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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
迷宮少女が空を飛ぶ
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魔術師の帰還2

【王国暦122年3月17日 16:05】


 ポートマット着。

 今回は盗賊は出なかった。そう何度も来られても困るけど。

 帰着の二時間前にはフェイに短文を出していた。『……了解した』という返信があったのみだったので、緊急の用件や事件は起こっていない様子。安心すると同時に拍子抜けではある。いや、事件が起こってほしいわけじゃないんだけど……。


 馬車から降りると、ドロシーが腕を組んでトーマス商店の店頭に立っていた。

 何で仁王立ちしてるんだ……。


 左を見て、右を見て、もう一回左を見て、道を渡る。

 斜向かいのトーマス商店に向かって歩く。

「ただいま、ドロシー」

「おかえり! 遅かったわね」

「ええ、ああ、うん、ちょっとね。お土産あるよ」

 王女様を治療していました、とは言えないので、モノで誤魔化すことにした。


「あらそう! 楽しみね!」

 とは言いながらも、ちょっと視線を逸らすドロシーを疑問に思いつつも近寄ると、潤んだ目を向けられた。

「帰りが遅くなるなら連絡しなさいよね」

 ああ、それで怒りながら心配していたのか。でも、王都に四~五日だから、別に遅れてないよね? 移動含めてなら、行って帰るだけで終わっちゃうよね?

「ごめんごめん」

 とりあえず謝っておこう。後はモノで釣ろう。

「次はちゃんと遅れます、って連絡入れるのよ?」

 母親じみてきたな……。

「うん、わかったよ。ああ、レックスとサリーにもお土産あるからさ、今夜は来てもらってよ?」

「わかったわ」

 ドロシーが短く頷いたので、トーマス商店の中を見る。カウンターの中から、レックスとサリー、カレンが順番にジャンプしながら手を振っていた。思わず手を振り返す。

「支部長に挨拶してくるからさ。終わったら家に真っ直ぐ帰るね」

「寄り道しちゃ駄目よ?」

「はーい」

 もう……アーサお婆ちゃんに影響されてるのかな……。


 冒険者ギルドの受付ホールに入ると、ベッキーが待っていた。

「お帰りなさい」

 柔らかく微笑まれる。おおう、これが慈母の微笑みというやつか。

「ただいまです。支部長はいらっしゃいますか?」

「いるわ。首を長くして待っていたみたいよ? 一緒に行きましょう」

 ベッキーに先導されて支部長室へ行くと、扉の前でフェイが待っていた。

「……遅いぞ」

「今回は不可抗力ですよ」

 文句はザンに言っておくれ。

「まあまあ。お茶持ってきますね」

 ベッキーは私とフェイを部屋の中に押し込んで、自分は給湯室へ足を向けた。


 ソファに座り、『遮音』を発動すると、フェイはすぐに話し始めた。

「……迷宮の方はどうだ?」

「順調、と言っていいと思います。すぐに攻略されて牧場化しますよ」

「……そうか? 三日間で二百人近い死者が出てると聞いていたが」

「あー、初日は酷かったですね。ちゃんと警告しておいたんですけど。二百人には至っていないと思いますけど、入場者もそれなりの人数がありましたから、許容範囲だと思います」

 冷徹な言い方だけど、これは管理者として割り切らないといけない。別に世のため人のために迷宮を運営しているのではないから。


「……お前の事だからバランスは取っていると思うが……」

「本人はそのつもりです。余り難易度を高めたつもりもないんですけど、過剰戦力に対してはそれなりに対応するぞ、とは警告しておいたので、本部長の指示なのか、上級冒険者はまだ入場していませんね」

「……第二騎士団の件もあるしな。……警戒しているとは言っていたぞ」

 第二騎士団長(パスカル)の話をしようと思ったけれど、ベッキーがお茶を持って入ってきたので話を中断する。


「お待たせしました、と。ハーブティーでいいわね?」

「はい。ああ、これ、王都土産です。紅茶です」

 フェイとベッキーに小さいのを一缶ずつ。

「あら! ありがとう。嬉しいわ」

「……王都には普通に物資が出回っているのか?」

 受け取りながら、フェイはもっともな疑問を口にした。

「そうなんです。戦争の余波がほとんど来てませんね。何事もなかったかのように平常、と言っていいと思います。物資の流通も、人の流れも」

 私は肩を竦めた。王宮は、王は、ダグラス元宰相は、どこまでを想定していたのだろうか。どこまでが偶然で、どこからが必然なのか。私には読めないことだらけだ。


「……それはまた……何と言うか、腹立たしいな」

 ポートマットだけが攻められて対応を迫られている中で、王都が幸福を享受している状況は、防衛隊を指揮していたフェイにしてみれば受け入れがたいだろう。普通の人間の反応をしてくれて、私は逆に安心した。


「それなら王城に一発撃っておきますか? キツイの」

 フェイは表情を崩して、鼻で笑った。

「……それはもう、いいだろう。……王女様の方はどうだ?」

 私はベッキーを見る。ベッキーは知っています、と頷いた。


「治療は済みましたけど、術後の療養の方が大事ですね。例の勇者が第二王女殿下に付き添ってました。精神的に依存されているようでしたし、男と女ですから、なるようになるんじゃないですか?」

 なるといいなぁ、という応援の気持ちはある。どうでもいいけどね。

「……フッ。……容態は安定しているのだな?」

「そう聞いています。ダミアンさんが主治医みたいな恰好になってますけど、既存の医師団? 王宮付きの? がいたとすれば面目丸つぶれですよね。時間も無かったですし、正直姫たちに興味も縁もなかったので手早くやりましたけど、そういう人達への配慮がされなかったのは反省しています」

 反省なんかしてないけどね……。

「……その辺りは大丈夫だろう。……『冷血』のフランが医師団に近い人間らしくてな。……彼を通じて話を通したと聞いている」

 本部の治癒術師は、ダミアンもそうだけど、体格がいいよね。ちなみに、フランよりもダミアンの方が『治癒』や『解毒』のスキルレベルが上。フランは神官でもあるので『治癒』は光魔法だから、仮に、この二人が同時に治療を行っていたら、完治はしないまでも、もっと状況は良かったかもしれない。


「それならいいんですけど。その、王女様が病気になられた原因の一つ、日光草ですね。すぐに禁止すると影響が大きいので即日発布みたいなことはしないと思いますけど、禁止方向に向くのは間違いないでしょうね」

「……ふむ。……ポートマットでは事前に対策をしているから影響は少なそうだが。……それもあってな、明日、アイザイアに会いにいくぞ」

「へぇ………」

「お葬式の準備で忙しいのでは?」

 ベッキーが口を挟む。葬式って、父親のノーマン伯爵のか。

「……なに、後ろめたい理由があるにせよ、街を救った功労者に会わずにいたツケというものだろう。……幾つか確約させればいい」

 首を傾げて訊いてみた。

「確約? ですか?」

「……うむ。……お前には要求があるのだろう? 日光草に関しても、お前が思うようにすればいい」

「うーん。まだ技術的に解消しなきゃいけないのが二、三あるんですけど、商業ギルドと冒険者ギルドを巻き込んでおきたいんですよね」


 錬金術師ギルドはここでも蚊帳の外。商売の邪魔なんだけど、私の知らない技術やら魔法やらを持っているかもしれない。うーん、都合よく情報だけ引っ張って、壊滅させる術はないだろうか。これも調査だなぁ。


「……ポートマット領地……アイザイアは巻き込まないのか?」

「一方的にこっちが貸しを作ってる状態ですし、何もしないでおこぼれに与ろうっていうのも虫のいい話ですし。アイザイア氏は実質、傀儡なんですよね?」

「……まあ、そうだな。……本人はそうは思っていないようだが」

 フェイは呆れた顔になる。私はニヤリと笑って、

「明日会ってみましょう。自覚があるならよし、無いなら自覚させようと思いますが」

「……いいだろう。……だが、政治家というやつは一筋縄ではいかんぞ? ……アーロンを脅したようにはいかん」


 チッ、アーロンめ、フェイに喋ったのか。でもまあ、フェイの言わんとしてる危惧はわかってるつもりだ。

「……では……そうだな、明日の昼過ぎに領主の館に向かうことにしよう。……昼前に冒険者ギルドに寄ってくれ。……魔術師の正装でな」

「わかりました」

「……関係者は集めておこう」

 フェイは愉快そうに笑った。男にはみんな、少なからず政治家の素養があるのだな、と、私もニヤニヤと笑った。ベッキーだけが引いていた。


 支部長室をベッキーと一緒に辞すると、トーマス宅まで送ることになった。

「やっぱり支部長とトーマスの薫陶が、こんな恐ろしい子に育ててしまったんだわ……」

 とブツブツ言っていたので、

「周囲の人間を守ろうとしてるだけですから」

 と弁明しておいた。でも、本当は、ベッキーの言う通り、恐ろしい子です。薫陶も……多少は受けているかもしれません……。


「あ、そうだ、もう一つお土産、蜂蜜です」

 場を和ませるために、蜂蜜を一瓶、ベッキーにプレゼント。

「あら嬉しい………。高いんじゃないの?」

「その蜂蜜は、王都で私が採取したものなので」

「へぇ………」

「『道具箱』に入れておいたので安全だと思います。でも早めに食べちゃってください」

 殺菌されてるだろうと思う。経験的に、鮮度の足が早い食品は『道具箱』に一度入れておくといい、という事は広く知られているから。

「わかったわ」

 とりあえず甘い物で誤魔化しておこう。トーマス株が暴落する前に。



【王国暦122年3月17日 18:14】


 トーマス宅からアーサ宅へ向かう道中、歩きながら街路灯をチェックする。今のところ問題はなさそう。

 雷柵、首輪の方はどうだろうか。問題無く稼働しているだろうか。これもチェックしておきたかったな。作りっぱなし、やりっぱなしは、たとえファンタジー色溢れる異世界であっても製作者としてやっちゃいけない。アフターケアをしてこそ、次の注文があるというものだ。


 アーロンとフレデリカに、私がポートマットに戻ったことを連絡しておく。不具合が発生していれば焦った返信があるだろう。アーロンから返信がある。『特に不具合はない。雷柵は数名が謀らずとも実証してくれた』とのこと。脱走を企てたか、事故かはわからないけど、電線に触れた人がいるんだな。フレデリカからは『王都土産を楽しみにしている』という謎のプレッシャーが返信されてきた。紅茶を持っていくことにしよう。

 ドロシーには寄り道するな、と釘を刺されていたので、まっすぐアーサ宅へ戻ることにする。


 いつぞやみたいに、アーサお婆ちゃんが玄関先でウロウロしていることもなく、ちゃんと家の中にいた。

「ただいま、おばあちゃん」

「そう、お帰りなさい。遅かったわね」

 うーん、次回からはかなり正確に日付を指定した方が良さそう。

「お帰り、遅かったわね」

 ドロシーたちはすでに帰宅していた。私が冒険者ギルドで話していた間に戻ったのだろう。シェミーとカレンも戻ってきていた。

「そうね、まずはお食事にしましょう」


 ここ数日の荒っぽい食事を思い出す。ソーセージ、魚の揚げ物(フィッシュ)イモの揚げ物(チップス)、タンポポ、虫………。ああ、ウェハースとチーズフォンデュもあったっけ。

 対して、今、食卓に並べられたのは、蒸したカレイ、キャベツのスープ煮、ツーナのステーキ。魚メニューばかり、という点では、こちらもバランスがいいとは言えない。

「美味しい………」

 けれど、どれも口当たりが良い。濃厚な物もあるし淡泊な物もあるけれど、全体の味付けのバランスは見事だった。


「そう、よかったわ」

「アンタ、王都でロクでもないモノしか食べてなかったんじゃないでしょうね?」

「あー、うん、まあ、ほら、王都の料理屋ってさ、冒険者相手の食事処ばかりだったからかもしれないけど、味付けが粗野っていうか雑でさ。おばあちゃんの味が一番いい、って話だよ」

 味付けが雑、という私の意見に、カレンもシェミーも頷いた。そりゃ、毎日アーサお婆ちゃんの料理を食べてれば、舌も肥えるというもの。

「ふうん? そうなの?」

 ドロシーが半信半疑にカレンとシェミーに訊くと、二人は再度頷いた。

「アタシが雑っていうとアレだけどさ、嬢ちゃんの言ってることが正しいさ」

「もう、いっそ、ポートマット支部の所属に変更願を出そうかと……真剣に考えてるわ」

「えと、所属ギルドの変更って出来るものなんですか?」

「出来るみたいだわ。本来は冒険者個人で勝手に決めていいみたいだけど、上級以上は双方の支部で話し合いが必要な時もあるわ」


 所属を決めること、そのものに意味はないものねぇ。本人の帰属意識だけの問題、ってことなんだろうけど、上級以上は一応の枷はあるんだね。


 久しぶりのアーサお婆ちゃんの手料理を満喫したところで、お土産を出していった。

「えーっとね、ドロシーとサリーにはこれね。筆とすりこぎとすり鉢と、入門用の裁縫道具」

「え、私にもですか」

 サリーが驚いている。ドロシーはサリーと全く同じ物だったことに驚いている。

「うん、二人とも必要でしょ? サリーは魔道具作り、ドロシーは錬金術も覚えなきゃいけないだろうし。裁縫道具は女子力向上のために買ってきたよ」

 鍛造じゃないけど結構、質の良い裁ち鋏も買ってきたし。


「レックスにはブーツね」

「うわあ、ありがとうございます」

 女子と男子とはいえ、お土産に差を付けられているというのに、レックスは素直に喜んでくれた。


「ブーツ……」

 ドロシーは、私には靴はないの? という顔をした。

「ああ、えとね、それでね、王都で靴屋さんに行ってみたんだ。足型さえ持っていけば作ってくれるって言うからさ。ドロシーとサリーと、後で測らせてよ」

「わ、わかったわ!」

「はい、姉さん」

 よし、これでドロシーとサリーはクリア。


「お婆ちゃんには食材とかの方がいいと思ったので……」

 スパイスセットを一山。いや二山。

「そうっ、こっ、こんなに……!」

「はい。カレンさんとシェミーさんは紅茶一缶」

「ありがとう」

「うれしいわ」

 紅茶は配りまくる予定の汎用お土産。それで勘弁してよね。


「あとはですね、コレは全員向け」

 天然蜂の蜂蜜を二瓶。残り一瓶はフレデリカ用かな。

「蜂蜜………?」

 ドロシーはピンと来てないみたいなので、夕食後だというのに白パンをスライスして軽く炙り、蜂蜜にドボン、と浸けて、ドロシーの口に入れた。

「なに! えっ! あまっ」

「え、なになに、私も」

「そうね、頂くわ」

「た、食べてもいいですか?」

「いいいただきます」

 テーブルの上が戦場になった。


「なに、これ、どうしてこんなにスッキリした甘さに?」

「うーん、ミツバチが採取してきた花によると思うんですけど、理由はわかりません」

 もしかしたら、迷宮の近くだった、ということが影響を及ぼしている可能性はある。その説が正しいかどうかは、迷宮内部に解き放った蜂たちが、無事生き延びれば証明されることだろう。


 お土産もデザートも(蜂蜜は既に一瓶が消費された)渡し終えたところで、食後のティータイムとなった。

「他に土産話とかはないの?」

 ドロシーに詰問されるけれど、今回は極秘任務が多くてなぁ……。

「えーと、そうだなぁ。エイダさんの部屋にお邪魔して、チーズ料理をご馳走になったよ」

 チーズフォンデュを説明する。グリテン、いや大陸でもメジャーな料理とは言えないから、話のネタにはなるだろう。


「そう、それはクドそうだけど美味しそうね」

 アーサお婆ちゃんが興味を持ったようだ。近いうちに我が家の食卓に再現された品が並ぶことだろう。


「あとは―――ブリジットさんに紹介された宿の名物が―――」

「虫かぁ……」

 カレンがげんなりした顔で私の言葉を継いだ。

「そうなんです。それでですね、その宿を利用していた間、お肌がツヤツヤに」

「そういえば……アンタ、肌が綺麗になってるわね……」

「まさか、虫で美肌になったとか?」

 シェミーの食いつきが凄い。海風に晒される彼女からすれば、美肌効果と聞くと黙っていられないらしい。海草もお肌にいいんだけどねぇ。


「そうね。定期的に何か虫っぽいのを使ってみましょう」

 アーサお婆ちゃんも食い付いた。カレンだけは虫が苦手なのか、一人苦々しい顔をしていた。

 そうして、姦しい夕食が終わった。



―――ロク、は陸が語源らしいので、ヒューマン語スキルが直訳した何かだと思われます。





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