の人はピクリとも動いていない。胸を貫かれた人は、治癒が間に合えば生き残るだろう(角を抜かれた時に大量に出血した)。頭を殴られた盾の人も生死が危うい(この人は頭の形が変わっていた)。

 生き残った四人は、血と涙でぐしょぐしょになっていた。ちなみに、あそこでミノさんの魔核を取り出そうとしたら、次のミノさん(オークが行きたそうにしていたから、次はオクさんかもしれない)が追撃にきていた。中々素早い、良い撤退タイミング、指示だったように思う。

 フフフ、しかし、君たちが相手にしたのは、名も無き修羅(ミノ)よ! 恐れおののき、この場を立ち去るがいい! とはアナウンスしないで、映像を切った。


「第三階層は、今みたいに最初は単体でやらせてあげて。こっちが生き残って、怪我をしているようなら奥地で養生させて」

『……了解しました。……了解しました』

「治癒を使える魔物はいる?」

『……第八階層に、冒険者を模したレイドボスが存在します。……構成する部下に治癒の使い手がいます』

「じゃあ、状況が許すようなら、傷付いた魔物の治癒を担当させて」

『……了解しました』

 めいちゃんの返答を確認して、本体に戻った。


 漢たちの熱い戦いを見て、興奮して、その晩はなかなか寝付けなかった。



―――たぎるわ!





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