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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
迷宮少女が空を飛ぶ
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サリーの特訓3


 夕方になって一度冒険者ギルド近くの特急馬車の厩に行き、明日早朝の便を予約しておいた。その足でサリーをトーマス商店に迎えにいき、一度アーサ宅に戻ると、さすがはアーサお婆ちゃん、消化の良いメニューが用意されていた。


 麦がゆ、蒸した鳥肉のささみ(これは朝の残りだ)、林檎、そして大きなカボチャのプディング。

 私はどうせ、あとで夕食を食べるので、カボチャのプディングだけを頂いた。

「甘さ控え目でいくらでも入るのが怖い……」

「そうね、フフフ」

 鉄の意志で一切れだけに留める。すると口の中に、あの滑らかなのに微妙に繊維を感じる食感がリフレインする。いつまでも舌が甘みを追い求める。

 あ、悪魔の食い物じゃぁ~。


 サリーは夕食を食べられない可能性があるので、ガシガシ、と慌てるように食べている。

「ゆっくり食べていいんだよ?」

「はい……」

「早食いは太るよ……?」

「! 本当ですか?」

「サリーはもうちょっと太ってもいい気もするけど……太りすぎはよくないよね。だからゆっくり噛んで食べよう?」

「もご……はい……」

 途端に食べる速度が落ちた。うんうん、それでいいんだよ……。


「頭部には脳が詰まっている……のは見たことがあるよね?」

「もご……はい、アーサお婆ちゃんが鳥を潰したり……市場でリオーロックスの脳が売られているのも見たことがあります」

「うん、その脳の中にはね、満腹の核があるんだ……」

「核?」

「満腹の核はお馬鹿さんでね、早食いをすると騙されちゃうんだ。まだ空腹だ、まだ食べられる、ってね。だから、思ってるよりもずっと、たくさん食べちゃうんだよね」

「もご……」

「人間はさ、食べ物がなくなった時に役立てられるように、たくさん食べて余った分は脂の形で身体に貯めていくのね。そうやって太っていくんだよ……。だからゆっくり食べて、満腹の核にはちゃんと働いてもらおう?」

「もご……はい……」


 これまでの孤児院生活も含めて、急いで食べなければならない環境で育ってきたサリーは早食いの部類だ。それがさらに早食いになっているわけで、要するに慌てて食べなくても大丈夫なんだ、という安心感を与えたかった。

 ちなみに、ダイエットしなきゃ! みたいな風潮は、まだこの世界では顕著ではないみたいだ。むしろ太った人の方がモテてる気がする。


 サリーが食べている間に工房に降りて、木の灰に水を入れて、梳き綿をぶち込んでおく。少しでも脱脂できるといいけど。



【王国暦122年3月8日 18:03】


 軽食が終わると、仮収容所跡へと向かう。

「明日からね、ちょっと王都に行ってくるからさ。帰ってくるまでに壊せるだけ壊しておいてよ」

「えっ、お出掛けですか?」

「うん、まあ。ちょっとした用事なんだけどね」

 歩きながらサリーと話す。サリーは話す度に語彙が増えていく感じがする。その意味では、レックスの方が年相応で可愛らしい。サリーは耳年増に育ってしまいそう。


「壁……壊せますかね?」

「サリー、魔法は想像力だよ。壊せる壊せる。なんだってできるさ」

 パン、とサリーの小さな背中を叩いて、歩きを促す。

「ああ、あとね、魔力をギリギリまで使うと頭痛がするでしょ」

「はい」

「あれね、どうもね、ほら、沢山運動したりお仕事したり、身体を使うと、足とか手がだるくなるでしょ? 『魔力的に疲れた』状態なのが、その頭痛みたいなんだよね」

「そうなんですか?」

「うん、運動とかはさ、やってると慣れて疲れにくくなるじゃない? 魔力も同じみたいでさ、何となく魔力量が増える。正確に測ったことはないけどね」

「え、やっぱり。それで倒れるまでやらされてるんですか」

 気付いてたか。


「うん、今日もやるよー、倒れるまで」

「うへぇ……」

 サリーは天を仰いだ。昨日からずっと見てるけど、感情表現のバリエーションが増えてきてるような。これも学習ってことなのかな。魔術師として、より人間として急成長している様を見るのは凄く興味深い。これも、親の感覚なんだろうか。


 壁に到着すると、まずは昨日の復習から。

「じゃあ、私はここで見てるから、適当に壊していってー」

「はい」

 サリーは『水球』内部の粒を大きめに設定して、高速回転させて、一発で壁をぶち破った。もちろん、穴の大きさは三十センチほどで大したことはない。だけど、昨日で慣れたとはいえ、壁の固さ、厚さを把握して、この対象ならこのくらいの魔力、と違えずに発動させ、当てて、壊した。


「いいねぇ」

 褒めまくる。サリーは調子に乗ったのか、次々に穴を空けていく。

 子供ながらにも『壁を壊す』にはどうすればいいのか理解しているようで、壁の下の方に、横並びに穴を空けていっている。

 ちなみに今現在、壊しているのは、最初にコイルたちが作った壁の方ね。こちらの方が、後で私が作った壁よりも柔らかい。まあ、大きいから補強がちゃんとできてないっていうのもあるんだけど。


「はい、そこで一回やめてー」

「はい」

 まだ息もあがっていない。余裕ですよ、って顔をしてる。

「それじゃー今日は火系いくよー」

「はい!」

 いい返事だ。教え甲斐がある。


「私の理解では―――多分、一般的な魔術師さんは違うことを言うと思うけど―――火系は周囲の温度を操作する魔法です」

 物質の動き云々は多分理解されないと思うので、こういう言い方から入ってみることにした。


 うんうん、と頷いてるサリーの目の前に、『水球』を作って見せる。

「この『水球』をさ、温めるとどうなる?」

「? ゆげ? けむり? になります」

 何とも可愛らしい返答で、思わず身体が震える。


「うん、お湯を沸かしてる感じだよね。あれって、何で白くなるかわかる?」

「え………」

「質問を変えてみるね。あの白いのは、何?」

「水……です」

「そうだね、水だよね、あれ。水の粒が見えてるんだよね。雲と一緒だよね」

 もう太陽は沈みかけているけど、西の空に浮かんでいる雲を指差して、サリーを見ると、みずのつぶ! そうだったのか! と口を開けていた。


「水を温めると見えなくなるよね。それを急に冷やすと雲になる。じゃあ、逆に冷やし続けると?」

「雨?」

「もっと冷やすと?」

「雪?」

「そうそう」

 私は自分の掌にあった水球を凍らせてから、また水球に戻して、最後は温めて霧散させた。

「俗に『火系』魔法っていうのは温度を上げたり下げたり―――調整する―――魔法なのね。最初はそこの流木でやってみよっか」

 仮収容所として使っていたときの名残で、たき火の跡があった。薪に使われた残りだろう流木を拾って、サリーに渡す。


「これをね………『燃えろ!』だと、多分上手くいかない。生活魔法の『点火』をちょっと使ってみて?」

「はい。――『点火』」

 流木はしばらくブスブス……と音を立てて、やがて火が点いた。

「『点火』はさ、対象を暖め続ける――――一定の温度で――――魔法だよね。これ、急に温度を上げたらどうなるだろう?」

「急に……火が点く?」

「うん、やってみるね」

「え、壁?」

 サリーが驚く間もなく、私は土壁に近づくと、掌を当てた。

「魔力の流れを見てて。いや、感じてくれてもいいや」


バン!


 と小さな音を立てて、土壁に穴が空いた。

「今のが……火系魔法? ですか?」

「うん。急に温めてみた。次は『点火』よりも早く、今のよりは遅くしてみるね」

 今度は、炎が見えて、ジリジリジリジリ……と土壁を焼き、赤くなって、焦がして、やがて、ボコッと壁が向こう側に落ちた。


「今のも……火系魔法なんですよね?」

「うん。対象が木とか、燃えやすいものじゃなくても、土だろうが何だろうが、燃やすことはできるの。というより温度を上げてみただけ」

 サリーは手に持っていた、火の点いた流木をジッと見つめる。

「温める……」

 流木から煙が出てきた。いい感じだ。

 やがて、パチ、パチと流木内部の水分が爆ぜる音。そして、流木全体が炎に包まれ……。

「あつっ」

 おっと。流木から手を離したサリーの掌は、火傷をしていた。


「―――『治癒』」

 水系の『治癒』でじわじわ、と火傷が治っていく。

「あぶないあぶない。でも、できたね、火系魔法」

「はい!」

「それじゃ次ね。今度は空気を温めてみよう」

「????」

 サリーの目が『?』で埋まる。


「まあまあ。掌の周囲に空気を集めて。集めるのは水系だね。集めた空気を徐々に温めてごらん」

「はい」

 サリーがいわれた通りにする。と、ボワ、と火が点いた。


「周辺の空気も薄く集めてみよう」

「はい」

 さらに火勢が強まる。そのうちに炎は凝縮されて、内部で高速回転している、直径十センチほどの火球が完成する。

 これまでも入門用魔法としてサリーは『火球』は使えていたはずだけど、生成プロセスが全然違う。何となく炎を模したもの、ではない。意思を持って燃やしているものだ。

「よし、壁に向かって撃ってみて」

「はい」

 火の玉が、スーッと壁に吸い込まれていき、壁が赤熱化したところで、『火球』は勢いをなくし、消えてしまう。

「うん、いいじゃん。もう一回やってごらん」

 もう一度サリーが『火球』を撃つ。同じ位置に当たり、今度は赤熱化を終えることなく、赤くなった土が、壁の後側に落ちた。


「よし。じゃあ次ね。木が燃えるためには何があればいいかな?」

「……………………」

 答えが感覚的にはわかっている、けど言葉にできなくて口が開かない、といった風情のサリーに、助け船を出す。

「まず木が必要だよね。あとは?」

「……温度?」

「うん、『高い温度』も必要だね。もう一つはなんだと思う?」

 私はわざとらしく、風を吹かしてみる。春の海に涼やかな風がながれる。

「風……空気?」

 正解のようで正解じゃないんだけど、正解でいいか。


「うん、空気だね。でも、この空気には色んなものが混じってるんだ。燃えない空気と、もう一つ、燃える空気があったりするんだね」

 本当は、燃えない空気、燃える空気の他に、()()()対象の空気があるのだけど、これは後で。

「木と、高い温度と、燃える……空気」

「そう、その三つがあればいい。もう一度『火球』を作ってごらん?」

 サリーが火球を作る。

「そこに、『燃える空気さん、いらっしゃい』と念じてみる」

「いらっしゃい……」

 と、そこでボワッ! と火勢が大きくなり、驚いたサリーは魔法を中断してしまう。火球が地面に落ちて、しばらく燃え続ける。


「ほわ~」

「ちょうどいいから、これに燃える空気を送り込んでみて?」

「はい」

 いわれた通りにサリーはどんどん()()を送り込む。

 ただの火球だった炎は育ちまくって、高さが二メトル以上になる。

「この火から出る……魔力を感じてみよう。目を閉じて」

 目を瞑ったサリーを確認して、

「壁の方向はわかるね? 炎をまとめて、壁の方向に撃ちだしてみよう」

「まとめる………」

 ゾワリ、と炎が揺らめき、だんだん丸くなると、巨大な火の玉になって、その場に浮かんだ。私は黙って様子を見ている。サリーは集中して魔力を操作している。

「燃やす空気を足し続ける。高い温度を保ち続ける。木がなくなって、燃やすものがなければ、()()()()空気を燃やせばいい」


 うわ、危険な火力になってきたな……。火球が白くなってきた。水をかけたら水蒸気爆発しそう。

「壁に向かって……撃ってみて………」


 ズズズズズズズ……と小型の太陽みたいになった火球が少しだけ宙に浮いて壁に向かう。やがて、壁に接触する。

「壁に沿わせてみて?」

 土壁に触れた火球が、壁を瞬時に溶解させて、今度は壁に沿って動き出して、蝋細工のように舐めていく。

 ん、こりゃヤバイか。

「ちょっと離れよう……」


 私はサリーを抱えて、壁から離れる。火球は、二枚目の土壁に接触して溶かしたまま進み、三枚目の土壁に接触すると、そこで止まった。

「―――『召喚:光球』。火球の制御止めて。ここにいてね」

「はい」

 召喚光球を出して、光球に障壁を張らせてサリーの周囲を囲む。


 私はダッシュして、火球の制御に向かう。

 一枚目と二枚目の壁が崩れて土煙を上げる中、魔力感知で炎の行方を探す。

 あった。まだサリーの魔力の残滓があって助かった。


「むんっ」

 火球のコントロールを奪う。徐々に温度を下げる………。土壁に温度を奪われてはいたものの、あのまま破裂していたら土壁を巻き込んで、熱された土塊が拡散して、街に被害が出ていたかも。いやはやくわばら。


 スッ、と火球が魔力を失い、同時に火勢も失い、消える。

「ふう………」

 火球が消えてしばらくすると、三枚目の土壁がこちらに倒れてきた。

「うわっ」

 ので、慌てて退避する。


 ズーン………


 と壁が倒れる。土煙で何も見えなくなるけれど、魔力感知でサリーが無事なことを確かめて、そこへ向かう。

「姉さん……私……」

「いやあ、やり過ぎちゃったねぇ」

 あはは、と私はサリーに笑いかけるけども、内心、あとでフェイに文句を言われそうだな、と冷や汗をかいていた。


「こ、このようにですね、自分の魔力に……制御下に置ける大きさの火を使いましょうね!」

「はい!」

 自分の作った火球があれほど育ち、あれ程の威力が出るとは想像もしていなかったのだろう。暗がりでも、サリーの顔が蒼くなっているのがわかった。

「じゃあ、せっかく土壁が壊れたことですし。土系もやりましょう。土系は物と物との結びつきを…………」



――――しっかりフェイから短文が来て、怒られました。





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