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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
勇者狩りの幼女
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シスターの尻相撲

「『お守り』は成果を挙げているようですねぇ」

 応接室のソファに座ると、私は黒い笑みを浮かべながらユリアンに言った。

「お陰様で……この冬を越せそうです」

 嘘つけ、五回は越せそうなくらい儲かってるんじゃないか?

「そうですか、それは良かったです。フフフ」

「ええ、全く感謝感激です、フフフ」

 この司教、トーマスやフェイよりも腹黒いんじゃ……。

「まあ、ドロシーさえ買っていましたから。程々にしておいて下さいね」

「ほう……そうでしたか……。あのドロシーまで……。わかりました。供給量を絞って、季節限定物にしてみることにします」

 聞いてねえ……。まあいいや、本題に入るか。あ、お茶が来てからの方がいいかな。密談でもあるから。

「失礼します~」

 ドアがノックされて、マリアがティーセットを持ってくる。お盆を持つ手と足がちょっと不安定で怪しい。

「ありがとう」

 ティーポットと、温められたカップ。香りは紅茶だけど……。

「んっ? 違う産地の茶葉ですか? いや発酵が進んでいる……製法が違うような」

「さすがですね。何でも海賊被害を避けて、違う海路を取ったのだそうです。それで、違う産地から、違う製法の茶葉を入手してきた、と聞きました」

「ああ、そうなんですか……」

 カップに注いでみると、少し赤みが強いか。香りは前に飲んだものよりは弱い。けどまあ、それほど紅茶に詳しいわけじゃないから、この程度のことしかわからない。


 マリアが給仕に失敗するんじゃないかと内心期待していたのだけども、特にミスはしなかった。マリアの慌てる様は本当に見ていて心が洗われる……。だからちょっと残念。うーん、何なんだろうか、この気持ちは。フレデリカとは違う種類だけど、根っこは同じ、薄暗い感情かなぁ……。

「どうぞ~」

「ありがとう、マリアさん」

 淀みなくマリアが応接室から退出すると、私は内心で舌打ちした。だって、つまんないじゃないか。


「それで…………私にお話とは?」

 ユリアンが私を直視する。

「もう騎士団や冒険者ギルドから告知があると思いますが、ワーウルフがヘベレケ山の北に出没しています。教会の方でも、注意を促して頂ければ幸いです」

「それは昨晩、騎士団の方から、お知らせを頂きました。孤児院の子たちを含めて、薬草採取は当面は見合わせますが……困りましたね」

「騎士団の方から安全宣言が出されるまでは、町の外での活動は控えた方がよろしいかと存じます」

 まーぶっちゃけ、エミーは並の冒険者よりは強いはずだ。怪我の一つはするかもしれないけど。

 マリア辺りはちょっと危ないか。心配しすぎかもしれないけど。

 問題は孤児院の連中で、年長組の中には、町の外で薬草の採取をしている子もいると聞いている。その子たちが危険な目に遭うのは面白くない。

「了解しました。そのように皆には伝えます」

「よろしくお願いします。――『遮音』」

 前触れもなく、私は遮音結界を張る。眉根を寄せるユリアンを、じっと見つめる。


「え-、本題に入ります。…………このワーウルフ騒動は、勇者殺しをあぶり出すために企図されている可能性があります。対応策は、フェイ支部長、トーマスさんの方で練っているかとは思います。私は慎重に動くつもりではありますが、フレデリカが疑われているフシがあります。フォローはするつもりですが、私自身も疑われるかもしれません。状況は不確定です」

「それはそれは……困りましたね」

 全然困ってない風のユリアンが穏やかに言った。もう少し困った感じを見せてくれると話しやすいんだけど……。

「一応、教会の中で親しいエミーさん、マリアさん用に防御用の魔道具を用意してきました。後で本人たちに渡します」

「それは少し……大げさな気がしますが?」

 ユリアンはエミーとマリアなら、ワーウルフは問題にしないだろう、と言っている。そこは同感。

「魔物だけならいいんですが。ワーウルフ騒動が人為的である可能性が高いとなると、仮に私が疑われた場合、彼女たちにも被害が及ぶ可能性があります。一つにはその用心です」

「一つには……と仰いますと。まだ他に何か?」

 うーん、穏やかに話すなぁ。海千山千の商人でも騙されそう。

「大手チーム『シーホース』が関係する商売が、将来的には害悪になる可能性があります。『シーホース』は領主お抱えと言われているチームでもあります。この件は、まだ調査中ではありますが、騎士団も関係している可能性があります」

「それはそれは……大変なことですね」

 全然大変そうに思ってない風にユリアンが言う。好々爺の実物がここにいる。

「はい、まだ可能性の話です。シーホースの方はジャック、という人が関わっています。騎士団の方はアーロン・ダグラス騎士団長が、ジャック氏と密談しているのを目撃しています」

「ジャック……アーロン……。ジャックさんは何をされているのですか?」

「現場を目撃したり、証拠があるわけじゃないのですが、人体に害があり、中毒性のある薬を作っている可能性があります。違法になった場合、収益性の極めて高い物となります。これは私が異世界から来たので予想できることです」

 異世界情報、としておくと信憑性が増す。


「ああ、なるほど……これだけ『可能性』だけを列挙しているのに用心が万全なのは理解しました。大金が絡むかもしれないのですね」

「はい。ワーウルフの件が落ち着いたら、また採取に出かけますよね? その際に、エミーかマリアを引率として連れて行ってほしいのです。一つには安全のためと、もう一つは……」

「その、ジャック氏の動向の調査員として、ということですね」

「はい。危険を伴うのですが、冒険者ギルドの強面では警戒されるでしょうし。商人ギルドの調査員は別件を調査することになると思いますので、その補完の意味合いもあります」

「それはそれは……しかし、孤児院の子供たちの生活手段を考えますと、心が痛みます」

 ユリアンの微笑が少しだけ黒くなる。孤児院の薬草採取は重要な資金源で、ワーウルフの件で採取をストップするのは仕方がないとしても、ジャックの件で効率を落とすとなると、代りの資金調達手段が必要になる。

 というのは頭でも心情でも理解できるのだけど、あからさま過ぎるぞ、司教。


「お守りで稼いだではありませんか。どうしても、というならイイモノがありますけども、ちょっと大がかりになってしまうので」

「ほう……それは是非教えて頂きたいですね……」

 ユリアンは黒さを消した、穏やかな笑みを見せた。

「では、これについてはワーウルフの件が終息してからということで」

 私はそう言いながら、結界を解いた。密談は終わり。

「了解しました。ご多幸をお祈り申し上げます」

 さすがは司教にまで上り詰めた男だわ……。腹黒さの欠片もない聖職者にしか見えないわ。


「ええと、エミーさんとマリアさんに会いたいのですが―――」

「この時間なら―――厨房にいるかと思います」

 お昼前、という時間。この世界では一日三食の習慣はあまりなく、朝と夕の二食が基本だ。夕食の仕込みでもしているのだろうか。

「わかりました。行ってみます」

 うん、場所とかわかんないけどね。

「ドアを出て右に行って、突き当たりです」

「ああ、ありがとうございます」

 心が読めるみたいな鋭さだなぁ。さすがは司教にまで……。


 私は言われた方向に足を向けると、厨房を発見した。案外大きい。何かを煮込んでいるのか、室温と湿度が高い。

「こんにちはー。エミーさんとマリアさん、いらっしゃいますか?」

 何やら作業をしながら話していたのだろう。手を止めて立ち上がるマリアが見えた。手に持ったナイフと芋っぽい実をテーブルに置いて、入り口近辺にいる私に近寄ってくる。

「あら~、もうお話は終わりですか~?」

「ええ、まあ。エミーさんは?」

 キョロ、と室内を見渡すが、シスター風の人が二人、料理人風の人が三人。エミーの姿はなかった。

「エミーは孤児院の方にいきました~。お勉強を教えに~」

 なるほど、エミーなら先生役にピッタリだなぁ。こういうのは年齢じゃなくて資質なんだろうなぁ。マリアを見ていると実感できるよ……。

「呼んできましょうか~?」

「いえ。マリアさんにもお話があるので、一緒に行きましょう。司教様にはお許しを頂いています」

 体中で「?」と言っているマリアを連れて、私たちは孤児院へと向かった。


「孤児院は教会の敷地内ですよね」

「うん……ええ、そうです~」

 孤児院は、その名の通り、身寄りのない子供たちを引き取って生活させる施設だ。下は一歳から上は十歳くらいまで、三十人ほどが暮らしているのだという。だいたい十歳になる頃には社会に奉公に出されるとのこと。トーマスの話では、孤児院の教育は優秀らしい。得難い人材が安価に入手できると評判で、ドロシーが孤児院出身で実績ができたからか、商業ギルドが積極的に補助しているとも聞いていた。まあ、元々、トーマスとユリアンはワル仲間なわけで懇意ではあるけれども、出来のいいドロシーをトーマスの下に送り込んだユリアンは、実に先見の明があるとも言える。


「こっちですよ~」

 教会の敷地の広さは、元の世界でいう、田舎の小学校の校庭くらいか。それなりに広い。礼拝堂が土地の中心にあり、建物の西側には墓地、東側には常緑の林と背の低い灌木がある。ちょっとした木の実くらいは採取できそうだ。その土地の隅っこに、質素な孤児院の建物がある。木造の、手入れはされているものの、立派とは言えない平屋の建物だ。


「この建物で皆は暮らしているんですか?」

「ええ、手狭ですけどね~」

 マリアは軽い調子で言った。物事を深刻に考えすぎないのは、美徳なのかもしれない、とマリアを見ながら思う。

「あの、私には敬語とかいりませんよ? 気軽に話して頂ければ」

「あ、そう~?」

 うん、マリアには軽い調子がいいよね。

「マリアさんたちは、礼拝堂に宿舎があるんですか?」

「ううん、別棟があって~。そこも手狭だけど~」

 あんまりいい環境ではないのかもしれない。けれど、やるべき事をやって生活できているのなら、それは幸せなことなのかもしれない。ここで過度の施しをするのはどうやらキリスト教的な考えで、過ぎたるは猶及ばざるが如し、と思ってしまう私は、きっとキリスト教信者ではなかったのだろう。


「中で勉強会してると思う~」

 うん、わかる。建物の外にも聖なるオーラが溢れているよ! これ、もしかしたら魅了とかのスキルの一種なんじゃないかなぁ。妙に威圧されるしねぇ。

 マリアが孤児院の建物に入ると、エミーがすぐに出迎えた。

「まだ勉強会中~?」

「はい、気配を感じましたので。自習にしました」

「こんにちは。大事な時間にごめんなさい」

 私は殊勝に目を伏せながらエミーに謝る。というかさすがは『気配探知』持ちというところか。

「とんでもない。お姉様のためなら、いくらでも時間を作りますとも」

 お姉様って誰だよ……。え、私? 私が妹じゃなくて?

「え、あ、ああ、うん……?」

 自分が困惑しているのを感じるけど、とりあえずは二人に建物の外へと出てもらう。


「私にもお話とか~? 何~?」

「まずはこれを」

 私は『守護の指輪』を『道具箱』から取り出し、エミーとマリアに渡す。

「これは――守護の指輪では?」

 エミーが、自分の装備している指輪を見せる。

「あ~、エミーがずっと自慢してるやつね~」

 ああ、自慢してるのか……。作者としても恥ずかしいなぁ……。

「これは、その上位版です。もう少し強固で、もう少し範囲が広いです。その上、機能を解除可能になりました!」

「素敵です……」

 エミーは私と指輪を見てうっとりしている。マリアは何のことか、よくわかってない様子だ。

「というわけで、二人とも、これを装備してください。エミーさんは、その指に着けてるやつ、私に戻して下さい」

「えっ、これはお姉様に初めて貰った―――」

 反発されるだろうなぁ、とは思いつつ。っていうかお姉様は止めてほしい……。

「うん、いずれ改良して、また渡すから。私から見たら、まだそれ、未完成品なんですよねぇ……」

 匠(笑)として、出来損ないの自作品をこの世に残すことは死よりも辛い―――らしいし、まあ、恰好悪いじゃない?

「う…………。わかりました……」

 数秒の葛藤の後、エミーは折れて、指輪を渡してきた。よしよし、良い子ですこと。これはいつか、魔改造して、また渡すからね。


「じゃあ、使い方を説明するよ」

「なにかトラブルに巻き込まれる可能性があるんですね?」

 エミーの言葉に私は頷いて、ユリアンからも言われるだろうことを軽く説明することにした。

 私は使い方をレクチャーし、ユリアンから言われるだろう事を軽く説明した。

「トラブルに遭ったら戦わずに逃げる。並の使い手なら、その『殻』は破れません」

「あはは~この殻面白い~」

「面白いですね」

 エミーとマリアは殻を発生させて、激突しあって、反発を楽しんでいる。尻相撲のような、元の世界でテレビのバラエティーに似たようなのがあったような。それにしても、あのエミーが嬉々として遊んでいる姿は微笑ましい。マリアはまあ……転んでくれたら鼻で笑って見下ろして楽しめるのだけど。


「あ~、切れた~」

 マリアの殻が消えたようだ。心なしかグッタリしている。魔力切れっぽい。

「あ、うん、本人の魔力を吸い取るから。魔力量によって稼働時間は変わると思いますよ」

「そうなんですか」

 エミーは魔力を吸い取られていたのを感じていたのか、それを聞いて殻を解除した。

「稼働時間を延ばすには―――ちょっと疲れたかなーというところまで、エミーは魔法を使ったり、マリアは歌を歌うといいですね」

「え~、歌を歌うと魔力高まるの~?」

 マリアの綻んだ表情。魔力量が増えるのは誰でも嬉しいのかなぁ。

「―――『周囲を調べるのよ(たんちのうた)~』とか、こんなの」

「あれ~、それ、姉さんに教わった歌~? 何で知ってるの~?」

 マリアからコピーしました……とは言えないので……。

「私は王都の冒険者から教えてもらったんですよ」

「へぇ~そうなんだ~」

 マリアとお姉さんとの絆の歌だったのかも。ちょっと軽率だったかなぁ。でも、マリアのうつむいた顔はちょっとそそる……。なんだろう、この黒い感情は……。

「でも~、他にも知ってる人がいて嬉しいかも~、あはははは~」

「そ、そうねぇ、あははははー」

「楽しそうですね。うふふふふ……」

 そうやって三人の女の子達が笑い合うのは、先生、自習まだやるんですか、と子供たちが呼びに来るまで続いたのだった。


――――あはははははははー。



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