迷宮の新装開店2
【王国暦122年3月12日 8:48】
仮眠から起きると、中級冒険者が多く来ていたのか、第一階層北東エリアの残魔物数は予定の五百を下回り、第十一階層の培養槽が再稼働を始めた。
冒険者は朝日が昇る前から動く、の行動パターンからすれば、この時間からのラッシュは当然ではあった。
昨晩からの合計入場者数は七百三十九名。再入場した者もいるだろうから、正確な数字ではないだろうけど、三百人ほどは追加入場したことになるか。
第一階層入り口近くは飲食の屋台が幾つか営業中だし、これはもうしばらく放置したら、シム○ティみたいに街になったりするのかな。あはは、ゴ○ラ出したろかな。
死者数は前回カウント時から十一名増えて八十九名。入場者数の割に増えていないけれど、まだほとんどが未踏である北西エリア、南東エリア、南西エリアに足を踏み入れれば、また増えていくことだろう。実に入場者数の一割以上が死亡しているのだけど、冒険者たちは数字を把握して行動しているわけではないだろうから、どのくらい実害があったのか、ということには無頓着なのかな。
同じく数字は取っているかは不明だけれど、冒険者ギルドは一定の人員が減ってしまえば、各種依頼の遂行に影響がある、程度のことは把握していると思われる。冒険者ギルドとしては早急に対策が必要だろう。
私も一応は冒険者ギルドの人間だから協力したいけど、何が出来るだろうか。
【王国暦122年3月12日 10:25】
北西エリア、南東エリア、南西エリアの魔物が少しずつ狩られている。ようやく狩りをするパーティーが出始めたのだ。めいちゃんには、第一階層全エリアにゴブリン、ワーウルフの供給を継続させるように言っておいた。ふふふ、手加減するのは北東エリアだけだ……。
実際問題として、ゴブリンとワーウルフが、その真価を発揮するのは、第二階層の、リーダー個体に率いられた時だ。第一階層でこんなに損耗していては困るというもの。
死亡者が百名を超えた。
これはやり過ぎたか。いや、でも、全員が王都の冒険者というわけではないだろうし、こちらも迷宮管理は初めてで加減がわからないということもある。お互いの不手際や不慣れが重なった――――誤解の生んだ想念が放出されたと思いたいな。いや放出はしてないか。気にするな。ってクワト○大尉かよ……。
まあ、初期の混乱した状況で被害ばかりが増えたということでもあるだろう。たかだか十時間での結果を見るのではなく、もう少し長いスパンで見なければならない……というか見てほしい……。
書斎に戻って揚げ物を食べる。
揚げ物かソーセージか、という、右も左も油っぽいチョイスを呪いながら、やけになって両方食べてみる。と、案外ソーセージと揚げイモの相性がいいことに気づき、かえって食が進んだ。揚げておけばいいのよ! と言わんばかりの王都名物を、このまま定着させてしまっても良いものか、少しだけ後悔する。
ポートマットなら、もっと魚の食べ方にバリエーションがあって、飽きが来ない上に健康的なのだけど………。はぁ、シモダ屋のパエリア食べたいなぁ。フェイまっしぐらの……。
ああ、フェイといえば、ポートマットにも迷宮があった、みたいな事、言ってたな。めいちゃんに訊いてみよう。
「周辺地域の迷宮について、情報はあるか?」
『………当迷宮の東、ロンデニオン山の中腹に一箇所あります。……他には南西と、かなり近い東側にも迷宮と思われる反応がありますが、詳細は不明です。……また、真北、近い場所に一箇所、遠い場所に一箇所が存在していると思われます』
ロンデニオン東迷宮と、ウィザー城西迷宮のことかな? かなり近い東っていうのは王城直下にあるって噂のやつかな? 北、というのはウィンター村の迷宮と、ドワーフ村かな?
「南の―――ポートマット近くにはない?」
『……ポートマット、の情報がありません。……この迷宮の設営時には、同時期に作られた迷宮が島の南端近くに存在しました』
ああ、そっか。この迷宮は外部からの情報を積極的に集めてるわけじゃないから、設営時に無かったものについての情報は皆無なのか。あれ、でもポートマットにタロスは配置されてたよなぁ?
「タロス00、01、02が設置された場所についての情報はあるか?」
『……タロス00、01、02は、島の南端、海岸に防衛戦力として配置されました』
え、そうなんだ? この迷宮ができてから千二百年ほど。省力モードに入ったのが千年ほど前。通常モードの間の二百年に―――まだポートマットが村でも港でもなかった頃に―――タロスの三体は配置されたってことか。
「その場所は現在、ポートマットという街になっている。記録しておいて」
『……記録しました。……該当地域をポートマット、と呼称します』
「ポートマット西の迷宮跡についての情報を報告せよ」
『……ポートマット、西迷宮、と呼称します。……約千二百年前に、当迷宮と同時期に、ほぼ同じ仕様で設営されました。……第一階層、第二階層での運用が始まった時期に大陸から侵攻軍が襲来したため、休眠モードに移行、入り口を封鎖、偽装したと記録にはあります』
ここでも大陸の軍隊か。何が面白くて千年スパンで攻めてきてるんだか。
「その迷宮の場所はわかる?」
『……この辺りです』
大型スクリーンに、グリテンの地図が表示される。正確かどうかはわからないけど、この地図欲しいなぁ。グリテン島は縦に長く、ポートマットの南端は多少埋め立ててもいるので微妙に形状が違う。ロンデニオンも何だか小さい。というか千年前には、すでにロンデニオンは存在してたわけだよね。古代の地図を見ているのは不思議な気分だ。タ○リがぶらり歩いてしまいそうだよ。
っと、ポートマットの迷宮跡の位置を確認すると……。
「あれっ?」
ヘベレケ山の麓だ。山に入るところ、白い石柱のあったところか。ポーション工場に予定している土地からは西に向けて徒歩一刻、といった距離か。
「へぇ~へぇ~」
二へぇを獲得してしまったようだ。あんな場所にあったのか。
めいちゃんの地図によると、約千年前、南グリテンには、ロンデニオン西、ロンデニオン東、ウィンター、ドワーフ村鉱山の中、ウィンターの北東にある東岸の港町シェーフの北、ポートマット西、ブリスト南、ウェルズ王国の首都ガディフ東、ウェルズ王国第二の都市ミンガム北東、西岸の都市パープルの東………とまあ、実に迷宮だらけだ。
このうち、最初の四つ、ロンデニオン東西とウィンター村、ドワーフ村だけが現在知られている迷宮、ということは、他は秘匿されているか、埋もれている(死んでいる)ということだ。
地図にはウィザー城西の迷宮と王城直下の迷宮が描かれていないから、これは千年の間に、めいちゃんが知らない間に設営された迷宮なのだろう。
ちなみにこの中で一番大きい迷宮はドワーフ村鉱山内部にある迷宮で、この迷宮の存在がドワーフ村を屈指の鉱脈のある鉱山にしているとも言われる。半鉱山、半迷宮みたいな、不思議な存在なのだ。鉱山として人の手で拡張されてはいるものの、唯一の『天然迷宮』とも言われていて、興味は尽きない場所だ。
私の、この世界での最初の記憶はドワーフ村だったけれども、鉱山や迷宮についての記憶はない。記憶があれば、何か有利になるものがあったと思われるだけに残念。
【王国暦122年3月12日 12:01】
野菜食べたい……。
まあ、それはいいとして。
第一階層北東は順調に狩られて、順調に補充が進んでいる。第一階層の他エリアも、少しずつ削られているようだ。
死亡者は激減している。冒険者側もさすがに学習したということか。第一階層、ということもあって、撤退と再入場を繰り返している人たちもいる。迷宮に入場料を設定してもいいんだけど、それをやると、多分元を取ろうと無理をして、死亡者数が激増しそう。迷宮的にはそれでも別に構わないんだけどさ。
「遺品展示の方はどうなってるかな?」
『……待機遺品が多く、滞っています』
「設定金額の五倍を払う人がいたら即決で渡すように変更」
『……了解しました』
まあ、支払う人がいるかどうかわかんないけどね。
『第四班』のみんなは……いまは迷宮にはいないみたいだ。休憩も必要だしね。全員が生き残ってるし、それなりに魔物を倒してもいるみたいだ。十五人っていうのは一つのパーティーじゃないだろうけど(別にシステム上の人数上限があるわけじゃない)、固まって動いてるし、出来る事をやっている、という点では、この遠征は大成功じゃなかろうか。黒字かどうか知らないけど。
いまだ第二階層への到達者はいない。第三階層に挑む猛者もいない。
元々、第三階層まではゴブリンだのワーウルフだのが設定された階層だったのだけど、第四階層のミノタウロス、オークが増えすぎて第三階層に移したという経緯がある。それでも第四階層の元々いた個体とは隔絶したレベル差があった。今現在でもレベル差はあるけど、第三階層の平均48レベル、第四階層が55レベル。程度の低い冒険者から見たら、あんまり変わらないんじゃなかろうか。
第四階層に発生している魔術師個体も混ぜ込んでおいたから、実際にはレベル差以上の難易度になっているだろう。
ここまで一応、目論見通り、階層ごとの魔物強度には差ができているようで安心。
魔力結界は階層ごとに設定できるので、今現在は『一・二』/『三・四』/『五・六』/『七』/『八』/『九』のように区切っている。あのキャロルが第三階層より下を見抜けなかったことから、この結界はかなり強力なものだとわかる。
「停滞しちゃったかな」
いい機会だ。今のうちに将来の拡張について、めいちゃんと相談しておこう。
「ある程度自動的に、迷宮を拡張しておきたいんだけど、計画について助言はある?」
コマンド(略)と言われそうだったけど、意外にも返答があった。
『……提案します。……北西エリアは石材切り出しのため現況のまま。……他二エリアについては第十階層まで掘削を進め、迷路空間の補強と壁面の強化魔法などの作業は、第四階層の魔物及びグラスメイドに担当させる案をお勧めします』
そこまで採掘で掘り進んだ時の北西エリアの深さを想像すると…………ヒイイイ。
めいちゃんの提案は、人工魔核(中)の管理限界である四十階層、の縛りを意識していると思われた。
「魔導コンピュータ増設による管理プログラムの拡張が行われた場合は?」
『……増築の施策に関しては同様の提案を申し上げます。……当管理プログラムを補助する魔導コンピュータ、及びプログラムが設置された場合は、増設された分だけの拡張が可能と思われます』
「了解、ありがとう」
ふむ………。
第三階層~第七階層辺りまでは普通に増設してもいいかな。場合によっては第八階層みたいな、ボス連続っていうエリアも増設していいかもしれない。そこまでたどり着けるのかよ! というツッコミがありそうだけど。
この迷宮の運営が千年単位というなら、拡張もそのくらいの年月を視野に入れておかないとね。
おっと、その前に。
一度短文がないか受信しておこう。
件の魔力結界があるせいで、この第十二階層では上手く受信できない。ウィザー城西迷宮の通信障害の比ではなく、これは迷宮の外に出ないと駄目なレベルだ。
「ついでに野菜も買ってこよう」
うん、無性に野菜が食べたい。ヤギだか馬だかの気分。
『隠蔽』を発動して、西側A地点に転送。
迷宮西側の山間に出る。品揃えは別にして、ちょっと遠くなるけれど、王都中心部に行くよりは、ここから北にある、学術都市ノックスに向かった方が安全かもしれない。
歩きながら、短文を『受信モード』にすると、数件の短文が入っていた。そのうち三件はザンからで、明日に予定していた治療の待ち合わせ―――迎えに行くので場所を知らせてほしい―――という内容だった。
「うーん……?」
と思わず唸ってしまったけれど、今日の深夜にやるんだそうな。人のいる時間帯じゃない方がいい、という判断なんだろうか。それにしたって確かに『明日』ではあるけどさ……。
時間調整が必要だなぁ。待ち合わせについては迷宮前に来られても困っちゃうので、こちらから冒険者ギルド前に行きます、と返信を打っておいた。
―――まあ、そんなことより、まず野菜だ。