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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
迷宮少女が空を飛ぶ
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徹夜明けの朝食

迷宮の階層など、「資料集」の方も併せてどうぞ。


【王国暦122年3月13日 3:16】


 第三王女ヴェロニカ姫の治療は、彼女が寝ているうちに、オーガスタと同様の施術をした。暴れないし、恐がられないから、寝ている方が施術はやりやすい。


 治療が終わった後、控え室? 詰め所? のようなところに集まってもらう。

 オーガスタ、ヴェロニカ、両者の担当の侍女も集まり、十数人が入ると、ちょっと息苦しい。


「まず、私が治癒術師として出来る事は、今行った治療が全てです。『解毒』と『治癒』、それに体内魔力の歪みを修正しただけです」

「アタシの『解毒』と『治癒』より効果が上なのかしらねぇ……」

 ダミアンが気落ちした様子で言った。

「いえ、そうではなく、念のためにやった感じですね。ダミアンさんが事前にやっていたからこそ、悪化があれで済んでいた、と思います」

 慰めではなく、多分、これは本当。もっと悪化していた可能性がある。


「ククク、歪みがあんなに簡単に治るとはねぇ……」

「キャロル副本部長しか見えなかったかもしれませんね。魔力的に修正はしましたけど、肉体の方がちゃんと付いてこられるかどうかは不明なんですけどね」

 感触としては、この作業で傷付いた神経が修復されたと思っている。本当に病は気から、なんだなと薄く笑う。


「ここで本題に入ります。侍女さんたちに集まって頂いたのは、この話を聞いて頂きたいからです。まず、生物的―――生き物としてですね―――には、姫お二人は完治していると言っていいと思います。ですが、いわゆる人間のクセ、習慣として、オピウムを欲しがるかもしれません。当然のことながら、与えないでください。再発しちゃいますから。それと、周囲の理解、支えてあげる人の存在、これも大事です。お薬を欲しがった時に厳しく接することができる。これが愛情ではないかと愚考します。オーガスタ姫は勇者様に依存―――これも依存症なのかもしれませんけど、ずっと健康的で健全じゃないですかね?――――しているようですが、可能な限り親身に接してあげてください。ああ、ヴェロニカ姫の方はお相手はいらっしゃるのかしら……。この際、婚約者とか、親が決めた相手かどうかは関係なくですね、側で見守ることが出来る人間であることが肝要です。私は宮中には詳しくありませんけど、他者に依存しなければ生きていけない―――人間誰しもそうなんだ、と言えなくはないですが―――姫お二人を薬ではなく、今度は人間関係で操ろうとする輩も出てくるでしょう。『高貴な立場の弱い人間』を守ってあげられるのは、侍女さんたちと、勇者様しかいないと思うのです」


 最初は訝しげに聴いていた侍女軍団も、私の話が進むに連れて大きく頷いている。

「もう一つ。これは私からの提案です。姫様たちは普段ヒマなんじゃありませんか? やることがない、というのも不逞の輩に対して隙を生みます。ですから、何か、一生掛けても終わらないお仕事をさせるべきです。そうですね、植物や動物の世話、編み物や芸術作品の制作などなど。たとえば―――王家で管理している温室がありましたよね? あれの世話に参加させるのもいいでしょう。どこかの庭を管理させたり造園したりさせるのもいいでしょう。お料理は無理―――でしょうかね。このような提案はファリス騎士団長、可能ですか?」

 誰に、というのは言わない。提案先は、姫二人の父親である国王スチュワートしかいないから。


「進言してみよう。他ならぬ従姉妹たちのためだ」

 あ、親戚だったのか。じゃあ何か、国王はファリスの叔父になるのか? 超サラブレッドだなぁ。ああ、それでザンが接近しているのか。国王(スチュワート)には直系の息子がいるはずだから国王は無理としても、宰相の立場は十分に狙えるわけか。ふうん、色々あるものだなぁ。


「お願いします。ああ、それで、これがですね」

『道具箱』からカボチャプディングを八つ、獅子草を根っ子ごと五十株、取り出して、一番偉そうにしている侍女に渡してしまう。

「毒味が必要ならどうぞ。こちらの紙には、このカボチャプディングの作り方と、獅子草の調理方法―――姫が所望されていた根っ子の飲用方法についても―――書いておきました。これは重要なことなので言っておきますが、『ポートマットのカボチャプディング』と、必ず『ポートマット』を付けて下さい。ポートマット、が付かない状態で流行させないようにして下さい。重要なことなので重ねて言いました」

 じゃないとハミルトンが泣いてしまう。ポートマット風、みたいに流行するのが一番いい。王都風、と頭に付いたら不味そうなイメージになっちゃうけど。

「あといくつか、消化が良いメニューを書いておきました。参考にして下さい」


 お米のプディング、シモダ屋風パエリア、アーサ風揚げ魚のあんかけ、獅子草のおひたしとごま和えなど。消化がいいとかじゃなくて、単にお米をどうにかしろという密かな試みだ。


「お預かりします。必ず役立てます!」

 侍女さんたちの瞳は燃えていた。頑張って下さい。

「以上です。お忙しいところ、皆さんありがとうございました」

 ペコリ、とお辞儀をすると、侍女軍団は揃って合掌してお辞儀をしてくれた。


 こんなところでいいですか? と、ザンとキャロルに伺いを立てる。

「よし、我々もこれでお暇しよう。ドワーフの娘、感謝するぞ」

 ザンは私の頭をワシワシ、と撫でた。

「勇者殿はしばらく姫に付いていてくれ。姫を救ってやってくれ」

 パスカルは固い表情で勇者オダに頭を下げた。パスカルが姫の快癒を望むのは……騎士団長の一人だから? 他に理由があるのかな。まあどうでもいいけど。

「わかっています。姫には……ここをくっつけてもらった借りがあるんですよ」

 え、そうなんだ。半狂乱になって首をくっつけてみたら、本当にくっついて復活しちゃった………っていうのは、逆にトラウマになってるんじゃないのか? 私ならなるね。オーガスタが正常に戻った時、勇者オダを直視できるかどうか。病気が治ったらポイってされそうで、それが容易に想像できるからなぁ……。


 ところで勇者オダの『不死』スキルはLV2になっているんだよね。どういうこっちゃ。死ぬ度にレベルが上がるとか? 何回殺せばいいのかわからないけど、殺す度に強化されるとしたら面倒なこと、この上ない。

 処理に関しては『神託』待ちだなぁ。今のところ勇者オダは、オーガスタ姫の治療には不可欠な存在と見なされているから放置されてるのかしら? もしそうだとしたら、意外にオーガスタ姫は(この世界的に)重要な人物なのかもしれない。これもまあ、どうでもいいけど。


「行きましょう?」

 ダミアンが皆を促すと、ファリスが先導して冒険者組は居住区の外に向かった。


 建物の外に出ると、東の空が白くなっていた。

 思いっきり朝だなぁ。

 特急馬車が待機していて、サイモンは欠伸をかみ殺した後の目をしていたけれど、すでに御者席に座っていた。

 ファリスは帰路には同道せず、勇者オダはオーガスタに付き添うために居残り。

 ということでパスカルとそのお付きの人(グラスアバターの時にも見た人だ)が、帰路の馬車に同乗した。


「今回の件、本当に感心した。そして感謝する」

 パスカルは馬車の中で、そんなことを口にした。

「先に治療をして下さったダミアンさんと、勇者様の手柄が大きいと思いますよ。それに、まだ治療が完全に終わった、とは言えませんよ?」

 私の手柄じゃないし。それに、ヒーラー勇者から『解毒』を得ていなかったら、今回の治療そのものが成り立たなかった。僥倖が続いただけなのだ。


「それは謙虚に過ぎると思うわ。病気の進行を遅らせた自負はあるけれど」

 ダミアンは照れ隠しも含めて私を咎めた。治癒術師としての性格なのか、ダミアンは一歩引いて冷静に事を見られる人、という印象がある。物事の全体像を把握する術に長けているというか。(いもうと)のドミニクも、料理から受ける印象は似ている。兄弟(しまい)なんだなぁ、と思う瞬間だ。


「ククク……。魔力の流れを正した手腕は見事でしたねぇ……。私には指摘は出来ても治す術がなかったのでねぇ……」

「うむ! フェイにも相談していたところだったのだが、ドワーフの娘が王都に向かっていると聞いてな。多忙な中、すまなかった」


 ちっ、多忙って知ってるくせに。最高に苦み走った苦笑をザンに向けておく。


「そうなのだ。これほどの実力を持っている魔術師を知らなかったとは。某の見聞が不足していたと恥じ入るばかりだ。知己であれば先日の『ラーヴァ』襲撃時や迷宮突入時に参加してもらえたかもしれなかったのに……」

「ああ、その頃、ドワーフの娘はポートマットで、そちらの第四騎士団と睨み合ってたんだよ。その前に大陸の上陸部隊を壊滅させたのもソイツだ」

 皮肉の表情を浮かべてザンが補足した。こいつが千人を殺したんだぜ、と。失礼な、五百人しか殺してないですよ。


「なんと……そうであったか……。第四騎士団を止められなかった責は重いな」

 パスカルはため息をついた。愚直というか真面目というか、騎士っぽい。騎士団長だから当たり前だけど。

「ククク……伯爵に責などございますまい。その後の第四騎士団はどうなりましたか?」

 キャロルが丁寧に話してる。だけど質問はストレートだ。

「む………」

 話してもいいだろうか、と逡巡しているのか。パスカルは副官? の顔を見てから、しばし考え込む。副官の顔にはお任せします、と書いてあった。パスカルは話をすることに決めたようだ。部隊外秘だろうから、話すのを躊躇うのはわかるけど、こちらの安全にも関わることだし、実際には私たちは当事者そのものだ。


「ランド卿はポートマットに囚われたままであるな。身代金を払って王都に戻してから、処罰を受けることになるだろう……。恐らく死刑は免れまい……。死刑囚の身柄を確保するために金を払うことは合理的ではない、と批判する輩もいるのだが、面子や規律の問題もある。それがされなければ秩序の維持という題目も上辺だけのものとなってしまうだろうしな。まあ、実質の賠償金ということになるだろうが、取り戻すのが先決であろうな」

「ランド卿は融通の利かない、騎士らしい騎士だったんだがなぁ……」

 ザンも嘆息する。揶揄している言葉の中にも一定の親しみが混ざっている。案外有名人だったのかな。


「某が第二騎士団に異動するまで直属の上司であった。規律を重んじる良き先輩であったのだが……家や貴族同士のしがらみには逆らえなかったのだろうな」

 なるほど、愚直が育成すると愚直になる。よくわかる実例だなぁ。


「なるほど……。第四騎士団に所属の団員はどうなる?」

「小隊長までは尋問が行われているな……。同じ騎士団で全く恥ずかしいことだ。それより下の騎士団員については背後関係を軽く……と言っても膨大な調査量になるが……調べて、問題がなければ、監視の意味も含めて第二騎士団(ウチ)か第三騎士団が引き取ることになるな」

 なるほど、第二、第三騎士団が元・第四騎士団の人間を把握、掌握して初めて、一定の安全が得られる、と見た方がいいな。それまではカレンとシェミーにはアーサ宅の護衛にいてもらった方が良さそうだ。その判断基準が得られただけでも、ザンがパスカルに話を振った意味がある。


「着いたぜ」

 サイモンがそれだけを言って馬車が止まる。

 後部の幌を開けると、冒険者ギルド本部前だった。朝日が東の空に見えた。本日のロンデニオンは晴天なり。


「小さな魔術師殿、今日はご苦労だった。感謝する」

 パスカルは、私が降りる前に手を握ってきた。ゴツゴツした手だった。

「いいえ」

 ニッコリ笑って馬車から飛び降りると、反動で馬車が跳ねた。しまった。

「おっと」

 馬が暴れないように制したサイモンは、ニヤニヤと私を見ていた。フン、と鼻を鳴らして手を振ってやった。


 馬車が離れていくのを見送りながら、ザンが私に話し掛けてくる。

「パスカルのあれは、勧誘しようとしてるんだろうな」

「はぁ? 私が騎士団に? ありえません。面倒臭いですよ」

「ククク……それ以前に、こんな危険物を扱えるとは思えませんなぁ……」

 危険物扱いにはちょっとムッとするけど、その通りなので何も言えない。

「朝食にしません? ドミニクの店でいいわよね」

 ダミアンがそう言うと、一行は否定する事もなく、当たり前のように歩きだした。『雌牛の角亭』は本部前から歩いて一~二分。ほとんど社員食堂のような近さだ。

「当たり前だが、今日の治療の件は極秘だ。この面子とブリジット、フェイ以外には話せないからな」

「はい」

 そりゃそうだ。


「いらっしゃ~い」

 朝の静謐な空気の中、ドミニクは暑苦しいおネエ言葉で出迎えてくれた。

「朝食くれ」

「は~い」

 個室へ入る(ザンの指定席らしい)と、程なくして朝食が一枚の皿に山盛りになってやってきた。マッシュポテト、生ハム、スクランブルエッグ、煮豆に黒パン。

「スープは今持ってくるわね」

「あの、ドミニクさん、お野菜……イモ以外で……ありますか?」

「焼いたキノコでいいかしら?」

 それも野菜とはいえないけど……。

「はい、それでいいです。油少なめで!」

 わかったわ、と言い残してドミニクは戻り、もう一人の店員さん(この人も中肉中背、やや筋肉質で胸毛多め)がウィンクを乱発しながらスープを持ってきた。スープには刻んだ野菜が割と多めに入っていたので嬉しくなった。


「はい、焼きキノコね」

 ドミニクが持ってきたキノコは、直径十センチほどのマッシュルーム。でかっ。ああ、でも元の世界でも、マッシュルームって育つとこのくらいの大きさになるんだっけ。

「なんだそれは、美味いのか?」

「うーん、どうでしょう?」

 塩っ気ゼロ、のグリテン風は、自分で味を付けろ、が基本だ。割と大陸風のメニューが多いこの店でも、単純に焼いただけ、茹でただけ、揚げただけ、の時は客に味付けを任せてしまっている気がする。元の世界の頑固なラーメン屋を思うと、許されない話だ。

「ドミニクさん、これ、バターで焼いて、軽く塩胡椒して出した方が売れると思います。もしくは柑橘類を搾ったり、醤油でもいいですね」

「あらそうかしら。貴女がそう言うなら、根拠があるんでしょうね」

 私は頷いた。

「少なくとも、店主の主張があった方がいいと思いますね。それ以上の味付けが必要なら勝手にやれ、みたいな。線引きをもう少しお店に寄せてもいいと思うんですよね」

「考えてみるわ」

 少なくともアーサお婆ちゃんは工夫と創意と情熱を持って美味を追求していた。個人差や文化の違いはあるけれども、それを客の方に丸投げして顧みないのは単なる思考停止のような気がする。それは合理的、とは言えないと思うのだ。


「ふー、食った食った」

 徹夜明けのテンション高め状態の四人組は、妙にお腹が膨れて唸った。元の世界で言えば、牛丼屋で『並三つ!』みたいな食べ方をしたわけだ。


 私は大量のマッシュポテトを腹に押し込めるのに苦労したけれども、残さずに食べた。このイモって炭水化物の替わりだよね……?

「ドワーフの娘よ、今日はこの後、どうするんだ?」

「ギルドの仮眠室を貸していただけますか? 少し寝ないと」

「ククク、全員同じことを思っている事に気付いていますか……?」

「全員仮眠室行きだな!」

 多少ゲンナリしながら、冒険者ギルドへと戻る四人組だった。



―――徹夜明けの朝食の王者は牛丼だよねぇ……ああ、吉○屋の『牛丼』には紅ショウガ入れない派。でも松○の『牛めし』には全部入れる派でした。





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