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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
迷宮少女が空を飛ぶ
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王都での大人買い


 冒険者ギルド本部の建物近くをコソコソ音も立てず……高速で移動する。

 んー、尾行されている感覚があるな……。


 基本的に町中では『気配探知』も『魔力感知』も、対象が多すぎて役に立たない。姿さえ見ることができれば、その人は薄紫に見えるので、何となく監視者なんだなぁ、とわかる程度。

 これは『ラーヴァ』を監視しているのか、私を監視しているのか。どうしてもイコールで結びつけたい人はいるだろうし、逆にイコールとバレても困る人が出てきそうだ。

 せっかくアバターが使えるのだから、本人が迷宮に行く必要性は低い気もするのだけど………。拡張作業やら、製作やら、微調整は、本体がやった方が捗るだろう。だから、可能なら本体で迷宮に行きたい。


 フェイの話だと、なんでもお見通し、のキャロル副本部長は、私と『ラーヴァ』がイコールだと知っているという話だし、本部長のザンも同様だと聞いている。同じく秘書のブリジットも知ってるらしいんだけど、彼女は前回、本気(だよね?)で殺しにきてくれたから、その点ではあまり信用がおけない。


 王都の三層内部をブラリ………。しながらも周囲の気配には注意しながら進む。

「おっ」

 ちょっとオヒョイさん、見つけましたよ。

 何となく看板が高級そうな、靴屋っぽいのを見つける。入店して裏口から出て……みたいなことはしないで、ちょっと入ってみよう。


「こんにちは………」

「はい、いらっしゃいませ」

 ちょっと疲れた風な中年の女性が応対してくれる。店内には革と油の臭い、奧に工房があるのか、トンテンカン、と金槌を振るう音がしている。

「ええと、靴を探しているのですが」

「はい、どのようなものでしょうか?」

 店員さん(奥さんかなぁ……)は、特に何も言わずに、一見さんの私に接客してくれる。

「こんな風な……」

 部品や靴の種類の名前が通じるのか不安があったので、教会印の紙に絵を描いて説明する。ストラップのついたパンプスだ。

「ああ、はい、()()()()()?」

「今完成品があるわけでは無いんですね?」

「はい、当店は全て注文生産となっております」

「ああー、そうなんですか」

 フルオーダーメイドか。頼んじゃってもいいんだけどなぁ……。ぶっちゃけ完成品を分解して構造や部品の形状がわかってしまえば、コピー可能かもしれないんだよなー。

「じゃあ、一足お願いします。黒い靴で」

「はい、ありがとうございます。それではおみ足をお見せ下さい」


 店員さんに言われて椅子に腰掛けると、羊皮紙を持ち出してきて、『失礼します』と短く言われた後、木炭でサッサ、と足形を取られた。何だか凄く恥ずかしい………。

「はい、お客様、このお靴はパーティーなどでお使いになられるんですね?」

 えー、集団戦闘には使わない……って、宴会の方か。

「はい、あの、そうです」

 店員さんはクスリ、と笑って、

「今はもう夕方ですので、少し足がむくんでらっしゃいますね。パーティーにもよるとは思いますが、案外歩かれる方が多いので、この足形のままお作りしますね?」

「はい……」

 なんのこっちゃ、と詳しく聞いてみれば、朝と夕で足の大きさは変わるのだと。そう言われればなるほど、だなぁ。

「足形代と、お靴の方で、金貨六枚になります。手形にしますか?」

「いえ、現金で払います」

 再びなんのこっちゃ、と聞いてみれば、こういう靴屋さんは貴族様(それもあんまりお金を持っていない)が客に来ることが多く、ほとんど手形で後払いになっちゃうんだとか。だから現金払いは珍しいし、とても嬉しいんだと。


「こういう靴って、赤い靴とかもできますか?」

「はい、できますよ」

 ほうほうほう……。一度ドロシーやサリーを連れてくるか……?

「足形を持ってくれば、その大きさで作ってもらえますか?」

「はい、できますよ。でも、出来れば当店で測って頂いた方がいいですね。もし測られるのでしたら、夕方に測るといいですね」

 朝の足形で作ると、夕方にはパンパンになってきついのだという。


「はい、出来上がりは一月後になります」

「あと、不躾で申し訳ないんですけれども――――」

 女中さん服の専門店みたいなものがないか、と訊いてみたら、三層西区にあるそうな。そこはオーダーメイドではなくて既製服ばかりだけれど、と補足もされた。ついでに、高級筆ショップの在処を訊くと、こちらは、この店(ここは南地区だ)から東に百メトルほど行った先にあるそうだ。

「えと、色々ありがとうございました。よろしくお願いします」

「はい、こちらこそお買い上げありがとうございます。またのご来店をお待ちしております」

 店員さんは私に引換証(羊皮紙)を渡して、少しだけ生気を得て(現金が入ったからだと思う)、少し疲れた笑顔を向けて、お辞儀をしてくれた。


 金貨六枚が適正価格だったのかどうかはわからない。情報料にしては高額だったかもしれないけど、オーダーメイドなんて初めてだったので、ドキドキ代だと思えばいいか。

 ちなみに、ストラップのついたパンプスは、そのままストラップパンプス、って言うらしい。この世界では、案外名詞はそのまま元の世界で通用することが多いかも。


 あの店員さんからはスキルコピーはできなかったから、私がすでに持っているスキルでカバーできるんだろう。見た感じ『計測』とかじゃないかと思うんだけど、実際に足形の計測なんかは、見てみないとやり方わからないしなぁ。あれで、足形のどこが靴作りに必要な計測値なのか、っていうのは、製靴職人さんに弟子入りでもしないとサッパリだ。


「お、ここかな」

 東に百メトル歩く。ちょっとウロウロしちゃったけど、お陰様で紫色のオーラを持つ人が確認できた。

 えーと? 『人物解析』をすると、本部冒険者ギルド所属、と書いてあった。

 キャロルかイオン辺りが監視につけてるのかな。今回は冒険者ギルド本部に寄ってないし、行動目的が怪しいものね。しかし残念、今の私は買い物モードなのだ。


 筆の専門店に入る。

「こんにちは」

 元の世界の日本人的には『ごめんください』なんだけど、それでお店に入ると、大体、店員さんが困惑を投げ返してくれるので、意識的に使わないようにしている。

「いらっしゃい」

 さすが王都、筆屋さん、というのがちゃんと専門店としてあることに驚きもしたんだけど、店内は何の音もせず、シーーーーーンとしている。

 店員さんも人形のように椅子に座っているという……。ちょっと怖い。

 筆に関してはオーダーメイドのみ、なんてことはないようで、棚には三十本ほどの筆が展示されていた。それぞれ、『タヌキ』『サース』『鹿』『ヤギ』『リオーロックス』『馬』『リス』『キツネ』など、使った獣の名前と一緒に置いてある。値札はないみたい。結構高級品っぽいから、それなりの値段はしそうだなぁ。自分で作った方が安上がりではあるけど、プロの仕事を見てみたいという興味もあった。


「触ってみてもいいですか?」

「どうぞ」

 間髪入れずに即答される。

 へぇ~。同じ獣でも、毛の部位によって感触は違うんだなぁ……。

 タヌキの毛は固くて弾力があるから、細い線でも描きやすそう。太いのと細いのと三本ずつ買っていこう。

「これを下さい」

「はい」

 ロボットみたいな店員さんだな……。

「………………金貨四枚と銀貨八枚になります。包装は別料金です」


 大きい方が一万ゴルド、小さい方が六千ゴルドか。小さい方が割高に感じるけど、きっと特殊な技術でもあるのだろう。グリテンでは値引き交渉をするのが一般的(もはや文化)だけど、私はあんまりやらない方だ。これも元の世界の日本人気質なんじゃないかと思う。

「はい、こちらお代です」

 四万八千ゴルドを支払う。店員さんは筆を袋にも入れずに、そのままズイッ、と渡してくる。包装は要らない、というこちらの意思を汲んで、無表情のままだ。元から表情はないに等しいけど。


 店を出て、周囲を確認する。キョロキョロはしないで、『気配探知』で探ると……。えーと、監視者は……右側の建物の角の後ね。ご苦労なことだなぁ。

 今は王都三層内の南地区より少し東側。この辺りはいわゆる貴族御用達の高級品(割高とも言う)や、嗜好品を売る店が集まってる感じだ。


 西地区へ歩いていくと、もう少し庶民的になっていく。生活雑貨の店や、陶器の店、布地を売る店。ちょっと面白いのは、同じ種類の店が数店集まっているところか。布地の店なら、小さな布地屋が数店並んでいて、また他の種類の店が数店並んで……という感じ。問屋街になり損ねたのかもしれないし、集まることで優位になる何かがあるかもしれない。ポートマットでは見られない現象だけに興味深いものではある。


 陶器屋さんで、大きな鍋を買う。他に小さなすり鉢を十個と、スリコギ(陶器屋で売ってた)も二本買う。私は自分のがあるから、これはサリーとドロシーの分。安価なティーセットとプディング型も買っちゃおう。

 あはっ、買い物楽しいなぁ~。


「あとは……」

 布地屋さんの隣にあった雑貨屋さんで、裁縫セットを三つ。縫い針とマチ針、針山と縫い糸を幾つか。鍛冶スキルを持ってるんだから、針くらい作ればいいじゃん! と思わなくもないのだけど、こういう小さいものを少数作るというのは面倒だったり。カコ繭の絹布も、アーサお婆ちゃんの持っていた普通の針で縫えたし。革とか、固い素材用には自作せざるを得ないと思うけど。


 靴屋さんが言っていた女中さんの既製服専門店とやらに着く。

「おー」

 結構な品揃え。店の軒先にまで品物が溢れている。元の世界のアメ横テイスト。

「いらっしゃい。何かお探し?」

 人の良さそうな壮年の女性が接客にやってくる。アーサお婆ちゃんよりは年下の感じ。その表情から察するに、私のことを、これからメイドとして就職するにあたって服を買いにきた―――とでも思われてそう。

「はい、一揃え欲しいんです」

「まあまあ、それはそれは」


 店員さんは下着類やらを先に出してきた。この世界、この時代では、ドロワーズが一般的だ。それにコルセット、ペチコートかパニエ。そりゃあ、先日私が縫った下着(あんなもの)が先鋭的にも見えるか。

 ペチコートはグラスアバター用に作ったけど綿製品だと重みが感じられて、これはこれでいい。


 現品を見ると、コルセットを作るのはかなり面倒だということがわかった。実に複雑な構造をしているのだ。クジラの髭とかを使っているはずだけど、鯨油がそれほど一般的に使われてる感じはしないから、かなりお高いんじゃなかろうか。絹製品なのも価格を押し上げているはず。


 もう一つお高いといえば手編みの靴下。私からすればかなり目の粗いものでも、金貨一枚以上した。お安い綿布製の靴下も一緒に参考品として買っておこう。

 靴下に関しては自作する気満々だけど、メリヤス編みは機械編みの発展と共に広まるから、私が発展を促進してしまうと『使徒』から反発されてしまうので注意が必要になるかも。


 下着類は見えないからいいとして、四体のグラスメイドさん用だから、予備を含めて二着ずつドロワーズ、コルセット、ペチコートを。

「まあまあ……。腰回りは調整しなくていいのかしら?」

「はい、自分でやりますので」

 ニッコリ笑って拒否しておく。変な客でごめんなさい。ここで買った商品を着用して表に出るわけにはいかないので、参考品として購入、あとは自作するしかない。


 ワンピースは肩に(プリーツ)があるタイプと無いタイプがあった。ちなみに色については黒か紺しか選択肢はない。今回は黒をチョイス。

「プリーツが付くのは最新の流行ですよ」

 と店員さんに補足される。私は天の邪鬼なので、プリーツなしを選択。当たり前だけど、もうプリーツを入れる発想っていうのはあるんだね。スカートの方にも二つくらいプリーツが入ってるし。これでプリーツがないと、エミーたちが着ているようなシスター服っぽくなるのかな。


 襟と袖口は下着同様と考えて二セット。

 カチューシャがあるとよかったんだけど、ここには簡素な帽子しかなかった。あとでデザイン変えをすることにして一つだけ。

 エプロンはまたいろんなデザインがあった。とはいってもフリルの位置が変わる程度。過剰にフリルがついていないエプロンを選んで、これも一つだけ。


「あ」

 編み上げブーツがあった。これも一つ買おう。ブーツは一応男性用と女性用があって、つま先が丸いか尖っているか、革が厚めか薄めか、程度の差しかない。女性用にしては無骨なデザインだけど、これはこれでいいかも。小さめサイズの男性用も一つ買っておく。これはレックスのお土産にするか。

「以上でお願いします」

「はい、ありがとうございます」

 全体的に縫製もしっかりしていて、働く女の戦闘服ショップとして質は悪くない。なかなか良い店だった。必要な情報を必要なだけくれる店員さんもなかなか。過剰じゃない接客は好みかもね。


 空を見上げると曇天だけれども、もう夕方になろうとしている。

 満足のいく買い物でやや興奮状態のまま、冒険者ギルド本部近くのソーセージ屋さんに向かう。

 店に入るなり、即注文。

「ソーセージ一通りと白パン、スープにレモン水ください」

「はいよー!」

 気に入った店には通ってしまう。ここはソーセージは当然として、バンガースが絶品だから。

 モゴモゴやってると、割と大きな魔力の持ち主が移動し始めた。方角は近くにある冒険者ギルドから。まっすぐにソーセージ屋さんに入ってくると、

「ソーセージ一通り! 山盛り! エール特大で!」

 と、荒っぽい注文をして、私に近づいて来た。

「ご無沙汰してます、ザン本部長」

 食べながら、何気ない風で挨拶をする。

「よお、ドワーフの娘。活躍してるじゃないか」

 ようよう姉ちゃん、一人かい、とゲスなナンパ師のようにザンが声を掛けてくる。防衛戦の事を言ってるのか、勇者殺しの事を言っているのか、それだけでは判断できない。

「いえいえ、皆様にご協力頂きましたので」

 しれっと言ってみる。ザンの表情が苦み走ったものになる。

「監視してた人は、本部長の指示で動いてたんですか?」

 ザンは自分が注文していたソーセージが来ると一口パキッと噛んで、肉汁を楽しんだあと、エールで流し込む。

「ぷはー。ああ。『雌牛の角亭』に入った辺りでつけた。変な事件に巻き込まれないようにとな」

「へぇ……」

 狙われている自覚はなかったなぁ……と暢気にスープをかき込む。

「おやじさん、このソーセージ、百本お土産にしてください」

「はいよー!」

「やけに大量注文だな」

「ええ、まあ、お土産ですから」

 半分は迷宮での食料にするから、ザンのツッコミは正しいけど。

「今晩の宿は取っているのか?」

「いえ、まだですけど。何とでもなりますし」

「そうか。ならちょっと冒険者ギルドに来てくれ。依頼したいことがある」

 うーん? さっきから、あのザン本部長にしては歯切れが悪いというか……。

 ソーセージはさっき買ったばかりの鍋に入れてもらう。縦に入れるのかな、と思ったけど、普通に入った。

「ソーセージも入手できたので行けます」

 ザンは肩を竦めて先導を始めた。私はお会計を済ませて、ザンの後を追って、冒険者ギルド本部の方へと移動することになった。



―――依頼、ねぇ……。





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