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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
迷宮少女が空を飛ぶ
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ケーブルの内職

ゲテ食表現があります。

苦手な方はご注意下さい……。


※誰にも言われてないけど、投稿後の本章を見直して自主規制……しました……。


【王国暦122年3月14日 21:04】


 冒険者ギルドの方で『黄金虫亭』の宿泊料金は明日まで支払われている。

 もったいない精神が頭をもたげているので、ポートマットに戻るのは明後日の朝、ということにしよう。特急馬車の予約をしておこうかな。


 冒険者ギルド本部の建物は一帯では一番大きく目立つため、ランドマークになっている。元の世界でいえばバスの停留所にしやすい立地と言えばいいか。ポートマットの特急馬車も出発地点は冒険者ギルドだし(そもそもお客に冒険者ギルド関係者が多かったという事情もあるみたいだけど)わかりやすいのかも知れない。



【王国暦122年3月14日 21:20】


 十六日(あさって)早朝発の便に席を予約できた。

 プロセア軍襲撃の余波は、ポートマットはともかく、王都への影響はほとんどなかったと言って良いから、荷馬車や人の往来は戻りつつある気がする。トーマスや商業ギルドなら、違う考察をしてそうだけれど。

 ここからだと『雌牛の角亭』が近い。でもまだお腹は空いていないし、早めに宿に戻ってグラスアバターで迷宮の様子を見ようか。



【王国暦122年3月14日 21:46】


 宿に戻ってからグラスアバターにチェンジ。

 グラスアバター時には、物作り作業はあまり向かない。土木工事もできない。慣れていないだけかもしれないけど、細かい作業をするには精度が低くなる傾向があるからだ。

 しかたない……ので迷宮の被攻略状況を見る。


「うーん、変わりないか」

 そろそろ上級冒険者辺りが来ても不思議じゃないんだけど、『過剰戦力にはそれなりに対応する』とザンに言っておいたからか、もしかしたら迷宮行きを止められているのかも。上級冒険者、と言っても戦闘能力が突出している人ばっかりじゃないから、一括りにはできないけどさ。


 第五階層、第六階層の新規エリアを見に行く。現・第五階層、第六階層北東エリアがそうであるように、ここにも迷宮っぽい石壁の迷路はない。植生によって天然じゃないけどのジャングルで迷宮に見立てているわけだ。

 今のところ、太陽光代わりの魔導ランプと散水装置があるだけで、植物も昆虫も動物もいない。北西第二階層に指定していたゴブリンたちのレベル調整フロアを、この四エリアに再設定しておく。

 ゴブリンやワーウルフが死亡して、死体が吸収される段階で迷宮に魔力が還元されるのだけど、このエリアは土を肥えさせないといけないので、死骸は死骸として扱う。ゾンビ化するかもしれないけど、そうなったら第七階層の腐った刺客として活躍してもらおう。

 ある程度、土地が肥えたら仕切りを取って第五階層と第六階層は三エリアの行き来が可能な状態にしておけばいいか。


 オーガスタに渡した残りの獅子草(タンポポ)を適当に移植しておこう。

 このタンポポが、タンポポのまま生育していくのか、いわゆるドライアドのような、意思をもった植物に変質するかはわからないので、これは実験でもある。


「迷宮に長く住む生物は魔物化するのか?」


 という疑問を解消するための実験。もし、それが肯定された場合、私本体が長く迷宮にいることは良い事ではないのかもしれない。まあ、本質的に迷宮は魔物製造装置でもあるわけだから、迷宮的には正解なんだろうと思う。


 管理者の魔物化を防止するためのグラスアバターなのだとしたら、用意が良すぎる。凄く嫌な想像だけど、第八階層や第九階層にいるレイドボスが、以前の管理者のなれの果てだったりして…………いや、まさかね……。


 気を取り直して第六階層南東エリアにタンポポを植え終える。思ったよりも乾燥していなくてよかった。

 明日は昼間になったら蜂を捕りにいこう。一応、閉じた生態系として完結している北東の第五階層、第六階層には、魔物の蜂はいる。けどちょっと大きい。十センチくらいあるから、もう少し小さいサイズの蜂が必要だし。


 グラスアバター状態だからと土木はやらなかったけど、園芸をやってしまった。どうしても土から離れられないのか………。

 某農業アイドルグループみたいだな、メジャーリーガーの奥さんになれるかも、と自虐の笑みを浮かべつつ、本体に戻る。


 グラスアバターでは顔は笑えなかったけど、戻った時に本体が笑みを浮かべていた。

 自分のことながら気味が悪い。

 ん、ちょっとだけお腹の調子が悪いかな?

 うーん、寝よう………。



【王国暦122年3月15日 5:11】


『黄金虫亭』は別段高級宿というわけではないので、出てくる食事は庶民的なものだ。

 今朝は野菜スープだったのだけど、この宿のウリである虫メニューから邪推すると、その虫の餌を一緒に食べている気になる。


 甲虫は結局、素揚げが一番美味しい。そこから二次加工すると途端に持ち味である食感の良さを失うからだ。

 そういう拘りが店主にあるのかどうかはわからないけれど、今朝のオムレツに入っていたのは………うん、たぶん、ブンブン飛んでるやつの幼虫だと思う………。蜂にしちゃ小さいからね……。

 ボーッとした頭も、この食材の姿形を見つけたときにはシャッキリした。

「う~ん」

 奇抜だし、ゲテではあるけど……。食感はよくないし、そんなに美味しいものじゃないな……。卵は卵で食べたい……。

 火は入れてあるだろうけど一応良く噛んで、プチプチ潰しながら完食した。周囲を見渡すと、半数は何の食材だかわかってない人で、もう半数は微妙を示す表情をしていた。微妙な顔をしていた人は卵料理を残していたから、このチャレンジングなメニューは廃止の方向で店主には検討を願いたいところ。



【王国暦122年3月15日 5:30】


 朝っぱらから虫を食べたところで迷宮へ行く。狩りに行っているわけじゃないけどノリは出勤だ。

 宿から迷宮に向かう道中、冒険者の波に揉まれる。本当にラッシュアワーみたいになってるなぁ。少なくとも二百人、いや三百人はいるかも。

 めいちゃんの記録によれば、リニューアル前も三百人程度は常時迷宮に冒険者が滞留していたらしいし、この程度の数が常駐してくれれば、冒険者から吸い上げる魔力で迷宮の魔力収支は微増、といったところ。

 どうぞみなさん、ジャンジャンバリバリ魔物を倒して下さいね。


「あっ」

 おや、ラナたんだ。『第四班』のみんなもいる。

「小さい隊長! 王都にきていたんですか?」

 タタタ、と駆け寄ってくる。年齢としては私よりもラナたんの方が三つか四つか年上なのだけど、こうして慕ってくれてるのは嬉しい。


「えと、ちょっと野暮用がありまして。どうですか? 迷宮は」

「いまのところは死者は出ていないけど……」

 ラルフ少年が、暗に苦戦している、と目で訴えてきた。

「じっくりいくことです。弱気で結構、生きて帰ってきた者が勝者です」

 どこかの軍隊の訓辞みたいだな……。でもみんな真面目に頷いてるからいいか。


「昔、この迷宮に入った時はですね……。まずは第一階層で十分に慣らしました。最低でも地図が埋まるまでは第一階層で頑張るといいですね」

 攻略上のアドバイスは出来ないから、こうやって誘導するのが今は精一杯。汲んでくれるだろうか。

「わかりました、小さい隊長」

 十五人で迷宮に入るのは人数が多そうだけど、前に見た時は三つのグループに分けて、それなりに効率良く狩っていた。油断さえしなければ大丈夫だろうと思う。

「はい、頑張って来てくださいね」

 手を振って、『第四班』が迷宮内部に入るのを、手を振って見送る。ラルフ少年が時々振り返っては私を見る。がんばれ、少年。多分、私より年上だけど。


 迷宮入り口の賑わいはオープン当日の熱気こそないものの、屋台は相変わらず出ていたし、奧の方にはテント村みたいなのもあるし、生活感が漂っている。ここに常駐する人が増えて、それをサポート(というか商売?)する人が増えていくと、王都の外れに街ができることになるか。あんまり増えるようなら統制した方が良さそうだけど、管理上は天領になるんだよねぇ……。代官に任命されたわけでもないし、防衛戦力はあるし、独立領を宣言した方が迷宮の発展にはいいかもしれない。………まあ、今のところは面倒だから放っておこう。

 テントの陰で『隠蔽』を使って入り口に戻り、裏口から第十二階層へ。


 まずはケーブルの続きから始めよう。

 ミスリル銀のケーブルは未だ剥き出しだったので、これに教会印の紙を巻いていく。

「うっわ、めんどくさ……」

 グラスメイド総出(予備の一体も持ってきた。受付にいる二体はそのまま)の五体と私で紙を巻いていく。何だ、この女工哀史みたいな図は……。


 巻いた紙に魔力シールドの魔法陣を極小で『転写』していく。込める魔力はそれほど多く必要というわけではなく、単純にサイズ合わせ。もう面倒だからスタンプでも作ろうかと思ったけど、魔力を込めないと魔法陣として焼き付けがされないから、仕方なく内職を続ける。



【王国暦122年3月15日 10:28】


「ハァ、ハァ」

 紙を巻き終えて転写もしたところでちょっと休憩。グラスメイドたちは文句も言わないで手伝ってくれた。当たり前だけど。


 さて、最終的な外皮、皮膜はどうしよう?

 ドラムを成形した素材は、たぶんポリ塩化ビニル。たぶん、ね。これに可塑剤を混入させて柔らかくしたものを使えばいいのだけど、化学の知識がないのと、設備がないのと、盛大に毒霧を撒いてしまいそうなので却下。


 他の素材として考えられるのはゴム。倉庫に眠っている謎素材の在庫には、天然ゴムっぽいのと、黒くて固いやつと、白くて柔らかいやつ。ゴム製品が千年持つか、と言われるとかなり疑問なので、これも却下。


 魔物素材として有用なのは、ラバーロッドの外皮。でもこれ、どうやって被覆すればいいんだか、ちょっと悩む。ポートマットの家屋用に作ったケーブル(というか単なるミスリル銀線)は短かったので、巻いて『結合』して終わりにしていた。でも、ゴム代わりに有用な素材でもあるし、それは本物のゴムを手にしている現在でも変わらない貴重品だ。


「うーん」

 困った時は素材倉庫を巡るべし。

 さすがに可塑剤なんぞはなかったけれど、柔らかめのプラスチックペレットを見つけた。

「あ、これかな」

 同じ素材のペレットは赤、水色、黄色が保管されていた。馴染みのある水色のペレットを持って工房へ戻る。LANケーブルはやっぱり、この色だよね。


「君はドラムを回転させてケーブルを送る。君はケーブルを保持。君は鍋から出てきたケーブルを保持。君は水から出てきたケーブルを保持。君は巻き取る係」

 五体のグラスメイドをフル活用。保持している両手は、変形して筒状にしておいてもらった。なんて便利な身体をしているんだ。

 大鍋にペレットを溶かして液状にして入れて、そこから引き上げたケーブルは冷却水の中に入れる。要するに、昨晩食べたチーズフォンデュで思い付いたんだけど、多分、元の世界でも同じようなことをしているはず。


 工房の中に刺激臭が漂う。最初の工程を指示した後に工房から退散して、グラスアバターにチェンジ、作業を見守る。

 グラスアバターは左手で『点火』でペレットを溶かす鍋、右手は『冷却』でそれを冷やす。それぞれ温め過ぎないよう、冷やしすぎないように温度を調節しながらグラスメイドたちに被覆作業を進めてもらう。


「おお……」

 まるで作業用機械のようにビニールコーティングされたケーブルが出来上がっていく。ペレットを用意してくれた前任者、ありがとう!

 私は化学の知識があまりないし、あっても設備がないと作れないし、それを見越しての在庫保管は正直助かった。なんとかエステルとか、作るの無理だし!



【王国暦122年3月15日 12:29】


 ケーブルが完成したところで、グラスメイドたちに『洗浄』をかける。あとは工房の換気も必要だわ。換気口は第十二階層の南西の端っこにあるので、風系魔法を使って倉庫の方に空気を流しておく。

「三十分間換気をしたら倉庫の扉は閉めてね」

『……了解しました』

 開けっ放しだと倉庫にかかっている魔法(たぶん状態保存的な魔法)に影響がありそうだったので、めいちゃんに指示を出しておく。


 もうお昼で良い時間だけど、食事も摂らずに迷宮の外へ。

 北西の山の方へ向かって歩きながら蜂を探す。


「蜂は………いたいた」

 春だなぁ。蜂がブンブンしているよ。

 スズメバチは生態が複雑で、他の蜂を食い殺したりするのでパス。ミツバチを選んで、その後を追う。綿とか紐は付けないよっ。目が良いから!


「みつけた」

 直径五十センチほどの巣を見つけた。案外縦長の巣だった。麻袋でガバッと蜂ごと包んで………って重いな!


 持ち上げた巣から染みだしてきたのは蜂蜜だ。こっ、これは勿体ない!

 陶器の鍋に蜜を入れていく。鍋一杯だから五リットルほどの蜂蜜が採れた。これが一番の王都土産かもしれないよ、ドロシー。


 手に付いた蜂蜜を舐めてみる。

「うまっ!」

 ゲテ食、虫食に含まれるだろうけど、これは別格の味だ。


「あまっ!」

 ああ、このままゴクゴク飲んでしまいたい。粘度が高すぎるけど!

 ベトベトになりながら複数の巣を回収して、第五階層南東と南西、第六階層南東と南西エリアの壁にくっつける。可能なら養蜂もしたいけど、蜂が魔物化するとしたら、リスク無しで蜂蜜が回収できるのか、疑問は尽きないところ。



【王国暦122年3月15日 15:07】


 工房の臭気は取れていた。

 工房で食事をするのも何なので、プライベートルームに移動して、食事を摂る。蜂蜜を入れた鍋を取り出して、白パンを浸して食べる。

 ジュブジュブに蜂蜜に浸して、かぶりつく。手と口がベトベト。ああ、熊の気持ちがわかるわ。今なら私の右手は食材になるほど美味しいに違いない。


「何て贅沢なのかしら…………」

 後でゲテ師匠(ブリジット)にも持っていってあげよう。しなやかに喜んでくれるだろう。



【王国暦122年3月15日 15:49】


 ケーブル保持の金具を作ろう。硬鋼のインゴットを薄くスライス、幅を調整して、半円状に加工する。ケーブルは一本を予備として二組設置予定だから、倍の数が必要になる。

 ここまでは魔法で加工ができたのだけど……保持金具を留めるボルトを作るところで、これは鍛造で作る方がいい、と気付いて作業を中断した。

 絶対今日中に終わらないと悟ったから。

「むう………」



――――終わらないよう………。





ラルフ少年たちが所属するチーム『第四班』は、若気の至りでチーム名称を登録してしまったため、これが正式名称です。

今後チームが大きくなって、内部で班分けをする事態になったらどうすんだよ……ということを誰も指摘しなかったのです。

ラナたんでさえ、設立の熱気に酔って、自分たちの飛躍に寄与した『第四班』以外考えられなかったんでしょうね。 


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