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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
迷宮少女が空を飛ぶ
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水姉妹とのお茶会1

【王国暦122年3月14日 11:58】


 よし、一応昼前に冒険者ギルド前に到着した。

「フフフ、いらっしゃったわね」

 キラーン、と光った目が私を捕捉した。ゴージャスな金髪縦ロール、水色のゆったりしたローブ。冒険者ギルド本部最強の魔術師、エイダだ。

「お待たせしました」

 別に遅れてはいないはず……だけど、

「いいえ、わたくしも今、来たところですのよ」

 っていう返しはお約束だよね。


「今日は楽しみにしてきました」

 こういうのは言っておかないとね……。頭の中の半分は物作り―――ポーションとケーブルと監視の魔道具?―――で一杯なんだけど、いいアイデアが浮かぶかもしれないじゃない?


「こちらですわ」

 エイダが妖艶な仕草(少しお尻フリフリ)で先導をする。

 エイダとレダは仲が良いのか悪いのかわからないのだけど、同じアパートの同じ部屋に住んでいるのだと。

「お家賃が高いから? ですか?」

 姉妹が一緒に住んでいる理由なんて家族だから、それ以外の何物でもないんだろうけど、話のネタとして訊いてみる。

「どうかしらねぇ……。それなりに稼いではいるから、お金じゃないと思うのだけど」

 寂しい、とか、やっぱりそういう理由なんだろうな。


 冒険者ギルドの建物から東の方へ向かうと、三階建ての建物が増えてくる。この辺りがアパート街になっている。石造りが多いけれど、木造もそれなりにあるし、道路側に二階、三階部分が大袈裟に張り出している建物もチラホラ。

「あれは税金対策らしいのだけど、わたくしにはよくわからないわ」

「へぇ~」

 そういえば税金ってどうなってるのかしら。ポートマットでは(一応従業員扱いなのだ)トーマスが一緒に払ってくれてるみたいだけど、詳しく議論したことはないし、税金以上の利益はもたらしてるだろうからいいよね……?


「ここよ」

 エイダが煉瓦造りの建物を指し示す。グリテンでも一、二の水系魔法の達人姉妹が住んでいるアパートとしては、ちょっとクラッシックな感じがする。水玉模様がペイントされてる、奇抜な内装でも驚かなかったのに。いやむしろ奇抜であってほしかったな!

 アパート、というと、元の世界の感覚では一つの階層にズラーっと並んだ部屋………を想像してしまうのだけど、この世界の常識か、グリテンでの常識か、一つの階層をまるまる借りるのが普通みたいだ。


「どうぞ」

「お邪魔します………」

 せめて部屋の中は水色に塗られているとかを期待していたのだけど、木の暖かみのある内装、落ち着いたアンティークな調度品が目を引いた。


「いらっしゃいませ。お待ちしていました」

 エイダはお嬢様口調(貴族ってわけではないと思うけど、出自は知らないから何とも言えない)だけど、レダの口調は普通。

 レダは髪の毛を後で結んで白いエプロンをしていた。顔の彫りが深いから、映画の中で美人女優さんが家政婦を演じているような違和感がある。ああ、そうそう、姉妹の差だけど、髪型と、あとは体型がちょっと違う。エイダの方は少しボリュームがあってグラマー、と言っていい部類だろうけど、レダの方はボリューム不足で痩せぎすの部類だと思う。

 この世界一般でどちらが()()()のかといえば、圧倒的にエイダだろう。美醜じゃなくて栄養状態で見る男性も多い、ってことね。


 二人が住んでいる部屋―――はいわゆる3LDKで、それぞれの部屋と書庫、リビングと簡単なキッチンがある。

「台所がちゃんとあるんですねぇ」

 ポートマット辺りでもキッチンがある家は半分くらい? 低所得層が住むような住宅には設置されていないことが多いし、そういう人達は自分で料理を作ろうと発想することすらないだろう。外食が発達していることもあるし、魔核を使う台所用品は、それなりのお値段がするから。

 王都ならもっと外食するところが多いし、自分で料理をしないのがステータス、みたいな風潮もあるから、キッチンが無い所も多いらしい。

「あ、これ、お土産です。ポートマット名物、カボチャプディングです」

「あらっ! ありがとう! 姉さんからレシピは聞いて作ったことはあるのだけど、本場の味も知りたかったの」

 レダが破顔した。


「王都に来た当初はね、料理なんかしなかったの」

「趣味的な部分が多々ありますからね」

 座ってくださいな、と二人に促されて、猫足の椅子に座る。テーブルには白いテーブルクロスがかかっていて、派手じゃないレースが品の良さを醸し出している。テーブルに置かれた平皿には小さなお菓子が盛られている。よかった。プディングを午後の紅茶に出されたら、何とも言えない顔になってしまうところだった。


「この娘が、いきなりお菓子を作りたい、とか言い出したんですのよ」

「いきなりじゃないの、姉さん。師匠が時々言ってたじゃないの。宝石のようなお菓子の話を。それを再現しようとするのは弟子の義務だと思うの」

「そういうものかしらねぇ……」

 午後の紅茶は女主人が仕切るもの、という作法? を知っているのかどうか、エイダはティーポットから紅茶を私のカップに注ぐ。

「どうぞ」

「うーん、良い香りですね」

 淹れたての紅茶はまず香りを楽しむ。私はお砂糖入れない派なので、口に入れて鼻に抜けた香りを楽しむ。うん……蒸しすぎ……。ちょっと渋みが出てる……。葉っぱは悪くない……。いや、かなりいいものだ。

「どうかしら?」

「美味しいです」

 ニコニコと。それに、案外、渋みの出たお茶には甘いお菓子が合ったりするから、単体で評価などできない。それ以前に、私は品評をしにきたわけじゃないし。

 そのお菓子に目をやる。

「これは………!」

 ワッフル? ウェハース? 極々薄いクッキー?

「どうかしら?」

 レダが感想を求めてくる。

「これって、ウェハース? ですか?」

「そうそう、ウェハーね」

 凸凹した表面の、薄くて固いパンケーキ(砂糖入り)だから、ワッフルに近い。バターの香りがする。


「この娘が、わざわざこのお菓子を作るっていうから、鍛冶屋に型を注文したんですのよ。呆れますわね」

 エイダは楽しそうに言った。レダは趣味人というか、とことんやってみる主義なのかもしれない。お菓子作りは求道者の一面があるよね。

「いやでも、これ、面白い食感ですよね」

 サクッとしてフニャッとする。はて……。もちろんウェハースは元の世界にもあったお菓子だけど。ペースト状の物を挟んで食べたりしてたよなぁ。ペーストか……ポーション原液を霧状にしただけの物って、ペーストになりそうなくらいの水分量だったよなぁ。お菓子じゃないけど、ウェハースを焼く手間さえ何とかなれば、ポーションがお菓子に大変身! とか………。食べて美味しいのかどうかは知らないけどさ。


「呆れるっていえば、聞いてくださいな。姉さんったら、緑色のお茶を買ってきたの」

 間違えて、紅茶じゃなくて緑茶を買ってきたらしいのだけど。生産地が遠いのに、ちゃんと緑茶だったのかな………。グリテンを含めて大陸でも、もの凄く東南の方じゃないとお茶って出来ないと思うんだ。熱帯性の植物だし。


「試しに煎れて飲んでみましたのよ。でも、ちょっと渋みが強くて……」

 エイダは渋い顔を見せた。

「それはきっと、お湯の温度が高すぎたのでは?」

 お茶と温度について、エイダとレダに解説をしていく。


 紅茶の場合は沸騰直前のお湯が良い、と言われてる。元の世界の日本だとカルキ臭があるから、少し沸騰させ続けないといけないけれど。

 緑茶は製法にも依るけれど、一般的には紅茶よりもずっと低い温度で入れる。この世界だと温度を測る仕組みも文化もないのだけど、あったとすれば、元の世界の単位では八十度ほど。もっともっと低くてもいいらしいし。

 だから紅茶のつもりで煎れてはいけないのだ。


「へぇ~」

「あとは、粉にして飲む方法もあります」

「えっ、粉? を? どうやるの?」

 レダが身を乗り出して訊いてくる。いいね、味を追求する姿勢はグリテンの未来を背負うのに必要な資質だと思う!


「石臼でお茶を挽いて、少量のお湯で溶かして、泡立てるんです。泡立てるのは竹製の道具で……こんな形の……」

 私が両掌の指を広げて、指同士をくっつけて籠の形にしてみせた。

「どうして泡立てるのかしら?」

「よく混ぜて空気を入れることで香りが立つからだと思います。ワインを口の中でクチュクチュするのと似てますね」

 正確なところは知らないけど、そんなところだろう。

「それは是非飲んでみたいわ」

 私のお土産のカボチャプディングを切り分けながら、レダが目を輝かせる。

「わたくしも飲んでみたいわ」

 うーん、竹なんてあったかなぁ。


「あ、このプディング美味しい……姉さんのレシピで作ったのは食べたけれど、どうしてかしら……」

「わたくしのレシピは、彼女の物と同じはずですわ。本人から習ったんですもの」

 エイダは、レダの料理の腕を暗に批判して反撃をする。

「舌触りが滑らかかどうかは、具材を混ぜる度合いに依りますね。お二人は『泥沼』の魔法はご存じですか?」

「聞いた事はありますけど、名前が汚らしいので覚えていませんわ」

「私も」

 名前で好き嫌いがあるのか……。これがゴージャス姉妹ってことか。

「じゃあ……『液状化』……とか?」

 何で私が提案しなきゃいけないんだと思いつつも言ってみる。

「まあ! 素晴らしい響きですわね」

「いいわね、その言葉」

 とりあえず水っぽければいいんだな、この二人。


 液状化といえば、元の世界では砂地盤かどうかで英訳は変わったはず。本来は振動によって砂地盤を構成する粒子が液体の性質を示すようになる現象のことだ。

「えーと、土系魔法で対象の分子結合を緩くして、適宜水系魔法で水分を足してあげて……」

「分子? とは? 何ですの?」

「結合? ですか?」


 そこからですか………。水系魔法の達人からしてこの程度の低さはどうしたものか。この概念って教えてもいいんですか、使徒の方…………。

「教えてもいいなら右手、駄目なら左手」

 小さな声で呟いた。すると、右手に冷気を感じる。何だ、使徒はこうやってYES/NOの判定してくれるんじゃないか。わざわざユリアンのところに行かなくてもよかったんじゃないか……?


「物質は、小さな粒が集まって形成されているとする概念があります。この小さな粒は単体で物の性質を示します。この小さな粒自体も、それを構成する単位に分解はできますが、それを破壊して再構築するのは錬金術の説明になってしまいますので、そちらにつきましては残念ながら割愛させていただきます。まあ、小さな粒同士が結びつきあって物質は構成されているんですよ」

 私は言いながら自分の左右の掌をがっちり結びつけた。

「それを緩ませたり締めたりする―――柔らかくしたり固くしたりする―――のが土系魔法―――と、私は理解しています」

「えっ!」

「まさかっ!」

 ああ、この概念を説明も理解も出来ないから、土系魔法を使う人って少ないのかな。


「お二人は、土系魔法については、どのように習っていたのですか?」

「その辺にある土を操作する魔法、と習いましたわ」

 すごいアバウトだな………。


「それも間違っていませんよ。操作するにあたって、粒で構成されている、って思うだけでも精度は変わってくると思います。ああ、緑茶は残ってますか?」

「ありますわ」

 エイダが緑茶の缶を持ってくる。なるほど、金属缶で密封されていれば発酵を途中で止められるってわけか。めちゃめちゃ高価じゃないのか、これ。

 エイダに渡された緑茶から、茎の部分を粗く取り除く。大きなサラダボウルの上で茶葉を握って、

「――――『粉砕』」

「ええっ?」

 茶葉が、美しい緑色の粉になる。


「いい香りね………紅茶とは違う、瑞々しい香り」

「結びつきを最高に緩めて小さな粒にしてみた……のがこれです。これに水を混ぜれば『液状化』ですか。その状態にはなると思います」

 厳密には単に粉砕して水を混ぜてるだけだから液状化とは違うけど、説明としてはいいか。間違って解釈してくれていいし。

「その仰りようだと、本来、『泥沼』の魔法は、『液状化』とは違う物ですのね?」

 あら、細かい指摘が。


「そうです。だけどここで説明することは理解を難しくしちゃいますのでご容赦を。ここでは粒を操作するものだ、という考え方を導入するだけに留めておいてください」

「へぇ……。姉さんから聞いてはいたけど、師匠より詳しいんじゃないの……?」


 うーん、彼女たちの師匠、ウィートクロフト爺は理論とは離れた、感覚派の魔術師だからなぁ……。元の世界で言えば長嶋さんみたいなものかな。他人に伝授するのが下手という。私は素人ながら、元の世界の知識を多少持っていて、この世界の魔法について、自分が納得するための理由付けを試みているに過ぎないのだから。

 それよりもカボチャプディングの舌触り改善の説明が土系魔法に、そして抹茶に移動してしまったようだ。


「あの方は力任せですから。それより緑茶の飲み方? 教えて下さらない?」

 紅茶も冷めて、お菓子も食べきった(カボチャプディングも完食)ところで、エイダが提案してきた。師匠への批判は碌なことにならない、と判断したのかもしれない。習った魔法に疑問を持てば、使えなくなる可能性もある。この世界の魔法はイメージに依っているからだ。


「緑茶はさっきも言いましたけど、低めのお湯でゆっくり抽出して飲めばいいです。粉にして飲む緑茶は『抹茶』と言います。その飲み方は、とある東の国では生き死にに関わる厳しい作法としても伝わっているらしいですが、基本的には好きに飲めばいいんじゃないかと」

「作法? お湯の温度がどうこうとか?」

「そうです。お湯の温度だったり、何回混ぜるかだったり、道具はこれじゃなきゃいけないとか、飲む時には器を何回回すとか、飲む時の姿勢はどうだとか。文化的な違いが大きいと思いますけど、疑問符が付くものも多いですね」

「東の国ね……行ったことはあるの?」

「いえ、話に聞いただけですよ」


 大体、日本がこの世界に存在しているのかどうか怪しい。本来『召喚者』や『転生者』と名乗っているなら望郷の念の一つも湧こうというものだけど、私の場合はエピソード記憶が曖昧なせいか、センチメンタルな気持ちにはあまりならない(時々無性に泣けるだけ)。


 前世が何者だったのか、という記憶は、どの転生者、召喚者(広義にはこの二つの本質は同類と言える)にも等しく曖昧で、フェイにも記憶はないのだという。フェイは異世界から召喚されたかどうかの事実は確認できていないわけだけど、フレデリカに関しては目の前で召喚されたところを見ているわけだし、その彼女に至っても前世が女性だった、という記憶以外、エピソード記憶らしいものは無いのだという。これが世界の縛りなのかもしれないし、単純に記憶喪失的なものかもしれない。だとしたら記憶をブロックしている何かがありそうなものだけど、それは私にとってはどうしても欲しい、と懇願しているものではない。


 ちょっと諦観混じりではあるけれど、今を生きるのに必死だということかもしれない。いや、ずっと生きるのに必死だったんじゃないかと思う。



――――もし、この世界にも日本があるなら、茶道も発展してるのかな?





すでに主人公が物語の上で暴走を始めているため、最初のプロットではこの辺りが中盤だったんですけど、どうなることやら。

他の登場人物はいいとして、主人公が暴走を始めているのは面白いので、このまま話を進めてみようと思っています。

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