水姉妹とのお茶会2
【王国暦122年3月14日 14:24】
「竹製品なら、どこかに籠がありましたわ」
エイダの食い意地(飲み意地?)が私を現実に引き戻す。
「籠に使われている竹では――――」
作れない、と言おうとして思い出した。そういえばラバーロッドの芯材が竹っぽかったっけ。『道具箱』から取り出して眺めてみると、ちゃんと繊維が縦に走っていて、節がある。これなら加工できそう。やってみようか。
「本当はもっともっと時間を掛けてゆっくり乾燥させたものを使うといいんでしょうけど、今回は緊急ということで……それでもちょっと時間かかりますけど、いいですか?」
「ちょっと早いけど、夕食の準備をするから大丈夫よ。もちろん食べていくわよね?」
「それはいい案ですわね」
「あはは……」
ラバーロッドの芯を手頃な大きさにカットする。節を入れて十五センチくらいの長さに。
削りカスが出てしまうので亜麻布を引いて、その上で作業を進める。ルーサー師匠作のナイフを取り出して穂先になる部分の皮を薄く削っていく。
「…………」
ジッと見られているけど、凄く適当な作り方しかしませんよ?
竹(じゃないけど便宜上そう呼ぶ)を……じゃあ十六分割しよう。外側に軽く筋目を付けて、竹の目に沿って割っていく。
割ったら外側に広げて………。
内側の身と、外側の皮の間に刃を入れる。
「は~」
「ほ~」
内側の身を折っちゃう。お、それっぽくなってきた。
外側の皮は、さらに四等分に割く。
「このあとさらに木屑が出るんですけど………」
「それなら窓際でやりましょうか」
ベランダに出て、窓を全開にされる。そういえば窓ガラスはそれなりの透明度だなぁ。高級アパートなんだなぁ。
当て木をして、穂先の部分を薄く削っていく。『研磨』でもいいんだけど、削る箇所がナイーブ過ぎて、手作業の方が早い。
ベランダに腰掛けながら作業を続ける。穂先の処理が終わったら、一度全体に『研磨』を掛ける。
「―――『軟化』」
さっきもケーブル作りに使ったなぁ、このスキル。精密加工時に案外有用かもしれない。
穂先を柔らかくしてからナイフの背でしごいて、内側に巻くようにクセを付ける。
「お~」
姉妹が唸っている。うん、私自身唸りそうだよ。
「―『硬化』」
すごく微妙に『硬化』をかけて、削りは完了。
「ふう」
「すごいですわ。匠ですわ」
「まだまだです」
絹糸を取り出して、穂先を交互に編み込む。外側の穂先は広げて、内側の穂先は中心に集まるように。
この辺り、魔法でぽん! とできないのが憎い。何で、この世界の物作りはこうも面倒なんだろうか。だいぶズルしてる私が言うと怒られそうだけどさ。
「うん」
美しいカーブを描いた茶筅だ。もう一回編み込んで完成。
「はい、できました」
「素晴らしいわ。で、それが泡立て器? なの?」
「チャセン、と言います」
ここは魔法を使わないでやってみよう。茶碗に相当するものは………お、底の深い小さな陶器のボウルがあるな。これでいこう。
「お湯を頂けますか」
「沸かすわ」
レダがポットを魔導コンロ(これはかなり高級品だ)にかける。
「お菓子の残りとかありますか?」
食べ切っちゃったんだっけ。
「何も………白パンしかないわ」
「それでいいです。ください」
手早く砂糖水を作って、薄くスライスして一口サイズにカットした白パンを浸して即、乾かす(乾燥させるのは火系と水系魔法だ)。
「え、え?」
レダの疑問符は無視して、工程を三回繰り返すと、白パンの表面に砂糖の結晶が付着していた。これをさらに炙る。ちょっと熱い。
簡易ラスクが出来たところで、お湯が沸いたようだ。和菓子がいいんだろうけど、当然ながら望むべくもない。
「えー、お座り下さい」
テーブルに掛けるように二人に言う。抹茶をボウルに入れて、ポットのお湯を注ぎ、茶筅で泡立てる。
「は~」
シャカシャカ、シャカシャカ。
ツン、と立ったお茶の香りが周囲の空気を緑色に染めていく。
「ほ~」
思わず空気を嗅いでしまうよねー。
泡立つにつれて、抹茶がドロリとしてくる。
「はい、エイダさんからどうぞ」
「ああ、はい、ありがとう。どう飲むの?」
「一気にぐいっと!」
ぐいっと、本当に行った。顔が見る見る苦み走ったものになる。
「…………にが……」
「そこでお菓子をどうぞ」
ラスクを手渡すと、エイダが奪うようにして、慌てて口に入れた。
「甘い……。あれ、苦甘い……」
エイダから受け取った容器を、ポットのお湯で洗い、同じ容器でまたお茶を点てる。
「同じ器で飲むの?」
「そうやって皆との親睦を深めるものなのです」
「へ~。ああ、そういう文化、作法なのね」
レダも一気に飲み干す。そしてラスクを食べる。
「苦い。けど、これ、悪くないわ」
「何でもこれ、本当は地面や床に布を引いて、そこに座って、花でも見ながらやるんだそうです」
「へえ、この、粉にしたのは魔法だったわよね?」
レダは好奇心旺盛で、矢継ぎ早に訊いてくる。自作しようとしているのかな。
「さっきは魔法でやりましたけど、石臼でゆっくり挽けばいいと思います。お茶も、抹茶用に栽培されたものなら、より美味しいでしょうね。でも、この辺りじゃ栽培は難しいと聞いていますから、緑茶の入手そのものがかなり難しいと思いますよ」
「何でも魔法でやろう、って考えているわたくしたちからすると、これはかなり衝撃的ですわね。その竹の細工物も含めて」
茶筅を洗って、レダに手渡す。一品物、若竹の茶筅ですよ。
しかし、粉状にしたものを直接飲んでもいいわけか……。泡立てなくてもいいと思うけど。粉状ポーション(?)の服用方法としてはアリかもしれない。
【王国暦122年3月14日 15:59】
お茶の時間が終わると、姉妹自慢のレア書籍を見せてくれるとのことで、書庫に移動した。
二人の師匠であるウィートクロフト爺から受け継いだ蔵書もあるそうで(というかほぼそうみたいだ)非常に興味がある。『電子スクロール化』スキルを使えば一気に読めそうだけど、迷宮由来のスキルだから、この姉妹の前で使うのはちょっと憚られるなぁ。
「爺様といえば、大陸にいるそうなんですけど」
「わたくしもそう聞いていますわ」
「噂では、プロセアの軍に助力していたとか?」
「爺様と思われる魔術師と対峙したのは私だったんですけど…………爺様以外にあの魔力量は考えられないんですよね」
うーん、と三人で腕を組んで唸る。
「何を考えてらっしゃるのか……俗人には理解できないことなのでしょうね」
「単に面白そうだ、みたいな理由だと思うんですけどねぇ……。普段、魔術師は高名であればあるだけ、大規模魔法とかぶっ放せないじゃないですか」
ドカーン、と手を広げてみる。
「言われてみればなるほど……そういう欲求は魔術師にはあるかもしれませんね。それに師匠は広域魔法が得意でしたし……」
「力任せの感はあったにせよ、優秀な魔術師であることは変わりありませんわ」
優秀、か……。よく爺様と比較に出される、一方の雄、マッコーキンデールは二人からはどういう評価なんだろう。ちょっと訊いてみよう。
「えと、そうそう、魔術師ギルドのマッコーキンデール卿はご存じですか?」
その名前がでた時、姉妹はお互いを見つめ合った。そして私に向き直る。
「わたくしたちには無関係の……人ですわ」
関係ありますって言ってるようなものなんですけど………。エイダもレダもマッコーキンデールの姓ではないし、ミドルネームもない。庶子だとか、母方の爺さんだとか、そんな関係なのかな。だいたい年齢も知らないし。穴越しにチラッとしか見たことないし。
「そうなんですか。あ、この本………」
即座に話題を変えて、興味を覚えたタイトルの本を本棚から抜き取る。この姉妹にとってマッコーキンデールの名前はタブーみたいだ。
「よろしければ、その本はお貸ししますわ」
取り出した本は『精霊魔法と疑似魔法』。抜き出して表紙を見て、初めてわかった著者は、ウィートクロフト、マッコーキンデールの共著だった。
あちゃー、ババ引いてたわー。
「…………お借りします。ちょっと興味があったんですよ」
この姉妹にも色々事情があるんだろうなぁ、と思いながら、本を『道具箱』にしまった。
【王国暦122年3月14日 18:45】
夕食の時間になり、出てきたメニューは、なんとチーズフォンデュだった。
キッチンの魔導コンロで温められた、小さな鉄鍋に入ったチーズを、卓上の魔導コンロに移す。
「珍しい料理ですねぇ……」
「あら、ご存じでしたの?」
「はい。あ、パスタ持ってますよ?」
パスタ、と聞いて、エイダが破顔したのを、レダが不思議そうな顔をして見つめていた。レダから何も言われなかったので、お湯を作ってキッチンのコンロで茹で始める。幅広ではなく、細打ち麺だ。
ふむ……茹でる、か……。
んっ………。粉ポーションを麺に混ぜ込んでみたらどうかな……トマトを練り込んだみたいになるのかな………あー、トマトはまだ見つからないのかしら……。
っと、茹で上がったから食卓へ持っていこう。あれ、今日は私、お客だったはずなのになぁ。
「この料理は大陸奥地の山国で生まれたそうよ」
レダがチーズフォンデュの解説をしている横で、エイダはパンにチーズを付けては食べ、白ワインを飲んでは恍惚の表情を浮かべ、今度は茹で野菜にチーズを付けて………を繰り返している。
「チーズ大国なんでしょうね」
その山国っていうの元の世界でいうとスイスに相当するんだろうか。プロセアがドイツの前身とするならロマン帝国はローマだし、アスリム(国家としてより文化圏の総称みたいになっている)はイスラムに相当するのかな。スイスっぽい立地にあるところは、勢力圏としては、確かにその三つの丁度中間の山岳地帯になる。こういうところは独自文化を発達させるものなのかもしれない。三つの勢力に代わる代わる占領されて……とかだと混合文化になるのかな。まあ、ケースバイケースというところだと思うけど。
「パスタに絡めると……美味しいですわ」
冷静に考えてみると、メチャメチャカロリーの高い料理だよなぁ。食事後半になってもチーズが固まらないのは温め続けているからか。たまに白ワインをレダが継ぎ足して入れてるし。
なるほど、温め続ける……か。今日の姉妹とのやり取りで思ったことがそのまま通用するとは限らないけど、『体力回復錠剤』の問題点、その幾つかの解消方法が見えてきたような気がする。
気がするだけかもしれないけど。
【王国暦122年3月14日 20:21】
「もう……入りませんわ~」
エイダが上品さをどこかに置き忘れて唸っている。
「魔術師はコルセット必須ではないから助かるわよね、姉さん」
嫌味っぽく言っているレダも唸っている。
「チーズに絡めたパスタは美味しいですねー」
私一人がチーズを掬って食べていたけれど、姉妹二人が轟沈したので、ここで止めておこう。腹八分目が健康にいいよね。
「そのっ、パスタは危険物ね……」
「彼女のパスタは最高よ……」
「あはは。じゃあ、これ、置いていきますね」
余っていたパスタをどん、とテーブルに置く。
「危険ね。でもありがとう。大事に食べるわ」
二人とも妙齢の女性にしては健啖家だから、一回の食事でなくなっちゃうかも。
「はい。じゃあ、私はこれで」
「あ、送るわよ?」
レダがうーん、と唸りながら上半身を起こそうとして………起きなかった。
「大丈夫です。道は覚えましたから。今日はごちそうさまでした。長居しちゃってすみません」
ごちそうさま、が伝わったかどうか不明だけど、口から出たものはしょうがない。
「え、かえっちゃうの……?」
エイダが縋るような目で見上げる。水っぽい。
「はい。また近々来ますよ。また何か作って食べましょう」
「是非。待ってるわ」
レダがお腹を押さえながらやっと立ち上がって、玄関まで見送ってくれた。
「それでは、また」
ニッコリ笑ってエイダ姉妹の部屋を辞する。
夜風に当たりながら第三層の西側、『黄金虫亭』を目指す。
うん、実にいい一日、食事だった。朝の川海老を虫と捉えなければ、今日はノーインセクトデー。明日からまた虫で行こう。お肌にいい(かもしれない)し!
王都は二十時を過ぎると、もう静かになってしまう。人通りは激減して、一定のお店の中だけが喧噪に包まれる。深夜まで営業しているお店は数えるほどなので、集中して混んでしまうわけだ。
そういった店がポツポツ、と魔導ランプの灯りを点しているだけで、もう、この時間からはゴーストタウンに等しい。街灯の灯りも乏しく、光量も不足している。犯罪が増えそうだなぁ。
街灯と言えばポートマットに設置した街灯はどうなったかな。上手く運用できてるといいんだけど。
【王国暦122年3月14日 20:51】
犯罪の増加が心配される、なんて思った途端、路地ですれ違った冒険者風の集団に、すれ違いざまに斬りかかられた。
「わー」
棒読みで驚くと、五人組は激高して私を捕まえようとする。
「この!」
「逃げるな!」
無力化して騎士団に引き渡すのが一番いいんだろうけど……面倒だなぁ。
そういえば以前も街道で野盗に襲われたっけ。あの人たちどうしたかなぁ。社会復帰できてりゃいいけど、一回落ちると這い上がるのは難しいことだし。
しかし、こんな路地裏で殺してもなぁ。せめて迷宮内部で死んでくれないかしら。そうしたら魔力分、他人(主に私)の役に立つのに。
「まてー!」
「こらー」
面倒からは逃げるに限る。
うーん、私って襲われやすい風体なのかな……。
野盗の襲撃を回避しつつ冒険者ギルドの方へ引っ張って行こうと思ったけれど、息の上がった野盗たちは途中で付いてこなくなった。
ここで死ぬな。迷宮で死ね。
――――襲われにくい風体ってどんなのだろうね……?




