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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
迷宮少女が空を飛ぶ
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朝の迷宮工房

【王国暦122年3月14日 6:12】


「ふわあ……」

 揚げた虫ばかり食べているからか、ちょっと顔が油っぽい。顔を洗ってサッパリすると、何だか肌がツヤツヤに……。

「こ、これが虫食の効果だというのか……?」

 信じたくないけど、ブリジットのしなかやさが短期間で元に戻ってきているのも虫食のお陰だとしたら……。真のグリテン名物として後世のために広めなければならないかもしれない。


 虫はいいとして、今日はお昼前には冒険者ギルドでゴージャス姉妹と待ち合わせだから……五時間……いや四時間くらいは時間が取れるかな。

『黄金虫亭』の食堂に降りると、もう冒険者風の人たちは食事を始めていた。もう遅い時間と言っていいかもしれない。


「おはようございます。すぐに朝食出しますよ」

「あ、おはようございます」

 赤い髪のグリーンさんに言われて席に着くと、すぐに黒パンと川海老のスープが出てきた。海老も虫の一種として扱われてるらしく、見る人が見れば十分にゲテモノなんだと。

「うん、これはこれで美味しい」

 でも、川海老のベスト調理法は素揚げだよなぁ、やっぱり。もう少し大型の海老じゃないと、煮る料理法には合わない気がするんだ。


 迷宮に泊まりっぱなしだと作業は捗るけれど、こうやって宿に戻るように習慣付けた方が生活は安定しそう。アーサ宅に住むかどうかを決める際に、ドロシーが私を心配して言ったことを思い出す。確かに、迷宮に籠もりっぱなしは体調的にも、精神的にもよろしくない。


 ポートマットを離れて今日で五日目。フェイからは三月の二十日までにはポートマットに帰着してくれ、という短文が届いていた。何だっけ、監視ができるような魔道具? を作っておけとか言われてたっけ。こういうのって、インスピレーションが湧かないと製作に入れないんだよねぇ……。


 朝食後は迷宮へ向かう。

 迷宮の様子は相変わらず、第二階層が攻略され中。一つか二つか、中級冒険者で構成された強いパーティーがあるみたい。死なないでほしいなぁ。

『第四班』のみんながまた迷宮に入っているみたいで、第一階層をちょこちょこ狩りしている。こっちも死なないでほしいなぁ。


 それにしても、生まれたての魔物を転送させてもレベルが低くて稼ぎにならないだろうし、少し共食いさせてから持っていくようにしないと駄目かな。ゴブリンとワーウルフは迷宮の基礎になる魔物だし、強すぎても弱すぎても興が冷める。今のままだとムダに強いし、生まれたては申し訳ないほどに弱い。

 めいちゃんにその辺りを訊いてみると、百年単位で考えれば、放っておいてもそのうちレベル調整がされて、奧に行くに連れて徐々に強くなっていく……ように自然になるのだという。

 短期的に調整を行うなら、どこかの空きエリアで一定期間調整をしてもいい、とのことで、空いている第二階層北西エリアを、一~二階層の魔物レベル調整用に使うように指示を出しておく。やってることがまるきり養殖だなぁ、と苦笑しきり。


 第七階層以降の掘削を進めようと思ったのだけど、第七階層、第八階層はかなり天井を高く設定していて、特殊な用途の階層だということもあって、今回は断念することにした。

 第七階層は待ち伏せに特化(他の趣向にしようとは思ってるけど)、第八階層はレイドボス特化なわけだし。


 ちなみに第九階層は増設しないつもり。管理層を増設する流れで作るとしても『迷宮の主』が存在する部屋は一つでいい。ワル様(の幼生体)は既に培養が完了して第九階層に配置されていて、第八階層の予備魔物を使って鋭意育成中。次にワル様と対峙する冒険者が、見ただけで諦めるような、そんな強化をしていこう、と鼻息を荒くしているところだ(まず専用サングラスの着用から始める必要があるだろう)。


 工房に移動して昨日の続きをしようか………。

 粉状のポーションを錠剤に成形加工するにあたって、工程が進むに従って薬効を含む品質が落ちるという致命的な問題がある。

 あとは、どのくらい日持ちがするのか、保管形態はどうするのか、薬効に差を付けて等級を設定するべきか、価格はどうするのか………考えるべきことは多い。

 服用してから効き始める時間も設定しなきゃいけないだろうし、そうなると混ぜ物の素材も考えなきゃいけないか。実験をするにも魔物を回復する時間で調整してもしょうがないし、人間でやらなきゃいけないよね……。

「うーん」

 半端な時間じゃなくて、まとまった時間でがっつりやった方が良さそうだなぁ。

 結局、こういう半端な時間の使い方が下手なんだなぁ、とつくづく思う。


 エイダ姉妹に持っていくお土産でも作るか……。

 グラスメイドを一体随伴させて、簡易キッチンへ。カボチャプディングを作るところを見せる。

 グラスメイドたちは、作ったことのないレシピを与えて『作っておいてね!』と放置しても作ってくれない。これはヘルプに書いてあったことで、レシピを与えつつ一緒に作らないと、見て覚えてくれない、のだそうな。その代わり、一度覚えて、材料の位置さえ把握していれば、アバウトな指令でも作ってくれるようになる。一緒に作れば作るだけ、料理上手になる、という設定がされている。不便なこの仕様を決定した人物(?)のメイド観が知れるというものだ。


 カボチャプディングを蒸している間に、短文を確認しようと思ったのだけど、この第十二階層は複数の強烈な魔力シールドが張られているので圏外。

 対策を求めてヘルプを参照したけれど、迷宮の深部で連絡を取り合うニーズなんて、迷宮管理者にあるわけがない、とされていたのか、まるきり記述がない。

「めいちゃん、外部から特定の魔力だけを通すようにできるか?」

『…………………魔力的な選別を行っての魔力伝送は推奨できません」

「そうだろうなぁ……」


 外部からの魔力を無条件に通してしまうと、迷宮の管理プログラムに誰でもアクセスできることになる。これは大変に危険な状況だ。そうならないように、セキリュティ上は、全てをブロックせざるを得ない。技術的には不可能ではないらしいのだけど、特定の魔力(プロトコルに相当するみたいだ)を通してしまうと、魔力波形を模倣されて、シールドを通過できてしまうのだという。要するにプロトコルを変換してのハッキングは可能、ということらしい。


 あれ、でも、アバターに魔力は通じてるよね?

 本体を第十二階層に置いて、アバターを稼働させてもいるわけだし。

 その辺りを訊いてみる。


『……『スキル:召喚』を通しての魔力伝送については、①空間魔法を伴うこと ②リンクによりセキュリティが保証されていること、以上の理由から魔力シールドを通過可能です』

 へぇ………。そういう理由があったのか。

 しかし、うーん、何とかならないかな。不便といえば不便なんだよなぁ。

「何かバイパスを設けて、しかも安全、という方法はないかな?」

『……物理的に特定の魔道具に到達させることは可能です』


 めいちゃんの回答に、物理的? と口の中で反芻すると、なるほど、と掌を打った。

 物理的に到達、とは、有線で引けばいいのだと。

「物理的に魔力が、シールドをバイパスして伝送されてきた場合、セキリュティ上の問題はない?」

『……物理的に特定の魔道具に接続して、そこから魔力が漏れなければ、脅威度は無視できるレベルになると思われます』

 つまり、魔力が漏れるような形にすると問題が出てくるってことだね。たとえば、有線でここまでバイパスを通したとして、そこから無線LANのアクセスポイントのような使い方をするのは駄目だと。単純に有線LANに繋いだ端末、のような形にするのは問題がないということか。

「魔力シールドが可能な素材ってある?」

『……『付与魔法:魔力シールド』を付与することで実現可能な素材があります』


 と、めいちゃんに提示されたのは、何と紙だった。教会印の紙はここでも『いいね!』をクリックされたようだ。カミラ女史も鼻高々だろう。

 ということは、ミスリル銀製のケーブルに相当するモノに、『魔力シールド』を付与した紙を巻けば要求水準を満たすということか。

 ケーブル……を第一階層入り口からここまで引き回すには……。縦坑を使うか。


 この北東エリア第十二階層の構造物には、南西の角に付随して五十センチ角の縦坑がある。これは空気穴でもあるし、排熱口でもある(大穴が口を開けているわけではなく、各階層の内部に目立たない形で繋がっている)。

 この穴の存在が、今いるエリアを『北東』に決定した要因でもあって、新設した三つの迷宮も、この穴を共有して使っている。ちなみにこの縦坑は半分に仕切られて吸気側と排気側になっているので、五十x二十五センチの隙間を通過できる人間がいるなら、第十二階層まで直通でこられることになる。いないとは思うけど、これも気付かれるとヤバイ、迷宮の弱点の一つだ(通過できる大きさの魔物対策は一応してある)。


「えーっと………、第一階層から第四階層までの各階層の高さは十メトル(二十メートル)で………第五階層、第六階層が二十メトル、第七階層が三十メトル、第八、第九、第十階層が四十メトル、第十一、第十二階層が十メトル。コンピュータルームである第十三階層も入れると、合計で二百六十メトル(五百二十メートル)」

 もの凄く深いところだったんだなぁ……。気圧とか大丈夫なのかしらん。うーん、第十二階層に通じている縦坑や構造物に異状がなければ無視できるかな。


 ケーブルの長さはどんなものだろう。

 仮に五ミリの直径でケーブルを作るとして、二百五十メトルとすれば大体百キログラムのミスリル銀が必要か。自重もそれなりだろうから、切れにくい構造にもしなきゃいけないし。となると、ノイズ対策と堅牢性と柔軟性を持たせるためには二本のケーブルを捻って一本にしたものを作った方がいいか。

「自重の関係もあるし、一気に二百五十メトルを作るのは無理かなぁ」

 そうなると縦坑にケーブルを通した後、ケーブル同士を接続する作業が必要になる。細かい作業だから人任せ、グラスメイド任せには出来そうもない。かといって、私本体がいかに小型ドワーフとはいえ二十五センチにはなれないし、体重の問題もあって無理。レインボーマン(月の化身(ダッシュワン))ならいけそうだけどな!


「ん……。すっごいちっさいアバターを作ればいいのか」

 いやまてよ、すっごいちっさいアバターに通信端末を持たせて第一階層で受信すればいいんじゃ……いやいや、それ以前に第一階層に『隠蔽』して私が行けばいいんじゃないか? するとあれかい、ほんのちょっと便利にしようと思ったら壮大に面倒になってるパターンじゃないかい?

「うーん……」

 それでも、ブレインストーミングで終わるには勿体ないか。倉庫のミスリル銀の在庫を見に行こう。


「なんと………」

 棚に置いてあったインゴットの他に、奧の奧の方に、一辺が〇・五メトルの正六面体のミスリル銀が三つあった。となりには黄金色に鈍く輝く正六面体もある(これはさすがに一つだった)。銀の比重はほぼ十倍だから、え、これって三十トン? これが市場に流通したら、グリテンの経済を破壊しちゃうんじゃないか……?

 どうやって集めたのかは知らないけれど、この金属塊が、迷宮の最終兵器なような気がしてきた。次代の迷宮管理者がどんな人物になるのかわからないけど、良識がない人物だった時のことを考えて、この金属塊も含めて幾つか隔離しておいた方がいいものがあるなぁ……。

 そんなことを考えながら黄金をチラリと見る。ああっ、見ちゃいけない。黄金の飛行機ペンダントとか凄く作ってみたいけど!


 千二百五十メトル分、ええと五十キログラムに小分けして五本……を、工房まで五往復して運ぶ。百キログラムでも持てるけど、いいじゃない、これでもか弱い乙女なのよ!



【王国暦122年3月14日 9:31】


 カボチャプディングが蒸し上がったので冷却中。

 ミスリル銀をケーブルに加工するとか、贅沢なことをしているなぁ、と思う。キャビアをお茶漬けにして食べているようなものね。ああ、この世界ではキャビアは見たことはない。イクラは存在する(何故かあまり出回っていない)けど。


 先に大きなドラムを作っておこう。異種金属同士が接触し合うと腐食やら品質の劣化があるという話もあるので、黒色のプラスチックもどき(モロにペレットだった)を素材に使った。これも絶対に迷宮の外には出せない品物の一つだ。プラスチックは、ペレットを加熱しながら練って、『成形』を使うと、ほぼ思い通りの形になる。強度が必要じゃない品物を作るには便利だ。だから形だけはお台場に設置されていたアレを再現できる。コイツ、動くぞ! は無理だけど。


「ちょっと持っててね」

『了解しました、マスター』

 グラスメイドにドラムを持っていてもらい、ミスリル銀を紐状に加工していく。ポーションの時のように、成形時の魔力の抜けがあるか心配になったけれど、液状の物とは違って、金属に含まれる魔力は抜けが少ないみたいだ。確かにブリジットのミスリル・スネーク・ダガーを黒鋼の短剣で掴んでも、ミスリル銀中の魔力が飛ばされた感じはしなかったし、そもそも鍛冶作業中に魔力が抜けた感触もない。


「あ、液体には魔力の親和性が低いとか?」

 ポーション中の魔力が抜けるからこそ、日持ちがしなかったわけで、それを長期間留める方策は必要だ。

「ああ、ポーションのことは後で考えよう……」

 首を振ってミスリル銀の加工に集中する。


 紐状に加工したミスリル銀はドラムに巻いていく。

 巻き終わったら、今度は紐を細くしながら、巻き直していく。

「マスター、物品の名称を決定してください」

 グラスメイドに言われる。レシピ登録するみたいだ。

「これは『ケーブル』だね。『ケーブル加工』でレシピ登録して」

「了解しました、マスター」

 一ミリ以下の細さにまで加工したかったのだけどキリがないので、一ミリ径に揃え終えたところでグラスメイド四体を招集する。


「推参いたしました」

 忍者っぽいな……。


 グラスメイド四体のうち、三体にドラム二本ずつを足で保持してもらう。なので三体とも床に座らせて、両手の指でOKマークを作らせて、そこにミスリル銀線を通す。三体のOKマークは、円状になるように配置した。ちょっと、アテナエクス○ラメーションみたいだね!


「本当はこういう形になるような機械を作る方がいいんだけどね」

 私が六本のミスリル銀線に圧を掛けながら捻っていき、残りのグラスメイド一体が完成品をドラムに巻き取っていく、という寸法だ。

「始めるよー」

 捻りながら引っ張りながら弱々しく『結合』をかけながら、細いミスリル銀線を一本の束、ケーブルにしていく。一本百五十メトル(三百メートル)のケーブルが四組完成した。

「ケーブル加工はひとまず終了。外皮処理も後でやるから」

『了解しました、マスター』



【王国暦122年3月14日 11:28】


 む、そろそろ行かねば。

 そういえば、今日はホワイトデーなんだな。もちろん、この世界にそんなことを設定したお菓子業界も、元ネタになっている宗教もない。平和で結構なことだ。

 軽く髪を整えて、ピンクのチュニックに着替えて『洗浄』で身体を疑似的に洗うと、プライベートルームへ向かう。

「マスター、プディングを……」

「忘れてた」

 グラスメイドが持ってきたカボチャプディングを『道具箱』に入れて準備完了。

「―――『隠蔽』」

 忘れちゃいけない。慌てちゃいけない。この世界では待ち合わせの時間がアバウトだから、遅れても何とでも誤魔化せるけど………。

 南Aの転移魔法陣から真東へ。



――――『電車が混んでてさぁ』なんて言い訳が通用するのはとき○モの中だけ。





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